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21.回想①~アラン~

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くそ!ついてない。盗む相手を間違えた。ただの商人かと思ったら、仲間がやばかった。目もかすんできやがった。いつものように金を持っていそうなやつに目をつけ、財布を取り出したところで盗んだまではよかったが、結局、この通りだ。好きなだけ殴りやがって…



痛みに耐えながら膝を抱え、うずくまっていると、ふと足元に綺麗な靴が目に入る。

小汚い場所に似合わない靴だなと、鼻で笑い、痛む首を押さえながら見上げると、金色の絹のような髪、陶器のような肌、吸い込まれそうな深緑の瞳に薄紅色の頬や唇。昔、教会に飾ってある絵で見たような天使が目の前にいた。



ああ、そうか、もう死ぬんだな。はは、こんな俺にでも、死ぬときは天使が迎えに来るんだ。



綺麗な顔が目の前にせまり、深緑の瞳が俺の瞳をじっと見つめる。

「…ねえ、あなたは今不幸かしら?」


天使ではなかったな…


「今ちょうど不幸を味わっていたところだ…。見てわかんなかったのか?」


息を吐きだすのもつらい。この無意味な会話はなんだ。



「ふーん、じゃあ、あなたにとって絶望って何かしら。」

まだ続くのか。

「住むところがない、学もなければ、生きる手段も金を盗むくらいしかない、ない、ないないない、はっ!絶望するには十分だろ?早く消えろ」


何もかも持っているような顔しやがって


「そうかしら?」


……。何言ってんだこの女。性格が悪いのか?



「今日の自分が誰の記憶にも残らない…私にとっての絶望とは、それよ。」


‥‥。まあ、今の俺とて、死んだところで誰の記憶にも残らないがな。それがどうした。


「…終わりか?」


「さ、行くわよ。」


どこへ?全く会話にならない。


「あなたの絶望とやらは、私がなんとかいたしますわ。だから、私にとっての絶望は、あなたがなんとかしなさい。」

すっと立ち、くるりと向きを変えてすたすたと歩きだす。一度も振り返りやしない。なんだよ。俺がついて行かないとは思っていないのかよ。


ああ、頭が痛い、引きずる足が重い。何とかしてくれるというなら何とかしてもらおうじゃないか。くそ!


********************


馬車に揺られ、向かったところは医者のもとだった。いい服を着ていると思ったが、公爵令嬢とは、何の気まぐれだ?


「これはひどい、全治2週間ってとこかな。絶対安静だね。」

治療を終え、ベットに横たわる俺のそばに、公爵令嬢が座る。


「ねえ、お願いがあるの」


なんだ。やはり対価が必要なのか。


「今から隣国に行って、わたくしの叔父に手紙を届けてほしいの。」

「…それは俺じゃなくてもいいのではないか?」

「今まで、一度も届いていないはずだわ。返事もないもの。あ、あと、あなたを護衛にするつもりだから、それにふさわしい力と爵位を手に入れてきて。」


あまりの驚きに、ばっと起き上がってしまった。治療したとはいえ、傷に響く。


「力はともかく、爵位なんて簡単に手にはいらねえよ!」

「大丈夫、叔父様がなんとかしてくださるはずだもの。無事に戻って護衛として、ずっとそばにいるのよ。待っているわ。」

「…途中で逃げたらどうする?」





「どうもしないわ。」

悲しそうな顔でほほ笑みやがった。



「ああ、わかったよ。絶対安静の俺が馬車に揺られるんだ。”今日の自分が誰の記憶にも残らない”…だったか。安心しろ、傷に響いて痛むたびお前のことを恨んでやるよ。」

「ふふ、嬉しいわ。」




笑う要素がどこにある。
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