忌花

こ★め

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二章 青藍の夢

遠雷

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 港町の片隅にある安宿のガタついた寝台の上で、アレッシオは煤けた天井を眺めながら、一人記憶の淵に立つ。アレッシオには自身の事でありながら、ずっと不思議だった事がある。それが人ならざるものであるが故だと知ったのが中央大陸へと向かう客船での厄介な蛇との邂逅。船が接岸した港町で正体を隠した白い少女と見え、不思議な忠告をされたのだ。『人でいたいのならば関わるな』と言った。
 少女とアレッシオは一見すると同年代だ。だが、その実、アレッシオの年齢は23歳。城で騎士見習だったのは、成長が見られない為に住処を転々としていた為だ。隠居した元騎士や傭兵等に師事し、腕は磨いてきた。とは言え、筋力や体力は大人の体を持つ男には敵わず、才能ある見習という立ち位置に収まっていた。見た目が見た目なので、ある意味では快適と言えよう。おあしに関しては不満だらけだったが。
 仮定の話だが、件の少女も見た目通りの年齢ではないのかもしれない。そう思ったが、実際に確認はしていない。彼女と会ったのはもう2月前になる。港町でたまたま会ったあの日が最後だった。

 あの日、非常に奇天烈且つ大胆な味が大変に不快だった薬の効果の程は、鮮やかな赤を平凡な茶へと変えるものだった。摩訶不思議なものである。しかも、風呂に入っても落ちないというのだから便利と言えよう。───何でできているかはわからないが。一抹の不安はあるものの、ここ数日フードを頭から被っていたせいで視界が悪かった。それを思えば快適と言って差障りはないと考える。付け加えると、2月前から今まで効果が薄れる事はなかった。
「なぁ、聞きたいことがあるんだけど」
 目の前の食事に集中し、ほぼ無くなったところでアレッシオが口を開いた。もちろん、確かめたいのはあの話だ。この町に着いた時から盛んに取り沙汰されている事件。食事をしている間も客人達の口の端に上っている凄惨な事件の話だ。噂によると、容疑者は白い少女だという。
 最後の一口を片付け、ネーヴェは静かに席を立った。アレッシオも慌てて席を立ち、後に続いて店を出る。気の良い女将の挨拶に手を振り、狭い路地を足早に抜けて行く。
「お前は、花についてどれだけ知ってる?」
 不意に訊かれた言葉に感情の色は見えない。
「よく知らないな…」
「お前はヒト寄りだから…。我らが精霊や妖精の類なのは?」
「ぼんやり聞いた」
「花は生まれたときから己の事を知っている。知らないのなら、それはお前が殆どヒトであるという事」
 ちらり、と視線を上げて見つめる瞳は相変わらず感情がない。
「ヒトで居たいのなら、関わらない事をオススメしておくよ」
 それだけ言うと、ネーヴェは踵を返して雑踏に消えた。以来、彼女には会っていない。捕まったとも聞かないが、あの物騒な男がいる限りは大丈夫だろう。
 人でいたいのならば、と彼女は言った。人寄りであるとも。つまりは、選択肢があるのではないだろうか?人か花か。選び取れば何かが変わる、そんな気配がすぐ隣に現れたのは、それから更に一月経った夏の盛りに、アレッシオの知る世界は変わった。
 幼い頃に韋編三絶いへんさんぜつした数多の物語にあるような、明確に魔法と呼べる技術に、幼い頃は誰しもが憧れていた。けれども、それは妄想の産物である。もし使えると喧伝する者がいるならば、それはペテン師か想像力の逞し過ぎる夢見過ぎな人物だろう。
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