9 / 22
二章 青藍の夢
遠雷
しおりを挟む
港町の片隅にある安宿のガタついた寝台の上で、アレッシオは煤けた天井を眺めながら、一人記憶の淵に立つ。アレッシオには自身の事でありながら、ずっと不思議だった事がある。それが人ならざるものであるが故だと知ったのが中央大陸へと向かう客船での厄介な蛇との邂逅。船が接岸した港町で正体を隠した白い少女と見え、不思議な忠告をされたのだ。『人でいたいのならば関わるな』と言った。
少女とアレッシオは一見すると同年代だ。だが、その実、アレッシオの年齢は23歳。城で騎士見習だったのは、成長が見られない為に住処を転々としていた為だ。隠居した元騎士や傭兵等に師事し、腕は磨いてきた。とは言え、筋力や体力は大人の体を持つ男には敵わず、才能ある見習という立ち位置に収まっていた。見た目が見た目なので、ある意味では快適と言えよう。お銭に関しては不満だらけだったが。
仮定の話だが、件の少女も見た目通りの年齢ではないのかもしれない。そう思ったが、実際に確認はしていない。彼女と会ったのはもう2月前になる。港町でたまたま会ったあの日が最後だった。
あの日、非常に奇天烈且つ大胆な味が大変に不快だった薬の効果の程は、鮮やかな赤を平凡な茶へと変えるものだった。摩訶不思議なものである。しかも、風呂に入っても落ちないというのだから便利と言えよう。───何でできているかはわからないが。一抹の不安はあるものの、ここ数日フードを頭から被っていたせいで視界が悪かった。それを思えば快適と言って差障りはないと考える。付け加えると、2月前から今まで効果が薄れる事はなかった。
「なぁ、聞きたいことがあるんだけど」
目の前の食事に集中し、ほぼ無くなったところでアレッシオが口を開いた。もちろん、確かめたいのはあの話だ。この町に着いた時から盛んに取り沙汰されている事件。食事をしている間も客人達の口の端に上っている凄惨な事件の話だ。噂によると、容疑者は白い少女だという。
最後の一口を片付け、ネーヴェは静かに席を立った。アレッシオも慌てて席を立ち、後に続いて店を出る。気の良い女将の挨拶に手を振り、狭い路地を足早に抜けて行く。
「お前は、花についてどれだけ知ってる?」
不意に訊かれた言葉に感情の色は見えない。
「よく知らないな…」
「お前はヒト寄りだから…。我らが精霊や妖精の類なのは?」
「ぼんやり聞いた」
「花は生まれたときから己の事を知っている。知らないのなら、それはお前が殆どヒトであるという事」
ちらり、と視線を上げて見つめる瞳は相変わらず感情がない。
「ヒトで居たいのなら、関わらない事をオススメしておくよ」
それだけ言うと、ネーヴェは踵を返して雑踏に消えた。以来、彼女には会っていない。捕まったとも聞かないが、あの物騒な男がいる限りは大丈夫だろう。
人でいたいのならば、と彼女は言った。人寄りであるとも。つまりは、選択肢があるのではないだろうか?人か花か。選び取れば何かが変わる、そんな気配がすぐ隣に現れたのは、それから更に一月経った夏の盛りに、アレッシオの知る世界は変わった。
幼い頃に韋編三絶した数多の物語にあるような、明確に魔法と呼べる技術に、幼い頃は誰しもが憧れていた。けれども、それは妄想の産物である。もし使えると喧伝する者がいるならば、それはペテン師か想像力の逞し過ぎる夢見過ぎな人物だろう。
少女とアレッシオは一見すると同年代だ。だが、その実、アレッシオの年齢は23歳。城で騎士見習だったのは、成長が見られない為に住処を転々としていた為だ。隠居した元騎士や傭兵等に師事し、腕は磨いてきた。とは言え、筋力や体力は大人の体を持つ男には敵わず、才能ある見習という立ち位置に収まっていた。見た目が見た目なので、ある意味では快適と言えよう。お銭に関しては不満だらけだったが。
仮定の話だが、件の少女も見た目通りの年齢ではないのかもしれない。そう思ったが、実際に確認はしていない。彼女と会ったのはもう2月前になる。港町でたまたま会ったあの日が最後だった。
あの日、非常に奇天烈且つ大胆な味が大変に不快だった薬の効果の程は、鮮やかな赤を平凡な茶へと変えるものだった。摩訶不思議なものである。しかも、風呂に入っても落ちないというのだから便利と言えよう。───何でできているかはわからないが。一抹の不安はあるものの、ここ数日フードを頭から被っていたせいで視界が悪かった。それを思えば快適と言って差障りはないと考える。付け加えると、2月前から今まで効果が薄れる事はなかった。
「なぁ、聞きたいことがあるんだけど」
目の前の食事に集中し、ほぼ無くなったところでアレッシオが口を開いた。もちろん、確かめたいのはあの話だ。この町に着いた時から盛んに取り沙汰されている事件。食事をしている間も客人達の口の端に上っている凄惨な事件の話だ。噂によると、容疑者は白い少女だという。
最後の一口を片付け、ネーヴェは静かに席を立った。アレッシオも慌てて席を立ち、後に続いて店を出る。気の良い女将の挨拶に手を振り、狭い路地を足早に抜けて行く。
「お前は、花についてどれだけ知ってる?」
不意に訊かれた言葉に感情の色は見えない。
「よく知らないな…」
「お前はヒト寄りだから…。我らが精霊や妖精の類なのは?」
「ぼんやり聞いた」
「花は生まれたときから己の事を知っている。知らないのなら、それはお前が殆どヒトであるという事」
ちらり、と視線を上げて見つめる瞳は相変わらず感情がない。
「ヒトで居たいのなら、関わらない事をオススメしておくよ」
それだけ言うと、ネーヴェは踵を返して雑踏に消えた。以来、彼女には会っていない。捕まったとも聞かないが、あの物騒な男がいる限りは大丈夫だろう。
人でいたいのならば、と彼女は言った。人寄りであるとも。つまりは、選択肢があるのではないだろうか?人か花か。選び取れば何かが変わる、そんな気配がすぐ隣に現れたのは、それから更に一月経った夏の盛りに、アレッシオの知る世界は変わった。
幼い頃に韋編三絶した数多の物語にあるような、明確に魔法と呼べる技術に、幼い頃は誰しもが憧れていた。けれども、それは妄想の産物である。もし使えると喧伝する者がいるならば、それはペテン師か想像力の逞し過ぎる夢見過ぎな人物だろう。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!
青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。
すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。
「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」
「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」
なぜ、お姉様の名前がでてくるの?
なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。
※タグの追加や変更あるかもしれません。
※因果応報的ざまぁのはず。
※作者独自の世界のゆるふわ設定。
※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。
※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる