20 / 34
嫉妬
しおりを挟む
小さいころから、鈴音は、間違いなく可愛いかった。
自分でもそう思う。周りもそう思っている。
可愛くなるために、鈴音は努力しているのだ。化粧は禁止されている校内で、眉の生え際に気を配り、日焼けを気にしながら、自然な肌のうるおいや髪の光沢に気を使い、ネイルを必要としないように、爪を磨いて形を整えた。可愛く見えるしぐさを練習し、鏡を見ながら表情を作り、声のトーンも気をつけていた。
全員が同じ制服だから、少しでもスタイルがよく見えるように、校則ギリギリまでスカート丈を調節し、スカーフの結び目を研究した。二の腕をだす季節に備えて、毎日体操も欠かさなかった。
鈴音は、可愛くあるために、陰で努力をしていた。
なのに。
とくに努力もなにもしなくても、小坂七奈美は清楚で可愛らしかった。
大きく黒目勝ちの眼、形のよい鼻とピンクに色づく唇。生まれつきの白い肌。身長にもスタイルにも恵まれていた。その場で立っているだけで絵になった。とくに横顔が美しかった。
自分はこんなに努力しているのに、神さまは理不尽ではなかろうか。
羨望は、そのまま憎しみに変わる。
顔が適度によい力也が、校内に権力を持っていると、入学してすぐにわかった。早々にアタックしてきた力也を彼氏にすることで、校内でのステータスを確保した。
だが、男としての力也は最低だ。力を誇示して従わせるだけで、知性の欠片も持ち合わせていない。やさしさも気まぐれで信用できない。
そして、自分という彼女を持ちながら、七奈美へ関心の目を向け、気をひくような態度をみせた。
力也への不満も、その先の七奈美に向く。
その鈴音の苛立ちを発散させて、さらに優越感を持たせてくれる。
それが、力也から隠れておこなった教師との交際だった。
「同学年の男なんて、バカばっか。幼稚で、面白くもない」
鈴音の不満を、年上の教師は、笑って受けとめ、包みこんでくれた。
実際に、力也とは大違いの手練手管で楽しませてくれる。
隠れて連絡をとるスリリングな密会も、高ぶる感情に拍車をかける。
そんな危険な憂さ晴らしも、終わりは突然にきた。
「先生、ダメだってば……」
人体模型やよくわからない模型。大きな三角定規や分度器、木製の長いコンパス。丸められた大きな世界地図や地球儀。周囲には、特別な授業ではない限り、滅多に出番のない物たちであふれている。そんな埃っぽい資料室が、鈴音と教師の密会場所だった。
くすくす笑いを押し殺して、鈴音の口もとがだらしなく緩んだとき。
「あれ? 資料室が開かないなぁ」
「でも、誰かいる気配がするよ。すみませーん! ここ開けてもらえますかぁ?」
「のぞき窓、小さいな。奥まで見えないって」
ガタガタとドアを揺らしながら、女子生徒たち複数人の声がした。とたんに、サッと鈴音の血の気がひく。ぎりぎりの際どさを楽しみたいだけで、実際に危険な目に遭う気なんて、考えてもいなかった。
「――隣。資料室は奥のドアがつながっていて、準備室に回れる……」
そう教師にささやかれ、鈴音は、音を立てないように這いつくばって移動した。隣の部屋に逃げこんだとき、気持ちばかり置いていた小さな段ボールが押しのけられ、ドアが開く。
その瞬間に、鈴音と教師は準備室のドアを開いて、廊下へ飛びだした。女子生徒から遠ざかるように、一気に廊下を駆ける。
「なに? いまの」
「あれって……」
女子生徒たちの声を振り切るように、鈴音は、特徴となる長い髪をねじって丸めて手で押さえながら、死に物狂いで走った。
その女子生徒たちが発端なのだろうか。
教師と生徒が逢引をしているという噂がささやかれた。
そして、そのふたりを特定してやろうと、生徒のあいだで動きがでたようだ。
その話を人づてに聞いたとき、はじめて鈴音は恐怖に襲われた。
これまで感じていた優越感は、一気に焦燥へと変化する。
鈴音の気持ちは、穏やかではない。
そんな鈴音の瞳に映るのは、栞とともに廊下の窓際で、静かに談笑している七奈美の姿だった。
爽やかな風が七奈美の黒髪を揺らし、空からの明るい陽射しが、スポットライトのように七奈美を照らす。
沸々と、鈴音の心に憎悪が沸いた。
――そして。
七奈美の後ろを偶然通りかかった力也が、じっと物欲しげに、七奈美の横顔へ視線をあてたのだ。
「ちょっときて」
鈴音は荒々しく、近くにひっそりと佇んでいた英二の腕をとる。
「え? なに? 鈴音さん……?」
戸惑う英二を引きずるように、鈴音は廊下を歩いていく。やがて、目的の場所へやってきた鈴音は、脅すように英二を睨みつける。
「よけいなこと、しゃべったら許さないから」
英二は、黙ってコクコクとうなずいた。
鈴音は考える。これは、力也ではうまくいかない。忠太は、うっかり口を滑らせそう。適任は、このようなことを話す性格ではない英二だろう。
英二の腕をとった鈴音は、今度はわざと、ゆっくり歩きだす。そして、目星をつけた女子生徒のそばを通り過ぎながら、わざと周囲に聞こえるように、英二に話しかけた。
「このあいださあ。あたし、資料室のほうから先生と一緒に逃げてくる人を、見かけちゃった。あれって一年の小坂七奈美だわ。あんな美人、一度見たら忘れないもの」
そのまま鈴音は、そそくさとその場を立ち去った。鈴音の後ろで目的の女子生徒が、しっかり聞き耳を立てていたのを肌で感じていた。
結果は、鈴音の思惑通り。
まことしやかに七奈美の名が広まった。
自分でもそう思う。周りもそう思っている。
可愛くなるために、鈴音は努力しているのだ。化粧は禁止されている校内で、眉の生え際に気を配り、日焼けを気にしながら、自然な肌のうるおいや髪の光沢に気を使い、ネイルを必要としないように、爪を磨いて形を整えた。可愛く見えるしぐさを練習し、鏡を見ながら表情を作り、声のトーンも気をつけていた。
全員が同じ制服だから、少しでもスタイルがよく見えるように、校則ギリギリまでスカート丈を調節し、スカーフの結び目を研究した。二の腕をだす季節に備えて、毎日体操も欠かさなかった。
鈴音は、可愛くあるために、陰で努力をしていた。
なのに。
とくに努力もなにもしなくても、小坂七奈美は清楚で可愛らしかった。
大きく黒目勝ちの眼、形のよい鼻とピンクに色づく唇。生まれつきの白い肌。身長にもスタイルにも恵まれていた。その場で立っているだけで絵になった。とくに横顔が美しかった。
自分はこんなに努力しているのに、神さまは理不尽ではなかろうか。
羨望は、そのまま憎しみに変わる。
顔が適度によい力也が、校内に権力を持っていると、入学してすぐにわかった。早々にアタックしてきた力也を彼氏にすることで、校内でのステータスを確保した。
だが、男としての力也は最低だ。力を誇示して従わせるだけで、知性の欠片も持ち合わせていない。やさしさも気まぐれで信用できない。
そして、自分という彼女を持ちながら、七奈美へ関心の目を向け、気をひくような態度をみせた。
力也への不満も、その先の七奈美に向く。
その鈴音の苛立ちを発散させて、さらに優越感を持たせてくれる。
それが、力也から隠れておこなった教師との交際だった。
「同学年の男なんて、バカばっか。幼稚で、面白くもない」
鈴音の不満を、年上の教師は、笑って受けとめ、包みこんでくれた。
実際に、力也とは大違いの手練手管で楽しませてくれる。
隠れて連絡をとるスリリングな密会も、高ぶる感情に拍車をかける。
そんな危険な憂さ晴らしも、終わりは突然にきた。
「先生、ダメだってば……」
人体模型やよくわからない模型。大きな三角定規や分度器、木製の長いコンパス。丸められた大きな世界地図や地球儀。周囲には、特別な授業ではない限り、滅多に出番のない物たちであふれている。そんな埃っぽい資料室が、鈴音と教師の密会場所だった。
くすくす笑いを押し殺して、鈴音の口もとがだらしなく緩んだとき。
「あれ? 資料室が開かないなぁ」
「でも、誰かいる気配がするよ。すみませーん! ここ開けてもらえますかぁ?」
「のぞき窓、小さいな。奥まで見えないって」
ガタガタとドアを揺らしながら、女子生徒たち複数人の声がした。とたんに、サッと鈴音の血の気がひく。ぎりぎりの際どさを楽しみたいだけで、実際に危険な目に遭う気なんて、考えてもいなかった。
「――隣。資料室は奥のドアがつながっていて、準備室に回れる……」
そう教師にささやかれ、鈴音は、音を立てないように這いつくばって移動した。隣の部屋に逃げこんだとき、気持ちばかり置いていた小さな段ボールが押しのけられ、ドアが開く。
その瞬間に、鈴音と教師は準備室のドアを開いて、廊下へ飛びだした。女子生徒から遠ざかるように、一気に廊下を駆ける。
「なに? いまの」
「あれって……」
女子生徒たちの声を振り切るように、鈴音は、特徴となる長い髪をねじって丸めて手で押さえながら、死に物狂いで走った。
その女子生徒たちが発端なのだろうか。
教師と生徒が逢引をしているという噂がささやかれた。
そして、そのふたりを特定してやろうと、生徒のあいだで動きがでたようだ。
その話を人づてに聞いたとき、はじめて鈴音は恐怖に襲われた。
これまで感じていた優越感は、一気に焦燥へと変化する。
鈴音の気持ちは、穏やかではない。
そんな鈴音の瞳に映るのは、栞とともに廊下の窓際で、静かに談笑している七奈美の姿だった。
爽やかな風が七奈美の黒髪を揺らし、空からの明るい陽射しが、スポットライトのように七奈美を照らす。
沸々と、鈴音の心に憎悪が沸いた。
――そして。
七奈美の後ろを偶然通りかかった力也が、じっと物欲しげに、七奈美の横顔へ視線をあてたのだ。
「ちょっときて」
鈴音は荒々しく、近くにひっそりと佇んでいた英二の腕をとる。
「え? なに? 鈴音さん……?」
戸惑う英二を引きずるように、鈴音は廊下を歩いていく。やがて、目的の場所へやってきた鈴音は、脅すように英二を睨みつける。
「よけいなこと、しゃべったら許さないから」
英二は、黙ってコクコクとうなずいた。
鈴音は考える。これは、力也ではうまくいかない。忠太は、うっかり口を滑らせそう。適任は、このようなことを話す性格ではない英二だろう。
英二の腕をとった鈴音は、今度はわざと、ゆっくり歩きだす。そして、目星をつけた女子生徒のそばを通り過ぎながら、わざと周囲に聞こえるように、英二に話しかけた。
「このあいださあ。あたし、資料室のほうから先生と一緒に逃げてくる人を、見かけちゃった。あれって一年の小坂七奈美だわ。あんな美人、一度見たら忘れないもの」
そのまま鈴音は、そそくさとその場を立ち去った。鈴音の後ろで目的の女子生徒が、しっかり聞き耳を立てていたのを肌で感じていた。
結果は、鈴音の思惑通り。
まことしやかに七奈美の名が広まった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
真実の先に見えた笑顔
しまおか
ミステリー
損害保険会社の事務職の英美が働く八階フロアの冷蔵庫から、飲食物が続けて紛失。男性総合職の浦里と元刑事でSC課の賠償主事、三箇の力を借りて問題解決に動き犯人を特定。その過程で着任したばかりの総合職、久我埼の噂が広がる。過去に相性の悪い上司が事故や病気で三人死亡しており、彼は死に神と呼ばれていた。会社内で起こる小さな事件を解決していくうちに、久我埼の上司の死の真相を探り始めた主人公達。果たしてその結末は?
風の街エレジー
新開 水留
ミステリー
「立ち昇る内臓に似た匂いまでもが愛おしく思えた」
かつて嫌悪の坩堝と呼ばれた風の街、『赤江』。
差別と貧困に苦しみながらも前だけを見つめる藤代友穂と、彼女を愛する伊澄銀一。
そして彼ら二人を取り巻く、誰にも言えぬ秘密と苦難を抱えた若者たちの戦いの記録である。
この街で起きた殺人事件を発端に、銀一達とヤクザ、果てはこの国の裏側で暗躍する地下組織までもが入り乱れた、血塗れの物語が幕を開ける…。
シリーズ『風街燐景』 2
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
月影館の呪い
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽(しんどう はね)は、名門の一軒家に住み、学業成績は常にトップ。推理小説を愛し、暇さえあれば本を読みふける彼の日常は、ある日、幼馴染の望月彩由美(もちづき あゆみ)からの一通の招待状によって一変する。彩由美の親戚が管理する「月影館」で、家族にまつわる不気味な事件が起きたというのだ。
彼女の無邪気な笑顔に背中を押され、葉羽は月影館へと足を運ぶ。しかし、館に到着すると、彼を待ち受けていたのは、過去の悲劇と不気味な現象、そして不可解な暗号の数々だった。兄弟が失踪した事件、村に伝わる「月影の呪い」、さらには日記に隠された暗号が、葉羽と彩由美を恐怖の渦へと引きずり込む。
果たして、葉羽はこの謎を解き明かし、彩由美を守ることができるのか? 二人の絆と、月影館の真実が交錯する中、彼らは恐ろしい結末に直面する。
伯父の赤いマフラー
唄うたい
ミステリー
年に一度、親戚の新年会でのみ会う伯父は、いつもいつも古びた赤いマフラーを巻いていた。
俺は大人になった今でも考える。
あの頃の伯父は、一体「どっち」だったのだろう?
※ 他サイトでも公開しています。
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる