キスメット

くにざゎゆぅ

文字の大きさ
上 下
50 / 159
【第三章】サイキック・バトル編『ジプシーダンス』

第50話 プロローグ 後編

しおりを挟む
 振り返らなくても痛いほど感じる、まとわりつくような鋭利な視線。

 先ほど追っ払った連中でも、当然目の前にいる彼女のものでもない。
 急に緊張した気配が、俺の表情から伝わったのだろうか。
 彼女はたちまち不安そうな眼になり、怯えたそぶりをみせた。

「それじゃ」

 あっさりとそう告げると、俺は片手をあげて、彼女のそばからさっさと離れた。
 最初に通ってきた路地を、今度は逆方向へと足早に歩く。

 新たに現れたこの視線の持ち主の狙いは、間違いなく俺だ。
 だから、通りすがりの無関係な彼女を、巻きこむわけにはいかない。

 俺は振り返らず、その場からどんどんと歩いた。
 問題は、このまま人ごみにまぎれこむか人気のない場所へ向かうべきか……。
 ところが、しばらくすると、あれほど感じた視線がふいに消えた。
 俺は、路地をでたところで立ち止まり、背後に意識を集中させる。

 ――おかしい。
 いまの感覚、俺の気のせいだったのだろうか。
 あるいは、狙いが俺ではなかったのだろうか。
 それとも、いまは仕掛けてくる気がなかっただけなのか。
 いずれにしても今回は、追っ手をまく方向で少々遠回りをしてから、帰路についたほうが良いだろう。

 そう決めた俺は、薄暗くなってきた街の人ごみのなかへ、ゆっくりと紛れこんだ。



 すっかり陽が落ちたころ、俺は家に帰り着いた。
 静かな住宅街の一角に立つ、佐伯さえきという表札がかかった二階建ての家だ。
 手入れされた季節の花の植木鉢やプランターが置いてある、ちょっとした庭もある。
 俺は門を開けて、鍵のかかっていない玄関の扉を開けた。
 まったく、とんだ遠回りをさせられたものだ。

「ただいま」

 そう口にして運動靴を脱ぐと、俺はまっすぐキッチンへ向かう。
 この時間帯ならばいつも、夢乃ゆめのの母親が夕食の用意をしているはずだ。

「お母さん、ただいま帰りました」

 キッチンの入り口から顔をのぞかせ声をかけると、夢乃の母親は必ず顔をあげた。
 俺の目を見て「お帰り」と返してくる。

「夕食、もうちょっとで用意できるから着替えてきてね。夢乃と一緒に、居間へおりてきてちょうだい」

 続けてそう告げると、夢乃の母親は夕食の仕度へと戻る。
 返事をした俺は、廊下から二階に続く階段のほうへ向かった。



 夢乃の両親は、家族を亡くした俺を中学のころからあずかってくれている。
 警視庁に勤めている夢乃の父親が、俺の父方の叔父貴おじきと古くからの付き合いだそうだ。

 夢乃の両親から当初、養子縁組も希望してくれたが、俺のほうから断った。
 それでも、夢乃の母親は俺を実の子どものように接してくれている。
 だから俺も、彼女を母親と思ってそう呼んでいる。
 法律上だけの親子関係など、俺には必要がない。
 それに、もし俺の身になにかが起こったときに、夢乃の家族へ迷惑をかけるわけにはいかないからだ。

 俺の実父は、陰陽師の家系だった。
 だが、もともと家業を継いではいないので、とくに問題はない。
 一族は事実上、俺の叔父貴が動かしている。
 問題は、俺の母方の家系にあるのだが、この件に関する詳しい話を、夢乃の両親にしたことはない。
 実は、父方の従兄弟いとこ勝虎かつとらや叔父貴にも、一切話題にしたことがない。

 ――話さなくてすむことなら、一生伝える必要がないこともある。
 ただひとり、母の血を受け継いでいる俺自身の問題だというだけだ。

 そして俺は、父親から受け継いだ陰陽術を身体に、母親から譲り受けたロザリオとリボルバーという形見さえあれば、それだけでいい。



 二階へあがり、夢乃の部屋の前を通り過ぎた。
 そして、自分の部屋の扉を開けて、壁際の電気のスイッチを手さぐりでいれる。
 少々殺風景な部屋が、たちまち明るくなった。

 中学へ入学するころにここへきてから、勉強に関するもの以外は、とくに増えていない。
 目につくものは勉強机や本棚、機械類としてパソコンやCDプレーヤーくらいだ。
 友人となる京一郎きょういちろうが、時折雑誌やらCDやら趣味となる私物を持ちこんでくるが、そんなにたくさんの量じゃない。

 俺は机に近寄りながら、ベッドの上へカバンを放り投げ、右手につけていた腕時計を外しかけた。
 小学生のころに、はじめて腕時計をつけたとき、左利きである俺はなにも考えず右手につけた。
 そのために、腕時計だけはなぜか癖がついてしまって左手に変えられない。
 でも、そんな些細なことは、きっと誰も気にもとめないだろう。

 そのとき、ノックの音が小さく響いた。
 すぐに扉を開けた夢乃が、少しだけ顔をのぞかせる。

「お帰りなさい。遅かったわね。本屋さんで、なにか面白い本でも見つかった?」

 そう口にすると、薄っすらと笑みを浮かべてみせた。
 夢乃は、肩口でそろえられた漆黒の髪と瞳を持つ、純和風の美人だ。
 品行方正成績優秀な女の子で、俺と同じ高校に通うクラスメートでもある。
 小首をかしげて尋ねてきた夢乃の肩へ、さらさらとストレートの髪が艶やかに揺れた。

「いや……」

 言いよどんだ俺は、外した腕時計を手にしたまま、今日の出来事を話すかどうか躊躇した。
 真面目過ぎるゆえに心配性でもある夢乃である。
 実害のなかった視線や気配だけの話をするのも、どうだろうかと思ったのだ。

 迷いつつも、俺が口を開こうとしたその瞬間。
 俺は、窓の外から異様な気配を感じた。
 先ほどと同じ、殺気と見紛うような鋭く射抜く視線を。

「伏せろ!」

 階下には聞こえないように夢乃へ向かって小さく叫んだ俺は、間髪いれず、左手に持っていた腕時計を、部屋の電気のスイッチへ叩き投げた。
 頭を抱えた夢乃が床に伏せるのと同時に、部屋の明かりがおちる。
 目が慣れていない暗闇のなかで、俺は定位置に隠し置いていたリボルバーへと飛びついた。
 ホルスターからすばやく抜いて、銃口を下へ向けたまま窓際へと走り寄る。

 壁で身を隠しながら、しばらく外の気配をうかがった。
 だが、すでに外からの気配は消えていた。
 窓越しの街には、いつもと変わらぬ静寂が訪れている。



 いままで俺は、どんな相手であっても、家まであとをつけられたことはなかった。
 周囲に迷惑をかけられない俺が、この街にきてから、もっとも気をつけていることだ。
 思わず舌打ちがでる。
 俺個人だけではなく、この家までなんらかのターゲットになるのなら、夢乃に黙っているわけにはいかないだろう。

「夢乃、5分ほどで戻ってくる。説明はあとで」

 俺はそう告げると、その場に夢乃を残したまま、銃を片手に足音なく階段を駆けおりた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

処理中です...