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【第二章】 文化祭編『最終舞台(ラストステージ)は華やかに』

第31話 京一郎

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「ジプシーの家族が亡くなったのは、彼が小学校一年の最初のころらしいわ。そして、わたしの家へきたのは中学一年の春。だから小学校時代は、土居どいさんっていうんだけれど、ジプシーの父親の弟さんのところにいたそうよ」
「なぁんだ。てっきり天涯孤独だと思ってたんだけれど。親戚がいるじゃない」

 ほーりゅうが思わず声をあげたが、慌てて口を押さえた。
 すぐにうなずいて、夢乃へささやく。

「――続きをどうぞ」

 俺のなかでは、兄弟であるはずの土居という苗字が、ジプシーの苗字である江沼と違うことのほうが引っかかった。
 どちらかが養子にでもなったのだろうか。
 だが、話の腰を折るほどのことでもないだろう。
 でもまあ、父方というのであれば、一族は全員、陰陽道関係か。

 ほーりゅうと俺は、夢乃の話の続きを待った。

「わたしの父と土居さんが、昔からの――大学時代からの親友という関係で、ジプシーがわたしの家にきたんだけれども……」

 ちょっと夢乃は言いよどむ。

「ジプシーの両親と妹さん、妹さんの年齢は彼のふたつ下だったかな。――事件が起きてね。ジプシーを残して、一家皆殺しにあったらしいの。その犯人は、まだ捕まっていない」
「なんだって? そんな事件なら、新聞の全国版に載るだろう? それに未解決なら、なおさら繰り返し話題にものぼる。そんな未解決事件を、たぶん俺は聞いたことがねぇぞ」

 俺も思わず声をだしてしまったが、夢乃は静かに、首を横に振った。

「その、土居さんって人がその土地の陰陽師の権力者にあたるのと、わたしの父も絡んでいるのかな……。報道が押さえられて地方の新聞にしか載らず、それもあまり大きな記事にもならなかったって聞いたわ。直接担当した警察関係者以外には、生き残ったジプシーの存在も知らされていない」

 ――そんなことができるのだろうか。
 奴が生き残っているという事実が報道されたら、まずいことでもあったのだろうか。
 または、――さらに狙われる可能性などがあったってことか。

 そして、俺はいまの話のなかで、一番気になったことを聞いた。

「まさか、その犯人っていうのが、さっきの話にでた例の我龍って奴じゃないだろうな」
「それはないと思う。我龍の年齢はわたしたちと同じくらいだそうだから、その当時なら六歳か七歳くらいでしょう。それに複数犯だっていわれていたそうよ。わたしが直接話をしたのは土居さんの息子さんで、ジプシーの血のつながった従兄弟になるわね。たしか彼も、わたしたちと同じ学年で、勝虎かつとらって名前だった。ジプシーが、はじめてわたしの家へきたときに、土居さんと一緒についてきていたの。あのときは大人とジプシーだけが部屋で話をしていて、わたしとトラくんは別の部屋で待っていた」

 夢乃は、ふっと視線を、足もとから遠くの街並みへと向ける。

「トラくんは根がいい人で、待っているあいだ、ずっと小学校時代を一緒に過ごした従兄弟の心配だけを口にしていたわ。その彼が語ってくれた言葉のなかで、とくに印象に残ったことといえば。――ジプシーは事件のせいなのか、生き急ぐというか死に急ぐというか、そんな印象があるって。そして、我龍って男に会ったとき、彼も同じ生き方をしている気配がしたって言っていたわ……」

 俺は、ふと考えついた言葉を、相槌代わりに口にする。

「ってことは、なんだ。ジプシーはその従兄弟と一緒に会ったのが、我龍って奴に会った最初で最後の一回ってことだな」
「わたしも、トラくんから話を聞いたそのときは、我龍って人がジプシーのなかで、そこまでの重要人物だとは思わなかったから、それ以上の詳しい話を聞かなかったんだけれども」
「そのとき、ジプシーと我龍とのあいだに、なにかがあったとしたら。まあ、その話は、その従兄弟に尋ねればいいことなんだが」

 俺は、夢乃の瞳をのぞきこんだ。

「俺たちに、そこまで踏みこむ権利はねぇな」

 夢乃も同意するように、俺へうなずき返した。
 話のひとくぎりがついた俺は、いまの内容を頭のなかで整理しつつ、ほーりゅうへ視線を向ける。
 案の定、ほーりゅうは怪訝な顔をして、俺に説明を求める目をしていた。
 話の押さえどころがわかっていないのだろう。
 ほーりゅうには比喩などを使わず、直球で伝えるほうがいい。

「つまりジプシーは、一家皆殺しにされた事件の生き残りで犯人は捕まっておらず、その犯人ではないし理由もわからないが、我龍という男を敵視しているってことだ」

 非常にわかりやすく簡潔に言ってやると、無言で素直に数回、ほーりゅうはうなずいた。
 そこまでは理解しているようなので、俺は言葉を続ける。

「夢乃の話でいうところの地雷ってのは、奴に、事件や我龍に関することを連想させたり訊いたりするなってことだ。わかったか?」
「――うん、わかった! オッケー!」

 真面目な表情になったほーりゅうは、両手で頭の上に大きな輪を作る。
 その彼女の姿に俺は、この軽さ、本当に話の内容を理解したのだろうかと、ちょっと不安になった。
 そんな頭を抱える俺のほうを見ながら、ほーりゅうは無邪気に言葉を続ける。

「あ。あとね、もうひとつ聞きたいんだけれど。ジプシーの性格って、どんなの?」
「性格?」

 聞き返した俺に、ほーりゅうは大きくうなずいた。

 俺は、ふむと考える。
 性格を知れば、ほーりゅうは奴の地雷を踏む確率を、少しでも回避することができるだろうか。

「奴は、そうだな。――気をつけなきゃいけないこととしては、思った以上に短気だな。考える場面以外で黙りこんだときは、たいていムカついているときだ。それに、一瞬で命をかけた判断を求められるときが多かったせいか、なんでも切り捨てる方向で物事を決断する。奴が不機嫌そうなときは、できるだけ近づかないほうがいいだろうな」
「へ~。そうなんだぁ」

 俺の言葉に、ほーりゅうはうんうんとうなずいている。
 そんな彼女に、俺は、続く言葉をのみこんだ。
 それは、あえてそこまで口にする必要もないだろう。

 ――自分の命にも、まったく執着がない奴なんだ、とは。
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