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【第二章】 文化祭編『最終舞台(ラストステージ)は華やかに』
第29話 ジプシー
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文化祭では、積極的な女子たちの希望が通り、クラスで舞台をすることが決まっている。
そして、今年の文化祭テーマが「おとぎの国」というお題をうけて、今日のこのホームルームで、なぜか『ロミオとジュリエット』をやるとも決まった。
だが。
「――皆さん、冗談を言っていませんか?」
クラス委員長という立場でホームルームの進行をしていた俺の言葉に、クラスのほとんどの女子が瞳を爛々と輝かしつつ、ふるふると顔を横へ振った。
そして、ひとりの女生徒が立ちあがり、おそらくクラスの女子の意見を代表する。
「このクラスには演劇部員もいないし、わたしたちクラス全員が演劇に関して素人なので、シリアスなんてできないと思うんです。だからお笑い路線で、と」
「――で、なぜ、ぼくですか?」
俺のこの質問に、今度は誰の返事もない。
クラスの副委員長となる夢乃は、黒板の前で、チョークを片手に心配そうな表情を浮かべている。
ほーりゅうと京一郎は、面白がっている顔で、この成り行きを眺めているだけだ。
俺は重ねて言った。
「ぼくは、この配役の投票結果はクラスの女子に対して失礼だと思うんですが。ロミオ役の城之内くんはいいとして、なんでジュリエットが、ぼくなんですか?」
先ほどとは別の女生徒が、座ったまま口を開く。
「わたしたち、たしかに票は入れましたが、ジュリエット役に委員長の江沼くんを推薦したのは、城之内くんですし……」
――野郎、あとで呼び出しだ。
そう胸の中で毒づきながら、俺は黒板の前から京一郎を睨みつける。
すると、彼は怯むことなくニヤニヤとした笑いを浮かべた。
「文化祭の舞台なんざ、ただのお遊びじゃねぇか。そんなに目くじらを立てるほどのことじゃねぇだろ? 委員長さんよ」
まったく、京一郎はなにを考えているんだ。
俺が極力、人前にでたくないことを知っているくせに。
第一、実際に女装なんてものをやらされる俺の身にもなってみろ。
「委員長の整った顔立ちや俺たちの仲の良さは、周知の事実じゃねぇか。おまえがジュリエットをやるから、俺もロミオをやってやるって。公平な投票結果だろう。ほら決定! 次、別の係や担当を決めていけよ」
たしかに、公平な投票による多数決は多数決。
違反でもしていなければ、このまま決定すべきだ。
――俺だけ、マジで女装かよ。
放課後、俺は京一郎と夢乃、ほーりゅうとともに屋上へとやってきた。
当然、今日のホームルームの件でだ。
そして、俺が言いたいことは、京一郎もわかっているらしい。
「でもよ、以前『周囲の状況が激変するときは、その状況に同化しつつ、自分を裏切らない仲間をそばに置く』って、おまえが俺に言ったんだよな」
「そりゃ、言ったことがあるが」
先手を打つように、京一郎が口火を切った。
しかも、こっちが忘れているような変なことをよく覚えていやがる。
「文化祭ってのは、充分非日常的なものじゃねぇ?」
「学生にとっては、ただの学校行事だ」
「だが、ロミオとジュリエットなら、文化祭がおわるまで一緒に行動をともにしていても、全然おかしくねぇだろう?」
「友人なら、劇をしなくても一緒に行動しておかしくないと思うが」
結局、京一郎は面白がっているだけじゃないか。
俺は、ため息をついた。
すると、ふいに真面目な表情になった京一郎が、声のトーンを落とす。
「それはまあ、建前なんだが」
「あ? 建前?」
訝しげに眉根を寄せてみた俺へ向かって、京一郎は静かに言葉を続ける。
「俺としちゃあ、もう少しおまえに高校生としての気分を味わってもらいたいってのもあるんだ。――おまえだって年相応に文化祭、楽しんでもいいと思うぞ」
俺のことを考えてくれていた京一郎の気持ちだと理解した俺は、息を呑む。
そして、そういう風に持っていかれると、こちらとしては非常に断りにくくなってしまう。
仕方なく、いかにも仕方がないといった苦渋の面持ちで、俺はかすかにうなずいた。
その瞬間。
「ってことで、ジプシーの女装姿、決定!」
京一郎は、黙って成り行きを見守っていたほーりゅうのほうへ振り向くと、そのときを待っていたかのような彼女と、片手をあげてハイタッチをする。
――この野郎。
最初から言いくるめようと企んでいたな。
そうは思っても、先ほどの京一郎の言葉に含まれる感情が、俺にはまったくの嘘だとも言えず、うやむやのままに引き受けることになってしまった。
そして。
俺と京一郎との様子に、この話題がまとまったようだと感じたらしいほーりゅうが、急に俺へと大きな瞳を向けると、口を開いた。
「あのさ、いままでジプシーに確かめようと思って、訊けなかったことがあるんだけれど? いま訊いてもいいかなぁ」
そして、今年の文化祭テーマが「おとぎの国」というお題をうけて、今日のこのホームルームで、なぜか『ロミオとジュリエット』をやるとも決まった。
だが。
「――皆さん、冗談を言っていませんか?」
クラス委員長という立場でホームルームの進行をしていた俺の言葉に、クラスのほとんどの女子が瞳を爛々と輝かしつつ、ふるふると顔を横へ振った。
そして、ひとりの女生徒が立ちあがり、おそらくクラスの女子の意見を代表する。
「このクラスには演劇部員もいないし、わたしたちクラス全員が演劇に関して素人なので、シリアスなんてできないと思うんです。だからお笑い路線で、と」
「――で、なぜ、ぼくですか?」
俺のこの質問に、今度は誰の返事もない。
クラスの副委員長となる夢乃は、黒板の前で、チョークを片手に心配そうな表情を浮かべている。
ほーりゅうと京一郎は、面白がっている顔で、この成り行きを眺めているだけだ。
俺は重ねて言った。
「ぼくは、この配役の投票結果はクラスの女子に対して失礼だと思うんですが。ロミオ役の城之内くんはいいとして、なんでジュリエットが、ぼくなんですか?」
先ほどとは別の女生徒が、座ったまま口を開く。
「わたしたち、たしかに票は入れましたが、ジュリエット役に委員長の江沼くんを推薦したのは、城之内くんですし……」
――野郎、あとで呼び出しだ。
そう胸の中で毒づきながら、俺は黒板の前から京一郎を睨みつける。
すると、彼は怯むことなくニヤニヤとした笑いを浮かべた。
「文化祭の舞台なんざ、ただのお遊びじゃねぇか。そんなに目くじらを立てるほどのことじゃねぇだろ? 委員長さんよ」
まったく、京一郎はなにを考えているんだ。
俺が極力、人前にでたくないことを知っているくせに。
第一、実際に女装なんてものをやらされる俺の身にもなってみろ。
「委員長の整った顔立ちや俺たちの仲の良さは、周知の事実じゃねぇか。おまえがジュリエットをやるから、俺もロミオをやってやるって。公平な投票結果だろう。ほら決定! 次、別の係や担当を決めていけよ」
たしかに、公平な投票による多数決は多数決。
違反でもしていなければ、このまま決定すべきだ。
――俺だけ、マジで女装かよ。
放課後、俺は京一郎と夢乃、ほーりゅうとともに屋上へとやってきた。
当然、今日のホームルームの件でだ。
そして、俺が言いたいことは、京一郎もわかっているらしい。
「でもよ、以前『周囲の状況が激変するときは、その状況に同化しつつ、自分を裏切らない仲間をそばに置く』って、おまえが俺に言ったんだよな」
「そりゃ、言ったことがあるが」
先手を打つように、京一郎が口火を切った。
しかも、こっちが忘れているような変なことをよく覚えていやがる。
「文化祭ってのは、充分非日常的なものじゃねぇ?」
「学生にとっては、ただの学校行事だ」
「だが、ロミオとジュリエットなら、文化祭がおわるまで一緒に行動をともにしていても、全然おかしくねぇだろう?」
「友人なら、劇をしなくても一緒に行動しておかしくないと思うが」
結局、京一郎は面白がっているだけじゃないか。
俺は、ため息をついた。
すると、ふいに真面目な表情になった京一郎が、声のトーンを落とす。
「それはまあ、建前なんだが」
「あ? 建前?」
訝しげに眉根を寄せてみた俺へ向かって、京一郎は静かに言葉を続ける。
「俺としちゃあ、もう少しおまえに高校生としての気分を味わってもらいたいってのもあるんだ。――おまえだって年相応に文化祭、楽しんでもいいと思うぞ」
俺のことを考えてくれていた京一郎の気持ちだと理解した俺は、息を呑む。
そして、そういう風に持っていかれると、こちらとしては非常に断りにくくなってしまう。
仕方なく、いかにも仕方がないといった苦渋の面持ちで、俺はかすかにうなずいた。
その瞬間。
「ってことで、ジプシーの女装姿、決定!」
京一郎は、黙って成り行きを見守っていたほーりゅうのほうへ振り向くと、そのときを待っていたかのような彼女と、片手をあげてハイタッチをする。
――この野郎。
最初から言いくるめようと企んでいたな。
そうは思っても、先ほどの京一郎の言葉に含まれる感情が、俺にはまったくの嘘だとも言えず、うやむやのままに引き受けることになってしまった。
そして。
俺と京一郎との様子に、この話題がまとまったようだと感じたらしいほーりゅうが、急に俺へと大きな瞳を向けると、口を開いた。
「あのさ、いままでジプシーに確かめようと思って、訊けなかったことがあるんだけれど? いま訊いてもいいかなぁ」
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