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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第157話 夢乃
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窓を大きくとった造りなので、冬の柔らかな陽差しが店内を満たす。
島本さんの運転で、市外のカフェテラスがある大きな喫茶店に入った。
外は寒いので、店内の陽当たりの良い窓際の、大きな楕円形のテーブルに着く。
白い陶器のティーポットの取っ手が、光を受けてテーブルの上で輝いている。
「もう少し体調が回復したら、ドライブなど遠出もできます。こちらの大学もはじまってしまいますが、時間を作りますね」
島本さんは、申しわけなさそうに言う。
「そんなこと……」
会えるだけでも充分ですからと口にするのは、さすがに照れのために面と向かって続けられなかった。
島本さんは、旅行先で会ったときと少しも印象が変わっていない。
女性と見間違うほどではないが、線の細い端正な顔に浮かべる表情は穏やかだ。
さらりとした長い黒髪を柔らかくひとくくりにして、肩口から胸もとへ垂らしている。
ティーカップに添えられた指は長く、爪先は整っていた。
「本当はホテルを変えて、もう少しあちらにいるつもりでしたが、予定を変更せざるを得ない事情ができてね……」
「なにがあって? あ、例の……。その、工作員としての仕事の関係で?」
「いえ、私のほうじゃないのです。じつはあれから、我龍のほうに追っ手がかかりましてね」
あっさりと島本さんは否定する。
続けて肩をすくめながら、なんでもないことのように笑顔で言ってのけた。
「大みそかに、こちらへ戻ったあと、その足で我龍は姿をくらませています。一緒に住んでいるといっても、私のマンションは彼にとって、ただの拠点のひとつに過ぎないから」
そう告げると彼は、わたしの顔をふいにのぞきこんだ。
うっかり、我龍に対して浮かべた嫌悪の表情を読み取られてしまい、わたしは困惑する。
嫌な女だと思われただろうか。
そんなわたしの様子に、島本さんは突然訊いてきた。
「あなたは我龍の能力のことを、どこまで知っていますか?」
てっきり我龍の話題を避けるかと思ったのに、逆に話をふられ、戸惑いながらも答える。
「彼の能力ですか? 手で触れずに物を動かす力があると。あと、テレパシーと呼ばれる力を持っていると聞きましたけれど……」
文化祭のときは、宙に浮かす力を目撃したけれども、ほんの一瞬だった。
テレパシーのほうは、トラくんとほーりゅうから話だけを聞いている。
「そう。サイコキネシスと言われる念力。それとテレパシーと言われる精神感応。ただ、念力のほうは無制限ですが、精神感応に関して、彼にはいくつか制限があります。ここで制限に関してあなたに話したら、私が彼に怒られてしまうので教えられません。でも、その精神感応能力によって、私は十年前の聡くんの事件も、そのあとの我龍と聡くんと従兄弟の件も、その場で見ていたように知っています。無防備な我龍の近くで寝ると、たまに彼の夢が映像で流れこんでくるのですよ」
そう言って、島本さんは楽しそうに笑う。
そして、ふいに真面目な表情になった。
「聡くんの事件のときと、そのあとのことに関してですが。あのときの我龍は、私からみても彼の状態と性格上、ああせざるを得なかったと思います」
思わず言葉を発しかけたわたしを、島本さんは片手で制して続けた。
「あなたが聞き知っている我龍は、たぶん聡くんの従兄弟から聞いた、十年前の我龍でしょうね。私からいま、その当時や現状の我龍の考えや立場について話すことを、彼は望んでいないのでお話しできません。ただ、私から見た彼の印象を、別の話としてあなたに語るのは、構いませんよね。あなたには聡くんのそばにいる第三者として、我龍の人柄を知ってもらいたいのです」
島本さんの運転で、市外のカフェテラスがある大きな喫茶店に入った。
外は寒いので、店内の陽当たりの良い窓際の、大きな楕円形のテーブルに着く。
白い陶器のティーポットの取っ手が、光を受けてテーブルの上で輝いている。
「もう少し体調が回復したら、ドライブなど遠出もできます。こちらの大学もはじまってしまいますが、時間を作りますね」
島本さんは、申しわけなさそうに言う。
「そんなこと……」
会えるだけでも充分ですからと口にするのは、さすがに照れのために面と向かって続けられなかった。
島本さんは、旅行先で会ったときと少しも印象が変わっていない。
女性と見間違うほどではないが、線の細い端正な顔に浮かべる表情は穏やかだ。
さらりとした長い黒髪を柔らかくひとくくりにして、肩口から胸もとへ垂らしている。
ティーカップに添えられた指は長く、爪先は整っていた。
「本当はホテルを変えて、もう少しあちらにいるつもりでしたが、予定を変更せざるを得ない事情ができてね……」
「なにがあって? あ、例の……。その、工作員としての仕事の関係で?」
「いえ、私のほうじゃないのです。じつはあれから、我龍のほうに追っ手がかかりましてね」
あっさりと島本さんは否定する。
続けて肩をすくめながら、なんでもないことのように笑顔で言ってのけた。
「大みそかに、こちらへ戻ったあと、その足で我龍は姿をくらませています。一緒に住んでいるといっても、私のマンションは彼にとって、ただの拠点のひとつに過ぎないから」
そう告げると彼は、わたしの顔をふいにのぞきこんだ。
うっかり、我龍に対して浮かべた嫌悪の表情を読み取られてしまい、わたしは困惑する。
嫌な女だと思われただろうか。
そんなわたしの様子に、島本さんは突然訊いてきた。
「あなたは我龍の能力のことを、どこまで知っていますか?」
てっきり我龍の話題を避けるかと思ったのに、逆に話をふられ、戸惑いながらも答える。
「彼の能力ですか? 手で触れずに物を動かす力があると。あと、テレパシーと呼ばれる力を持っていると聞きましたけれど……」
文化祭のときは、宙に浮かす力を目撃したけれども、ほんの一瞬だった。
テレパシーのほうは、トラくんとほーりゅうから話だけを聞いている。
「そう。サイコキネシスと言われる念力。それとテレパシーと言われる精神感応。ただ、念力のほうは無制限ですが、精神感応に関して、彼にはいくつか制限があります。ここで制限に関してあなたに話したら、私が彼に怒られてしまうので教えられません。でも、その精神感応能力によって、私は十年前の聡くんの事件も、そのあとの我龍と聡くんと従兄弟の件も、その場で見ていたように知っています。無防備な我龍の近くで寝ると、たまに彼の夢が映像で流れこんでくるのですよ」
そう言って、島本さんは楽しそうに笑う。
そして、ふいに真面目な表情になった。
「聡くんの事件のときと、そのあとのことに関してですが。あのときの我龍は、私からみても彼の状態と性格上、ああせざるを得なかったと思います」
思わず言葉を発しかけたわたしを、島本さんは片手で制して続けた。
「あなたが聞き知っている我龍は、たぶん聡くんの従兄弟から聞いた、十年前の我龍でしょうね。私からいま、その当時や現状の我龍の考えや立場について話すことを、彼は望んでいないのでお話しできません。ただ、私から見た彼の印象を、別の話としてあなたに語るのは、構いませんよね。あなたには聡くんのそばにいる第三者として、我龍の人柄を知ってもらいたいのです」
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