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第二章 魔獣退治編
27 小部屋の地獄
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岩壁に囲まれた真っ暗な空間で、レオは荒く息を吐いている。
腰まで浸かった水の中、片腕でシエナを抱え、片腕で水中を探っている。マントの端を探り当てて引き上げると、意識の無いバッツの身体が、水中から引き上げられた。
「うっ」
レオ自身も身体に鋭い痛みが走る。どこを怪我しているのかわからないまま、バッツを中央にある岩の上に持ち上げて、シエナも引きずり上げた。
シエナの首に手を当てると脈が感じられ、吐血しながらも僅かに息をしているのがわかる。
だが、バッツは呼吸も心臓も完全に止まっていた。
レオが手早く掌から灯りを出すと、岩壁の空間が浮かび上がった。
浸水した小さな岩の窪みに、三人はいた。
落下した岩石によって出口が塞がれて、閉ざされた小部屋のような空間になっていた。内部には武器や防具が散らばり、中央にせり出た岩の上は三人の血で濡れている。
騎乗していた鱗竜たちは見当たらず、落石の下敷きとなっている可能性があった。
岩の上に寝かせたバッツは頭を切って酷く流血し、その顔は死人のように青い。レオはすぐに人工呼吸を施し、心臓マッサージを行った。自分の身体の痛みもわからなくなるくらい、全力で集中していた。
「バッツ! 目を覚ませ! バッツ!!」
隔絶されたこの小空間の向こうには、また別の地獄が広がっていた。
洞窟内は地響きが鳴り、逃げる者たちの叫び声と、重い衝撃音、悪魔のような異形の轟が聞こえる。
頭が混乱しそうな大音響の中で、レオは無力さに打ちのめされながらも、バッツの名を叫び続けることしかできなかった。
何故、こんなことに?
「あれは、あれは魔獣なんかじゃない!」
レオは極限の恐怖の中で、走馬灯のように、ここに至るまでの記憶がフラッシュバックしていた。
* * * *
約一時間前 ーーー
ひと通りの訓練を受けた新人能力者達と、古参の能力者達は一同に目的地である巨大な洞窟に向かっていた。
週が明けて、巨大魔獣を退治する日がやってきたのだ。
「やあ、君がレオだね」
オニキスに乗って走るレオの隣に、別のチームの班長が声を掛けた。振り向くと、傷がある端整な顔に逞しく研ぎ澄まされた身体の、まさしく軍人らしい男性だ。
「シエナから聞いている。素晴らしい騎乗テクニックと能力を持つ新人がいるって」
「僕は駆り出されただけで……」
「知っている。君は国王軍に入隊すべきだ」
初対面からまた勧誘が始まって、レオはもう「配達が好きだ」と言う気も無くなっていた。沈黙するレオに、男性はハンサムに笑った。
「失礼。俺はウォルター。今回の魔獣退治全隊の隊長だ」
隊長直々の挨拶に、レオは慌てた。
兜とゴーグルを装備していたのでわからなかったが、よく見れば、出発の際に代表で挨拶していた人物だった。
「あ、ウォルター隊長……今回はよろしくお願いします」
自分の顔を覚えていないレオに、ウォルターは苦笑いした。
「入隊にはまったく興味が無いようだね」
「す、すみません」
「まあ、君のリーダーであるシエナの顔だけ覚えてくれればいいよ」
シエナは反対側で笑っている。
全体で30人前後がチームを組んで、森の中を駆け抜ける。
途中、魔獣が空や茂みから襲撃をかけるが、その殆どが陣形の先頭に配備されたベテラン達によって討たれていた。
新人はただ、列を着いていくだけだった。
レオは、自分たち新人はただ討伐の見物に来ているような気持ちになっていた。このまま洞窟にいる巨大魔獣も、ベテラン達で退治が済んでしまうような気がしてしまう。レオだけでなく、最初は緊張していた新人達の間にも楽観的な雰囲気ができ始めていた。
「巨大魔獣の姿をハッキリ見た者はいないが……」
ウォルターはレオの隣で会話を続ける。
「奴は奇妙な鳴き声で、周囲から魔獣を集めるらしい。近隣に住む村人達がその声を聞いている」
「だからこんなに魔獣が増えたんですね」
「呼び集めて群れるとは、まるで人間のようだろう? 洞窟内部は魔獣がどれだけいるかわからない。油断するなよ」
ウォルターは男前なウィンクをして、列の前に行ってしまった。
全隊は事前に練られた陣形と作戦のもと、エリート班が中心となって退治を行い、新人のチームは後方支援と決まっていた。
レオが後ろを振り返ると、バッツが緊張の面持ちで着いてきている。騎乗もだいぶ様になっていた。
森を抜けると全隊はいよいよ隊列を直線上に移動し、洞窟に突入していった。
魔獣によって造形された洞窟は異常に大きな高さと奥行きを持ち、内部は迷路のように複雑だった。暗闇の中、各自が灯りを手に、巨大魔獣が潜むであろう奥へと進入した。
ここから、対局が大きく変わる事になった。
洞窟内の地面には無数の罠が張り巡らされ、大半が早々に落馬して陣形が崩れた。作戦はまるで呪いのように次々と失敗が続き、隊はパニックとなった。
さらには巨大魔獣の鳴き声が洞窟内で共鳴して岩盤が落ち、内部は落石が連発、隊は壊滅状態に陥った。
シエナのチームは真っ暗な闇の中で落石に合い、さらには大きな鞭のような物体……おそらく魔獣の巨大な尾によって横殴りに振り払われて、この狭い小部屋状態の窪みに飛ばされ、閉じ込められていた。
腰まで浸かった水の中、片腕でシエナを抱え、片腕で水中を探っている。マントの端を探り当てて引き上げると、意識の無いバッツの身体が、水中から引き上げられた。
「うっ」
レオ自身も身体に鋭い痛みが走る。どこを怪我しているのかわからないまま、バッツを中央にある岩の上に持ち上げて、シエナも引きずり上げた。
シエナの首に手を当てると脈が感じられ、吐血しながらも僅かに息をしているのがわかる。
だが、バッツは呼吸も心臓も完全に止まっていた。
レオが手早く掌から灯りを出すと、岩壁の空間が浮かび上がった。
浸水した小さな岩の窪みに、三人はいた。
落下した岩石によって出口が塞がれて、閉ざされた小部屋のような空間になっていた。内部には武器や防具が散らばり、中央にせり出た岩の上は三人の血で濡れている。
騎乗していた鱗竜たちは見当たらず、落石の下敷きとなっている可能性があった。
岩の上に寝かせたバッツは頭を切って酷く流血し、その顔は死人のように青い。レオはすぐに人工呼吸を施し、心臓マッサージを行った。自分の身体の痛みもわからなくなるくらい、全力で集中していた。
「バッツ! 目を覚ませ! バッツ!!」
隔絶されたこの小空間の向こうには、また別の地獄が広がっていた。
洞窟内は地響きが鳴り、逃げる者たちの叫び声と、重い衝撃音、悪魔のような異形の轟が聞こえる。
頭が混乱しそうな大音響の中で、レオは無力さに打ちのめされながらも、バッツの名を叫び続けることしかできなかった。
何故、こんなことに?
「あれは、あれは魔獣なんかじゃない!」
レオは極限の恐怖の中で、走馬灯のように、ここに至るまでの記憶がフラッシュバックしていた。
* * * *
約一時間前 ーーー
ひと通りの訓練を受けた新人能力者達と、古参の能力者達は一同に目的地である巨大な洞窟に向かっていた。
週が明けて、巨大魔獣を退治する日がやってきたのだ。
「やあ、君がレオだね」
オニキスに乗って走るレオの隣に、別のチームの班長が声を掛けた。振り向くと、傷がある端整な顔に逞しく研ぎ澄まされた身体の、まさしく軍人らしい男性だ。
「シエナから聞いている。素晴らしい騎乗テクニックと能力を持つ新人がいるって」
「僕は駆り出されただけで……」
「知っている。君は国王軍に入隊すべきだ」
初対面からまた勧誘が始まって、レオはもう「配達が好きだ」と言う気も無くなっていた。沈黙するレオに、男性はハンサムに笑った。
「失礼。俺はウォルター。今回の魔獣退治全隊の隊長だ」
隊長直々の挨拶に、レオは慌てた。
兜とゴーグルを装備していたのでわからなかったが、よく見れば、出発の際に代表で挨拶していた人物だった。
「あ、ウォルター隊長……今回はよろしくお願いします」
自分の顔を覚えていないレオに、ウォルターは苦笑いした。
「入隊にはまったく興味が無いようだね」
「す、すみません」
「まあ、君のリーダーであるシエナの顔だけ覚えてくれればいいよ」
シエナは反対側で笑っている。
全体で30人前後がチームを組んで、森の中を駆け抜ける。
途中、魔獣が空や茂みから襲撃をかけるが、その殆どが陣形の先頭に配備されたベテラン達によって討たれていた。
新人はただ、列を着いていくだけだった。
レオは、自分たち新人はただ討伐の見物に来ているような気持ちになっていた。このまま洞窟にいる巨大魔獣も、ベテラン達で退治が済んでしまうような気がしてしまう。レオだけでなく、最初は緊張していた新人達の間にも楽観的な雰囲気ができ始めていた。
「巨大魔獣の姿をハッキリ見た者はいないが……」
ウォルターはレオの隣で会話を続ける。
「奴は奇妙な鳴き声で、周囲から魔獣を集めるらしい。近隣に住む村人達がその声を聞いている」
「だからこんなに魔獣が増えたんですね」
「呼び集めて群れるとは、まるで人間のようだろう? 洞窟内部は魔獣がどれだけいるかわからない。油断するなよ」
ウォルターは男前なウィンクをして、列の前に行ってしまった。
全隊は事前に練られた陣形と作戦のもと、エリート班が中心となって退治を行い、新人のチームは後方支援と決まっていた。
レオが後ろを振り返ると、バッツが緊張の面持ちで着いてきている。騎乗もだいぶ様になっていた。
森を抜けると全隊はいよいよ隊列を直線上に移動し、洞窟に突入していった。
魔獣によって造形された洞窟は異常に大きな高さと奥行きを持ち、内部は迷路のように複雑だった。暗闇の中、各自が灯りを手に、巨大魔獣が潜むであろう奥へと進入した。
ここから、対局が大きく変わる事になった。
洞窟内の地面には無数の罠が張り巡らされ、大半が早々に落馬して陣形が崩れた。作戦はまるで呪いのように次々と失敗が続き、隊はパニックとなった。
さらには巨大魔獣の鳴き声が洞窟内で共鳴して岩盤が落ち、内部は落石が連発、隊は壊滅状態に陥った。
シエナのチームは真っ暗な闇の中で落石に合い、さらには大きな鞭のような物体……おそらく魔獣の巨大な尾によって横殴りに振り払われて、この狭い小部屋状態の窪みに飛ばされ、閉じ込められていた。
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