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第二章 魔獣退治編

9 異世界プリンの乱

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 町の広場は休日で活気づいて、人々と屋台で賑わっている。
 噴水の周りでは皆、軽食やおやつを手に楽しげな雰囲気だ。

 そんな晴天の広場で、誰一人寄り付かない場所がある。
『コドラゴンの丸焼き』
 バッツの露店だ。
 昨日の火事騒ぎで丸焦げになったコドラゴンを ”丸焼き” と称して売っている。
 が、通る人は一瞥して失笑したり、凝視して顔を歪ませたりと、売れるどころか避けて通られる始末だった。

「何でだよ……あの店の串焼きだって、爬虫類の肉なのによ」

 バッツは素のままのコドラゴンの遺体がグロテスクであることに気付かないようだ。

 暇な時間、広場を眺めて過ごしていると、向こう側にある屋台にだんだんと人が集まり、女性達の嬌声や男性達のどよめく声が聞こえてきた。人だかりは整理されて行列になると、しまいには最後尾が看板を持つほどに長蛇の列になっていた。

「な、なんだぁ?」

 バッツはその人気店が何なのか気になって、コドラゴンの丸焼き露店をほったらかしたまま、その屋台の偵察に行った。

「何が売ってんだ?」

 人が多すぎて、屋台は屋根の看板しか見えない。

『~異世界へようこそ~ リコプリン』

 バッツは不気味な名称に噴き出すが、周囲の人々は並んで手に入れた戦利品を持って大騒ぎしている。

「美味しい!」「冷たい!」「あまーい!」

 グラスに入った、冷たいおやつだとわかった。
 その黄色いプルプルした質感と、とろりとかかった褐色のソース、漂う香ばしくも甘い魅惑の香りに、バッツは強烈に惹かれていた。

「クソ……この長蛇の列に並べって?」

 バッツは渋々、看板を持って列に並んだ。するとすぐに女子たちが駆け寄って並び、バッツの後ろにも長い列ができていた。

「すげえ人気じゃん」

 思いの外、列は順調に進んで、だんだんと屋台の全貌が見えてくる。
 可愛い女の子が三人。エプロンを付けて、元気に働いていた。

 バッツの番になって、よくわからないまま一つ注文をした。すると真ん中に立つ、金色のふわふわした髪の女の子がアイスブルーの瞳を輝かせて、バッツに微笑みかけた。プリンを丁寧に渡されると、手の中がひんやりとした。

「冷たいうちに、食べてね?」

 笑顔で小首を傾げるリコの姿に、バッツは衝撃を受けていた。

(か、可愛い!)

 言葉には出さないがリコを呆然と見つめて、後ろの列に押し出されて、屋台から離れた。一瞬の出来事だった。
 もう見えない屋台の中を遠目で眺めながら、手の中の冷たいプリンにスプーンを差し込み、口に入れる。

「うっ……うまっ!!」

 二度目の衝撃を受けていた。
 生まれてこのかた、冷えた物を食べたのも初めてだったし、こんなに繊細に調合されたフレーバーや、なめらかな食感、丁寧に作られたおやつを、バッツは食べたことが無かった。

「貴族の、王様の食いもんかよ!」

 小さなグラスは夢中のまま、あっという間に空になって、バッツはダッシュで最後尾に並び直した。

「5個、いや、10個は食いてぇ!」

(それにあの可愛子ちゃんを、もう一度拝みてぇ!)

 不純な動機も含めて並んでいると、ふいに小さくて元気な女の子が、手に看板を持ってテントから飛び出した。

『完売』

 と書かれた看板を見せながら、行列を解散させている。

「ごめんね! 今日の分のプリンは売り切れだよ!」

 え~、という残念な声が周囲から上がって、人々はバラけていく。
 バッツが屋台に目をやると、少女達は完売の達成感で、ハイタッチをして喜んでいた。

「すごい、すごいよリコ! 一瞬だったね!」
「リコ! 食べてる奴ら見た? 目ん玉丸くしてたよ!」

 ミーシャとマニは大はしゃぎで、ぴょんぴょん跳ねている。
 リコプリンは予想を遥かに超える速度と熱意で完売し、かなりの盛況となった。

 リコは高揚して、今すぐにでもレオと喜び合いたかったが、レオは魔獣退治の件で宮廷に戻っていた。
 収まらない胸の鼓動を両手で押さえて広場に目線を戻すと、目前に、知らない男の子が立っていた。

 少年も赤面して瞳が輝いている。高揚しているようだった。

「あ、ごめんなさい。プリンは完売しちゃったの」

 リコのお詫びに、男の子……バッツは首を振った。

「いや、さっき食べました。あの、すげえうまかったです!」

 わざわざ感想を伝えに来た客に、リコは満開の笑顔になる。

「ありがとう! 食べてもらえて嬉しい!」

 気付いたら、両手をバッツに握られていた。

「えっ」

 リコもマニもミーシャも、驚いてバッツを見る。
 バッツは吸い込まれるようにリコに近づいて、瞳を潤ませていた。

「俺を……弟子にしてくれませんか」

 思い切った申し出に、屋台はシンとする。
 プリン作りの弟子というには、動機が怪しい。
 完全にリコに魅入っているバッツの様子を見かねて、マニが割って入った。

「ちょいちょい、お兄さん。うちのリコはお触り禁止だよ」

 距離を引き剥がされるが、バッツはリコを見つめたまま、目をそらさない。

「リコさん……てことは、リコプリンは貴方が作ったんですか?」
「えっと、みんなで作ったけど……」

 ミーシャがすかさず声を挟んだ。

「リコが考案者でリーダーだよ」

 バッツはさらに興奮して、前のめりになる。

「すげえ! あんた、天才だよ!」
「あ、ありがとう」

 バッツの瞳は純粋に輝いていて、リコは悪い気分がしなかった。
 プリンをここまで気に入ってもらえた嬉しさから、改めて両手を握られてもリコは微笑んでいた。

「あっ」

 ミーシャの声に全員がバッツの後ろを見ると、何かどす黒い、怨念の塊のような物がそこに佇んでいた。

 別人のように怒りのオーラを轟かせる、レオだった。
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