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第二章 魔獣退治編

8 燃えるコドラゴン

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 広大な湖畔の森が見渡せる美しい庭で、アレキサンダーはワインを呑んでいる。
 この庭と豪邸の主である立派な髭のおじさんは、ルーペで装飾品を覗いている。

「素晴らしい……これこそ私が探し求めていたアンティークジュエリーだ」
「この時代の装飾品は殆ど手に入りません。私の手元にあるのも僅かでしてね」

 アレキは美術宝石商として、富豪の豪邸に取引に来ていた。

 アレキが景色を眺めながら優雅にワインを揺らしていると、広大な森の一部から煙が上がっていた。やがてオレンジ色の火が広がり、森は大きく燃え出した。

「燃えていますね……」

 アレキの言葉に、髭のおじさんはルーペで宝石を覗いたまま、息を荒くしている。

「ああ。燃えているよ、私の心は」
「いえ、あれ。火事ですよね?」

 髭のおじさんはアレキの指す方を向いて、大声で叫んだ。

「か、火事だー!!」


 * * * *


 アレキはオスカールに乗って、町に帰って来た。
 口笛を吹きながら金ピカ城に入ると、何やら甘い匂いが漂っている。

「ただいまーっと」

 言いながら真っ直ぐにキッチンに向かうと、案の定、広いキッチンでプリン作り隊の女子たちが戦場を繰り広げていた。

「あ、アレキさん! 来て! 見てください!」

 リコはアレキに駆け寄り、手を引いてキッチンの中に連れてきた。リコが指す先にはミーシャがいて、巨大なボールを覗き込んでいる。
 フーン、と掃除機のような音がしていて、アレキはボールを覗き込んだ。

「あ!?」

 ミーシャの小さな風の竜巻が、卵液を攪拌していた。ミーシャは真剣な顔で両手を翳している。
 マニも楽しそうにアレキを見上げる。

「ね? 凄いっしょ!? ミーシャの風の力で、卵液を大量に攪拌できちゃうんだよ」

 アレキは感動して、ミーシャを抱きしめた。

「ミーシャァ! 立派な風使いになって!!」
「ちょっ、アレキ様、邪魔しないで!」

 明日のプリン屋台の開店に向けて、大量のプリン作りが行われていた。マニは汗だくで釜戸の火を細かく調節し、ミーシャは卵液を攪拌し、リコは真剣な眼差しでハーブを調合している。
 アレキは熱気溢れる現場を見渡して感心した。

「こりゃぁまるで、小さな魔女の会だな」

 邪魔しないようにリビングに移動すると、玄関からこっそりと、レオが帰って来ていた。

「あれ? レオ。何してんの?」

 レオは煤だらけで、顔も制服も汚れていた。

「しー」と口に指を当てている。

「どうしたんだ、その格好?」
「火事ですよ。消化活動に呼び出されて、散々でした」
「あ~、あの湖畔の森の火事か」

 レオは汚れた制服を玄関で脱いで、風呂場に向かう。

「どこかのバカが森に火を放ったようで。コドラゴンの退治だそうですが、森で火を使うとか、バカですかね」

 二度もバカと口にするレオは、相当怒っていた。
 アレキは役場の掲示板で見た、炎を誇示する勇者気取りの少年、バッツを思い出した。

「あ~……まぁ、若げの至りっていうかね……」
「師匠。リコさん達には言わないでください。心配するので」
「うん。今、キッチンは戦場だよ」

 レオは風呂場に去って、アレキはポツンと佇む。

「能力のコントロールって、シビアだよなぁ」

 自身の若かりし頃の失敗に重ねて、同情していた。


 * * * *


 役場にて。
 お怒りの役人の手元には何枚もの書類があり、一枚ずつにサインがされていた。

「故意ではなく、事故という事ですがね。困りますよ」

 少年バッツは、森を燃やした始末書を書かされていた。

「消化活動が早く済んだから良かったものの、あの一帯は貴重な植物も沢山あるんですから!」

 役人のお叱りは長く続いて、バッツは流石にしょげた。

 長い手続きを終えて役場を出ると、脇にはリヤカーがあり、そこには山盛りのコドラゴンの焼死体が乗っている。

「あ~あ。こんな焼死体の山、どうすんだよ」

 大物の前に小物を狩ろうと、小遣い稼ぎも目論んでコドラゴンの退治依頼を受けたが、森が焼けて報酬は消え、残ったのは焼死体だけという、悲しい結果となっていた。

 町の広場を見回すと、屋台では食べ物を売っている。
 串焼き肉や、肉サンド、ミートパイもある。

「しょうがねえ。明日の休日にコドラゴンの肉でも売って、金に替えるか」

 バッツはリヤカーを引いて、トボトボと宿に帰って行った。


 * * * *


 翌朝。

 アレキ城のキッチンには、膨大な数のプリンがガラスのコップに入って並んだ。それはすべて、氷の膜で覆われている。
 リコが端から右手を翳し、コップを凍らせていた。

「これで100個完成!」
「ラジャー、あと50個!」

 リコは汗だくで集中し、プリンを冷やし続けた。
 それを運ぶ約束をしていたレオは、息を飲んで作業を見守っている。
 殺気に近いほどの熱気がキッチンに篭り、いつもは朗らかな少女三人は、職人のように真剣な表情だった。

「できた! レオ君お願い!」
「了解です!」

 薄く張った氷の膜は日光によってすぐに崩壊するため、速攻でレオの異次元の扉に仕舞われていく。
 レオの手によって端からプリンが手品のように消えていき、マニは目を丸くして、その流れを凝視した。

「うひゃあ、こうやって荷物を運んでたんだ。ビックリ!」

 初めて見る異次元の扉に、度肝を抜かれていた。

 後ろからアレキが大きなパイプや布の塊を持って来た。

「レオ、屋台のテントも頼むよ」
「はい!」

 慌ただしい休日の朝が始まった。
 リコプリンはいよいよ本日、異世界にお披露目されるのだった。
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