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イベント-1

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 農がレストランに戻った頃、洞爺が夜営業のための仕込みを始めようとしていた。

「やぎくん、おかえり。農場はどうだった?」

「想像していたものと全然違っていて驚きましたし、貴重な体験をさせてもらいました。お昼もごちそうになっちゃいました。ありがとうございました」

 洞爺も知っているのかもしれないと農は思ったが、味来から聞いたことを話すのは今はやめておくことにした。

 今日の夜から本格的にレストランの手伝いをすることになっていた。まずは、洞爺の仕事を見て覚えることから始めることになった。

 昨日のオムライス、今日の社員食堂の定食でも思ったが、特に野菜には手を加えすぎないようにしているように感じた。

 実際、農が洞爺の仕込みを見ていて驚くことがいくつかあった。付け合わせであろうジャガイモの下茹でをしていたが、とても短い時間で終わってしまった。

「洞爺さん、下茹でにしては短すぎるのでは?ジャガイモですよ」

 農は思わず言ってしまった。

「食べてごらん」

 洞爺は、笑顔で農にジャガイモを差し出した。農は『そりゃあ、堅いだろ』と思いながら、口にした瞬間驚きのあまり目を丸くしていると、洞爺はさらに笑顔になっていた。

「『さとう』の野菜はこれで十分なんだよ。素材の味も申し分ないし味も染み込みやすいよ」

 調理時間の短さにも驚いたが、今まで食べたジャガイモの中で間違いなく一番イモの味がする。『確かにこれは高いお金を払ってでも食べたくなります、味来さん』と農は思った。さらに、数分前までは根と葉が付いている収穫前の状態だったのだ。採れたてのジャガイモは皮が薄く簡単に皮が剥けてしまった。

 仕込みの段階で驚きの連続、というか今までの農の固定観念が悉く更新されていった。そのテンションのまま開店となり、さらなる驚きの連続だった。生野菜は見覚えのある根がついたままのミニ菜園が登場した。

 この繰り返しで今日の手伝い(というよりほぼ勉強)は終了した。そして、閉店作業も終了し濃厚な一日は幕を閉じた。

 のはずだったが、幕はまだきちんと閉じていなかった。農がシェアハウスに戻ると昨日はいなかった、かつ見覚えのある人がいた。

「おかえり、やぎくん」

「さ、山東さん?どうしたんですか?」

「私、ここの住人だよ。あれっ、聞いてなかったの?」

「聞いてませんよ・・・・・・あっ『菜々さん』?」

 農は早生が『菜々さん』と言っていたのを思い出した。

「改めまして『山東 菜々さんとう なな』です。これからよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

「そういえば、やぎくんは早生ちゃんの部屋の扉をこじ開けて裸を見るなんて、初日から思い切ったことやるね。すごいねー」

「だ、誰から聞いたんですか?違うんです、あっ、いや、あの・・・・・・そうなんですけど・・・・・・そうじゃなくて・・・・・・」

 昨日の事件の光景を思い出し、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまったのが自分でもわかった。農は脚色されすぎた部分を訂正して事実を菜々に伝えた。

「山東さんは、早生のお姉さん的存在だと聞きましたが・・・・・・」

「まぁ、早生ちゃんのお姉ちゃんなんてうれしいわ」

「早生に嫌われているような気がするんですけど・・・・・・。と思いきやたまに優しくされたり・・・・・・。まだ出会って二日しか経っていないのでよくわかりませんが。それにしても情緒不安定なのかと思うくらいに態度に幅があるというか・・・・・・。あっ、初めて会ったときからで、たぶん昨日の夜のことは関係ないかと思うんですが」

「詳しくはわからないけど、早生ちゃんは施設で育って、ある日抜け出してきちゃってね。レストランの前に座っていたところを洞爺くんに助けられたの。だから経緯はどうあれ、やぎくんが自分と似たようにここで生活するようになったから、洞爺くんをとられたような気になって嫉妬しちゃったんじゃないかな?」

 そして農に投げつけた目覚まし時計は、洞爺にもらった大切な目覚まし時計だということを知った。農は『そんな大事なものを投げるとは何事だ』と思いながらもだからあんなに不機嫌だったのかと少しは理解できたような気がした。それほどパニックになっていたということだろうか。農はさらに申し訳なく思ってきた。

 とりあえず、菜々は早生とは違って優しいお姉さんだったことがわかり農は安心した。

 農と菜々との穏やかな会話の後、また賑やかな時間が到来した。洞爺と早生と農が知らない人がまた増えた。

 その強面の知らない人はいきなり農に怒鳴った。

「俺の早生の部屋の鍵をこじ開けて裸を覗いた野郎っていうのはてめえか?」

「はい?」

『またか』と『この知らない人は急に何を言っているのか』が混じった表情をしていたはずだ。農にとってこれが精一杯の反応だった。

「俺ですらそんな大胆なことをしたことないし、裸なんて見たことないのに」

「私はあんたのものではないし、あんたが私の裸を見ることは今後もない」

「そんなに照れるなよ」

「照れてない。どうしたらそういう解釈になるの?バカなの?」

 その男と早生の愉快なやりとりが落ち着いた後、昨日の正しい状況を説明した。その間、早生は何かを言いたそうに農を睨みつけていた。

「新人よ、今回のところは許してやろう。早生の下着の色を教えてくれたらな」

「何であんたが許すんだよ。しかも変な条件をつけるな」

 そう言いながら、早生は持っていた鞄をその男の顔面に投げつけた。怒った時に物を相手の顔面に投げつけるのは早生の習性であることを悟った。

 その男はなぜかうれしそうだった。また強烈なキャラが加わった。加わったのは農なのだが。

 その男の名前は、守口 源助もりぐち げんすけ。シェハウスの住人だった。レストランの従業員であり、調理や資材の調達、売上げの管理などいろいろなことをしているとのことだった。

 人は見た目で判断してはいけない。この言葉が相応しいように思えるような仕事内容だった。これらの仕事はオーナーである洞爺がやっていると農は思っていたので意外だった。

「ところで、お二人とも昨日はいませんでしたが、仕事ですか?」

 農は源助と菜々に質問をした。

「そうなの、出張だったの。源助くんと」

 農はこの意外な組み合わせで何をするのだろうと、つい二人の顔を見てしまった。その瞬間を洞爺は見逃さなかった。

「もしかしてやぎくん、すぐに喧嘩しそうな強面の源助とお淑やかな菜々ちゃんという不思議な組合わせの二人で何をしに行ったんだろうなんて思った?」

『鋭い。鋭すぎて少し怖い』と農は思った。もちろん、言葉では否定したが強面の源助は農を睨んでいた。

「あと、源助はうちの従業員なんだけど、たまに味来さんとこの仕事を手伝ったりしているんだよ」

 見かけによらず、いろいろなことができる人だと農は感心してしまった。

「その出張内容を訊いてもいいですか?」

 つい訊いてしまった質問については菜々が説明してくれた。

『株式会社さとう』と農作物の取引をしたいというクライアントは案外多いという。ただし、供給量やお互いの経営理念や企業理念の違いからお断りすることもあるという。

『株式会社さとう』は高品質の農作物を安定供給できるということを経営理念の一つとしている。それは、農場工場の特長でもあるが、その施設数はまだまだ少ない。そのため供給よりも需要がはるかに多く、バランスがとれておらず、販売価格も高くなっている。

 そして、菜々は加えて社長と同じことを言う。これは社是なのだろうか。
「いいものは高くても売れるのよ」

 販売価格が高くても需要が多くて売れるため、転売したり極度に高い販売価格を設定するところが少なからずいる。

 様々なネットワークがあり情報交換が常に行われており、事前に入手した情報により取引の是非を判断することもあるという。

 そして、今回は新規クライアントで、その情報とクライアントとの会話から理念の相違があると判断してお断りをしたのだという。電話やメールで何度も。

 何度か電話やメールでお断りしても納得してもらえなかったクライアントに対しては直接出向いてお話することもあるという。それが今回の菜々と源助の出張の目的だった。

「つまり、しつこいからシメてやろうと思って乗り込んでやったんだ」

 意図は伝わるが言い方が物騒だ。やはり見かけ通りの人なのかもと農は思ってしまうのだった。

「まあ、言い方は良くないけどわかりやすく言うとそういうこと。こういうことはたまにあるの」

「その強面もたまには役に立つものだね。騒いで新たなトラブルを起こしてないだけえらい」

 なかなか思っていても言えないことを迷いなく言ってしまう。流石は早生だ。

「トラブルなんて起きねーよ。俺は喋んないからな」

「源助くんがいると話も円滑に進んで助かってるの。いつもありがとうね」

 源助はドヤ顔で言ってるが、話すとトラブルを起こす自覚があるということなのだろう。要は強烈な威圧感のために反論してこないからに話が進むということなのだろう。

 純粋な褒め言葉ではないと思うが、本人は照れてるし当人たちが良いのであれば良いのだろう。

 取引の場がこのような形で行われて良いのか?確かにいろいろ問題だ。
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