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14. 変わる認識

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 ロウシェさんと一緒に泉で水浴びをした。泉に向かう道中は、彼の服を羽織った状態でずっと抱き上げられたままだった。自分で飛べると主張したけど、頑として譲ってくれなかった。共犯者呼ばわりした罪悪感もあって、これ以上食い下がることも出来なくて頷くしかなかった。
 水浴びして自分の服に着替え、エメの木のところへ向かっていると不安が一気に押し寄せてきた。一週間以上も放置してしまったし、ロウシェさんも様子を見に行ってないとなると、一体どうなっているのか知るのが怖くなる。
 枯れていたらどうしよう…。少しずつだけど芽が出てからは着実に育っていたのに、枯れていたら全てが台無しになってしまう。僕に任せてくれたロウシェさんの想いも、ミレイユ様やエルカンさんからの信頼も全部。
 あの日ケラヴノス様の山に足を踏み入れてしまったことを改めて後悔しながら、どうか枯れていませんようにと心の中で必死に祈った。
 だけど僕の杞憂も、エメの木を目の当たりにして全て吹き飛んだ。
 そこには、葉を茂らせる立派な果樹があった。

「嘘……」

 自分の背丈よりもずっと大きい木を見上げながら、口を開けて呆然とする。間違った場所に来てしまったのかと思って確認するけど、エメの木を植えた場所で間違いなかった。

「まだ実はつけてねえみたいだな」

 ロウシェさんの言葉に正気を取り戻す。彼の言う通り、葉をたくさんつけているだけで、実らしきものが成っている様子はなかった。

「あの、ロウシェさん…本当にあれから来てないんですよね?実はこっそり水をあげてくれてたり…」
「ないって。植物に関する知識なんざ一切ねえから、水だってどのくらいの量あげればいいのかもわからねえし」

 確かに、それもそうだ…。
 戸惑いが強すぎて、正常に考えることすらできなくなってる。だって最後に見た時は、ほんの小さな芽が出ただけだったのに。手入れなしでたったの一週間でこんなに大きく成長するなんて、信じられない。放置するのが逆に良かったのかな…。

「良かったじゃん、枯れてたりしなくて」
「はい…。でもどうして急にここまで大きくなったのか不思議で…」
「ドニの手厚い世話のおかげだろ。あまり深く考えずにラッキーって思っておけよ。な?」

 頭をわしゃわしゃ撫でられる。

「実を食べられる日も近そうじゃん。楽しみだな。この成長ぶりなら、生命の石も必要ないんじゃないか?」

 ロウシェさんの快活な笑みで、困惑して胸の部分がもやもやしていたのが一瞬で吹き飛んでしまう。ロウシェさんの信頼に応えたくて、喜んでもらいたくて育ててるんだ。確かに今はエメの木の予想外の生育状況を喜んでもいいかもしれない。
 もっともっと、ロウシェさんの喜ぶ顔見たいな。
 そう思いながら、僕もにっこり笑って頷いた。


 ********


「ドニ、何かいいことあったの?」

 ある朝、果樹園で仲間たちとミレイユ様の到着を待っていると、隣に座っていたアニカが話しかけてきた。いきなりの質問に、意味が分からなくて首を傾げる。

「あら、自分で気がついてないの?鼻歌を歌って、今にもとろけちゃいそうな顔してるのに」
「えっ、嘘!」
「してたしてた。すごくご機嫌そうだった」

 すると今度は僕を挟むように、アニカの反対側に座っているヤスミンが顔を覗きこんできた。思わず両手で頬をおさえる。鼻歌を歌ってたなんて、完全に無意識だった。

「それで、いいことあったの?」
「う、うん。ちょっと嬉しいことがあって…」

 ロウシェさんの笑顔と青々とした葉をつけたエメの木が頭に浮かぶ。あれからも本当に少しずつエメの木は成長し続けている。本当に小さいけど、蕾が出来ているのを確認できたところだ。花が咲いて実をつけるのもそう遠くなさそう。
 嬉しくて、二人に言われた通り顔が緩んでいく気がした。

「なあに?何があったの?教えて!」
「内緒!」
「え~教えてよーっ!」

 両側から二人に肘で小突かれる。ダメ、秘密と口を閉ざしていると、面白がっている様子の二人にもみくちゃにされた。でもくすぐられるだけど、無理に聞き出そうとはしなくて、二人のそんなところが好きだと思った。

「あ、そうだ、この間ロウシェさんに抱っこされてるドニを見たよ」
「えっ!?」
「泉のある方角に向かって飛んで行ってるように見えたなあ」

 それきっとあの日のことだ!まさかヤスミンに見られてたなんて…!恥ずかしい!
 罪悪感が勝って根負けしてしまったけど、やっぱり粘っておくべきだった。ど、どうしよう。あの時確かロウシェさんは上半身裸だったし、何て説明すれば……!
 どう言えばのかわからず、口をあわあわ動かしていると、にっこり笑うヤスミンに良かったねと声をかけられた。
 あれ、良かったねってどういう意味だろう…。

「ドニ、ロウシェさんのこと怖いから苦手って言ってたでしょう?僕達に配達の担当変わって欲しいって」
「そんなこともあったわね。でもエルカンさんに駄目って言われて、ドニが半泣きになってたの思い出すわ」
「そうそう。エルカンさんって基本優しいのに、珍しく怒ってたよね」
「私達、エルカンさんに言ったのよ。ドニが辛い思いするくらいなら、自分達が代わるって。でもそれも却下されたのよね」
「エルカンさんが頑なに駄目って言うの、驚いたよね」

 そう言えばそんなこともあった。そんな理由じゃ担当変えなんかできひん、って一蹴された。何で今まで忘れてたんだろう。

「だから、良かったな~って。最近ドニからはロウシェさんへの愚痴も聞かなくなったし、仲良くなったんだろうなあって」

 指摘されて初めて、確かにそうだと気づく。
 今となっては僕の提案を突っぱねたエルカンさんに感謝しかない。あの時逃げていたら、ロウシェさんの優しさに気づくことなんてなかったと思う。まさかこんなに仲良くなれるなんて、夢にも思わなかった。

「うん。ロウシェさん、本当はとても優しい人だった。今は配達も全然嫌じゃないんだ。二人とも心配かけてごめんね、ありがとう」

 むしろ今は、配達の時にロウシェさんがいないと寂しくなるくらい。

「いいのよ全然!」
「仲良くなれてよかったね、ドニ!」

 今度は両側から抱きしめられた。頬擦りをされて、違う意味でもみくちゃだ。何だかおかしくなってきて、三人で声を上げて笑った。すると、何可愛いことしよん!俺も混ぜてや!ってエルカンさんも参戦してきた。
 他の眷属が僕達と一緒になって騒ぐエルカンさんを咎める。そこから言葉の応酬が始まった。だけど険悪ではなくじゃれあうようなもので、ますますおかしくなって、ミレイユ様が来るまで僕たちはずっと笑い転げていた。
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