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60. 包囲
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「なあ、俺らがここに運ばれてからどのくらい経つ?」
「一日とちょっとかな」
意外にも時が経っていることを知り、蘇芳は目をわずかに丸くした。ポリポリと頭を掻く。
「まだ聞きてえことはたくさんあるけど、そろそろ戻らねえとな。琥珀の裏切りを親父に伝えなきゃなんねえし、セキシもきっと心配してる」
「じゃあ、行こうか」
そう言ってレヴォルークは竜に変化した。リュカはミーミルの元へ駆け寄ると、彼に礼を言った。彼が来てくれなければ、蘇芳も自分もきっと死んでいた。少年の真摯な態度に、緑竜は甘えるように少年の体に顔を擦りつけて応えた。
竜の手に抱えられ一行は飛翔した。異空間に入り、一面青黒い世界が目の前に広がる。様々な異世界である光の粒子が星のように散らばっている。目印など何もないと言うのに、竜は迷うことなく飛行を続けている。
異空間を通るのはこれで三度目になるが、相変わらず見慣れない。不可思議な世界だと思った。自分も竜であるならば、レヴォルークのように自由に違う空間を行き来できるのだろうか、と思うと少しわくわくした。
ある一つの光に近づくと、霧が晴れるかのように景色が変わり、里を囲む山の上に出た。敷地内の開けた場所めがけて、竜は下降する。翼を羽ばたかせて停止飛行をすると、地面に着地した。突如空から飛来した白竜に、悲鳴とどよめきの声が響く。そこら中から武器を手にした精鋭たちが現れ、リュカ達を取り囲んだ。得物の切っ先を竜に向ける。
「すごいや。熱烈な歓迎だ」
「おい、煽ろうとすんな。…待て、こいつは敵じゃねえ」
面白がる竜を諫め、蘇芳は彼の手中から飛び出し、里の者に武器を下ろすように告げた。どこからともなく出現した伝説の生き物と親しげに言葉を交わす、里の問題児に精鋭達は安堵するどころか警戒をますます強めた。
群衆に視線を巡らせるが、青藍の姿はあれど琥珀の姿は見えなかった。まだ里には戻っていないのだろうか。
「蘇芳っ!お前、今度は何をしでかしおった!得体の知れん生物を里に入れおって!」
「おやおや、随分な言われようだね。君、仲間に信用してもらえてないのかい?…リュカ、本当に彼が相手でいいの?」
「父ちゃん…!」
赤鬼は、先程から神経を逆撫でするような発言をわざとしている竜を睨みつけた。だが本人はさして気にするでもなく、自分の発言を咎める息子に頬擦りをしている。一触即発の状況下でもマイペースな父親に、リュカは困惑しているようだった。
「…説明する。誰か親父を呼んでくれ」
だが、その必要はなかった。騒ぎを聞きつけたらしい黒鳶が護衛を引き連れてこちらへと向かっていた。他の者と同様に、眉間に皺を寄せ、目を白黒させている。黒鳶が一族の長と見るや否や、レヴォルークは姿を変え、人型を取った。
「蘇芳、この者は一体…」
「頭領殿、お初にお目にかかる。僕はレヴォルーク。竜族の者で、この子の父親だ」
愛おしげにリュカを抱き寄せたレヴォルークは、にこやかな笑みを浮かべた。黒鬼は竜と少年と交互に視線を向けた。再び群衆からどよめきが起こった。あの子供は蘇芳が酔狂で娶った人間ではなかったか。竜の子供とは、どういうことだ、とそこかしこで囁きが聞こえる。
「…世界を壊したと言う、あの竜だと申すのか」
「信じられない?」
「俄かには。世界が壊れたのを見た生き証人も確たる証拠もない。単なる言い伝えと思っていた」
「信じようが信じまいが、君の好きにしたらいいさ。僕にとってはどうでもいいことだからね」
「…気分を損ねてしまったなら詫びよう。名乗るのが遅れたが、儂は黒鳶と申す。してレヴォルーク殿、いかなる用で参られた」
二人の間に見えない火花が散っている気がした。辺りに漂うひりついた空気に、体が震えるのが分かった。父親はリュカににっこりと微笑みかけ、大丈夫だとでも言うように彼の肩を撫でた。
「僕をね、ここに住まわせてほしいんだよ。ここ、と言うか、彼の家で」
レヴォルークはそう言うと、蘇芳を指さした。
「どういう意味か、理解しかねる」
「意味も何も、言葉通りだよ。僕は息子が生まれてから今までずっと離れて暮らしていたんだ。ようやく再会出来た今、一時たりとも離れたくなくてね」
黒鳶は無言のまま、竜を見据えている。言葉の真意を測りかねているようだった。
「君達一族に干渉するつもりも、領域を荒らすつもりも更々ない。本当に息子の傍にいたいだけだ。ただ、住まわせてくれる見返りに、そちらに協力するのもやぶさかではないよ。君達は有名な傭兵一族なんだってね?」
黒鬼の眉間の皺が一層濃くなった。レヴォルークの言葉自体は優しいのに、剣呑な響きを持っていた。
「…場所を移そう。我が屋敷に同行を願う。青藍も来てくれ。琥珀…はいないのか。この有事に一体どこをほっつき歩いている」
周囲に素早く視線を巡らせ、実子がいないことに気がつくと、黒鬼は不愉快だとばかりに顔をしかめた。蘇芳と青藍、他にもその場にいた数名の鬼に目配せをした。踵を返す黒鳶の後をついていくレヴォルークに手を引かれる。自分も黒鬼と父親の話し合いに参加しなければいけないらしい。リュカとしては今すぐ屋敷に戻ってセキシに会いたかったのだが、実際は屋敷とは正反対の方向に向かっている。人だかりの中にセキシの影が無いかどうか必死で探すも、見当たらない。
「リュカ、どうかしたか」
蘇芳に声をかけられ、気づいてもらえたことに少年は少し嬉しくなった。セキシのことが気がかりだと伝えると、彼は手近の者に従者への言伝を頼んだ。後程黒鬼の屋敷に来てくれると知り、胸を撫で下ろす。早くあの青年の顔を見たくてたまらなかった。
青藍が蘇芳の隣に並んだかと思えば、こちらをじっと見つめて来る。
「上手くいったようだな」
「……結果的に見ればな」
「含みのある言い方だな」
「親父の屋敷で話す。…お前の術、役に立った。どうもな」
子細はわからないが、自分を助けるために青藍も動いてくれたのだろうか。
一行は大広間に通された。足を踏み入れるのは、蘇芳に連れられて会合に参加した時以来だ。レヴォルークと黒鳶が対面に、竜の膝の上にはリュカ、隣には蘇芳が座る。他の者は黒鬼の後ろに控えるように腰を落ち着けた。
「レヴォルーク殿、我が一族の内情をどこまで把握している」
「正直、何も分かっていないよ。高名な傭兵一族としかね。ただ、戦争代行を生業にしているなら、余計な恨みや反感を抱かれたり色々と問題を抱えているだろうと思ってね。そう考えての提案さ」
「…確かに、恥ずかしい話ではあるが、戦争代行屋が私怨により宣戦布告を受けている」
「僕の息子が誘拐されたのも、それ関係かな?」
「…そうだ。情けない話だ」
「別に責めている訳じゃないんだ。ずっと迎えに行っていなかった僕にも責任はある。文句を言える立場じゃないさ」
「かたじけない。時に、その童が竜と言うのは真か。全くその気配が感じられん。ここに来た時もそうだった」
「本当さ。けど、見抜けなくても仕方がないよ。僕が人間にしか見えないよう、封印を施していたからね。実際に見てもらった方がいいかな。リュカ、変化してごらん」
簡単に言ってのける父親を信じられない気持ちで見上げる。目と口をぽかんと開けたままで、出来るわけが無いと言わんばかりに呆然とする少年に、父親は微笑んだ。
「大丈夫。目を閉じて、竜の姿になりたいと願うだけでいい」
レヴォルークの言葉に従い、目を閉じて変化したいと想う。すると体がぽかぽかするのを感じた。だがそれ以外特に何も感じず、目を開けてごらん、と言われたリュカは本当に竜の姿に変われているのか疑わしく思った。
目蓋を持ち上げ、ゆっくりと目を瞬く。自分を見る面々の顔には、驚愕が張り付いていた。隣に座っている蘇芳も目を見開いている。と言うことは、竜化できたのだろうか。
視線を下に落とせば、己の小さな手が見えた。五本指は人間時と一緒だが、黒い鱗に覆われていた。黒い爪も鉤爪のように太く長く鋭い。視線をもう少し下に落とせば、ぽっこりと丸い腹部があった。鱗はなく、黄みがかった柔らかそうな皮膚が広がっている。その先には手と同じく黒い鱗と鉤爪のがっしりとした足。両足の間からは太い尻尾が見えた。見えない顔を手で触ると、硬い感触がする。鼻と口が同じくらいの長さに伸び、嘴のようになっているように感じた。
「父ちゃんと、色が違う」
「リュカはイシュマエル似だからね。でも目の色は僕似だ」
上手に変化できたね、と褒めるレヴォルークはリュカの手を取った。鱗で覆われてない、手のひらの柔らかな部分をふにふにと撫でられる。
本当に変化している。自分は、本当にレヴォルークの息子で、竜族なんだ。
「幼体のリュカを僕や彼から引き離して売り払おうとしたり、戦争に利用しようなんてくれぐれも思わないでね。一族郎党、死よりも辛い目に合わせるから」
人型と変わらず膝の上に収まるほどに小さな竜を抱きしめながら、レヴォルークは蘇芳を除く鬼一人一人の目を睨みつけて脅し文句を吐いた。言葉は柔らかいが、彼の体から放たれるオーラと声の響きは決してハッタリなどではなかった。
空を飛んだり、火を噴けたりもするのだろうか。鬼達が伝説の生き物の迫力に圧倒されている中、リュカはのんきにそんなことを考えていた。再び目を閉じて念じれば、元の人型に戻る。
「そのような道義に外れた行いをするつもりは毛頭ない。約束しよう」
外道と思われたことが遺憾だったのか、黒鳶の顔は険しい。だがレヴォルークは全く悪いと思っていないようで、ふてぶてしくフンと鼻を鳴らしただけだった。
「一日とちょっとかな」
意外にも時が経っていることを知り、蘇芳は目をわずかに丸くした。ポリポリと頭を掻く。
「まだ聞きてえことはたくさんあるけど、そろそろ戻らねえとな。琥珀の裏切りを親父に伝えなきゃなんねえし、セキシもきっと心配してる」
「じゃあ、行こうか」
そう言ってレヴォルークは竜に変化した。リュカはミーミルの元へ駆け寄ると、彼に礼を言った。彼が来てくれなければ、蘇芳も自分もきっと死んでいた。少年の真摯な態度に、緑竜は甘えるように少年の体に顔を擦りつけて応えた。
竜の手に抱えられ一行は飛翔した。異空間に入り、一面青黒い世界が目の前に広がる。様々な異世界である光の粒子が星のように散らばっている。目印など何もないと言うのに、竜は迷うことなく飛行を続けている。
異空間を通るのはこれで三度目になるが、相変わらず見慣れない。不可思議な世界だと思った。自分も竜であるならば、レヴォルークのように自由に違う空間を行き来できるのだろうか、と思うと少しわくわくした。
ある一つの光に近づくと、霧が晴れるかのように景色が変わり、里を囲む山の上に出た。敷地内の開けた場所めがけて、竜は下降する。翼を羽ばたかせて停止飛行をすると、地面に着地した。突如空から飛来した白竜に、悲鳴とどよめきの声が響く。そこら中から武器を手にした精鋭たちが現れ、リュカ達を取り囲んだ。得物の切っ先を竜に向ける。
「すごいや。熱烈な歓迎だ」
「おい、煽ろうとすんな。…待て、こいつは敵じゃねえ」
面白がる竜を諫め、蘇芳は彼の手中から飛び出し、里の者に武器を下ろすように告げた。どこからともなく出現した伝説の生き物と親しげに言葉を交わす、里の問題児に精鋭達は安堵するどころか警戒をますます強めた。
群衆に視線を巡らせるが、青藍の姿はあれど琥珀の姿は見えなかった。まだ里には戻っていないのだろうか。
「蘇芳っ!お前、今度は何をしでかしおった!得体の知れん生物を里に入れおって!」
「おやおや、随分な言われようだね。君、仲間に信用してもらえてないのかい?…リュカ、本当に彼が相手でいいの?」
「父ちゃん…!」
赤鬼は、先程から神経を逆撫でするような発言をわざとしている竜を睨みつけた。だが本人はさして気にするでもなく、自分の発言を咎める息子に頬擦りをしている。一触即発の状況下でもマイペースな父親に、リュカは困惑しているようだった。
「…説明する。誰か親父を呼んでくれ」
だが、その必要はなかった。騒ぎを聞きつけたらしい黒鳶が護衛を引き連れてこちらへと向かっていた。他の者と同様に、眉間に皺を寄せ、目を白黒させている。黒鳶が一族の長と見るや否や、レヴォルークは姿を変え、人型を取った。
「蘇芳、この者は一体…」
「頭領殿、お初にお目にかかる。僕はレヴォルーク。竜族の者で、この子の父親だ」
愛おしげにリュカを抱き寄せたレヴォルークは、にこやかな笑みを浮かべた。黒鬼は竜と少年と交互に視線を向けた。再び群衆からどよめきが起こった。あの子供は蘇芳が酔狂で娶った人間ではなかったか。竜の子供とは、どういうことだ、とそこかしこで囁きが聞こえる。
「…世界を壊したと言う、あの竜だと申すのか」
「信じられない?」
「俄かには。世界が壊れたのを見た生き証人も確たる証拠もない。単なる言い伝えと思っていた」
「信じようが信じまいが、君の好きにしたらいいさ。僕にとってはどうでもいいことだからね」
「…気分を損ねてしまったなら詫びよう。名乗るのが遅れたが、儂は黒鳶と申す。してレヴォルーク殿、いかなる用で参られた」
二人の間に見えない火花が散っている気がした。辺りに漂うひりついた空気に、体が震えるのが分かった。父親はリュカににっこりと微笑みかけ、大丈夫だとでも言うように彼の肩を撫でた。
「僕をね、ここに住まわせてほしいんだよ。ここ、と言うか、彼の家で」
レヴォルークはそう言うと、蘇芳を指さした。
「どういう意味か、理解しかねる」
「意味も何も、言葉通りだよ。僕は息子が生まれてから今までずっと離れて暮らしていたんだ。ようやく再会出来た今、一時たりとも離れたくなくてね」
黒鳶は無言のまま、竜を見据えている。言葉の真意を測りかねているようだった。
「君達一族に干渉するつもりも、領域を荒らすつもりも更々ない。本当に息子の傍にいたいだけだ。ただ、住まわせてくれる見返りに、そちらに協力するのもやぶさかではないよ。君達は有名な傭兵一族なんだってね?」
黒鬼の眉間の皺が一層濃くなった。レヴォルークの言葉自体は優しいのに、剣呑な響きを持っていた。
「…場所を移そう。我が屋敷に同行を願う。青藍も来てくれ。琥珀…はいないのか。この有事に一体どこをほっつき歩いている」
周囲に素早く視線を巡らせ、実子がいないことに気がつくと、黒鬼は不愉快だとばかりに顔をしかめた。蘇芳と青藍、他にもその場にいた数名の鬼に目配せをした。踵を返す黒鳶の後をついていくレヴォルークに手を引かれる。自分も黒鬼と父親の話し合いに参加しなければいけないらしい。リュカとしては今すぐ屋敷に戻ってセキシに会いたかったのだが、実際は屋敷とは正反対の方向に向かっている。人だかりの中にセキシの影が無いかどうか必死で探すも、見当たらない。
「リュカ、どうかしたか」
蘇芳に声をかけられ、気づいてもらえたことに少年は少し嬉しくなった。セキシのことが気がかりだと伝えると、彼は手近の者に従者への言伝を頼んだ。後程黒鬼の屋敷に来てくれると知り、胸を撫で下ろす。早くあの青年の顔を見たくてたまらなかった。
青藍が蘇芳の隣に並んだかと思えば、こちらをじっと見つめて来る。
「上手くいったようだな」
「……結果的に見ればな」
「含みのある言い方だな」
「親父の屋敷で話す。…お前の術、役に立った。どうもな」
子細はわからないが、自分を助けるために青藍も動いてくれたのだろうか。
一行は大広間に通された。足を踏み入れるのは、蘇芳に連れられて会合に参加した時以来だ。レヴォルークと黒鳶が対面に、竜の膝の上にはリュカ、隣には蘇芳が座る。他の者は黒鬼の後ろに控えるように腰を落ち着けた。
「レヴォルーク殿、我が一族の内情をどこまで把握している」
「正直、何も分かっていないよ。高名な傭兵一族としかね。ただ、戦争代行を生業にしているなら、余計な恨みや反感を抱かれたり色々と問題を抱えているだろうと思ってね。そう考えての提案さ」
「…確かに、恥ずかしい話ではあるが、戦争代行屋が私怨により宣戦布告を受けている」
「僕の息子が誘拐されたのも、それ関係かな?」
「…そうだ。情けない話だ」
「別に責めている訳じゃないんだ。ずっと迎えに行っていなかった僕にも責任はある。文句を言える立場じゃないさ」
「かたじけない。時に、その童が竜と言うのは真か。全くその気配が感じられん。ここに来た時もそうだった」
「本当さ。けど、見抜けなくても仕方がないよ。僕が人間にしか見えないよう、封印を施していたからね。実際に見てもらった方がいいかな。リュカ、変化してごらん」
簡単に言ってのける父親を信じられない気持ちで見上げる。目と口をぽかんと開けたままで、出来るわけが無いと言わんばかりに呆然とする少年に、父親は微笑んだ。
「大丈夫。目を閉じて、竜の姿になりたいと願うだけでいい」
レヴォルークの言葉に従い、目を閉じて変化したいと想う。すると体がぽかぽかするのを感じた。だがそれ以外特に何も感じず、目を開けてごらん、と言われたリュカは本当に竜の姿に変われているのか疑わしく思った。
目蓋を持ち上げ、ゆっくりと目を瞬く。自分を見る面々の顔には、驚愕が張り付いていた。隣に座っている蘇芳も目を見開いている。と言うことは、竜化できたのだろうか。
視線を下に落とせば、己の小さな手が見えた。五本指は人間時と一緒だが、黒い鱗に覆われていた。黒い爪も鉤爪のように太く長く鋭い。視線をもう少し下に落とせば、ぽっこりと丸い腹部があった。鱗はなく、黄みがかった柔らかそうな皮膚が広がっている。その先には手と同じく黒い鱗と鉤爪のがっしりとした足。両足の間からは太い尻尾が見えた。見えない顔を手で触ると、硬い感触がする。鼻と口が同じくらいの長さに伸び、嘴のようになっているように感じた。
「父ちゃんと、色が違う」
「リュカはイシュマエル似だからね。でも目の色は僕似だ」
上手に変化できたね、と褒めるレヴォルークはリュカの手を取った。鱗で覆われてない、手のひらの柔らかな部分をふにふにと撫でられる。
本当に変化している。自分は、本当にレヴォルークの息子で、竜族なんだ。
「幼体のリュカを僕や彼から引き離して売り払おうとしたり、戦争に利用しようなんてくれぐれも思わないでね。一族郎党、死よりも辛い目に合わせるから」
人型と変わらず膝の上に収まるほどに小さな竜を抱きしめながら、レヴォルークは蘇芳を除く鬼一人一人の目を睨みつけて脅し文句を吐いた。言葉は柔らかいが、彼の体から放たれるオーラと声の響きは決してハッタリなどではなかった。
空を飛んだり、火を噴けたりもするのだろうか。鬼達が伝説の生き物の迫力に圧倒されている中、リュカはのんきにそんなことを考えていた。再び目を閉じて念じれば、元の人型に戻る。
「そのような道義に外れた行いをするつもりは毛頭ない。約束しよう」
外道と思われたことが遺憾だったのか、黒鳶の顔は険しい。だがレヴォルークは全く悪いと思っていないようで、ふてぶてしくフンと鼻を鳴らしただけだった。
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