33 / 42
33. 再会
しおりを挟む
翌朝、朝食を食べた後、三人と一匹は騎獣にまたがり、森へと出発した。
「師匠、俺とタータだけで行けますよ?」
二匹の騎獣に、ティオとソルダート、タータとイェゼロという組み合わせで乗っている。青年は子狸と一緒に乗るつもりだったが、騎獣の手綱捌きに不安があり、ソルダートの後ろでしっかりと彼にしがみつくことになった。
「ばあっか、お前完治してねえんだぞ、何かあったらどうすんだよ。それに、ザクセンとも話をしたいしな。何より、お前が今後暮らすようになる森の中がどんな風なのか、この目できっちりと見ておかねえとな!」
昨日から一体何度馬鹿呼ばわりされているのだろう、とティオは思った。
イェゼロは一見、弟子のティオの身を案じて同行するように思えるが、実のところ森の植物の生態に興味津々なのは一目瞭然だった。まるで少年のように瞳がきらきらと輝いている。
「森はねえ、おいしいものでいっぱいだよ!魚も肉も、木の実も。その中でも、ティオが作ってくれた爆弾苺のジャムが、オイラ好きなんだ~」
「爆弾苺?なんだそりゃあ!」
「食べると口の中で、つぶつぶがぷちぷち弾けておいしいんだよ!」
「それ程うまいなら一度は食ってみねえとな!」
「タータ…!危ないからちゃんとつかまってて…っ」
「はーいっ」
タータは爆弾苺に思いを馳せて、うっとりと両手を頬にあてた。手綱を引くイェゼロの足の間にいるとは言え、駆ける騎獣の背に伝わる振動はなかなかに激しい。ティオはタータが落ちてしまうのではないかと、気が気ではなかった。
森に近づくと、タータによって入り口が開かれた。速度を緩やかに落としつつ、中へ足を踏み入れる。
途端に視界が瑞々しい植物で覆われる。美しく、それでいて力強い命の息吹が感じられる。周囲を見渡すイェゼロとソルダートの口からは、自然と感嘆の声が漏れていた。
「すっ…げえな、こりゃ…」
自分の森ではないと言うのに、そうだろうそうだろう、と何故か誇らしい気持ちになる。
タータの道案内に従って騎獣を歩かせる。その間ずっと、イェゼロの視線はもの珍しい植物に釘づけだった。ティオとタータを質問攻めにして安全性を確かめては、葉や実や蔦などをもぎ取っては、己のカバンに突っこんでいる。
やがて、見慣れた野原へとたどり着いた。
「着いたよーっ」
「あん?着いたって…綺麗な野原が広がってるだけじゃないか。こんな開けた場所をすみかにしてるのか?」
「ちゃんとおうち、あるよ。オシショウたちには見えてないだけ」
タータの説明に、イェゼロとソルダートはますます混乱した様子だった。怪訝な顔で首を傾げている。自分たちは化かされているのではないか、と言いたげだ。
ティオは騎獣の背からおりると、皆にここで待ってて欲しいと告げた。
「オイラも行く!」
「タータ、ザクセンさんと一対一で話をさせて」
「でも…っ」
「お願いだから…ね?」
今にも後をついてきそうな勢いのタータを手で制止して、にっこりと笑いかける。子狸は不安そうな表情を浮かべるも、渋々頷いた。
目には見えない洞窟に向かって、一歩ずつ足を進める。離れていたのはたったの数週間だと言うのに、まるで故郷に帰って来たかのような、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになる。
洞窟の中に入れば、狐が大きな体を横たえて眠っていた。起こさないように、足先だけでこっそりと近づく。彼の傍で膝をつき、首元の豊かな毛並みに顔を埋めた。少し獣くさいが、陽の光の良い匂いがする。
「…タータ、やっと戻ってき…」
目をゆっくりと開いたザクセンは頭だけを動かした。だがすぐに翡翠の瞳は大きく見開かれ、言葉も最後まで紡がれることはなかった。
「ザクセンさん」
「…夢、なのか…」
「夢じゃないよ、きちんと生身」
呆然と固まる大狐に、ティオは思わず吹き出してしまった。太い首に腕を巻きつけ、頬擦りする。
「大丈夫なのか…!怪我は…ッ!」
「完治したわけじゃないけど、日常的な動作ができるくらいには回復したよ」
ザクセンは勢い良く体を起こし、ティオの体に満遍なく鼻を這わせて匂いをかいだ。薬師見習いの青年の言葉の通り、無事だと分かると、彼の正面に座る。
「タータも一緒に帰ってきてるから、安心して。今は外で待ってもらってる」
「そうか…良かった」
ティオの言葉に、ザクセンは明らかに安堵したようだった。
「きっとタータが、お前と一緒じゃないと帰らないとでも言ったのだろう。手を煩わせて悪かった。タータにはきつく言い聞かせておく。…お前を森の入り口まで送ろう」
そう言ってザクセンは立ち上がり、ティオの横を通り過ぎ、洞窟の入り口へと向かった。待って、と声をかければ、大きな背中が足を止める。
「俺、タータを送りに来たわけじゃない…っ」
「…なら、何だと言うのだ」
「俺が、ここにいたいから、タータと一緒に戻って来たんだ!…それに、ザクセンさんも、俺に会いたがってるって聞いて…」
「まさか、信じたのか?そんな戯言を?…子供は自分の我儘を通すためなら嘘でもなんでも吐くぞ」
背を向けたままで冷たい言葉を浴びせる大狐の元に駆け寄り、ティオは彼を拳で叩いた。
ザクセンは振り返り、威嚇のために牙を向いたが、青年の頬を伝う涙を目にして、動けなくなってしまった。
「嘘つきはザクセンさんだっ!タータが嘘をつかない、素直な子だって、一番わかってるのはザクセンさんじゃないかっ!」
「…ッ!」
「俺のことを何とも思ってないなら、どうして俺の道具を置いたままでいるの!?ザクセンさんたちには不要なものなのに、整理してまで残してくれてるじゃないか!」
「それは…」
図星を突かれたザクセンが言葉を濁す。
彼と話しながら、ふと視界の隅に捉えた、きちんと整理されて置かれた自分の道具。あの日、採取には不要だからと残していった調合道具だ。居候している間、ザクセンが触れることは一度もなかった。
「師匠に、俺のことを大切な存在だと言ったのも、嘘!?本心じゃないなら、なんでそんなこと言ったんだ!」
「おい…、やめろッ!血が…!」
ティオは尚も泣きながら、弱々しく拳を打ちつけてくる。その彼の腕に赤いものがだんだんと滲んでいくのを目にして、ザクセンは青年を落ち着かせようと声をかける。だが、興奮状態のティオには、届かない。
「瀕死の俺に、死ぬなって…初めて名前を呼んで、キスしてくれた…!あれは、一体どう言うつもりだったんだよ…っ!」
大きく振りかぶられた拳が叩きつけられることはなかった。代わりに、柔らかく全身を包まれる。ティオは、人型になったザクセンに抱きしめられていた。驚きのあまり、涙が引っこんでしまう。
「お前が四つ目の狼に襲われたのは、俺の責任だ。あの日、よりにもよってお前を一人で出歩かせた。言い合いになって洞窟を飛び出したタータのことも、すぐに追いかけなかった。少し頭を冷やすべきだと思ってな」
肩に顔を埋められているせいで、ザクセンが喋る度に熱い息が首にかかる。
「血塗れでぐったりとしたティオを抱いた腕の感触を、今でも覚えている。もうお前の笑った顔や意志の強い瞳を見られないのかと思うと、ぞっとした。生きている意味などあるのかさえ思った。失いそうになって初めて気がついたんだ。…ティオ、お前が俺の心の深いところまで入りこんでいたことに。どれ程お前が俺にとって大切な存在だったのかと言うことに」
少しずつ、大狐の声がかすれ、震えていく。それでも彼の気持ちが嬉しくて、ティオの心はじんわりと温かくなっていた。青年はそっと魔獣の背中に手を回し、抱きしめ返した。
「俺はいつもこうだ。結局、間に合わない。結局、誰も守れない。昔も今も。守りたいと思えば思うほど、するりと手からこぼれ落ちてしまう。もう一度、お前に何かあれば、俺はきっと狂ってしまう…っ!」
ザクセンは自分を大切に思ってくれているからこそ、遠ざけようとしているのが分かって、鼻の奥がツンと痛む。
力強く雄々しい姿とは裏腹に、臆病だ。そうなっても、彼の境遇を思えば仕方がないと思った。愛する者達を一度に目の前で失ったのだ。幼い子供を抱えて、きっと悲しみに浸る暇すらなかった。タータを守るためには、臆病なくらい慎重で排他的になるしかなかったのだ。
ティオはそんな魔獣を、心底愛おしいと思った。
「心配かけて、ごめんなさい。ザクセンさんの心配ももっともだと思う。俺は、ザクセンさんみたいに牙も高い身体能力もないし、炎を吹ける能力もない。でも、知識と探究心だけは負けない。俺、自分の身は自分で守れるように、強くなるから。ザクセンさんとタータを逆に守れるくらい」
ゆっくりと体が離れる。魔獣の翡翠の瞳は困惑で揺れていた。ティオは彼の頬を両手で包み、目尻に走る赤い隈取りを親指で撫でた。
「あんな惨い目に遭いながら、どうしてお前はそう真っ直ぐなんだ…。怖く、ないのか。ここにいる限り、同じような危険に晒され続けるんだぞ」
「怖いよ。でも、それ以上に二人と一緒にいたい。ザクセンさんとタータと離れたら、俺の方が狂っちゃう。ザクセンさんも、でしょ?最後に見た日から、痩せた気がする。ご飯、ちゃんと食べてないんだろ」
「…お前の手料理以外、何を口にしても味気ない気がしてな…。食欲がわかんのだ」
ザクセンの言葉に、ティオは笑みを浮かべた。言い換えれば、自分がいないと駄目と言うことではないか。直接的ではないが、何より彼の本心を物語っている気がした。
「ザクセンさんの胃袋を掴めて良かった。じゃあ、俺、ここにいても、いいよね…?お願い」
「…俺も自分の気持ちに素直になるしかないな。…ティオ、俺達と家族になってくれ」
「もちろんっ!」
ザクセンもようやく観念し、はにかんだ笑みを浮かべる。ティオは大きく頷くと、大狐の首元に腕を回した。そうして、彼の唇に口づけた。
「師匠、俺とタータだけで行けますよ?」
二匹の騎獣に、ティオとソルダート、タータとイェゼロという組み合わせで乗っている。青年は子狸と一緒に乗るつもりだったが、騎獣の手綱捌きに不安があり、ソルダートの後ろでしっかりと彼にしがみつくことになった。
「ばあっか、お前完治してねえんだぞ、何かあったらどうすんだよ。それに、ザクセンとも話をしたいしな。何より、お前が今後暮らすようになる森の中がどんな風なのか、この目できっちりと見ておかねえとな!」
昨日から一体何度馬鹿呼ばわりされているのだろう、とティオは思った。
イェゼロは一見、弟子のティオの身を案じて同行するように思えるが、実のところ森の植物の生態に興味津々なのは一目瞭然だった。まるで少年のように瞳がきらきらと輝いている。
「森はねえ、おいしいものでいっぱいだよ!魚も肉も、木の実も。その中でも、ティオが作ってくれた爆弾苺のジャムが、オイラ好きなんだ~」
「爆弾苺?なんだそりゃあ!」
「食べると口の中で、つぶつぶがぷちぷち弾けておいしいんだよ!」
「それ程うまいなら一度は食ってみねえとな!」
「タータ…!危ないからちゃんとつかまってて…っ」
「はーいっ」
タータは爆弾苺に思いを馳せて、うっとりと両手を頬にあてた。手綱を引くイェゼロの足の間にいるとは言え、駆ける騎獣の背に伝わる振動はなかなかに激しい。ティオはタータが落ちてしまうのではないかと、気が気ではなかった。
森に近づくと、タータによって入り口が開かれた。速度を緩やかに落としつつ、中へ足を踏み入れる。
途端に視界が瑞々しい植物で覆われる。美しく、それでいて力強い命の息吹が感じられる。周囲を見渡すイェゼロとソルダートの口からは、自然と感嘆の声が漏れていた。
「すっ…げえな、こりゃ…」
自分の森ではないと言うのに、そうだろうそうだろう、と何故か誇らしい気持ちになる。
タータの道案内に従って騎獣を歩かせる。その間ずっと、イェゼロの視線はもの珍しい植物に釘づけだった。ティオとタータを質問攻めにして安全性を確かめては、葉や実や蔦などをもぎ取っては、己のカバンに突っこんでいる。
やがて、見慣れた野原へとたどり着いた。
「着いたよーっ」
「あん?着いたって…綺麗な野原が広がってるだけじゃないか。こんな開けた場所をすみかにしてるのか?」
「ちゃんとおうち、あるよ。オシショウたちには見えてないだけ」
タータの説明に、イェゼロとソルダートはますます混乱した様子だった。怪訝な顔で首を傾げている。自分たちは化かされているのではないか、と言いたげだ。
ティオは騎獣の背からおりると、皆にここで待ってて欲しいと告げた。
「オイラも行く!」
「タータ、ザクセンさんと一対一で話をさせて」
「でも…っ」
「お願いだから…ね?」
今にも後をついてきそうな勢いのタータを手で制止して、にっこりと笑いかける。子狸は不安そうな表情を浮かべるも、渋々頷いた。
目には見えない洞窟に向かって、一歩ずつ足を進める。離れていたのはたったの数週間だと言うのに、まるで故郷に帰って来たかのような、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになる。
洞窟の中に入れば、狐が大きな体を横たえて眠っていた。起こさないように、足先だけでこっそりと近づく。彼の傍で膝をつき、首元の豊かな毛並みに顔を埋めた。少し獣くさいが、陽の光の良い匂いがする。
「…タータ、やっと戻ってき…」
目をゆっくりと開いたザクセンは頭だけを動かした。だがすぐに翡翠の瞳は大きく見開かれ、言葉も最後まで紡がれることはなかった。
「ザクセンさん」
「…夢、なのか…」
「夢じゃないよ、きちんと生身」
呆然と固まる大狐に、ティオは思わず吹き出してしまった。太い首に腕を巻きつけ、頬擦りする。
「大丈夫なのか…!怪我は…ッ!」
「完治したわけじゃないけど、日常的な動作ができるくらいには回復したよ」
ザクセンは勢い良く体を起こし、ティオの体に満遍なく鼻を這わせて匂いをかいだ。薬師見習いの青年の言葉の通り、無事だと分かると、彼の正面に座る。
「タータも一緒に帰ってきてるから、安心して。今は外で待ってもらってる」
「そうか…良かった」
ティオの言葉に、ザクセンは明らかに安堵したようだった。
「きっとタータが、お前と一緒じゃないと帰らないとでも言ったのだろう。手を煩わせて悪かった。タータにはきつく言い聞かせておく。…お前を森の入り口まで送ろう」
そう言ってザクセンは立ち上がり、ティオの横を通り過ぎ、洞窟の入り口へと向かった。待って、と声をかければ、大きな背中が足を止める。
「俺、タータを送りに来たわけじゃない…っ」
「…なら、何だと言うのだ」
「俺が、ここにいたいから、タータと一緒に戻って来たんだ!…それに、ザクセンさんも、俺に会いたがってるって聞いて…」
「まさか、信じたのか?そんな戯言を?…子供は自分の我儘を通すためなら嘘でもなんでも吐くぞ」
背を向けたままで冷たい言葉を浴びせる大狐の元に駆け寄り、ティオは彼を拳で叩いた。
ザクセンは振り返り、威嚇のために牙を向いたが、青年の頬を伝う涙を目にして、動けなくなってしまった。
「嘘つきはザクセンさんだっ!タータが嘘をつかない、素直な子だって、一番わかってるのはザクセンさんじゃないかっ!」
「…ッ!」
「俺のことを何とも思ってないなら、どうして俺の道具を置いたままでいるの!?ザクセンさんたちには不要なものなのに、整理してまで残してくれてるじゃないか!」
「それは…」
図星を突かれたザクセンが言葉を濁す。
彼と話しながら、ふと視界の隅に捉えた、きちんと整理されて置かれた自分の道具。あの日、採取には不要だからと残していった調合道具だ。居候している間、ザクセンが触れることは一度もなかった。
「師匠に、俺のことを大切な存在だと言ったのも、嘘!?本心じゃないなら、なんでそんなこと言ったんだ!」
「おい…、やめろッ!血が…!」
ティオは尚も泣きながら、弱々しく拳を打ちつけてくる。その彼の腕に赤いものがだんだんと滲んでいくのを目にして、ザクセンは青年を落ち着かせようと声をかける。だが、興奮状態のティオには、届かない。
「瀕死の俺に、死ぬなって…初めて名前を呼んで、キスしてくれた…!あれは、一体どう言うつもりだったんだよ…っ!」
大きく振りかぶられた拳が叩きつけられることはなかった。代わりに、柔らかく全身を包まれる。ティオは、人型になったザクセンに抱きしめられていた。驚きのあまり、涙が引っこんでしまう。
「お前が四つ目の狼に襲われたのは、俺の責任だ。あの日、よりにもよってお前を一人で出歩かせた。言い合いになって洞窟を飛び出したタータのことも、すぐに追いかけなかった。少し頭を冷やすべきだと思ってな」
肩に顔を埋められているせいで、ザクセンが喋る度に熱い息が首にかかる。
「血塗れでぐったりとしたティオを抱いた腕の感触を、今でも覚えている。もうお前の笑った顔や意志の強い瞳を見られないのかと思うと、ぞっとした。生きている意味などあるのかさえ思った。失いそうになって初めて気がついたんだ。…ティオ、お前が俺の心の深いところまで入りこんでいたことに。どれ程お前が俺にとって大切な存在だったのかと言うことに」
少しずつ、大狐の声がかすれ、震えていく。それでも彼の気持ちが嬉しくて、ティオの心はじんわりと温かくなっていた。青年はそっと魔獣の背中に手を回し、抱きしめ返した。
「俺はいつもこうだ。結局、間に合わない。結局、誰も守れない。昔も今も。守りたいと思えば思うほど、するりと手からこぼれ落ちてしまう。もう一度、お前に何かあれば、俺はきっと狂ってしまう…っ!」
ザクセンは自分を大切に思ってくれているからこそ、遠ざけようとしているのが分かって、鼻の奥がツンと痛む。
力強く雄々しい姿とは裏腹に、臆病だ。そうなっても、彼の境遇を思えば仕方がないと思った。愛する者達を一度に目の前で失ったのだ。幼い子供を抱えて、きっと悲しみに浸る暇すらなかった。タータを守るためには、臆病なくらい慎重で排他的になるしかなかったのだ。
ティオはそんな魔獣を、心底愛おしいと思った。
「心配かけて、ごめんなさい。ザクセンさんの心配ももっともだと思う。俺は、ザクセンさんみたいに牙も高い身体能力もないし、炎を吹ける能力もない。でも、知識と探究心だけは負けない。俺、自分の身は自分で守れるように、強くなるから。ザクセンさんとタータを逆に守れるくらい」
ゆっくりと体が離れる。魔獣の翡翠の瞳は困惑で揺れていた。ティオは彼の頬を両手で包み、目尻に走る赤い隈取りを親指で撫でた。
「あんな惨い目に遭いながら、どうしてお前はそう真っ直ぐなんだ…。怖く、ないのか。ここにいる限り、同じような危険に晒され続けるんだぞ」
「怖いよ。でも、それ以上に二人と一緒にいたい。ザクセンさんとタータと離れたら、俺の方が狂っちゃう。ザクセンさんも、でしょ?最後に見た日から、痩せた気がする。ご飯、ちゃんと食べてないんだろ」
「…お前の手料理以外、何を口にしても味気ない気がしてな…。食欲がわかんのだ」
ザクセンの言葉に、ティオは笑みを浮かべた。言い換えれば、自分がいないと駄目と言うことではないか。直接的ではないが、何より彼の本心を物語っている気がした。
「ザクセンさんの胃袋を掴めて良かった。じゃあ、俺、ここにいても、いいよね…?お願い」
「…俺も自分の気持ちに素直になるしかないな。…ティオ、俺達と家族になってくれ」
「もちろんっ!」
ザクセンもようやく観念し、はにかんだ笑みを浮かべる。ティオは大きく頷くと、大狐の首元に腕を回した。そうして、彼の唇に口づけた。
5
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話
黄金
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。
恋も恋愛もどうでもいい。
そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。
二万字程度の短い話です。
6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
【完結】乙女ゲーの悪役モブに転生しました〜処刑は嫌なので真面目に生きてたら何故か公爵令息様に溺愛されてます〜
百日紅
BL
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でしたーー。
最後は処刑される運命の悪役モブ“サミール”に転生した主人公。
死亡ルートを回避するため学園の隅で日陰者ライフを送っていたのに、何故か攻略キャラの一人“ギルバート”に好意を寄せられる。
※毎日18:30投稿予定
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる