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23. エンカウント

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 ある日、タータと遊んでいると白金の大狐がしなやかな動きで近づいてきた。

「晩飯用に何か採って来て欲しいのだが、頼めるか」
「もちろん」

 ティオは二つ返事で頷いた。タータの頭を撫でながら立ち上がり、鞄を肩にかける。

「獣肉は無理だけど、かろうじて魚ならいけるかも。最悪、山菜や果実になってもいいかな?」
「問題ない」
「オイラも行く!」
「タータ、たまには父と二人きりで遊ぶのはどうだ?」
「あう…」

 タータは困った様子で、父親と薬師見習いの顔を交互に見た。大きく丸い尻尾が地面に垂れている。ティオについて行きたいが、ザクセンの提案も魅力的で迷っているのが手に取るようにわかった。

「お父さんと遊びなよ。俺とはいつも一緒に出かけてるんだし」
「でも、ティオひとりだと危ないよっ」
「大丈夫大丈夫。遠くには行かないし、最近はこの辺の地理にも慣れてきたんだ。すぐに戻ってくるよ」
「……わかった!父ちゃんと遊んでる!」

 タータのこぼれそうに大きな瞳が一層輝く。内心、ザクセンと遊ぶほうに心が傾いていたらしい。
 素直な反応に笑みがこぼれる。尻尾を左右に大きく振るタータの元気な声に見送られ、ティオは洞窟を後にした。

「父ちゃん、何して遊ぶのー?」

 青年の姿が見えなくなると、タータは笑顔で父親の周りをちょろちょろと走り回り始めた。

「タータ、話をしよう。そこに座りなさい」
「お話?」

 タータは首を傾げながらも、父親の正面にお尻をついて座った。

「あの男のことだ。そろそろ森から帰してやれ」
「!や、やだっ!ティオはここにいるの!」

 子狸は瞬時に立ち上がり、ザクセンに向かって小さな牙を剥き出しにした。

「いつまで拘束する気だ」
「いつまで、ってずっとだよ!」
「そんなことが許されると思っているのか?奴にも帰る場所があるのだぞ。タータも見ただろう。故郷や師匠を思い出して涙するのを」
「それは…」
「自分がもし奴の立場だったらどうだ?親しい者と引き離されて、いつ帰れるかも知れないとなるとどんな気分だ?」
「…でも、でもっ、ティオ、オイラたちと一緒にいて楽しそうだよ!ずっと笑ってるもん!」
「いい加減にしろッ!」

 聞き分けのない我が子に、父親の堪忍袋の緒もとうとう切れてしまう。ザクセンの恫喝に、タータは大きく体を震わせた。

「お前の我が儘でいつまで奴を苦しめる気だ。森がどれほど危険か、分からぬお前ではあるまい。万が一、あの男が獰猛な魔獣に襲われて死んでもいいとでも言うのか」

 タータは泣きながら頭を振って否定した。

「ティオは…オイラが、守るもん…っ!」
「その小さな体でどう守るつもりだ。炎もろくに吐けないだろう。誰かを守るというのは、口で言うほど簡単ではないぞ」
「でも…オイラ、ティオともっといたい…。オイラ、小さかったから母ちゃんのことほとんど覚えてない…。温かかったことだけ…。ティオといるの、安心する…母ちゃんがいたら、こんな感じなのかなって思う…。父ちゃんとティオとオイラ三人で、一緒に狩りしてご飯食べて遊んで、家族ってこうなのかなって…心、ぽかぽかするもん…っ!父ちゃんもティオのこと、もうきらいじゃないでしょ?オイラわかるもん!父ちゃんとティオが結婚すれば、ずっと一緒に…」

 さめざめと涙する息子に、ザクセンは雰囲気を軟化させた。小さな顔に頬擦りする。

「…言っただろう。俺達と奴とは住む世界が違う。種族も違う。本来ならば相容れない存在だ」
「そんなの…!種族がちがうと、あいいれないなんて…じゃあ父ちゃんはどうして母ちゃんと結婚したの!?父ちゃんとオイラは!?本当は、一緒に住んじゃいけないってこと…っ!?」
「違うッ!タータと父は姿は違うが血は繋がっているだろう。それに魔獣同士だ。だが、薬師は人だ。分かるだろう?」
「わからないよ…!父ちゃんの言いたいこと、全然わからない…!人だから、魔獣だからって、どうして線引きするの…っ!?」

 タータに詰め寄られ、今度はザクセンが返答に窮する番だった。

「…オイラ、いやだ…っ!ティオと、一緒にいるんだ…っ!」
「タータッ!」

 金切り声でそう叫ぶと、タータは全速力で走り出した。ザクセンは我が子の進路を阻むが、子狸は父親の前脚に思い切り噛みつく。痛みはなくとも驚きで怯んだ隙に、タータは大狐の脇をすり抜けて洞窟を飛び出した。
 何故こうもうまくいかないのか、ザクセンは己の前脚を見下ろし、溜め息を吐いた。

 *********

 ティオは洞窟へ戻る道を歩いていた。その腕には、はちきれんばかりの量の山菜や香草、きのこを抱えている。魚を獲りに川に向かうつもりだったのだが、運よく山菜が群生している場所を発見した。
 思わぬ大収穫に、どんな献立にしようかと笑みがこぼれる。香草ときのこを一緒に焼いてもいいし、貯蔵している干し肉と汁物にするもの良さそうだ。
 最近は一層ザクセンとも距離を縮められた気がして嬉しい。慣れてきたし、ここの生活も決して悪くないと思い始めている自分がいる。
 存分に罠も調薬した道具も作れて、気分がいい。自然と鼻歌を唄っていた。
 洞窟が見えてきたところで、茶色い毛玉が飛び出すのが見えた。

「タータ…?」

 ティオは立ち止まり、目を凝らした。毛玉は間違いなくタータだった。青年に気づかず、一目散に森の中へと走っていく。
 子狸の様子に、何かただ事ではないとティオは直感した。洞窟の入り口を見るも、ザクセンは追いかけてこない。ティオは妙な不安に駆られ、収穫物を地面に置き、子狸の後を追った。
 幼獣で手足が短いとは言え、さすがは森で生まれ育った魔獣だ。姿を見失わないように追うので精一杯だ。腰の高さの植物が多くなってきた。草に紛れられては、撒かれてしまう。

「タータ!…タータ、待って!」

 酸素を求める肺に鞭打ち、必死で大きな声を出す。全速力で走りながら叫ぶのは、さすがに身に堪える。

「ティオ…?」

 力を振り絞って名を呼び、ようやくタータは足を止めた。声が届いたことに安堵の笑みをこぼしつつ、ゆっくりと駆け寄る。

「タータ…はあ、やっぱり足早いね…俺、くたくた…。…タータ、泣いてるの…?」

 潤んだ黒い瞳に、ティオは目を瞬かせた。その瞬間、わっと泣き出したタータが青年の懐に飛びこむ。ティオはその場で膝をつき、子供を抱き止めた。

「タータ、どうしたの?ザクセンさんと遊んでたんじゃ…」

 問いかけるも、子狸は青年の腕の中で激しく泣きじゃくるだけだ。ティオは戸惑いつつも、とりあえずタータを落ち着かせることにした。毛を優しく撫で、大丈夫だと囁きかける。

「…ティオ、…ティオは、オイラを一人に…しないよね…?」
「タータ…?」

 涙のあふれる瞳で見上げられ、ティオは困惑した。つい先程までは笑っていたというのに、180度違うこの変わり様は何があったのか。

「ううううう五月蝿いわねえ…」

 ねっとりと絡みつく耳障りな声に、ティオの体は一瞬で強張った。タータを抱きしめる腕に力をこめる。悪寒がする。
 森の中で人語を解する魔獣に出くわすのは、ザクセン父子以外ではこれが初めてだった。
 周囲の茂みがガサガサと音を立てる。ティオの不安が伝わったのか、タータも緊張してしがみついてくる。
 断続的だった音が止む。茂みが割れ、出てきたのは黒い影だった。ザクセンと同じくらいに巨大な獣。
 狼だ。大きく裂けた口に、無数の鋭い牙。何より特徴的な、大きな四つ目。
 ティオとタータは共に息を呑んだ。
 ザクセンの語った狼。彼の一族、そしてタータの母親ナンナの仇。

「あらあらあらあら…この森に人…?めめめめ珍しいこともあるのねええ…。ななななんて美味しそうなご馳走かしら…」

 ニタリ。裂けた口が気味悪く吊り上がる。細長い舌で舌舐めずりをする狼に、ティオの身は芯まで凍りついた。
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