悪人喰らいの契約者。

八剣晶

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辺境の奴隷狩り

18  良い夢を

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 晩餐を終えた朔達は、部屋へ案内され、それぞれに寛いでいた。

 タルラは薄手のラフな部屋着に着替え、ソファーに座って何か考え事をしている。 チェミーも同じく楽な衣装を身に纏い、皮をなめして作られた旅行鞄の様な物から衣類を取り出して分別している。

 恐らく移動中に溜まった洗濯物を選(よ)り分けているのだろう、出張の多かった朔には馴染みの行為なのだが、たまに匂いを嗅いで振(ふ)り分けているのが気になる所だ。

 他の仲間もそれぞれの部屋で似たような事をしているのだろう。

 だろうと言うのは、部屋割りの問題でこの部屋にはいないからである。

 そう部屋割りで何故か朔はタルラ・チェミー組みに入れられた。

 今タルラが居るのはゲストルームに相当する部屋だろう、部屋数は四つも有る。 入り口入ってすぐの従者の控え室兼寝室、リビング兼応接間、その左右の扉の先にはそれぞれダブルサイズのベッドが備え付けられた豪華な寝室が二部屋用意されている。 子供連れのお客様でも安心|(?)な造りをしていた。

 当初、アボーテ男爵側の用意した部屋割りは、朔がツゥエルとテットンと同部屋になる予定だったのだが、チェミーに反対され、ツゥエル達も困ったような顔をしていたので、案内の侍女が『では個室をご用意いたします』と言い出したところ、今度はタルラが『個室ではサクが心配だ』と猛反発をしてきた。 結局タルラの侍女見習いと言う事でこの部屋割りに落ち着いたのである。

 タルラのアボーテ男爵に対する心象を知らない朔としては、過保護な事だと思いながらも、チェミーかタルラと一緒に寝られるかもしれないとの誘惑には勝てず、ここまで来てしまったのだ。

『ここのお城って、おいしそうな人がいっぱい居るね~。 あの男爵は捕食確定で、後はどれを食べようか迷っちゃうよ』

「迷うのは勝手だが、まだ食べたら駄目だぞ」

 そして、朔は今何をしているかというと、トイレに篭って悪魔とお話していた。

『む、契約違反だ! あんたにはアタシを食べさせていく責任を放棄するつもりなの!?』

「いや、そうじゃ無いけど、どう考えたってまずいだろう?」

 少なくとも今の朔達は歓待されてる身だ。 客が泊りに来て朝起きたら領主が殺されていたとなったら、真っ先に疑われるのはタルラ達だろう。 

 悪魔が「悪人だ食べたい」と言うのなら、朔としても殺す事はやぶさかではない。 どうせ一万人近いテロリスト達を殺してきた血塗られた身だ、今更一人二人で悩みはしない。

 だが、それでタルラ達に迷惑は掛けたくない。 希望としては、タルラ達にも朔自身にも疑いが掛けられない形で殺したいところだ。

『人間って、めんどくさい。 とっとと殺して逃げちゃえばいいのに』

 そう悪魔に説明して説得しているのだが、なかなか納得してくれない。 悪魔の言う通りにしたら、お尋ね者まっしぐらになってしまう、この容姿では目だって仕方ないだろう、追っ手にもすぐ見つかる事となる。 これから一生仮面で顔を隠して生活するのも御免だ。

『サクちゃん? お腹痛いの? 大丈夫? ご飯が美味し過ぎて食べ過ぎちゃった?』

 その時扉の向こうで、チェミー心配そうに声をかけてきた。 気が付かない間に随分と篭ってしまっていたらしい。

「うん、だいじょうぶー」

 一応明るい声で応えておくが、意味は通じないだろう、出たら誤魔化さないといけないかも知れない。

 だがそこで朔の頭に天啓の様な物が閃いた。

「なぁ、悪魔?」

『なぁに? サク?』

 こっちの世界に着てから、悪魔はたまに朔の事を名前で呼ぶ時がある。 普段は何を考えてるのか分からないような悪魔が相手でも、少し距離が縮んだような気がして嬉しく思える。

 だが今はそんな喜びに浸っている余裕は無い。 扉の前ではチェミーが出待ち・・・している気配が感じられる。 朔の心配をしているフリ・・をしている可能性も考えると、急がなければ手遅れになる未来も有るのだ。

「悪魔って、美味しい魂を取っておく癖が有るよな?」

『そうかも、一番盛り上がってる時に、ぱくっ!っと行くのが、いい感じだからかな?』

「だったら、もう少し我慢してみたらどうだ?」

『どういう事?』

「目の前に有る美味しいものを、我慢して、我慢して、さらに我慢して、ここぞって時に食べると、すっ極美味しいと思わないか?」

『むむ…』

「これまで、悪魔は沢山の魂を食べてきたと思うけど、食べ方も大事だと俺は思う。 どうすればより美味しく! より幸せな気分になれるか! それこそが食べる上で最も大事な事だろうと、おれは考える。 だから、もっともっと食べたくなるまで我慢すれば、きっと今食べるよりも美味しいはずだ! それこそ ”通” と言うものだろう!」

『そ、そうかも! アタシもっと美味しく食べれるようになるまで、我慢してみる! サクありがとうっ!』

(う、上手くいった)

 朔が胸を撫で下ろしながらトイレから出ると、チェミーが心配そうな顔していたので、「大丈夫! 元気!」と、アピールしてみたら、ほっとした顔で朔が出てきたトイレに駆け込んでいった。 間に合ったようで何よりである。

 ちなみにここの部屋つきトイレはボットンで、三階に有るのにどう言う造りなのか朔には謎であった。 トイレの中には汲み置きの水と手桶、そして、何に使うのか分からない、二メートル近い棒の様な物まであり、言葉が話せないので使い方を聞く事もできない、異文化の謎は当分解けそうに無かった。


 **********


「チェミー済まないが、皆を呼んできてくれ」

 トイレから出てきたチェミーにタルラは声をかけた。

「今からですか? 明日の朝ではいけませんか?」

「明日の予定を変更したいのだ、出来れば今日中に伝えたい」

 夜に男性を部屋に招くのが褒められた行為ではない事は分かっているのだが、今夜の内に伝えておいた方が、何かと都合がいい。

「分かりました、タルラ様。 でも、ちょっとお待ち下さい」

 言うが早いか、チェミーは足元に広げていた汚れ物を急いで籠の中に放り込むと、籠ごと寝室の扉の中に投げ入れ、扉を閉めた。

(そこまで急がなくてもいいのだが…)

 仲間とは言え、男性を寝室に入れるつもりはないので、汚れ物を見られる危険は確かに無くなったのだが、「それで良いのか?チェミー」と、チェミーの私生活が心配になってしまうタルラであった。

「皆、済まないが、明日にはこの街を発(た)とうと思う」

「理由をお聞きしても?」

 みなが集まるのを待って発せられたタルラの言葉に、トーレスが聞いてくる。

「ここの領主が好きになれそうも無い。 それと、これはあくまで勘(かん)なのだが、どうもきな臭い気がするのだ」

「なるほど、分かりました」

 異論が出そうな内容に、真っ先に質問して同意してくれたのは、トーレスの気遣いだろう。 

「明日の朝、この城を出て街で必要なものを買い揃え、昼には街を発つつもりだ。 皆、折角落ち着いた所で申し訳ないが、そのように準備しておいてくれ、よろしく頼む」

 具体的なことは言えないのが心苦しいのだが、勘も馬鹿には出来無い、トーレスが賛同してくれたので皆も納得はしてくれた様だ。

 心の中でトーレスに感謝しながらも話を終えて解散を伝えるタルラだったが、そこで、サクがもそもそ動いているのが目にとまる。

 ソファーの下に何か見つけたみたいで、取ろうとしているようだ。

 そのまま眺めていると、サクはソファーの下から紐の付いた白い布切れを引き出し。 不思議そうな顔で目の高さまでまで持ち上げた。

(まさかっ!?)

 その布に心当たりのあるタルラが身を固めるのを余所に、サクは布を目の前で広げて見せる。

「あっ! サクちゃん駄目っ!」

 チェミーが慌てて取り上げるが、もう遅かったようだ。

 男達にの目にはしっかりと焼き付けられたことだろう、蝋燭の灯りに照らされたそれは、ドロワーズとは違う、鎧の下に履いても動きを阻害しないように考案された、女騎士専用の着(ヒモパン)だった。

「ぅをっほん。 それでは、我々はこれで失礼させて頂きます。 お嬢様良い夢を」

「あ、あぁそうだな、失礼すいたします。 タルラ様、良い夢を」

 トーレス、ナムルに続いて次々と挨拶して去っていく男達。 ただ、誰も目を合わせてはこない。

(良い夢なんか見られるかっ!)

 心の中で叫びながら真っ赤な顔で返礼を返すタルラの目は、チェミーをしっかりとにらみつけている。

 若い男達は皆「今夜はいい夢が見られそうだ」などと考えていた事など、うら若いタルラには想像も付かない事だろう。


 **********


 深夜。 悪魔はこっそりと、朔達の部屋から抜け出した。

 チェミーとタルラ、どっちが朔と寝るかで言い争った結果、今では三人仲良く川の字で寝ている。

 朔は暫くの間は寝付け無さげにしていたが、気が付けば安らかな寝息を立てている。

 朔に言われたとおり、悪魔はまだ食べるのは我慢するつもりで居る。 一人で魂を食べるよりも、契約者と一緒に居ながら食べる魂のほうが何故か美味しいのだ。 それに”通”とは何のかも気になる。

 これまで、朔に言われた事は大体有っている。 内空間に物を入れられるようにもなった事も含めて、悪魔の可能性を広げてくれる感じがするのだ。

 でも、タルラ達は明日この城を出て行くといっていた、朔も付いて行くみたいだ。 朔のことだから、約束を守ってちゃんと男爵達を食べさせてくれるとは思う。 でも、その時一々「この人間、あの人間」と教えるのは手間がかかるし、この城には不味そうな人間もいるから、誤って殺してしまうと、食べなきゃいけなくなる。

 それに、気になるのは、朔達がご飯を食べた後にやってきた、あの気配。 一つは美味しそうな人間。 もう一つは、悪魔には少し懐かしいような、そうでは無いような、変な気配。 たぶん創造主(おとうさん)と、同種か、似たような存在なのだろうと悪魔は思っている。

 だから、朔が殺しにもう一回やってくる時に、ご飯が誰なのかすぐに分かるようにと、獲物の魂を取られないように、印を付けておこうと悪魔は思ったのだ。

 そして、悪魔は夜の城を飛びまわり、城の傍の家まで足を運んで、印を付けて回った。

 たいして時間も掛からず戻ってきた時、朔はまだ気持ち良さそうに眠っていた。

『サク褒めてくれるかな?』

 大雑把に見えて、下準備とか手回しとかが好きな朔は、それを手伝うと何時も褒めて、お礼を言ってくれる。 悪魔はその言葉が好きだった。  




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