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12 弟達が去った後で

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「全く、騒々しい弟でしたわね」
「この忙しい時に、面倒なやつだ」

 呆れ顔で椅子に体重を預けるティリス。
 それに対して、俺…………ルーカスは、軽く舌打ちをした。
 確かに、このクソ忙しい中でアイツの襲撃は腹が立ったのが事実だ。

 だが。

「まぁ、アルの主張も分からなくはないがな」

 そう、アイツの主張も分かる。

 アイツはずっとシフォンを宝物のように大切にしてきた。
 分かってはいたのだ、だが、俺は自分の気持ちに嘘がつけなかった。
 弟がシフォンの事をずっと想っていた様に、俺も彼女に想いを寄せていたのだから。

「仕方ありませんわ、アルは臆病だったのですよ」
「それは…………俺も似たようなものだがな」
「あら、でもお兄様は行動に移られたじゃないですか?見ているだけではダメだとお気付きになったのでしょう?」

 そう、今までは見ているだけで、何もしようとはしなかった。
 だが、あの日「師匠」から言われ一言に俺は決心した。

「どうだかな…………俺は、怖かっただけだ」






 あの日は、いつもの様に師匠の元で魔法の勉強をしていた。

「…………ルーク、じゃなかった、ルシア?最近自分を追い込み過ぎじゃなくて?」
「え?…………そうですか?」

 王太子としての教育は既に済んでおり、執務に追われる毎日。
 だが、時間を作り、師匠の元で勉強する事を父上は許してくれていた。
 師匠の元で魔法の勉強を始めたのは、俺がまだ六歳の頃。
 師匠とはその頃からの長い付き合いという事もあり、本格的に公務を始めても、魔法の勉強を「辞めろ」とは言われなかった。
 まぁ、師匠が「時の魔女」と言うのも父上の中では大きかったのだとは思うが。

「公務の合間に時間を作って来てるんでしょ?お仕事忙しいのに大丈夫なのん?」

 まぁ、確かに師匠の言う事は間違ってはいない。
 先日、父上から溜池建設の指揮を直接承り、今日の午前中に各役職と責任者の人員選別を終わらせたばかり。配置も済んだから、後は会議を開いて流れを確認するだけだ。
 そう言えば、宰相から今度の王家主催の舞踏会の準備についても話があったな。
 後は…………。

「…………まぁ、忙しいですが」

 本当を言うと、師匠の教授を受けている場合ではない気がする。
 いや、受けている場合ではないのだ。
 だが、俺ならこの忙しさを何とか回せる自信があった。
 自画自賛と言われようが、自分の能力はきちんと把握しているつもりだ。

「まぁ、いいわん。貴方が大丈夫なら何も言わないけどぉ…………シフちゃんの顔が見れないのがそんなに寂しい?」

 バリン!と、思わず発動中の氷の魔法が砕け散った。

「師匠!」

 顔に熱が集中するのが自分でも分かる。
 いつからだ!いつから知っていたんだこの人は!

「あらん、驚く事?だって、貴方がシフちゃんに向ける感情の空気は読みやすいのだものぉ」

 まさか、師匠にバレているとは。
 まぁ、思い返してみれば、シフォンとの付き合いも、この想いを自覚したのも随分前からだ。
 師匠が気付いていても不思議ではないが…………参ったな。

 俺がシフォンと初めて顔を合わせたのは、俺達がまだ幼かった頃。
 酔っ払った師匠が、ケガをしたシフォンとミミリアを連れ店に帰って来た日だった。
 初め見て直ぐに彼女が宰相の娘だと気付いた。まだ社交界デビューは済ませていないが、宰相から彼女の兄であるミカエルと共に紹介された事があったからだ。

 それからの長い付き合い。
 だが、此処では兄妹弟子の関係を貫いた。
 いつか自分の正体を話そうとは思っていたのだ。だが、彼女への想いを自覚した時からそれが出来なくなった。
 正直、怖かったのかもしれない。
 貴族令嬢達からの社交界での「王太子」の評判は最悪だったからな。

 だが、一応これにも訳があった。

 幼少期からの令嬢らの政略的なアピールは日に日にエスカレート。
 笑顔を見せようものなら、勝手に勘違いし、ストカーにまで発展する始末。
 いい加減、ストレスでどうにかなりそうだった。
 何なんだ!そんなに地位とこの顔が好みか!

 そんな感じで、いい加減こんな面倒が嫌になり、くだらない会話などを無視していたら、いつの間にか「氷の王子」と呼ばれる様になってしまった。
 まぁ、俺的には面倒なゴマすり達から逃れて逆に良かったと思う。

 本来の俺は、近しい者だけが知っていればいい。
 そう思っていたのに。

 ある日問題が起きた。

 王家主催のパーティーで、偶然にもシフォンと話す機会があったのだ。
 ルシアの様に振る舞いたくても、その時の俺は「氷の王子」が定着しすぎていた。
 結局、彼女から話をもらったにも関わらず、俺はまともに返事すら返せなかった。
 あの時の彼女の顔は…………本当に申し訳ない事をした。

 そんな俺とルシアが同一人物と知って、シフォンがどう思うか。
 こんなだからトールから「根暗」だの「ヘタレ」だの言われるんだろうな。
 だが、俺は怖くてたまらなかった。
 ルシアとして、彼女と築いてきた時間が壊れるのが怖かったんだ。

「ん?あぁ………えっと、それとね?貴方の想いだけど、妹ちゃんと従兄弟ちゃん…………後は、シフちゃんのお兄様は知ってるんじゃないかしら?」
「んなぁ!」

 予想外の名前がツラツラ出てきた事に、思わず変な声が出た。
 ティリスにトールに…………シフォンの兄であるミカエルだと!
 確かに、この三人には「ルシア」の事がバレているが、俺の感情までは話していないはずだ。

「ん~、ようは、貴方が分かりやすかったって事じゃない?」
「グフッ!」

 相変わらず、師匠は一発KOな発言が好きだ。
 俺は師匠の言葉に、崩れるように両膝をついた。

「ふふふ、いいじゃない。シフちゃん可愛いものね?」
「…………師匠?」

 その瞬間、一瞬にして師匠の雰囲気が一変した。
 妖艶さは何倍にも増し、俺を獲物を見つめる様な眼差しで見る師匠。
 俺はこの瞳を知っている。

「知らないわよん?このままだとシフちゃん、君の「弟ちゃん」に持っていかれちゃうからん」

 クスクスと妖艶に笑う師匠は正に「魔女」の名が相応しい。

「それは…………予言ですか?魔女の」

 そう、あの瞳は「予言の瞳」。
 師匠にはその可能性が見えているのだろう。

 弟のアルフォンスがずっとシフォンに想いを寄せているのは知っている。
 散々、トールとミカエルから聞いていたからな。
 確か、いつまでもズルズル面倒だと言っていたか?
 その弟がシフォンに自分の気持ちを伝えたら…………。

 嫌だ!

「未来は不確か。でも、偶然なんて無いのよん…………あるのは必然。私の見える未来は今現在は不安定だけど、これだけは言えるわ。シフちゃんの未来は貴方にかかっている。だから、彼女の幸せを思うなら、選ぶべき選択は二つね?陰からずっと助力するか…………想いを伝えて正面から守るか」

 アルフォンスに譲り自分は惨めに力だけ貸すか、自分が伴侶となり堂々と隣を歩くか。
 そんなの、答えは決まっている!

「師匠!俺は、王太子としてでなく、俺個人として彼女を守りたい!」

 思わず、目の前の師匠に前のめりで声を張り上げてしまった。
 そんな俺に、一瞬間を置く師匠。

「…………っつ、ぷ!ふ!…………びっくりしたわん、ふふ」

 そして、いきなり盛大に笑い始めた。
 って、俺、変な事言ってないだろうが!

「くふふっ、そんなに睨まないでぇ?いいわ、貴方がその気なら力を貸してあげる」
「え?…………それって」
「うん?まぁ、国王ちゃんにも頼まれてたしねん」

 その後、俺は国王である父上とシフォンの父である宰相に直談判。
 シフォンとの婚約をもぎ取る事に成功した。
 あの時の父上と宰相の表情はかなり両極端だったな…………父上はハイテンションになり、宰相は俺を殺さんばかりだった。





「ういー、ミカとアル、見送って来たぞー」
「あぁ、悪いな」

 ついつい婚約前の事を思い出していると、弟達を見送ったトールが帰ってきた。

「本当に、お前ら兄弟って不器用だよな?」
「そうか?」
「相手を想うあまり、ヘタレになるとこもそっくりだしな」

 うん、まぁ…………自覚はあるが、コイツの前で認めたくない。

「アルもなぁ、あのクソ真面目なところがなければと思うんだが、直すの難しいだろうな」

 ああ、アイツは俺以上のクソ真面目だからな。
 正義感の強い、真っ直ぐな弟。
 それが長所でもあるが、欠点でもある。

 思わず出る溜息に、トールだけではなく、妹のティリスからも呆れた視線を送られてしまった。

「それと、シフォンの従兄妹として言わせてもらうが、お前さ、アイツのこと本当に大事なら逃げるなよ。アイツの性格よく知ってんだろ?本当のお前を見せたって絶対動じないって。寧ろ鼻で笑うだろうよ?」
「…………痛いところをついてくるな」
「当たり前だろ?お前の「仮面」の理由は知ってるしな。婚約に関して陛下と叔父上に直談判する勇気あるなら、そんくらいやってのけろよ、このヘタレ根暗」

 本当に、自分の事を知られているのも考えものだ。
 というか、ヘタレ根暗はやめろ!
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