6 / 27
5月18日(木)晴れ 『小さな事件』
しおりを挟む
今日はひとつ気にかかる事件があった。
体育の授業の後いつものようにこっそりと更衣室を抜け出した僕は、旧校舎のトイレで着替えを済ませ、教室に戻ろうとドアを開け廊下に出たのだが、そこで栗谷に出くわしたのだ。
もちろん、その遭遇自体に問題があるわけではない。
生物準備室は旧校舎のすぐ隣だから、生物教師である栗谷がそこのトイレを使っていてもおかしくないし、同じく旧校舎に面した体育館で体育の授業を受けていた僕が授業後にそのトイレに駆け込んだとしても不自然ではないだろう。
付け加えれば、僕の行状にも見咎められるところはなかったはずだ。
かかる事態に備えて、脱いだ体操着はいつも通りトイレの掃除用具入れに隠して出てきたから、僕は手ぶらだったのだ。
ちなみにトイレへ向かうときも制服を抱えて更衣室を出たわけではない。そんなことをすればクラスメイトに不審に思われるのは火を見るよりも明らかだからだ。
そのために、僕は体育のある日には早朝のうちにそのトイレの掃除用具入れに予備の制服を隠し、何も持たず入っても着替えを済ませられるようにしているのである。
だからトイレに入るときも出るときも、僕は別段あやしまれるような振舞いはしていない。
それだけに、トイレから出ようとドアを開けたときばったり出くわした栗谷の表情が気にかかるのだ。
ちょうどトイレに入って来ようとしていたのか、僕がドアを開けたとき栗谷はすぐ目の前にいた。
いきおい、二人の目が合った。僕は少し驚きはしたが、それを表情には出さずにいられたと思う。
だが、栗谷は逆だった。目を丸くするという言い回しそのままの表情で僕を見たあと、今度は値踏みするような……あるいは何かを疑っているような目でじろじろと僕を睨めまわしてきたのだ。
なにしろ『クリーチャー』と渾名されるほど醜悪な顔をした栗谷である。身体に突き刺さる無遠慮な視線に、今はもう女子に片足を突っ込んでいる僕が生理的嫌悪を覚えたのも無理のない話だろう。
あそこで済みませんと言い残して逃げるようにその場をあとにしてしまったのには、やはり後悔が残る。僕はただトイレに入っただけで、咎められるようなことは何もしていなかったのだから、もっと堂々としていれば良かったのだ。
幸い、栗谷は僕の秘密に気づいたわけではないように思う。
トイレに残してきた体操服も放課後には回収できた。もしあのあと栗谷に見つけ出されてしまっていたら、と気が気ではなかったから、それが掃除用具入れにちゃんと残っていたのを目にしたときには思わず大きな溜息がこぼれた。
もっとも冷静になって考えれば、それが見つかったところでたいして問題になっていたとも思えない。
所詮、男子生徒が男子便所で、男ものの体操服から男ものの制服に着替えたというだけの話だ。
あのとき栗谷が何を思ってあんな目で僕を見たのかは少し気になるが、あるいは僕の顔に何かついていたのかも知れない。
ともあれ、体育の授業がある日は気が抜けない。
問題は水泳の授業が始まったらどうするかだが、とりあえず今の僕には、それまでにあまり胸が大きくならないように祈ることしかできない。
体育の授業の後いつものようにこっそりと更衣室を抜け出した僕は、旧校舎のトイレで着替えを済ませ、教室に戻ろうとドアを開け廊下に出たのだが、そこで栗谷に出くわしたのだ。
もちろん、その遭遇自体に問題があるわけではない。
生物準備室は旧校舎のすぐ隣だから、生物教師である栗谷がそこのトイレを使っていてもおかしくないし、同じく旧校舎に面した体育館で体育の授業を受けていた僕が授業後にそのトイレに駆け込んだとしても不自然ではないだろう。
付け加えれば、僕の行状にも見咎められるところはなかったはずだ。
かかる事態に備えて、脱いだ体操着はいつも通りトイレの掃除用具入れに隠して出てきたから、僕は手ぶらだったのだ。
ちなみにトイレへ向かうときも制服を抱えて更衣室を出たわけではない。そんなことをすればクラスメイトに不審に思われるのは火を見るよりも明らかだからだ。
そのために、僕は体育のある日には早朝のうちにそのトイレの掃除用具入れに予備の制服を隠し、何も持たず入っても着替えを済ませられるようにしているのである。
だからトイレに入るときも出るときも、僕は別段あやしまれるような振舞いはしていない。
それだけに、トイレから出ようとドアを開けたときばったり出くわした栗谷の表情が気にかかるのだ。
ちょうどトイレに入って来ようとしていたのか、僕がドアを開けたとき栗谷はすぐ目の前にいた。
いきおい、二人の目が合った。僕は少し驚きはしたが、それを表情には出さずにいられたと思う。
だが、栗谷は逆だった。目を丸くするという言い回しそのままの表情で僕を見たあと、今度は値踏みするような……あるいは何かを疑っているような目でじろじろと僕を睨めまわしてきたのだ。
なにしろ『クリーチャー』と渾名されるほど醜悪な顔をした栗谷である。身体に突き刺さる無遠慮な視線に、今はもう女子に片足を突っ込んでいる僕が生理的嫌悪を覚えたのも無理のない話だろう。
あそこで済みませんと言い残して逃げるようにその場をあとにしてしまったのには、やはり後悔が残る。僕はただトイレに入っただけで、咎められるようなことは何もしていなかったのだから、もっと堂々としていれば良かったのだ。
幸い、栗谷は僕の秘密に気づいたわけではないように思う。
トイレに残してきた体操服も放課後には回収できた。もしあのあと栗谷に見つけ出されてしまっていたら、と気が気ではなかったから、それが掃除用具入れにちゃんと残っていたのを目にしたときには思わず大きな溜息がこぼれた。
もっとも冷静になって考えれば、それが見つかったところでたいして問題になっていたとも思えない。
所詮、男子生徒が男子便所で、男ものの体操服から男ものの制服に着替えたというだけの話だ。
あのとき栗谷が何を思ってあんな目で僕を見たのかは少し気になるが、あるいは僕の顔に何かついていたのかも知れない。
ともあれ、体育の授業がある日は気が抜けない。
問題は水泳の授業が始まったらどうするかだが、とりあえず今の僕には、それまでにあまり胸が大きくならないように祈ることしかできない。
0
お気に入りに追加
242
あなたにおすすめの小説
Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる