天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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意知、相棒を求める

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 高橋たかはし又四郎またしろうが果たした「役割」については、これまでの話を聞いた意知おきともにも何とも判断のしようがなかった。

 すなわち、清水重好しげよしつかえる縁者えんじゃ共謀きょうぼう又四郎またしろうつかえる一橋ひとつばし邸よりその、意次から治済はるさだへとおくられた紫の袱紗ふくさを持ち出し、それを重好しげよしつかえる縁者えんじゃへと渡し、そしてやはり重好しげよしつかえる別の者にその紫の袱紗ふくさを渡し、そしてその別の者が池原いけはら良誠よしのぶ斬殺ざんさつした際、追いかけて来た鷲巣わしのす益五郎ますごろうなる旗本の前で落としてみせた…。

 勿論もちろん、その場合は池原いけはら良誠よしのぶ斬殺ざんさつ一橋ひとつばし治済はるさだの犯行だと見せかけるためであり、ひいては家基いえもと殺しまでも、

治済はるさだの犯行である…」

 そう見せかけることこそが目的であり、つまりは重好しげよしが一連の事件の下手人げしゅにん首魁しゅかいというわけだ。

 だが逆の場合もあり得た。

 つまりは清水重好しげよしこそが家基いえもと殺しの下手人げしゅにん首魁しゅかいであり、家基いえもと殺害の手先てさきとして使った奥医師おくいし池原いけはら良誠よしのぶまでもその口をふさぐべく斬殺ざんさつ、その際、一橋ひとつばし治済はるさだの犯行に見せかけるべく、一橋ひとつばし邸にて治済はるさだおくられた贈答ぞうとう品を管理する納戸なんどがしら高橋たかはし又四郎またしろうを仲間に引き入れ、そして又四郎またしろうにこれはと思う品…、一目ひとめ治済はるさだへとおくられた品だと分かるそれを盗み出させ、そして池原いけはら良誠よしのぶ斬殺ざんさつ、現場に落とすことで、あたかも一橋ひとつばし治済はるさだによる犯行だと見せかけようとした…、そう周囲に思わせるべく、治済はるさだすべてをんだ可能性である。

 そしていずれの可能性であったとしても、重好しげよしか、あるいは治済はるさだによって指嗾しそうさせられたその高橋たかはし又四郎またしろうが生存している確率は極めて低いものと言わざるを得なかった。仮に意知おきとも又四郎またしろう指嗾しそうした立場ならば…、一連の事件の下手人げしゅにん首魁しゅかい重好しげよしにしろ治済はるさだにしろ、どちらの立場を取ろうとも、又四郎またしろう指嗾しそうした立場としては必ずや、又四郎またしろうの口をもふさぐことを考えるからだ。そうしないことにはそれこそ、

まくらを高くしてられぬ…」

 というものであったからだ。

 そして仮に、家基いえもとの殺害には関与していない高橋たかはし又四郎またしろうまでがその口をふさがれたのだとしたら、家基いえもとの殺害に関与した、それも重好しげよしにしろ、治済はるさだにしろ、その者からの命を受けて池原いけはら良誠よしのぶとも共謀きょうぼうの上、家基いえもとを殺害に及んだのだとしたら、彼ら「共犯者」とてその命が危ない。

 そうなると家基いえもとの死の真相を知りたいと願う将軍・家治のその気持ちは最早もはや私情しじょうの一言で切り捨てて良いレベルではなかった。それは最早もはや私情しじょうを越えて、公憤こうふんいきであり、そうであれば意知おきともとしても将軍・家治の命を拒絶するわけにはゆかなかった。

 それでも意知おきともは一応、建前たてまえを口にした。

おそれながら申し上げたきがござりまする…」

 意知おきともがそう口火くちびを切るや、家治は即座そくざに、「許す」と意知おきともに発言をうながしたのであった。

「されば…、今までの話をうかがいましたるところ、大納言だいなごん様ご薨去こうきょの真相を探ると申しますことは、それはつまりは一橋ひとつばし民部みんぶ殿、清水宮内くない殿のご両人りょうにん探索たんさくの対象とすることにて…」

 意知おきともが確かめるようにそう告げるや、「如何いかにもその通りぞ」と家治は即答そくとうした。

「されば一橋ひとつばし殿にしろ、清水殿にしろ御三卿ごさんきょうにて、十万石ものまかないりょうきゅうされておりますれば…」

 意知おきともがそこまで言うと、家治にも意知おきともが言いたいことに気付いたようだ。

「されば民部みんぶにしろ、重好しげよしにしろ大名に準じるゆえ、大名の監察かんさつ役である大目付おおめつけこそが探索たんさくに…、家基いえもとが死の真相を探るべきと、斯様かように申したいのであろう?」

 家治が先回りして意知おきともに尋ね、一方、意知おきともにしてもまさしくその通りであったので、「御意ぎょい…」と意知おきともは家治になら即答そくとうした。

「うむ。意知おきともが申し条ももっともなれば、誰ぞ、家基いえもとが死の真相を探ってくれる者はおらぬか?」

 家治は評席ひょうせきにて監察かんさつ役として陪席ばいせきしている大目付おおめつけに対してそう声をかけたものの、しかし生憎あいにくと言うべきか、手を上げる大目付おおめつけだれ一人ひとりとしていなかった。皆、無反応むはんのうという名の反応を示しただけであった。

 すると家治は、「左様さようか…」とその「現実」を認めるや、意知おきともの方へと目を向けた。

「これが大目付おおめつけの姿よ…」

 家治の目は意知おきともにそう語りかけており、それに対して意知おきともも父・意次同様、家治の目からそれを読み取ったのであり、意知おきともは何だか申し訳ない思いが込み上げて来て、思わず叩頭こうとうしていた。

 ともあれ大目付おおめつけからはだれ一人ひとりとして名乗り出る者がいなかったので、

「されば意知おきともよ。改めて意知おきとも家基いえもとが死の真相の探索たんさくを命ずる…」

 家治は意知おきともに対してそう告げ、それに対して意知おきとも平伏へいふくすることで、家治からのその命令を拝受はいじゅしたのであった。

 それから意知おきともは顔を上げると、

「一つ、願いのがござりまする…」

 家治に対してそう告げた。すると家治はやはり、「許す」と即座そくざ意知おきともうながした。

「さればこの意知おきとも探索たんさくの経験がなく…」

 意知おきともがそう言いかけただけで、やはり家治には十分に通じた。

「相棒が欲しいと申すのだな?」

御意ぎょい…」

「されば…」

 家治はそう言いかけると、意知おきとものちょうどうしろ、意知おきともかげかくれるようにして、白洲しらすにて床机しょうぎこしけていた益五郎ますごろう玄通げんつうを見た。

「されば、あの二人を意知おきともの相棒として付けようぞ…、鷲巣わしのす益五郎ますごろう長谷川はせがわ玄通げんつう…」

 益五郎ますごろう玄通げんつうは共にギョッとしたものである。まさか己までが家基いえもと殺しの探索たんさくにかかわろうとは、思ってもいなかったからだ。

「ええっと…、おそれながらっ!」

 益五郎ますごろう微塵みじんおそれを感じさせない大声を上げた。家治はそんな益五郎ますごろうの態度に腹立ちを覚えるどころか苦笑くしょうしたほどであった。

 だが周囲はそんな益五郎ますごろうの態度を許さず、ことに意知おきともが、「これ、ひかえぬか」とうしろにて床机しょうぎに座る益五郎ますごろうの方へと振り返ってそう注意した。

 それに対して家治が、「かまわぬ。許そう…」と声を上げたことから、意知おきともは再び、真正面まっしょうめん鎮座ちんざする将軍・家治の方へと向き直ると、「ははぁっ」と平伏へいふくしてみせた。

「されば益五郎ますごろうとやら、許す。何なりと申すが良いぞっ!」

 家治も負けじと大声でもって、白洲しらすにて床机しょうぎに座る益五郎ますごろうに対してそう返したのであった。

「ええっと…、されば、ですか?俺、いえ、それがし、ですか…」

 益五郎ますごろうが将軍・家治に対するものいで「渋滞じゅうたい」をきたすや、

益五郎ますごろうがいつも通りの言葉にてかまわぬぞっ!」

 家治がそう「助け舟」を出してくれたので、益五郎ますごろうは遠慮なくその「助け舟」に乗り込んだ。

「それじゃあ遠慮なくっ!俺も探索たんさくの経験なんてロクにねぇんすよっ!ですんで、相棒っつっても役に立たねぇんじゃねぇかって、そう思うんすよっ!」

 益五郎ますごろうのそのあまりな「バサラ」ぶりには「守旧しゅきゅう派」な幕臣ばくしんは元より、それとは対照的に「開明かいめい的」な意次や意知おきとも父子ですら度肝どぎもを抜かれたほどであった。

 ともあれ益五郎ますごろうのその言い分そのものは至極しごくとうなものであった。

 家治もそれを認め、「左様さようか…」と納得したような声を上げたので、これで家基いえもと殺しの探索たんさくなどと、面倒めんどうくさいお役目から逃れられると、益五郎ますごろうはホッとしたのもつか

「されば意知おきともよ、益五郎ますごろう玄通げんつうの他にも誰ぞ、いまひとり、探索たんさく精通せいつうせし者を相棒といたすが良いぞ…」

 家治が意知おきともにそう告げたので、益五郎ますごろうは思わずわが耳を疑い、「えっ」と声を上げたほどであった。

 すると益五郎ますごろうのその声が将軍・家治の耳にも届いたらしく、「何だ?益五郎ますごろう…」と指名を受けたので、そこで益五郎ますごろうは意見を述べることにした。
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