天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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清水重好への疑惑

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「次男と三男…、又四郎またしろうの兄二人でござるが、二人共、清水邸にてつかえており申す…」

「なっ…、そはまことかっ!」

 景漸かげつぐは興奮した様子で、身を乗り出すようにして尋ねた。一体、どうして景漸かげつぐはそこまで興奮した様子であるのか、事情を知らぬ平左衛門へいざえもんには分からぬと見え、首をかしげていたが、それでもその高橋たかはし又四郎またしろうの兄二人についても景漸かげつぐくわしく解説してみせた。

 すなわち、次男は太郎たろ左衛門ざえもん正長まさながと言い、小栗おぐり姓のまま、つまりは養嗣子ようししとしてむかえられることなく、

附切つけきり

 その身分で、清水邸にてかちがしらとしてつかえていた。

 一方、三男・吉左衛門きちざえもん正幸まさとよは、やはり清水邸にてつかえる山下やました理右衛門りえもん満邦みつくに養嗣子ようししとしてむかえられ、弟・高橋たかはし又四郎またしろうと同様、その姓を小栗おぐりから山下へと改めていた。

 だが驚くべきはその小栗おぐり改め山下やました吉左衛門きちざえもん養父ようふとなった山下やました理右衛門りえもんの清水邸における御役おやく、つまりは「ポジション」であった。

 山下やました理右衛門りえもんは旗本出身ではなく、御家人出身であったが、それでも幕臣ばくしんに変わりはなく、ゆえに、

附切つけきり

 その身分で清水邸につかえていたのだが、その清水邸における山下やました理右衛門りえもんの「ポジション」たるや、驚くべきことに納戸なんどがしらであったのだ。

 平左衛門へいざえもんよりそのことを聞かされた時、誰もが驚き、そして誰もが同じような「」を描いたものである。

 すなわち、何としてでも一橋ひとつばし治済はるさだ実子じっし豊千代とよちよ西之丸にしのまる入りを、つまりは次期将軍就任を阻止そししたいと願っている重好しげよしに対して、山下やました理右衛門りえもんはそんな主君しゅくん重好しげよしに対して、

奥医師おくいし池原いけはら良誠よしのぶ斬殺ざんさつ、その際、一橋ひとつばし治済はるさだの犯行に見せかけるべく、諸大名、あるいは旗本から一橋ひとつばし治済はるさだへとおくられた品の中から、これはと思うものを…、一目ひとめ一橋ひとつばし治済はるさだのためだけにおくられた、さしずめ特注とくちゅうの品をその斬殺ざんさつ現場に落としてはどうか…」

 そのように「アドバイス」をしたのではなかろうか。如何いかにも贈答ぞうとう品を管理する納戸なんどがしららしい「アドバイス」ではないか。

 ともあれ山下やました理右衛門りえもんはさらに続けてこう「アドバイス」をしたに違いない。

都合つごうの良いことに、己が養嗣子ようしし吉左衛門きちざえもん正幸まさとよのすぐ下の弟は一橋ひとつばし邸にて納戸なんどがしらとして勤めており、そうであれば贈答ぞうとう品を…、一橋ひとつばし治済はるさだへとおくられた品を管理するその役目やくめがら、その贈答ぞうとう品を持ち出すのも容易たやすはず…」

 重好しげよしはその山下やました理右衛門りえもんの「アドバイス」に深くうなずき、そして「ゴーサイン」を出したに違いない。

 いや、その前に山下やました理右衛門りえもん重好しげよしから「出世」の言質げんちを取ったものと思われる。

 それと言うのも、仮に山下やました理右衛門りえもん思惑おもわく通り…、そしてそれは重好しげよしにとっても当てまるが、一橋ひとつばし治済はるさだに対して、奥医師おくいし池原いけはら良誠よしのぶ斬殺ざんさつ事件の嫌疑けんぎがかけられたことで、豊千代とよちよ西之丸にしのまる入り、つまりは次期将軍就任が「ご破産はさん」となれば、必然ひつぜん的に将軍・家治の実弟じっていである重好しげよしに次期将軍の「おはち」が回ってくるというものである。

 つまり重好しげよし豊千代とよちよに代わって西之丸にしのまる入りを果たせるというわけで、その際には清水邸からも幾人いくにんかが重好しげよしと共に西之丸にしのまるへと移り、そして重好しげよしに…、次期将軍たる重好しげよしつかえる小姓こしょう、あるいは小納戸こなんどとして取り立てられることになる。

 山下やました理右衛門りえもんはそのうちの一人に…、西之丸にしのまる小姓こしょう、あるいは小納戸こなんどとして取り立てられる一人に加えて欲しいと、重好しげよしにそう要求したに違いない。

 西之丸にしのまる小姓こしょう、あるいは小納戸こなんども、本丸のそれと変わらず、つまりは旗本役であり、御家人ごけにん出身の山下やました理右衛門りえもんがその旗本役である西之丸にしのまる小姓こしょうか、あるいは小納戸こなんどとして取り立てられるということは、それは他でもない、御家人ごけにんから旗本へと、

はんをすすめる…」

 つまりは「ステップアップ」できることを意味しているからだ。

 それに対して重好しげよし山下やました理右衛門りえもんのその要求をんだに違いない。その程度ていどの要求であれば、重好しげよしにとってはまさに、

「安い買い物…」

 それに違いないからだ。

 こうして山下やました理右衛門りえもん重好しげよしとの間で「取引」を成立させるとまずは当然、養嗣子ようしし吉左衛門きちざえもん正幸まさとしに話を持ち込み、それに対して吉左衛門きちざえもんにしてもやはりと言うべきか、あるいは当然と言うべきか、即座そくざにその話に乗ったに違いない。

 何しろ一橋ひとつばし邸にて納戸なんどがしらとしてつかえる高橋たかはし又四郎またしろう贈答ぞうとう品を、それも一目ひとめ治済はるさだへと、治済はるさだのためだけにおくられた、さしずめ特注とくちゅうの品を持ち出してもらい、そして引き渡してもらうことに成功すれば、養父ようふ山下やました理右衛門りえもんは旗本に取り立てられるのだ。

 そして養父ようふが旗本に取り立てられるということは、養嗣子ようししの己もゆくゆくは養父ようふ遺跡いせきげるわけで、つまりは、

養父ようふあといで旗本になれる…」

 養嗣子ようしし吉左衛門きちざえもんはそのまたとない「チャンス」にめぐまれたわけで、ゆえに吉左衛門きちざえもん即座そくざ養父ようふ理右衛門りえもんの話に乗り、そして実弟じってい高橋たかはし又四郎またしろうにその話をそのまま持ち込んだのではあるまいか。

 それに対して高橋たかはし又四郎またしろうは当初は流石さすがに驚きこそしたものの、しかしすぐに冷静さを取り戻すと、山下やました理右衛門りえもん重好しげよしに対して「将来の出世」を要求したように、高橋たかはし又四郎またしろうもまた、「将来の出世」を要求したのではあるまいか。

 高橋たかはし又四郎またしろうは次期将軍を輩出はいしゅつすることが内定ないていした一橋ひとつばし家につかえており、その分、清水家につかえる山下やました理右衛門りえもん吉左衛門きちざえもん親子に比べれば、

「将来の出世…」

 その観点かんてんからすれば一見いっけんめぐまれているかのように見える。つまりは次期将軍として西之丸にしのまるへと移る豊千代とよちよ同道どうどうして西之丸にしのまるへと入り、そして豊千代とよちよ御側おそば近くにつかえる、西之丸にしのまる小姓こしょう小納戸こなんどとして取り立てられるチャンスに、である。
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