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俺と志貴の推理 ~草加官房長官、北村刑事部長、そして永野都議の疑獄のルート~ 3

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「志貴検事…、こちらが吉良君かね?」

 押田部長は頭を上げた志貴と俺とを見比べながらそう言った。

「はい」

「そうか…、吉良君、だったね?」

 押田部長は俺の方を見ると改めて俺の名を、苗字を口にした。恐らく志貴から話を聞いていたのだろう。

「はい。吉良…、吉良尊氏と申します」

「私は押田剛志だ」

「押田部長…、特捜部長ですか?」

「そうだ…、大変な目にあったな…」

 押田は心底、同情する口調であった。警察に手酷く裏切られたことを指しており、なるほど、確かに大変な目にあったことには違いないが、それでも初対面の相手からそこまで同情されることでもなかったので、

「いえいえ、貴重な体験をさせてもらいましたよ」

 俺はそう嫌味まじりに答えてみせ、押田部長を苦笑させた。

「部長、是非とも聞いていただきたいことがあります」

 志貴が割って入った。

「何だ?」

 志貴は「これは吉良の推測なのですが…」と前置きした後、今しがたまでの俺と志貴との推理のやりとりを再現してみせた。押田部長はそれを聞いてさすがに表情を険しくさせた。

「…警察幹部が振り込め詐欺グループを指南したと言うのか…」

 押田部長は話を聞き終えるなり、そう言った。

「無論、何の根拠もありませんが、極めて確度の高い推測かと…」

 志貴の意見に押田部長も頷いた。

「あの…、ちょっと良いか?」

 俺が割って入ったので志貴と押田部長、そして相良事務官の視線が俺に集中した。

「永野…、都議の永野自身が経営している豊田ファイナンスについてなんだが…」

 俺がそう尋ねると、それには押田部長が答えてくれた。

「それなら私から…、豊田ファイナンスは銀河人材派遣と同時期に設立されていた…、すなわち、今から3年前の2017年に設立されていた…」

 2017年から振り込め詐欺を開始したのではないか…、俺の推理を裏付けるかのような事実であった。

「さしずめ、銀河人材派遣が振り込め詐欺の電話をかけるアジトで、豊田ファイナンスは戦利品である金を保管しておくアジト、ってところかな…」

 俺がそう言うと、押田部長も首肯した。

「君の今の推理に基づくならば、そう考えるのが妥当だろうな…」

「ところで、人材派遣にしろサラ金にしろ、そんなに簡単に設立できるもんなんですかね…、いや、人材派遣の方はともかく、金融会社の方は元手となる金が必要ですからねぇ…」

「君の言う通りだ。志貴検事に頼まれて調べてみたんだが、永野都議は豊田ファイナンスを設立するに際して、東京新銀行から2億円の融資を受けている…」

「2億もの融資を引っ張ったと?永野が?」

「そうだ」

「ということは…、当たり前の話だが、当然、2億相当の担保があったと?」

 俺は恐る恐る尋ねた。東京新銀行が永野から担保も取らずに永野に対して2億もの融資を実行したことを見越したからこそ俺は恐る恐る尋ねたのであった。

 結果は案の定で、押田部長は「いや…」と否定した。

「東京新銀行は…、担保も取らずに2億もの融資を実行したと?」

「そうだ」

「東京新銀行は確か、元都知事の、今ではすっかり耄碌じじいに成り果てた芥川賞作家でもある岩泉の置き土産でしたよね?中小企業を支援する、なんて美名の下、東京都の肝煎りで発足させた…、つまりは都民の税金で作った銀行でしたよね…」

 俺が拙い知識を披露すると、「ああ」と押田部長は調子を合わせてくれた。押田部長はその上で、「とんだ負の遺産と言うべきだろうな」と補足してくれた。

「確か、乱脈経営で有名ですもんね…」

 俺もその程度の知識はあった。

「その通りだ」

「だとするならば、永野に対しても、何の担保も取らずに2億もの融資を実行したとしても何ら不思議ではない…、いや…、いくら乱脈経営とは言え、東京新銀行は言わば政治銀行のようなものだから、都議などの仲介の下で乱脈経営が行われていた…」

「そうだ」

「だとするならば、永野に対しても、東京新銀行に対して永野に融資を…、担保なしで2億の融資を実行してやれと仲介した者が…、政治家がいた…」

「鋭い読みだ」

 押田部長は褒めてくれた。

「その政治家…、もしかして草加…」

 俺が恐る恐る呟くと、押田部長は頷いた。

「無論、確証はないが、銀行内では草加の協力なプッシュがあったと、その噂で持ちきりだった…」

 押田部長はそう解説してくれた。

「ともあれ、永野は草加の仲介により東京新銀行から2億もの融資を引っ張り、それを元手に豊田ファイナンスを開業した…、表向きはサラ金として…、裏では振り込め詐欺で得た金をプールしておくための…」

「そうだ」

「しかもサラ金業者ともなれば、信用情報機関にアクセスできる…」

 志貴が割って入った。

「信用情報機関…、ああ、各人、各企業の貸し出し状況の情報を管理している機関だな?」

 俺が確かめるように尋ねると、ああ、と志貴は答えた。

 俺はそれからあることに気付いた。

「そうか…、永野は騙し取った金をプールしておくため、ってのもあるが、それ以上に騙すターゲットを選別すべく、サラ金を設立した…」

 俺がそう切り出すと、押田部長は「話して見ろ」と目で促したので俺は先を続けた。

「振り込め詐欺でも、相手を選ばないことには大金を引っ張れない。そこで永野は主に中小企業の社長をターゲットにしたんじゃないだろうか…。中小企業の社長は多かれ少なかれ、事業資金の融資を受けているものだが、逆に無借金経営をしている社長もいる…」

「つまり、永野は無借金経営をしている社長をターゲットにしたと?信用情報機関に登録されていない…」

 志貴が尋ねたので、

「あるいは登録されていたとしても、業績が好調な中小企業の社長を相手にしていたかも知れん…」

 俺はそう応じた。

 その上で俺は、「人材派遣もその延長線上だったんだろう…」と付け加えた。

「延長線上とは?」

 押田部長が尋ねた。

「銀河人材派遣では転送電話を利用した振り込め詐欺のアジトとして使われていた…、だが一方で本業もこなしていた…」

「人材派遣として、という意味かね?」

 押田部長が確かめるように尋ねた。

「ええ。但し、勿論、振り込め詐欺に利用するためですが…」

「どういう意味かね?」

「これはやはり俺の想像なんですがね…」

 俺がそう前置きすると、「構わないから言ってみてくれ」と押田部長が促したので、俺は押田部長の好意に甘えることにした。

「仮に、ですが、永野はそうして…、信用情報機関にアクセスして、これはと思ったターゲット…、無借金経営をしている中小企業の社長さん、あるいは借金こそしているものの業績が好調な中小企業の社長さんの元へと、人を派遣することにしたんじゃないでしょうか…」

「ターゲットと見定めた中小企業の社長の身辺を探るため…、もっと言えば、例えば、性癖を探るためか?」

 志貴が尋ねた。

「その通りだ。今回の…、吉岡社長の例で言えば、吉岡社長はその女好き、それも女子高生を買春していた性癖を利用されたわけだ…、400万を支払えば1年間、好きなだけ女子高生と遊べますよ、ってな文面の偽手紙を受け取り、その偽手紙に記載されていた電話番号…、銀河人材派遣へと通ずる転送電話だとも知らずに、その番号にかけ、結果、昨日のおとりとなった俺への現金受け渡しとなった…」

「つまり、吉岡社長の元に…、吉岡社長が経営する会社に銀河人材派遣から人が…、振り込め詐欺グループの一員が派遣され、そいつが吉岡社長の性癖を探り当て、永野に報告、永野はその性癖を振り込め詐欺に利用したと?」

 押田部長が先回りして尋ねた。

「ええ。正しく…、恐らく永野はこれはと思った中小企業の社長に対して、都議としての威光をひけらかしたか、ちらつかせたか、ともあれ、自分が人材派遣業を営んでおり、ついては人一人、雇ってくれないかと談判に及んだんじゃないでしょうかね…、それに対して中小企業の社長さんにしても…、この場合、吉岡社長も都議の頼みとあらば、そうそう断ることもできず、ここは都議に一点、貸しを作っておく意味からも応じた方が得策と、まさかてめぇを騙すための人間とも知らずに、銀河人材派遣から振り込め詐欺グループの一員を派遣してもらった…」

 俺がそう告げるや、押田部長は背広の内ポケットからスマホを取り出したかと思うと、どこかに連絡を取り始めた。

「ああ…、俺だが、そこに銀河人材派遣から派遣されている社員がいないかどうか、吉岡社長にぶつけてみてくれ。そうだ、銀河人材派遣だ。いたら、直接、その社員に当たれ。抵抗するようなら構わん。公務執行妨害の現行犯だ…、そうだ。抵抗する可能性が大いにある。仮に抵抗せずとも任意で引っ張って来い」

 押田部長はそう命じて通話を切った。

「今の電話…、吉岡社長って…、それに公務執行妨害って…、もしかして、誰か検事さんが吉岡社長の元に足を運んでいるんですか?」

 俺が尋ねると、「ああ」と押田部長は答え、その上で、

「この志貴検事から事情は聞いている。その上で、吉岡社長からもう一度、詳しい話を聞き出して欲しいと、そう志貴検事から頼まれてな…」

 そんな事情を打ち明けた。

「いや、本来ならば俺が自ら足を運ぶべきところだったんだが、お前のことがあってな…」

 志貴はそう言い訳した。いや、それは言い訳ではなく正当な弁解であった。志貴がいなければ俺は今でも警視庁本部のそれも留置場にでも足止めされていたに違いないからだ。

「それで別の検事さんを向かわせたと…」

 俺がそう呟くと、「ああ。大川検事に足を運んでもらった」と押田部長が答えた。

「大川検事…、やっぱり志貴検事と同じく特捜検事さんですか?」

「そうだ。志貴検事とは同期だ」

「それなら優秀だ…」

 俺は安心した。
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