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桜吹雪 ~金四郎の覚悟~
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爾来、金四郎と平蔵は互いに時間が合えば「呑む」「打つ」「買う」に興じた。
そんなある日、金四郎の考えを変えるような出来事が起こった。それは同時に金四郎に自分の考えが甘かったことに思い知らされもした出来事であった。
博打帰りに平蔵が浪人者に襲われたのであった。すぐ傍には金四郎もいたのだが、しかし、金四郎は何も出来ずにいた。
平蔵が金四郎を安全な場所へと突き飛ばすと、己一人で浪人者を、それも一人ならず三人もの浪人を斃したのであった。
平蔵を襲った三人組の浪人のうち、二人は平蔵に喉を絶ち斬られて即死、残る一人は即死こそ免れたものの右腕を落とした。
その平蔵によって右腕を落とされた浪人の自白によると、どうやら平蔵を嫉んでのことであった。
平蔵は凄腕の剣客、いや、平蔵曰く、完全に喧嘩殺法なのだが、ともあれそのお蔭で大店の主連から用心棒の依頼が引きもきらずで、だが裏を返せば、平蔵のせいで用心棒の仕事に「あぶれた」連中もいるわけで、平蔵を襲った三人組の浪人は正に、そんな「あぶれた」連中であり、
「平蔵のせいで仕事にあぶれた…」
三人組の浪人はそう考え、平蔵を襲ったのだ。平蔵を嫉んでとは、正にこのことである。
己の腕のなさを棚にあげて平蔵を襲ったわけだが、結果は見事に返り討ちに遭ってしまった。いや、平蔵の腕が勝っていたと改めて証明されたので、その意味では良かったやも知れぬ。
無論、平蔵が罪に問われることはなく、それどころか見事な太刀筋だと町方の役人からそうお褒めの言葉まで頂戴した。
だがこの件は金四郎にとってはその心に大きな傷痕を作った。
「手前は…、何もできなかった…」
それが原因であった。いや、平蔵はそんな金四郎を慰めてくれた。
「おめぇは丸腰なんだ。仕方ねぇよ…」
平蔵はそう言って金四郎を慰めてくれたが、しかし、そうではなかった。
やはり根本は「覚悟」の問題であったのだ。
「いざとなったら家が、親が助けてくれる…」
金四郎にはその心のどこかでそんな「甘え」があったのだ。だからこそ、いざという時に何もできなかったのだ。
そこが平蔵との違いであった。その時の平蔵は金四郎とは違い、完全に実家である長谷川家と縁が切れていた。
翻って金四郎はと言うと、平蔵と同じように実家を飛び出した口だが、それでも実家では今でも親が手前の帰りを待っていてくれていると、金四郎にはそんな甘さがあり、そこがいざという時…、三人組の浪人に襲われた時が正にそうであり、その時、金四郎は無様な醜態を晒したのであった。
仮に金四郎が平蔵と同じく刀を差していたところで、やはり何もできなかったに違いない。そのことは誰よりも金四郎自身が一番、良く自覚しているところであった。
それから暫くの間、金四郎は平蔵と会わなかった。平蔵は頻りに金四郎と連絡を取りたがったが、金四郎の方が一方的に連絡を絶ったのだ。そのせいで平蔵は金四郎が住まう裏長屋にまで押しかける始末であった。以前に金四郎が自分の住処である裏長屋に招待したことがあるので、平蔵も知っていたのだ。
だがやはり留守で、平蔵はその長屋に住む「おかみさん」にまで声をかけては金四郎の居所を尋ねる始末であったが、それに対して皆、
「どうも暫く旅に出るって話でしたよ…」
口々にそう答えた。実際、金四郎はある意味、「旅」に出ており、「おかみさん」にもそう伝えて裏長屋を留守にしたのであった。
平蔵はさらに金四郎がいつ頃、帰ってくるのかも尋ね、それに対しては一月ほど、という答えが返ってきた。やはり金四郎がそう言い残していたからだ。
そしてそれからきっかり一月後、金四郎は平蔵の塒としている岡場所へと足を伸ばした。果たして平蔵がいるかどうか、金四郎には自信はなかった。もしかしたらまた、「軍資金」を稼ぐべく、大店の用心棒稼業に精を出している頃やも知れなかった。
だが幸いにもその岡場所に平蔵の姿はあり、平蔵は金四郎の姿を認めるや、
「おい、久しぶりじゃねぇか…、それにしても水臭ぇぞ…、黙って旅に出ちまうなんて…」
平蔵は何気なく、金四郎の背中を叩き、すると金四郎は痛がった。
「えっ…、おい、大丈夫か?」
金四郎が決して演技で痛がったわけでないことを平蔵はすぐに見抜いた。
「ああ、大丈夫だ…」
金四郎は額に汗を浮かべてそう答えた。
「とても、大丈夫そうには見えねぇが…」
「なぁ…、お前に見せてぇもんがあるんだ…」
金四郎は平蔵にそう声をかけた。
「何だ?」
「できれば…、まずはお前一人に見せてぇんだ…」
そこには遊女もおり、平蔵は金四郎のそのただならぬ様子から何かを察すると、珍しく厳しい顔をして遊女に座を外すよう命じ、遊女もすぐにそうと察して部屋から出て行った。
それから平蔵は改めて、
「それで何だい?見せてぇものってのは…」
そう金四郎に尋ね、それに対して金四郎は平蔵に背中を向け、そして諸肌を脱ぐことでその問いに対する答えとした。
「おっ、おめぇ…、その背中、どうしたんだ…」
平蔵は金四郎の背中を…、背中に見事に咲いた桜吹雪を目の当たりにして絶句した。
そんなある日、金四郎の考えを変えるような出来事が起こった。それは同時に金四郎に自分の考えが甘かったことに思い知らされもした出来事であった。
博打帰りに平蔵が浪人者に襲われたのであった。すぐ傍には金四郎もいたのだが、しかし、金四郎は何も出来ずにいた。
平蔵が金四郎を安全な場所へと突き飛ばすと、己一人で浪人者を、それも一人ならず三人もの浪人を斃したのであった。
平蔵を襲った三人組の浪人のうち、二人は平蔵に喉を絶ち斬られて即死、残る一人は即死こそ免れたものの右腕を落とした。
その平蔵によって右腕を落とされた浪人の自白によると、どうやら平蔵を嫉んでのことであった。
平蔵は凄腕の剣客、いや、平蔵曰く、完全に喧嘩殺法なのだが、ともあれそのお蔭で大店の主連から用心棒の依頼が引きもきらずで、だが裏を返せば、平蔵のせいで用心棒の仕事に「あぶれた」連中もいるわけで、平蔵を襲った三人組の浪人は正に、そんな「あぶれた」連中であり、
「平蔵のせいで仕事にあぶれた…」
三人組の浪人はそう考え、平蔵を襲ったのだ。平蔵を嫉んでとは、正にこのことである。
己の腕のなさを棚にあげて平蔵を襲ったわけだが、結果は見事に返り討ちに遭ってしまった。いや、平蔵の腕が勝っていたと改めて証明されたので、その意味では良かったやも知れぬ。
無論、平蔵が罪に問われることはなく、それどころか見事な太刀筋だと町方の役人からそうお褒めの言葉まで頂戴した。
だがこの件は金四郎にとってはその心に大きな傷痕を作った。
「手前は…、何もできなかった…」
それが原因であった。いや、平蔵はそんな金四郎を慰めてくれた。
「おめぇは丸腰なんだ。仕方ねぇよ…」
平蔵はそう言って金四郎を慰めてくれたが、しかし、そうではなかった。
やはり根本は「覚悟」の問題であったのだ。
「いざとなったら家が、親が助けてくれる…」
金四郎にはその心のどこかでそんな「甘え」があったのだ。だからこそ、いざという時に何もできなかったのだ。
そこが平蔵との違いであった。その時の平蔵は金四郎とは違い、完全に実家である長谷川家と縁が切れていた。
翻って金四郎はと言うと、平蔵と同じように実家を飛び出した口だが、それでも実家では今でも親が手前の帰りを待っていてくれていると、金四郎にはそんな甘さがあり、そこがいざという時…、三人組の浪人に襲われた時が正にそうであり、その時、金四郎は無様な醜態を晒したのであった。
仮に金四郎が平蔵と同じく刀を差していたところで、やはり何もできなかったに違いない。そのことは誰よりも金四郎自身が一番、良く自覚しているところであった。
それから暫くの間、金四郎は平蔵と会わなかった。平蔵は頻りに金四郎と連絡を取りたがったが、金四郎の方が一方的に連絡を絶ったのだ。そのせいで平蔵は金四郎が住まう裏長屋にまで押しかける始末であった。以前に金四郎が自分の住処である裏長屋に招待したことがあるので、平蔵も知っていたのだ。
だがやはり留守で、平蔵はその長屋に住む「おかみさん」にまで声をかけては金四郎の居所を尋ねる始末であったが、それに対して皆、
「どうも暫く旅に出るって話でしたよ…」
口々にそう答えた。実際、金四郎はある意味、「旅」に出ており、「おかみさん」にもそう伝えて裏長屋を留守にしたのであった。
平蔵はさらに金四郎がいつ頃、帰ってくるのかも尋ね、それに対しては一月ほど、という答えが返ってきた。やはり金四郎がそう言い残していたからだ。
そしてそれからきっかり一月後、金四郎は平蔵の塒としている岡場所へと足を伸ばした。果たして平蔵がいるかどうか、金四郎には自信はなかった。もしかしたらまた、「軍資金」を稼ぐべく、大店の用心棒稼業に精を出している頃やも知れなかった。
だが幸いにもその岡場所に平蔵の姿はあり、平蔵は金四郎の姿を認めるや、
「おい、久しぶりじゃねぇか…、それにしても水臭ぇぞ…、黙って旅に出ちまうなんて…」
平蔵は何気なく、金四郎の背中を叩き、すると金四郎は痛がった。
「えっ…、おい、大丈夫か?」
金四郎が決して演技で痛がったわけでないことを平蔵はすぐに見抜いた。
「ああ、大丈夫だ…」
金四郎は額に汗を浮かべてそう答えた。
「とても、大丈夫そうには見えねぇが…」
「なぁ…、お前に見せてぇもんがあるんだ…」
金四郎は平蔵にそう声をかけた。
「何だ?」
「できれば…、まずはお前一人に見せてぇんだ…」
そこには遊女もおり、平蔵は金四郎のそのただならぬ様子から何かを察すると、珍しく厳しい顔をして遊女に座を外すよう命じ、遊女もすぐにそうと察して部屋から出て行った。
それから平蔵は改めて、
「それで何だい?見せてぇものってのは…」
そう金四郎に尋ね、それに対して金四郎は平蔵に背中を向け、そして諸肌を脱ぐことでその問いに対する答えとした。
「おっ、おめぇ…、その背中、どうしたんだ…」
平蔵は金四郎の背中を…、背中に見事に咲いた桜吹雪を目の当たりにして絶句した。
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