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本編
8 (王子:前世)
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書けば書くほど(皆さんからの)王子の好感度が下がっていっていますが、ヒーローは彼です。
こんなやつとのエンドは見たくない、という方はこの作品の存在を頭の中から消してやってください。
エンドは最初から考えていた通り行きます
➖➖➖➖
俺の家は特に特徴のない、普通の家族だった。5つ上と3つ上の姉が二人に父と母がいる5人家族。いや、父は俳優で母は元モデルだったから、普通ではないかもしれない。友達には「それは普通とは言わねえ」と言われた記憶がある。
だが、父と母は家の中では普通に仲が良く俺たち子供を愛してくれていた、俺にとっての普通の家族だった。
親二人は俳優とモデルをやっていただけあって、子供も全員美形だと周りに言われながら育ち、幼い頃から女の子からは良く好意を寄せられていた。
だからといって、そのことに調子にのることはなかった。二人の姉がいるためか女の子の考えていることが何となくわかり、その子たちがほとんど全員俺の顔にしか興味がなかったことも理解していた。
でもその中にも純粋に俺に好意を寄せてくれていた子はいたが、告白されても付き合ったりはしなかった。付き合うなら自分で好きになった子と付き合いたいと思ったからだった。
俺が始めて彼女を見たのは、高一の秋頃。
帰り道で学校から駅まで向かっている時、人が余り通らない近道を通っていた。帰ってからする予定のゲームをのことを考えながらぼーっと歩いていると、同じ学校の制服を着た女子が箱の前にしゃがみ込んでいた。
彼女がいるところまで少し距離があったため、何をしているのだろうと眺めていると、彼女は鞄から缶を取り出し蓋を開けて箱の中にそれを置いた。
よく耳を澄まして聞くと、その箱からはか細い鳴き声が聞こえてきた。きっと猫がいるのだろう。
彼女は箱の中に缶を置いた後、その場所を少し見つめてから「ごめんね、うちじゃあなたを飼ってあげられないから」と少し申し訳なさそうに微笑みながら言い、立ち上がるとその場から去って行った。
俺は彼女の姿が見えなくなくなってからその箱の前へたった。箱の前には『拾ってあげて下さい』と書かれた紙が貼られていて、中には一歳になっているかいないか程の猫がいた。
俺が飼ってあるべきか、そう考えてその子猫を持ち上げようと手を伸ばした時、一番上の姉が猫アレルギーであることを思い出しその手を引く。
せめて俺も何かご飯になるものでも置いて行こうと鞄の中を探すが、猫が食べれそうなご飯がなく、財布の中は昨日姉に金を奪われたために空だった。
金を無理矢理奪っていった姉を恨んでいると、持ち帰り忘れていた傘と自分が使っているマフラーの存在を思い出しせめて雨避けと寒さ対策になればと、「ごめん、俺の家もだめだ。ご主人見つかるといいな」と言い傘を開いて箱の上に置いておいた。
その日から、彼女を学校で見かけた時は目で追うようになった。少し離れたところから見た彼女の笑顔がずっと脳裏に焼き付いて離れず、廊下で彼女を見かけたとき友人にあの子は誰かと問うと、彼は驚いた表情で応えてくれた。
「一年三組の鷹田咲良さん。お前知らねえの?すげー有名人だぜ?」
彼の話によると、彼女には噂があるらしい。
中学生までは全国の全女子校の中でトップの成績を持つ学校に通っていたが、父が経営していた大きな会社が倒産しお金がなくなったためにこの公立高校に入学した。だが、元々お嬢様だったためか少しプライドの高いところがあり、いつも無表情で自分たちを見下しているという噂。
しかし俺が彼女を道端で見たとき、噂で聞いた冷たい彼女とはイメージが違って見えた。
彼女と話せるようになったのは高二に入ってすぐの頃。
「俺、嶋田祐介っていうんだ。よろしく」
クラス替えの紙が貼り出された時自分のクラスの中に彼女の名前を見つけ彼女と席が隣だと知ったとき、これは仲良くなるチャンスだと思った。
だが最初に話しかけたとき、彼女は俺を見る素ぶりもせず席に着く。無視をされたことになかなかのショックを受けるが、ここでめげてはいけないと彼女の席の前へしゃがみ込み顔を見て話しかけた。
「ねえ、なんて言う名前?」
彼女は鞄から何かを取り出そうとする手を止めると、キョトンとした表情を向けながら俺へ視線を移した。
「…私に話しかけているんですか?」
「うん、君以外に誰がいるって言うんだ」
彼女からの第一印象は悪くなりたくなかったので、俺は笑顔を保ちながら手を差し出した。
「俺嶋田っていうんだ。よろしく、鷹田さん」
「…はい。…あの、少し疑問に思ったんですけどなぜ私の名前を知っているのですか?」
その質問をされギクリとする。本当は道端で見かけてから友人に色々聞きまわっていたことなど言えるはずもなく、少し曖昧になりながらも有名人だからと応えた。
彼女は少し納得していなさそうな表情だったが、何も言わずに頷いた。
「あ、そうだ。鷹田さんさっきから敬語だけどタメで話してよ。せっかく同じクラスになったのに赤の他人みたいじゃん」
先程から気になっていた彼女の敬語を指摘すれば、またもキョトンと驚いた表情になる。
「わかりまし…わかったわ。改めてよろしく、嶋田くん」
少しの間黙った後、彼女はふわりと笑うと俺の手を握り返した。彼女が俺に笑いかけてくれたことに嬉しくなって、もう一度笑った。
その時にようやく俺は、彼女に恋をしているのだと気づいた。
それからしばらくして、彼女には新しく友人ができた。同じクラスの木下愛由美。かなりのオタクっ子だと有名だが、コミュ力はずば抜けて高いために誰とでも仲良くなれるタイプの人間。
修学旅行でも彼女は色々な班の女子に入って欲しいと言われていたが、彼女は鷹田さんとペアになった。しかし鷹田さんは後日、余った者同士で私とペアにさせられて可哀想だと言っていた。彼女が人気者であるということを知らないということは、鷹田さんは思っていた以上、いやかなり周りに興味がないタイプだとその時知った。
それから三人で話すことが増え、木下のよく話すゲームの内容に何か違和感を感じながらも、その内容を聞いていた。
三年のクラス替えのときは、鷹田さんと二人だけで話したかった俺は木下だけが違うクラスに入ったことを喜んだ。木下には申し訳ないが。
高三の間に彼女に告白すると、少し戸惑っていたが頷いてくれた。あの日のことは一生忘れられないと思ったほどに嬉しかった。
それから社会人になり、彼女との付き合いがまだ続いていたので本気で将来を考え始めた。
やはり彼女以外絶対にありえないと思った俺はすぐに「結婚してほしい」ということを彼女に話した。涙を流しながら「はい」と言って抱きつく彼女に、好きだという感情が溢れかえった。きっとこれから、彼女以外好きになることなどありえないと思った。
突然おかしくなったのは、それから三ヶ月経ったころだった。
ある日、俺より後に会社についた後輩が発注ミスをし、上司からこっ酷く何時間も叱られ少し疲れていた。その問題を処理し終え、少し休憩しようと立ち上がると、同じ部署の女性にコーヒーを差し出され話しかけられた。
「お疲れ様です、嶋田さん。少し休憩しませんか?」
話しかけられた瞬間、少しくらりと目眩がする。軽い貧血かと思い気にしなかった。
彼女のことは同じ部署だとは知っていたが、女性にはあまり興味がなかったために名前は知らず、名札を確認すると"中西"と書かれていた。
「ありがとうございます中西さん。ちょうど休憩しようと思っていたところだったので」
渡されたコーヒーを受け取り休憩室に向かうため廊下を移動していると、突然頭痛がした。先程も目眩がしたが、貧血ではなくて風邪かもしれないと思った。
休憩室に着いたところで、俺の前を歩いていた彼女は席に座り俺と目を合わせた。
その時、ぐらりと身体が傾き視界が真っ暗になる。いや、実際は傾いていないのかもしれない、床に倒れた感覚がなかったから。
真っ暗な視界の中で聞こえる俺と彼女の会話。俺が話しているはずなのに、口から声が出ている感覚はしない。まるで誰かに乗っ取られている気分だった。
ただただ焦った。自分の身体が動いていないことに。自分が身体のどこかを動かしている感覚もないために、自分がこの世界に存在をしているのかもわからなくなった。
混乱の中で感じたのは、この感覚を知っているということだった。生きてきた中でこんなことは起きたことがなかったはずなのに、なぜか知っている気がしたのだ。
俺は感覚のない手や足を動かそうとする。視界は真っ暗で身体の感覚もないために、動いているのかどうかもわからない。だが、頭の中に聞こえてくる彼女と俺の会話は何事もなかったかのように続いているため、おそらく動いていないのだろう。
ここから脱出しなければ、また彼女を裏切ってしまう‼︎
焦る中で思い浮かんだ言葉だった。なぜ"また"と言ったのかも、焦っているために考えてなどいなかった。
手足を動かそうとしていると彼女でも俺の声でもないが、俺と似た男の声が頭の中に響き渡る。
"お前も"俺"の不要物だ。…どちらのお前もこの子を、シュゼットを、愛せないだろう?"
その言葉が響き、何か言い返すより先に視界が広がり、その時にはすでに俺はいなくなっていた。
それからのことはあまりはっきり覚えていない。ただ、胸に何か引っかかるものを感じながら"俺"は過ごしていた。
俺は彼女へ別れようと告げた。
泣き続ける彼女を見て、胸がキシリとなる。その時の"俺"はなぜ胸が痛むのかわからなかった。
次の日、結局別れることになった"俺"は同棲していた家へ荷物を取るために訪れた。
先日まで使っていた鍵でドアを開け、自分の部屋へと向かう。違和感を感じた。彼女の気配がしないのだ。
別れたばかりの男の顔なんてそりゃ誰も見たくないだろう、と思い歩を進めていると、ドスッという音が聞こえると同時に胸に鋭い痛みが走る。声が出るより先に、その場に倒れこんだ。
俺を背後から刺したのは、涙を流している咲良だった。
呼吸が荒くなり、視界がぼやけていく。その中で見えたのは、俺を刺した刃物で自らの心臓をも貫く彼女。
その姿を見た途端に、再び俺と似た男の声が聞こえた。
"お前がこの女を愛することは、本当は許されないことなんだぞ"
言葉が聞こえ、頭に流れ込む感情の波。
何故別れてしまったのだろう。
何故彼女を泣かせてしまうような行為をしたのだろう。
何故また同じことを繰り返してしまったのだろう
意識が途切れるより先に、倒れこんだ彼女の手を握った。
こんなことなら、償いもできないのなら、生まれなければいいのに
こんなやつとのエンドは見たくない、という方はこの作品の存在を頭の中から消してやってください。
エンドは最初から考えていた通り行きます
➖➖➖➖
俺の家は特に特徴のない、普通の家族だった。5つ上と3つ上の姉が二人に父と母がいる5人家族。いや、父は俳優で母は元モデルだったから、普通ではないかもしれない。友達には「それは普通とは言わねえ」と言われた記憶がある。
だが、父と母は家の中では普通に仲が良く俺たち子供を愛してくれていた、俺にとっての普通の家族だった。
親二人は俳優とモデルをやっていただけあって、子供も全員美形だと周りに言われながら育ち、幼い頃から女の子からは良く好意を寄せられていた。
だからといって、そのことに調子にのることはなかった。二人の姉がいるためか女の子の考えていることが何となくわかり、その子たちがほとんど全員俺の顔にしか興味がなかったことも理解していた。
でもその中にも純粋に俺に好意を寄せてくれていた子はいたが、告白されても付き合ったりはしなかった。付き合うなら自分で好きになった子と付き合いたいと思ったからだった。
俺が始めて彼女を見たのは、高一の秋頃。
帰り道で学校から駅まで向かっている時、人が余り通らない近道を通っていた。帰ってからする予定のゲームをのことを考えながらぼーっと歩いていると、同じ学校の制服を着た女子が箱の前にしゃがみ込んでいた。
彼女がいるところまで少し距離があったため、何をしているのだろうと眺めていると、彼女は鞄から缶を取り出し蓋を開けて箱の中にそれを置いた。
よく耳を澄まして聞くと、その箱からはか細い鳴き声が聞こえてきた。きっと猫がいるのだろう。
彼女は箱の中に缶を置いた後、その場所を少し見つめてから「ごめんね、うちじゃあなたを飼ってあげられないから」と少し申し訳なさそうに微笑みながら言い、立ち上がるとその場から去って行った。
俺は彼女の姿が見えなくなくなってからその箱の前へたった。箱の前には『拾ってあげて下さい』と書かれた紙が貼られていて、中には一歳になっているかいないか程の猫がいた。
俺が飼ってあるべきか、そう考えてその子猫を持ち上げようと手を伸ばした時、一番上の姉が猫アレルギーであることを思い出しその手を引く。
せめて俺も何かご飯になるものでも置いて行こうと鞄の中を探すが、猫が食べれそうなご飯がなく、財布の中は昨日姉に金を奪われたために空だった。
金を無理矢理奪っていった姉を恨んでいると、持ち帰り忘れていた傘と自分が使っているマフラーの存在を思い出しせめて雨避けと寒さ対策になればと、「ごめん、俺の家もだめだ。ご主人見つかるといいな」と言い傘を開いて箱の上に置いておいた。
その日から、彼女を学校で見かけた時は目で追うようになった。少し離れたところから見た彼女の笑顔がずっと脳裏に焼き付いて離れず、廊下で彼女を見かけたとき友人にあの子は誰かと問うと、彼は驚いた表情で応えてくれた。
「一年三組の鷹田咲良さん。お前知らねえの?すげー有名人だぜ?」
彼の話によると、彼女には噂があるらしい。
中学生までは全国の全女子校の中でトップの成績を持つ学校に通っていたが、父が経営していた大きな会社が倒産しお金がなくなったためにこの公立高校に入学した。だが、元々お嬢様だったためか少しプライドの高いところがあり、いつも無表情で自分たちを見下しているという噂。
しかし俺が彼女を道端で見たとき、噂で聞いた冷たい彼女とはイメージが違って見えた。
彼女と話せるようになったのは高二に入ってすぐの頃。
「俺、嶋田祐介っていうんだ。よろしく」
クラス替えの紙が貼り出された時自分のクラスの中に彼女の名前を見つけ彼女と席が隣だと知ったとき、これは仲良くなるチャンスだと思った。
だが最初に話しかけたとき、彼女は俺を見る素ぶりもせず席に着く。無視をされたことになかなかのショックを受けるが、ここでめげてはいけないと彼女の席の前へしゃがみ込み顔を見て話しかけた。
「ねえ、なんて言う名前?」
彼女は鞄から何かを取り出そうとする手を止めると、キョトンとした表情を向けながら俺へ視線を移した。
「…私に話しかけているんですか?」
「うん、君以外に誰がいるって言うんだ」
彼女からの第一印象は悪くなりたくなかったので、俺は笑顔を保ちながら手を差し出した。
「俺嶋田っていうんだ。よろしく、鷹田さん」
「…はい。…あの、少し疑問に思ったんですけどなぜ私の名前を知っているのですか?」
その質問をされギクリとする。本当は道端で見かけてから友人に色々聞きまわっていたことなど言えるはずもなく、少し曖昧になりながらも有名人だからと応えた。
彼女は少し納得していなさそうな表情だったが、何も言わずに頷いた。
「あ、そうだ。鷹田さんさっきから敬語だけどタメで話してよ。せっかく同じクラスになったのに赤の他人みたいじゃん」
先程から気になっていた彼女の敬語を指摘すれば、またもキョトンと驚いた表情になる。
「わかりまし…わかったわ。改めてよろしく、嶋田くん」
少しの間黙った後、彼女はふわりと笑うと俺の手を握り返した。彼女が俺に笑いかけてくれたことに嬉しくなって、もう一度笑った。
その時にようやく俺は、彼女に恋をしているのだと気づいた。
それからしばらくして、彼女には新しく友人ができた。同じクラスの木下愛由美。かなりのオタクっ子だと有名だが、コミュ力はずば抜けて高いために誰とでも仲良くなれるタイプの人間。
修学旅行でも彼女は色々な班の女子に入って欲しいと言われていたが、彼女は鷹田さんとペアになった。しかし鷹田さんは後日、余った者同士で私とペアにさせられて可哀想だと言っていた。彼女が人気者であるということを知らないということは、鷹田さんは思っていた以上、いやかなり周りに興味がないタイプだとその時知った。
それから三人で話すことが増え、木下のよく話すゲームの内容に何か違和感を感じながらも、その内容を聞いていた。
三年のクラス替えのときは、鷹田さんと二人だけで話したかった俺は木下だけが違うクラスに入ったことを喜んだ。木下には申し訳ないが。
高三の間に彼女に告白すると、少し戸惑っていたが頷いてくれた。あの日のことは一生忘れられないと思ったほどに嬉しかった。
それから社会人になり、彼女との付き合いがまだ続いていたので本気で将来を考え始めた。
やはり彼女以外絶対にありえないと思った俺はすぐに「結婚してほしい」ということを彼女に話した。涙を流しながら「はい」と言って抱きつく彼女に、好きだという感情が溢れかえった。きっとこれから、彼女以外好きになることなどありえないと思った。
突然おかしくなったのは、それから三ヶ月経ったころだった。
ある日、俺より後に会社についた後輩が発注ミスをし、上司からこっ酷く何時間も叱られ少し疲れていた。その問題を処理し終え、少し休憩しようと立ち上がると、同じ部署の女性にコーヒーを差し出され話しかけられた。
「お疲れ様です、嶋田さん。少し休憩しませんか?」
話しかけられた瞬間、少しくらりと目眩がする。軽い貧血かと思い気にしなかった。
彼女のことは同じ部署だとは知っていたが、女性にはあまり興味がなかったために名前は知らず、名札を確認すると"中西"と書かれていた。
「ありがとうございます中西さん。ちょうど休憩しようと思っていたところだったので」
渡されたコーヒーを受け取り休憩室に向かうため廊下を移動していると、突然頭痛がした。先程も目眩がしたが、貧血ではなくて風邪かもしれないと思った。
休憩室に着いたところで、俺の前を歩いていた彼女は席に座り俺と目を合わせた。
その時、ぐらりと身体が傾き視界が真っ暗になる。いや、実際は傾いていないのかもしれない、床に倒れた感覚がなかったから。
真っ暗な視界の中で聞こえる俺と彼女の会話。俺が話しているはずなのに、口から声が出ている感覚はしない。まるで誰かに乗っ取られている気分だった。
ただただ焦った。自分の身体が動いていないことに。自分が身体のどこかを動かしている感覚もないために、自分がこの世界に存在をしているのかもわからなくなった。
混乱の中で感じたのは、この感覚を知っているということだった。生きてきた中でこんなことは起きたことがなかったはずなのに、なぜか知っている気がしたのだ。
俺は感覚のない手や足を動かそうとする。視界は真っ暗で身体の感覚もないために、動いているのかどうかもわからない。だが、頭の中に聞こえてくる彼女と俺の会話は何事もなかったかのように続いているため、おそらく動いていないのだろう。
ここから脱出しなければ、また彼女を裏切ってしまう‼︎
焦る中で思い浮かんだ言葉だった。なぜ"また"と言ったのかも、焦っているために考えてなどいなかった。
手足を動かそうとしていると彼女でも俺の声でもないが、俺と似た男の声が頭の中に響き渡る。
"お前も"俺"の不要物だ。…どちらのお前もこの子を、シュゼットを、愛せないだろう?"
その言葉が響き、何か言い返すより先に視界が広がり、その時にはすでに俺はいなくなっていた。
それからのことはあまりはっきり覚えていない。ただ、胸に何か引っかかるものを感じながら"俺"は過ごしていた。
俺は彼女へ別れようと告げた。
泣き続ける彼女を見て、胸がキシリとなる。その時の"俺"はなぜ胸が痛むのかわからなかった。
次の日、結局別れることになった"俺"は同棲していた家へ荷物を取るために訪れた。
先日まで使っていた鍵でドアを開け、自分の部屋へと向かう。違和感を感じた。彼女の気配がしないのだ。
別れたばかりの男の顔なんてそりゃ誰も見たくないだろう、と思い歩を進めていると、ドスッという音が聞こえると同時に胸に鋭い痛みが走る。声が出るより先に、その場に倒れこんだ。
俺を背後から刺したのは、涙を流している咲良だった。
呼吸が荒くなり、視界がぼやけていく。その中で見えたのは、俺を刺した刃物で自らの心臓をも貫く彼女。
その姿を見た途端に、再び俺と似た男の声が聞こえた。
"お前がこの女を愛することは、本当は許されないことなんだぞ"
言葉が聞こえ、頭に流れ込む感情の波。
何故別れてしまったのだろう。
何故彼女を泣かせてしまうような行為をしたのだろう。
何故また同じことを繰り返してしまったのだろう
意識が途切れるより先に、倒れこんだ彼女の手を握った。
こんなことなら、償いもできないのなら、生まれなければいいのに
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