愛する人のためにできること。

文字の大きさ
上 下
12 / 21

しおりを挟む
 学園が休みのある日、私はレイと共に街へ出かけていた。『面白いけど図書室に置かれていない本がたくさんある』と聞き、街へ行って直接教えてもらい何冊か購入しようと思ったのだ
 街の中はたくさんの人がいて活気で溢れている。少し目を離せば迷子になってしまいそうだ

「レイ、今日本を買ったあと少し時間をいただいてもよろしいでしょうか。今まで読んだ本の話を少しお話ししたいのです」

「ああ、それくらいお安い御用だよ」

「ありがとうございます」

 人の間をすり抜けながら歩き続けながら左側を歩いているレイの姿をちらりと覗き込む。今日は街に来たためか、服装がいつもより軽めで落ち着いているがよく似合っていた
 殿下以外の男性に格好いいなどと思う以前に興味がなかったのでいまいちよくわからないのだが、レイがそこらにいる男性より整った顔をしていることはわかるし、周りにいる女性たちの視線が集まっているのも気のせいではないだろう

 あまりジッと見つめているつもりはなかったが私の視線に気づいたのか、レイの視線が私に移りバッチリ目があってしまった

「俺の顔に何かついてた?」

「いえ、何もついておりませんわ。ただやはりレイは女性から好まれる顔をしているのだな、と考えていただけです」

「もしかして周りの人たちの視線が気になる?」

「これくらいなら特に気になりません。パーティーのときなどに比べれば大したことございませんもの」

「あー、エスコートの相手はあの殿下だもんね」

「はい、あの殿下ですから」

 微笑みながら返事をするが心の中は穏やかでいられるわけもなかった。結局また自分から墓穴を掘ってしまっている。
 胸が痛み始めるのを感じるのと同時に、目の前に手を差し出された

「人が多くて迷子になりそうだろう?」

 掴んでおけということなのだろうか。
 私は「ありがとうございます」と言うと、手に重ねるのは躊躇われたために腕に手をのせた

 









「…なので私はこのシーンが特に好きなのです‼︎」

「あー、わかる。その場面のときすごいハラハラさせられるよね。それでそのあとの挽回の仕方が意外でドキドキするんだよね」

「私も全く同じ意見です」

 現在私たちは本屋で10冊ほど本を購入したあと近くの飲食店へ入り今まで読んできた本について語り合っている
 店内は木材で作られた丸型テーブルがいくつか置かれており、壁は白、黒、灰色のみで塗られている小さめの店だった
 少しいつもより声が大きくなってしまっているような気がするが、今だけ許してもらおう。話したいことがたくさんあるのだ
 
 読んでいる本は大抵冒険ものが多いが、レイからオススメされたまに推理ものも読むようになったのだが、それがまた面白かった。
 私がその本たちについて熱弁していると、突然レイが質問を投げかけてきた

「エミリアはさ、恋愛ものに興味はないの?」

「恋愛もの、ですか?」

「そう、恋愛もの。貴族の女性たちの間で結構人気らしいんだけどエミリアは読みたいと思わないのかなーって」

 私は少し考え込む。
 別に恋愛ものに全く興味がないわけではない。マーシャも恋愛ものの本は読んでいるようなのでよく話を聞いている。
 その感想を聞いているとそんなに面白いのなら買ってみようかな、と思ったこともあったのだが本屋に着くと他の本に意識が向いて本来の目的を忘れてしまい、今まで読んだことがないだけだ
 なので興味は普通にあるのだ、買うのを忘れてしまうだけで

「…興味がないわけではないです。ただ、いざ買おうと思い本屋まで行くと、本来の目的を忘れて他の本に意識が向いてしまうだけですわ」

「あー、要するにあまり魅力を感じないということかな?」

「そういうことになるのですかね…」

 興味を持っているつもりでいたのだが、自分はあまり魅力を感じていないようなので買うことはこの先なかなかなさそうだ。ということは女性たちの間でのこの手の話題にはついていけそうにない
 そう思うと何故か1人だけ周りについて行けてないような気分になり返事が小さくなった

 話がひと段落ついたところでふいに目を店の外へ向けた。特に何の変哲もない普通の道路。たくさんの人や馬車が行き交っている道。何もない、何もないはずなのに私の視線は1つのところへ吸い寄せられた
 茶色の髪の男性と金色の髪の女性の二人組。
 ここからその二人がいるところまでそう遠くない。だからだろうか、私の目が惹きつけられたのは、私がその2人が誰かすぐにわかったのは。

ーーなんでいつも、こういうタイミングでばかり会うのかしらね。殿下とリアトリスが一緒にいるタイミングばかりで。

 流れそうになる涙を流さぬよう、注文していたカモミールティーの入ったカップを両手でぎゅっと握る。どんなに時間が経っても慣れないものは慣れない。

 私は視線を2人から外すとレイの方へと移した。彼は私が先程まで見ていた場所を見つめていた

「レイ?」

「ん?何?」

「何を見ているのですか?」

「あそこに知っている人が立ってるから少し気になって」

「…リアトリス=アルテスト様ですか」

 私は目線を道路にいる2人へ向けてしまわぬよう、手の中におさまっているティーカップを見つめる。中に入っているカモミールティーに映る自分の顔は酷く歪んで見えた

「エミリア知ってたんだ、彼女のこと」

「…ええ、一応名前は存じ上げています。レイは話したことがありますの?」

「話したことはないけど、噂を聞いたことがあってね」

「どんな噂なのですか?」

 彼女に興味はないのに、私は何故か質問していた

「俺が聞いた噂は、彼女はもともと平民だったんだけどある日彼女の実父であるアルテスト男爵が彼女を養子として男爵家に入れたという話」

「…もしかして、アルテスト男爵の正妻と後継の息子様がお亡くなりになられて妾子であるリアトリス様が男爵家に引き取られた、という話であってますか」

「うん、俺が聞いた話はそれと一緒だ」

 何故かわからないけど、レイが彼女の噂について語ったとき頭の中に彼女の情報が一気に流れ込んできた




 彼女は花屋である女性の元に産まれた普通の子だった。父は産まれたときにはすでにおらず、何故いないのかも教えてもらえなかったが数年後には弟のができて幸せな日々を過ごしていた。
 だが、彼女の弟は病弱だった。家は貧乏なので彼女は弟を養うためにたくさん働いた

 そんなある日のことだった。彼女の生活を急変させる出来事があった。それはアルテスト男爵が彼女を養子として迎え入れる、という話だった。

 彼女は母から聞いた。
 父と母は昔、男爵家の後継とメイドという関係であったこと、父と母は愛し合っていて結婚の約束もしていたこと、だがそれは男爵家に大きな利益をもたらす縁談が来たことで潰されてしまったこと、最近父が仕事で遠くへ行っている間に妻と1人息子が流行病で亡くなってしまったことを。
 彼女は弟の病気を治してくれるのなら養子になると引き受けた





 頭に一気に流れ込んできた情報に私は一瞬目眩がした。私が知るはずもない話。なのに何故私は"思い出した"のだろうか

ーーああそうか、これは私の記憶ではないのか

 すぐに気がついた。これは夢の中の彼女の記憶。私の記憶ではないのだ
 そういえば、この間ベンチで女性たちから言い寄られていたときに『愛人の子のくせに』と言われていた。聞き流していたがあれはそういうことだったのか

 彼女が何故貴族になったのかを思い出すと同時に何か心に引っかかるものを感じた
 何か、何か大事なことを忘れている気がする。彼女に関する何かを

 思い出そうと考えこんでいると、レイが会話を続けてきたので意識が浮上する

「ここにいてもあまり違和感感じないね、彼女」

 ここにいても違和感を感じない、確かにそうだ。ここは貴族がほとんど来ずほとんどが平民、その中に貴族がいれば普通は違和感を感じるはずなのだが彼女はうまく紛れ込んでいる。彼女がもともと平民だったためだろう

「そうですわね、上手く紛れ込んでいる感じがします」

「紛れ込んでるというか、彼女が本当に平民みたいだ。あの噂は真実の可能性が高いね」

 可能性が高いというか、普通に真実なのだがわざわざいうことでもないだろうから私は頷くだけで返事をした

「あと少し気になったんだけど、隣の男性は貴族だよな?」

「そうだと思います」

「エミリアはあの人見たことある?」

「…いえ、ありませんわ」

 隣の男性は貴族というか殿下だ。だが変装しているためかレイは気づいていない
 殿下の顔を少しチラリと見てみる。髪は茶色にに染められていて、顔も少し化粧を施されいつもと雰囲気が違う
 そこで殿下に違和感をもつ。殿下は自分で化粧をできるほど器用ではない、経験もないはずだから変装できるほどの化粧を自分でできるとは思えない
 だが物語の中ではリアトリスと街に出かけるとき、お忍びでのものだったはずだから人に化粧をしてもらうこともないはず

 結局ただ単に今日のために練習したかもしれないな、という考えにたどり着き胸が締め付けられる

ーー大丈夫。慣れればいいだけ。

 慣れることなどできるはずもないが私は自分に言い聞かせ、深呼吸をする
 街にお出かけするということは確か、終わりに近づいているということ

ーーあと少しで終わるのだから、大丈夫。まだ、頑張れる。

 私はもう一度深呼吸すると、帰ろうと声をかけた
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

あなたは誰にもわたさない

蒼あかり
恋愛
国一番の美しさを誇るフランチェスカは、今宵もまた夜会で令嬢達からひどい仕打ちを受けていた。彼女を慕い、彼女の愛を欲するがあまり、その身を亡ぼす若い令息たち。そんな彼女に対し、執着にも似た想いを募らせ、彼女を見守り続けるフロイド子爵。いつしかその想いは狂愛と呼べるものへと変化していく。  王命により夫婦となってもなお、ふたりの想いが交わることは無く、変質的な愛を刻み続けていくのだった。  ただ、変態的な愛を書きたかっただけで、話の内容に意味はありません。  人から見たら引いてしまうような愛し方しかできない男女のお話しです。  途中「気持ち悪」って思ってもらえたら、作者的には大成功です。  どうか、自己判断でお読みください。

【完結】苦しく身を焦がす思いの果て

猫石
恋愛
アルフレッド王太子殿下の正妃として3年。 私達は政略結婚という垣根を越え、仲睦まじく暮らしてきたつもりだった。 しかし彼は王太子であるがため、側妃が迎え入れられることになった。 愛しているのは私だけ。 そう言ってくださる殿下の愛を疑ったことはない。 けれど、私の心は……。 ★作者の息抜き作品です。 ★ゆる・ふわ設定ですので気楽にお読みください。 ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様にも公開しています。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

愛されない妻は死を望む

ルー
恋愛
タイトルの通りの内容です。

例え愛される事などないと分かっていても私は─

まな
恋愛
その日はまだ春になったばかりの涼しい風が、酷く懐かしい風が吹いていました── 気が付けば私は婚約者と婚約した日に婚約者の家を訪ねていました。私は春が嫌いでした。何故ならお母様の命日ですから。今日はお母様の命日。私が一番嫌いな日。お母様の命日の日になると何時も思う事がありました。お母様は命日の日に何を思っていたのかと。私を産んで、自らの命をも捨てて本当に良かったのでしょうか?、と自問自答していた日々。ですがその日々が私の幼き頃の悩みをあの方はいとも簡単にまるで大丈夫だよ、と私を暖かく包んむように私の心の悩みを取り省いてくださった。 あの方は私を、誰にも頼れなかった幼い私を救って下さった。初めて、 『大丈夫だよ。君は悪くないよ。寂しかったね。辛かったね。もう我慢しなくても良いんだよ。独りで抱え込まなくても、君の周りには頼れる人がいるから。だから、独りで抱え込まないで、独りで抱え込む方が何倍も悲しいから。独りは、ね。とっても寂しいんだよ。』 使用人の咲空以外から、それも出会って間もない私と幾つかしか変わらない少年が言った言葉でした。私はいとも簡単にその少年に恋をしました。お父様に必死でお願いしてやっと叶った婚約。ですが私はこの後、無理を言ったのがいけなかったのかそもそもあの方を好きになってしまったこと自体が罪なのかと後悔することになることをその時は全く考えていませんでした。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

処理中です...