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ベンチ
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2限と3限の間の休み時間、移動教室や実技の教科があるわけでもないが私は廊下を歩いていた。休み時間は30分ほどあるので人がほとんど通らない庭園へ1人で本を読むようにしている。
理由は少し前に遡るのだが物語を知ってから1週間ほどだった日、殿下は1度私のところへ来ていたらしい。“らしい”というのは私が直接会っておらず、マーシャから
「殿下が先程エミリアはどこにいるのか、とここへ来ておっしゃっていたわよ」
と聞いただけで、私はその時ちょうど手を洗いに行っていたので会わなかったのだ。
なのでその話を聞いてから休み時間は必ずと言っていいほど殿下に合わないために庭園へむかっている。
その日以降も何度か『殿下が来た』と聞いているが、仕事などの話ではないであろうことはサリーから話を聞いて把握済みなので会っていない。
いつも本を読むために座っているベンチの近くまで来たところで後ろから声をかけられた。
「リアお義姉様」
「どうしたの?フェオ」
振り返ると、私と同じ黒色の瞳を持った彼、フェオドール=ヴァンガーは微笑みながら私の方へ駆け寄って来た
フェオドールは私が殿下の婚約者となった時に養子としてやってきた2つ下の私の従兄弟だ。彼の家は男4人兄弟で彼は3男にあたる
「いえ、特に用はないのですが学園でリアお義姉様と会えることがあまりなかったので、つい」
そう言って私を見上げてふんわり笑うフェオドールは本当にいい子に育ってくれたと思う。身長はまだそんなに高くはないけれど、きっとこれからどんどん伸びていくだろう
「そうね。フェオが入学して1年以上経っているのに顔を合わせた記憶がほとんどないもの」
「同じ学園に通っているのでもっと会えるものだと思ってました」
少し不服そうに言う姿が可愛くて頭を撫でてあげたくなる衝動にかられたが抑え込む
「学年が違うと校舎も違うから仕方がないわね。そういえばフェオは移動教室なの?」
「はい、いつもはここを通らないのですが窓からリアお義姉様が見えたので少し遠回りをして行こうと思ったのです」
「あら、そうだったの」
私たちが会話しているとフェオドールから少し離れた後方に人がいることに気づいた
「もしかしてご友人と一緒に来たの?待たせてしまって申し訳ないわ」
「少し長くなるかもしれないと伝えてあるので多分大丈夫です」
「多分なのね…お顔がよく見えないのだけれど、彼は何というお名前?」
「リアお義姉様がよく知るお方だと思いますよ」
名前を言う前にフェオドールは彼の方へ駆け寄ると何か話してから私の方へ向かって来た。直接話してほしいということだろうか
近づいて来た彼は黒い髪と碧い瞳を持っていて、私のよく知る人と似た顔つきをしていた
ーールーク殿下、ね
「お久しぶりです、ルーク殿下」
「ええ、本当にお久しぶりですねエミリア様。兄上がお世話になっております」
柔らかく微笑み綺麗な礼をする彼はこの国の第3王子、ルーク=ヴィクラムである。兄2人に頭の良さは負けず劣らず、剣技も見事なものらしい。
同じ年の婚約者がいて本人には気づかれていないがとても溺愛しているとも聞いたことがある。1度2人が話しているところを見たことがあるのだがとても微笑ましかった
「しばらく見ない間にとても大きくなられましたね。もうすぐで追い越されてしまいそう」
「ここ3ヶ月ほどで急に伸びてきたので。1ヶ月後には追い越しますよ」
「僕も半年あればリアお義姉様を追い越しますよ」
「そうなのね、楽しみにしているわ」
何が気に食わなかったのか、少しムッとした表情で話すフェオが可愛くてついつい頭を撫でてしまう。少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうなので別にいいだろう
私は頭を撫でながら2人が成長した姿を想像する。2人とも綺麗な顔立ちをしているので年齢の近い女性から人気があると聞いたことがあるが更に人気が増すだろう。
フェオドールは母親似の顔つきなので優しい顔つきの好青年になると思われる
ルーク殿下は父親似の顔つきだから少し気の強そうな顔になるのだろうか。母親似のジーク殿下とはタイプが違うのだろうなぁと考えたところでグッと息が詰まる
いつも考えないように気をつけていても、名前や顔を思い出すだけで無意識のうちに色々なことを考えてしまうようになっている。
考えてはいけない、別のことを考えなければと1人焦っていると先ほどの嬉しげな表情から心配してくれている表情に変わったフェオドールが声をかけてくる
「…リアお義姉様、大丈夫ですか?勉強でお疲れになられているのですか?」
「ええ、そんなところね」
話をしていたらいつのまにか15分ほど経っていたらしく、もうそろそろ戻らなくてはと校舎に足を向けたところで後方から数人の女性たちの声が聞こえてきた
振り返り声の聞こえた場所へ目線を向けると、3人の女性が私の座ろうとしていたベンチに腰掛けている女性を囲んでいるようだった
「あなた、最近よくジーク殿下とお話しをされているようですけれど、身の程をちゃんとわきまえていますの?」
「ジーク殿下には婚約者もおられますのよ?それを知っていてお近づきになられているのかしら?」
「まあもしそれを知らなかったとしても相当な世間知らずと証明されるだけですけど」
「…」
ベンチから少し距離が離れていてあちらからは見えていないらしいが、風に運ばれて会話の内容が聞こえてくる。
ベンチに座っている少女の姿を見なくとも、誰が責められているのかわかった。長めの金髪を風で揺らし、その隙間から見える表情は怯えているが、凛として見える。
「平民上がりのくせにジーク殿下に近づくなんて、身の程をわきまえなさい」
「…何よ、その目は。私たちに反抗しているの?」
「愛人の間に生まれたくせに生意気なんじゃなくって?」
「…」
何と言われようと黙り続けるリアトリスに怒りを増している様子の女性たち。
ーーあれを、止めなければ
そう思っているのに動かない
ーーこのままいけば、あの子達の未来は明るい未来ではなくなってしまう
何よりも、誰よりもそれをわかっているはずなのに、足も手も動かない
物語を知らなければ私もあの中にいたかもしれない。知らなければ、同じように怒りを無遠慮にぶつけていたかもしれない
だからこそ止めなければいけないとわかっていて、動かせない
それはきっと、私がまだあの子に対する醜い感情を消せずにいるからだ
「なんとか言いなさいよ‼︎」
痺れを切らしたように突然声を荒げ腕を振り上げた姿を見て、行かなければと思うのに身体を動かせずにいると、ここにいないはずの人の声が聞こえてきた
「何をしてるんだ?」
リアトリスを罵っていた彼女たちはその姿を見た瞬間、怒りで真っ赤にさせていた顔を一気に青く染めた。
「ジ、ジーク、殿下…」
ジークは感情の読めない無表情のまま彼女たちの前へ歩いていくと、何か話し始めた。その内容は突然止んだ風のせいで何かはわからない、が2,3言彼が何か言うとそそくさと彼女たちは去って行ってしまった。
あの場に残っているのはジークとリアトリスだけ。
ーーこれもきっと、物語の中の“何か”なんでしょうね
別に聞きたいと思わない、むしろ聞きたくないと思うが2人の会話は聞こえてこなくて胸が苦しくなった
「…解決、したようですね」
「…ええ、おそらくそうなのよね」
フェオドールが言葉を発したことで我に帰る。
もうそろそろ授業が始まる時間ではないだろうか、と思い慌てて振り返る。
2人の姿をこれ以上見たくなかった、というのもあるが。
「もう戻らなくてはいけないわね。では2人とも…」
『またお会いしましょう』
そう口に出したはずなのに、自分の耳には聞こえてこなかった。風で、一瞬聞こえてきた言葉に掻き消されてしまったような幻覚がする
「リアお義姉様?」
ーーダメ、泣いてはいけないわ。弟たちの手前で涙を流すような恥は晒したくない
目に集まってくる熱を感じながら一刻も早くこの場を離れようと挨拶をしようとすると、後ろから
「エミリア?」
と声をかけられた気がした
「なんでもないわ、またお会いしましょう」
スカートを摘み礼をすると私は早歩きでその場を離れた。ルーク殿下が何かを呟いたように聞こえたけど上手く聞き取れなかった
声をかけられたのは気のせいだろう。私がそうされたいと願ったために聞こえてきた幻聴だ。
教室へと向かう間、そう考えて平静を保った。つもりでいたけれど視界がボヤけて頬には何かが流れている
『君に何かあっては困るからね』
たった一言。その聞こえてきたたった一言が私の胸に深く突き刺さったような気がした
理由は少し前に遡るのだが物語を知ってから1週間ほどだった日、殿下は1度私のところへ来ていたらしい。“らしい”というのは私が直接会っておらず、マーシャから
「殿下が先程エミリアはどこにいるのか、とここへ来ておっしゃっていたわよ」
と聞いただけで、私はその時ちょうど手を洗いに行っていたので会わなかったのだ。
なのでその話を聞いてから休み時間は必ずと言っていいほど殿下に合わないために庭園へむかっている。
その日以降も何度か『殿下が来た』と聞いているが、仕事などの話ではないであろうことはサリーから話を聞いて把握済みなので会っていない。
いつも本を読むために座っているベンチの近くまで来たところで後ろから声をかけられた。
「リアお義姉様」
「どうしたの?フェオ」
振り返ると、私と同じ黒色の瞳を持った彼、フェオドール=ヴァンガーは微笑みながら私の方へ駆け寄って来た
フェオドールは私が殿下の婚約者となった時に養子としてやってきた2つ下の私の従兄弟だ。彼の家は男4人兄弟で彼は3男にあたる
「いえ、特に用はないのですが学園でリアお義姉様と会えることがあまりなかったので、つい」
そう言って私を見上げてふんわり笑うフェオドールは本当にいい子に育ってくれたと思う。身長はまだそんなに高くはないけれど、きっとこれからどんどん伸びていくだろう
「そうね。フェオが入学して1年以上経っているのに顔を合わせた記憶がほとんどないもの」
「同じ学園に通っているのでもっと会えるものだと思ってました」
少し不服そうに言う姿が可愛くて頭を撫でてあげたくなる衝動にかられたが抑え込む
「学年が違うと校舎も違うから仕方がないわね。そういえばフェオは移動教室なの?」
「はい、いつもはここを通らないのですが窓からリアお義姉様が見えたので少し遠回りをして行こうと思ったのです」
「あら、そうだったの」
私たちが会話しているとフェオドールから少し離れた後方に人がいることに気づいた
「もしかしてご友人と一緒に来たの?待たせてしまって申し訳ないわ」
「少し長くなるかもしれないと伝えてあるので多分大丈夫です」
「多分なのね…お顔がよく見えないのだけれど、彼は何というお名前?」
「リアお義姉様がよく知るお方だと思いますよ」
名前を言う前にフェオドールは彼の方へ駆け寄ると何か話してから私の方へ向かって来た。直接話してほしいということだろうか
近づいて来た彼は黒い髪と碧い瞳を持っていて、私のよく知る人と似た顔つきをしていた
ーールーク殿下、ね
「お久しぶりです、ルーク殿下」
「ええ、本当にお久しぶりですねエミリア様。兄上がお世話になっております」
柔らかく微笑み綺麗な礼をする彼はこの国の第3王子、ルーク=ヴィクラムである。兄2人に頭の良さは負けず劣らず、剣技も見事なものらしい。
同じ年の婚約者がいて本人には気づかれていないがとても溺愛しているとも聞いたことがある。1度2人が話しているところを見たことがあるのだがとても微笑ましかった
「しばらく見ない間にとても大きくなられましたね。もうすぐで追い越されてしまいそう」
「ここ3ヶ月ほどで急に伸びてきたので。1ヶ月後には追い越しますよ」
「僕も半年あればリアお義姉様を追い越しますよ」
「そうなのね、楽しみにしているわ」
何が気に食わなかったのか、少しムッとした表情で話すフェオが可愛くてついつい頭を撫でてしまう。少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうなので別にいいだろう
私は頭を撫でながら2人が成長した姿を想像する。2人とも綺麗な顔立ちをしているので年齢の近い女性から人気があると聞いたことがあるが更に人気が増すだろう。
フェオドールは母親似の顔つきなので優しい顔つきの好青年になると思われる
ルーク殿下は父親似の顔つきだから少し気の強そうな顔になるのだろうか。母親似のジーク殿下とはタイプが違うのだろうなぁと考えたところでグッと息が詰まる
いつも考えないように気をつけていても、名前や顔を思い出すだけで無意識のうちに色々なことを考えてしまうようになっている。
考えてはいけない、別のことを考えなければと1人焦っていると先ほどの嬉しげな表情から心配してくれている表情に変わったフェオドールが声をかけてくる
「…リアお義姉様、大丈夫ですか?勉強でお疲れになられているのですか?」
「ええ、そんなところね」
話をしていたらいつのまにか15分ほど経っていたらしく、もうそろそろ戻らなくてはと校舎に足を向けたところで後方から数人の女性たちの声が聞こえてきた
振り返り声の聞こえた場所へ目線を向けると、3人の女性が私の座ろうとしていたベンチに腰掛けている女性を囲んでいるようだった
「あなた、最近よくジーク殿下とお話しをされているようですけれど、身の程をちゃんとわきまえていますの?」
「ジーク殿下には婚約者もおられますのよ?それを知っていてお近づきになられているのかしら?」
「まあもしそれを知らなかったとしても相当な世間知らずと証明されるだけですけど」
「…」
ベンチから少し距離が離れていてあちらからは見えていないらしいが、風に運ばれて会話の内容が聞こえてくる。
ベンチに座っている少女の姿を見なくとも、誰が責められているのかわかった。長めの金髪を風で揺らし、その隙間から見える表情は怯えているが、凛として見える。
「平民上がりのくせにジーク殿下に近づくなんて、身の程をわきまえなさい」
「…何よ、その目は。私たちに反抗しているの?」
「愛人の間に生まれたくせに生意気なんじゃなくって?」
「…」
何と言われようと黙り続けるリアトリスに怒りを増している様子の女性たち。
ーーあれを、止めなければ
そう思っているのに動かない
ーーこのままいけば、あの子達の未来は明るい未来ではなくなってしまう
何よりも、誰よりもそれをわかっているはずなのに、足も手も動かない
物語を知らなければ私もあの中にいたかもしれない。知らなければ、同じように怒りを無遠慮にぶつけていたかもしれない
だからこそ止めなければいけないとわかっていて、動かせない
それはきっと、私がまだあの子に対する醜い感情を消せずにいるからだ
「なんとか言いなさいよ‼︎」
痺れを切らしたように突然声を荒げ腕を振り上げた姿を見て、行かなければと思うのに身体を動かせずにいると、ここにいないはずの人の声が聞こえてきた
「何をしてるんだ?」
リアトリスを罵っていた彼女たちはその姿を見た瞬間、怒りで真っ赤にさせていた顔を一気に青く染めた。
「ジ、ジーク、殿下…」
ジークは感情の読めない無表情のまま彼女たちの前へ歩いていくと、何か話し始めた。その内容は突然止んだ風のせいで何かはわからない、が2,3言彼が何か言うとそそくさと彼女たちは去って行ってしまった。
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ーーダメ、泣いてはいけないわ。弟たちの手前で涙を流すような恥は晒したくない
目に集まってくる熱を感じながら一刻も早くこの場を離れようと挨拶をしようとすると、後ろから
「エミリア?」
と声をかけられた気がした
「なんでもないわ、またお会いしましょう」
スカートを摘み礼をすると私は早歩きでその場を離れた。ルーク殿下が何かを呟いたように聞こえたけど上手く聞き取れなかった
声をかけられたのは気のせいだろう。私がそうされたいと願ったために聞こえてきた幻聴だ。
教室へと向かう間、そう考えて平静を保った。つもりでいたけれど視界がボヤけて頬には何かが流れている
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