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間島セイは自分の名前が嫌いだ。
漢字で書けば聖だが、音だけでこの漢字がぱっと出てこないのが嫌い。さらに言えば男だか女だかわからない響きは、幼いころからの高身長も相まってずいぶんとからかわれた。
今でこそ「モデルみたいでかっこいい」「素敵」なんて言ってもらえることが増えたけれど、ガリガリだった小学生時代は男子たちから随分と心無いことばを投げつけられた。
ヒョロガリ、男女、デカ島。
少しでも女の子らしくなりたいと髪の毛を伸ばせば、今度は「ペン」なんてあだ名が付けられた。癖が強かったこともあって、縮毛矯正をするまでは膨らんで見えていた髪の毛がキャップみたいだと馬鹿にされたのだ。
おかげでセイは高校生になってもペンを見る度に嫌な気分になる。
筆箱の中にはキャップつきの鉛筆に消しゴム、そして小さな鉛筆削りしか入れないほどだ。
「私は小さいのって憧れるし可愛いと思うんだけど」
「小さいって言うな」
放課後の教室。少しだけ秋っぽさを感じさせる空気に浸りながらセイが呟くと、{悠《ゆう》がキッと睨み返した。
付き合い始めて半月。
177センチのセイよりも、頭一つ分小さな身長は悠のコンプレックスだった。
「背の順で前の方ばっかりだった人の気持ちがわからないからそういうこと言えるんだよ」
「いや、むしろ前の方になりたかったんだけど」
「うっさい。一番前とか恥ずかしいんだぞ?」
悠の語るところによれば、一番前だけ「前ならえ」では変なポーズを取らされる。
集会や何かで「やる気のある人」が壇上に立つと、高確率で「それじゃあ一番前の君」なんて指名される。
年に一度の健診やスポーツテストではクラス全員の記録を持たさせる。
言っていること自体は理解できるものの、セイからすれば大して苦になる内容だとは思えない。
むしろ、自分の身長が20センチも30センチも低く出来るなら、その程度は喜んでやるだろう。
「分かるか? 大変だろう?」
「……なんか、みみっちいって言うか、小さいって言うか」
「だから小さいって言うんじゃねぇよ!」
本格的に機嫌を損ねてしまったらしく、悠は脇に掛かっていたバックパックを乱暴につかみ取ると、席を立った。
「帰るぞ」
「うん」
不機嫌な声音であっても置き去りにせず、ちょっとだけ恥ずかしそうにそっぽを向きながら声を掛ける悠。またそこがセイにとっては可愛く映ってしまうが、流石に何も指摘せずに後に続いた。
二人並んで歩く。電車とバスで移動するセイに対して、悠は自転車をカラカラと押しながら進む。付き合い始めてからの日課だが、セイはこの時間が大好きだった。
『ペン』で『デカ島』で『男女』で『ひょろがり』な自分が女の子になれる瞬間だからだ。
「ホラ」
前かごにバックパックを置いた悠がぶっきらぼうに自転車の荷台を指し示したので、大人しく座る。
「掴まってろ」
「うん」
ぐっ、っとペダルを踏みこむと、体格差なんてないかのように自転車が進み始めた。中学まではサッカー部でエースだったという悠は、小さいながらもエネルギッシュだ。
セイは掴まるふりをして薄く割れている腹筋をなぞった。熱く、柔らかいのにしっかりした不思議な感じが心地よく、何度も撫でてしまう。
「ちゃんと掴まって。くすぐったいから」
即座にバレて怒られたけれど、2人乗りしていてハンドルから手を離せない悠にセイの行動を止める術はない。
「ほれほれほれ」
「馬鹿、マジでやめろっ、ホントにくすぐったい!」
「ごめんごめん」
「許さん。アイス食べたい」
立ち寄ったコンビニで選んだのは二個入りのアイス。コンビニ脇に自転車を止めてボトル型の容器に入ったそれをちゅうちゅう吸う。
食べ終わってから再び自転車に乗り、セイの家を目指した。
普段ならば家の前で別れるのだが、悠の後頭部に額を押し付けたセイが、ぼそりと呟く。
「うち、寄ってかない?」
「?」
「……お母さん、今日は遅番で帰ってくるの遅いから」
セイの発言の意味を咀嚼し、悠はたっぷり30秒ほど逡巡した。
それから、絞り出すようにして「寄ってく」と短く告げた。誘ったセイは言わずもがな、悠も顔を赤くしていた。
玄関を開けると同時、セイの母と鉢合わせた。
「あれ? なんで!?」
「セイ、お帰り。シフト間違えちゃってた」
あはは、と笑った母はそのままセイの後ろにいる悠に視線を向ける。
「悠ちゃん! よく来てくれたわね! 晩御飯一緒に食べていかない?」
「あ、お邪魔します」
「んー! 華奢で可愛いわぁ! セイったらニョキニョキ伸びるんだもの。悠ちゃんみたいな可愛い子なら着飾る楽しみもあるのにねぇ」
「もう! うるさい! どっかいくんでしょ? さっさと行って」
ずけずけと、しかし嫌味でなくあっさりと言いたい放題言った母を追い出すと、セイは悠に向き直った。
「ごめん……なんか、お母さん居た」
「うん、見たから知ってる」
二人でそろって気まずい雰囲気を漂わせた。さすがにいつ母が帰ってくるかわからない状態でのタイムアタックを強行する勇気はないのだろう、微妙な空気のままセイの居室に移動する。
「悠、可愛い服着る?」
「まさか。俺はセイに着せたい」
「私は可愛い悠も見たいよ? ベッドの中とかでされるがままの悠とか」
言いながら、セイの手が伸びる。
「……マジか。マジなのか」
「うん。だって、中々できないし」
セイの手がするりと悠のジャージに伸び、ブラジャーのホックを外した。
「度胸あり過ぎだろ」
「皆の前で『おれ』って言える悠の方が度胸あると思う」
「方向性が違うでしょ……」
呆れ混じりに呟く少女を押し倒すと、セイは唇を塞いだ。
漢字で書けば聖だが、音だけでこの漢字がぱっと出てこないのが嫌い。さらに言えば男だか女だかわからない響きは、幼いころからの高身長も相まってずいぶんとからかわれた。
今でこそ「モデルみたいでかっこいい」「素敵」なんて言ってもらえることが増えたけれど、ガリガリだった小学生時代は男子たちから随分と心無いことばを投げつけられた。
ヒョロガリ、男女、デカ島。
少しでも女の子らしくなりたいと髪の毛を伸ばせば、今度は「ペン」なんてあだ名が付けられた。癖が強かったこともあって、縮毛矯正をするまでは膨らんで見えていた髪の毛がキャップみたいだと馬鹿にされたのだ。
おかげでセイは高校生になってもペンを見る度に嫌な気分になる。
筆箱の中にはキャップつきの鉛筆に消しゴム、そして小さな鉛筆削りしか入れないほどだ。
「私は小さいのって憧れるし可愛いと思うんだけど」
「小さいって言うな」
放課後の教室。少しだけ秋っぽさを感じさせる空気に浸りながらセイが呟くと、{悠《ゆう》がキッと睨み返した。
付き合い始めて半月。
177センチのセイよりも、頭一つ分小さな身長は悠のコンプレックスだった。
「背の順で前の方ばっかりだった人の気持ちがわからないからそういうこと言えるんだよ」
「いや、むしろ前の方になりたかったんだけど」
「うっさい。一番前とか恥ずかしいんだぞ?」
悠の語るところによれば、一番前だけ「前ならえ」では変なポーズを取らされる。
集会や何かで「やる気のある人」が壇上に立つと、高確率で「それじゃあ一番前の君」なんて指名される。
年に一度の健診やスポーツテストではクラス全員の記録を持たさせる。
言っていること自体は理解できるものの、セイからすれば大して苦になる内容だとは思えない。
むしろ、自分の身長が20センチも30センチも低く出来るなら、その程度は喜んでやるだろう。
「分かるか? 大変だろう?」
「……なんか、みみっちいって言うか、小さいって言うか」
「だから小さいって言うんじゃねぇよ!」
本格的に機嫌を損ねてしまったらしく、悠は脇に掛かっていたバックパックを乱暴につかみ取ると、席を立った。
「帰るぞ」
「うん」
不機嫌な声音であっても置き去りにせず、ちょっとだけ恥ずかしそうにそっぽを向きながら声を掛ける悠。またそこがセイにとっては可愛く映ってしまうが、流石に何も指摘せずに後に続いた。
二人並んで歩く。電車とバスで移動するセイに対して、悠は自転車をカラカラと押しながら進む。付き合い始めてからの日課だが、セイはこの時間が大好きだった。
『ペン』で『デカ島』で『男女』で『ひょろがり』な自分が女の子になれる瞬間だからだ。
「ホラ」
前かごにバックパックを置いた悠がぶっきらぼうに自転車の荷台を指し示したので、大人しく座る。
「掴まってろ」
「うん」
ぐっ、っとペダルを踏みこむと、体格差なんてないかのように自転車が進み始めた。中学まではサッカー部でエースだったという悠は、小さいながらもエネルギッシュだ。
セイは掴まるふりをして薄く割れている腹筋をなぞった。熱く、柔らかいのにしっかりした不思議な感じが心地よく、何度も撫でてしまう。
「ちゃんと掴まって。くすぐったいから」
即座にバレて怒られたけれど、2人乗りしていてハンドルから手を離せない悠にセイの行動を止める術はない。
「ほれほれほれ」
「馬鹿、マジでやめろっ、ホントにくすぐったい!」
「ごめんごめん」
「許さん。アイス食べたい」
立ち寄ったコンビニで選んだのは二個入りのアイス。コンビニ脇に自転車を止めてボトル型の容器に入ったそれをちゅうちゅう吸う。
食べ終わってから再び自転車に乗り、セイの家を目指した。
普段ならば家の前で別れるのだが、悠の後頭部に額を押し付けたセイが、ぼそりと呟く。
「うち、寄ってかない?」
「?」
「……お母さん、今日は遅番で帰ってくるの遅いから」
セイの発言の意味を咀嚼し、悠はたっぷり30秒ほど逡巡した。
それから、絞り出すようにして「寄ってく」と短く告げた。誘ったセイは言わずもがな、悠も顔を赤くしていた。
玄関を開けると同時、セイの母と鉢合わせた。
「あれ? なんで!?」
「セイ、お帰り。シフト間違えちゃってた」
あはは、と笑った母はそのままセイの後ろにいる悠に視線を向ける。
「悠ちゃん! よく来てくれたわね! 晩御飯一緒に食べていかない?」
「あ、お邪魔します」
「んー! 華奢で可愛いわぁ! セイったらニョキニョキ伸びるんだもの。悠ちゃんみたいな可愛い子なら着飾る楽しみもあるのにねぇ」
「もう! うるさい! どっかいくんでしょ? さっさと行って」
ずけずけと、しかし嫌味でなくあっさりと言いたい放題言った母を追い出すと、セイは悠に向き直った。
「ごめん……なんか、お母さん居た」
「うん、見たから知ってる」
二人でそろって気まずい雰囲気を漂わせた。さすがにいつ母が帰ってくるかわからない状態でのタイムアタックを強行する勇気はないのだろう、微妙な空気のままセイの居室に移動する。
「悠、可愛い服着る?」
「まさか。俺はセイに着せたい」
「私は可愛い悠も見たいよ? ベッドの中とかでされるがままの悠とか」
言いながら、セイの手が伸びる。
「……マジか。マジなのか」
「うん。だって、中々できないし」
セイの手がするりと悠のジャージに伸び、ブラジャーのホックを外した。
「度胸あり過ぎだろ」
「皆の前で『おれ』って言える悠の方が度胸あると思う」
「方向性が違うでしょ……」
呆れ混じりに呟く少女を押し倒すと、セイは唇を塞いだ。
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