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第21話 フィーネ②
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部屋に入ってきたアルフレッドはさっそく虎の尾を踏んだ。
「諦められない、か」
「当たり前でしょう!? アンタとの婚約だって、女王陛下の命じゃなければすぐにでも破棄してるわ!」
怒鳴りつけるフィーネに、アルフレッドはくくく、と喉を鳴らして笑った。
「まぁそう言わないでくれ。フィーネのことだから、もうエルの相手に関しては調べさせてるんだろうが、私も多少調べて来ているんだ」
言いながら、ちらりと使用人たちに視線を向ける。
意図を汲んだフィーネが人払いを命じた。普段ならばアルフレッドの意図が何であれ無視することの方が多いのだが、エルネストに関連したこととなれば話は別だった。
何が目的なのかは分からないが、アルフレッドはフィーネと敵対するような真似はしたことがなかった。
穏便な婚約解消を望んでいるのか、それとも他に目的があるのか。
どちらにせよ、エルネストを手に入れるためならばフィーネに止まる理由はなかった。
「エルが婚約者にしたのはセラフィナイト伯爵家の長女だったソフィアというご令嬢だ」
「……『だった』?」
気になる物言いに眉をひそめれば、アルフレッドもこくりと頷いた。
「ちょっと家庭環境がおかしいらしくてな。俺が調べた時には、ソフィア嬢はセラフィナイト家の籍から抜かれていた」
「……エル様はそのことをご存じなのかしら」
王族に嫁ぐとなれば、感情だけで何とかなるものではない。
本来ならば貴族であっても爵位や血筋で限定されるのだ。上級貴族ならば格としてはつり合わないこともないが、実際には王族の血が混ざっている公爵家か侯爵家から選ばれることがほとんどである。
伯爵家というだけでも厳しいのに、そこから籍を抜かれたとなれば扱いは平民である。
「どうだかは分からないけれど、エルならば問題になる前に手を打つだろうね。その気があるなら、養子縁組を繰り返して爵位をあげていけば良いだけだ」
叙爵したり新たに家を立ち上げるのはとてつもなく大変なことだ。
だから、それをしなくても良いように懇意にしている貴族家に養子縁組させる。そうすれば籍だけは上級貴族となるわけだ。
『貴族に平民の血を混ぜない』『上級貴族に下級貴族の血を混ぜない』というのは貴族憲章にも明記された規律だ。違反せずに意中の相手と結ばれるために、昔から使われている手だった。
さすがに王族と平民、というのは聞いたことがなかったが、子爵家、伯爵家辺りのロマンスではそういった話も割と多い。
「なら、そうなる前に手を打たなきゃ」
「どうする予定だ」
「デビュタントです。あそこでソフィアって女が平民であることを暴露して吊るしあげるの」
「間に合うかな?」
「間に合わなければ別の手を使うだけよ。まずは間に合うものとして、計画を立てるわ」
貴族相手にやるのは自殺行為となんら変わらないが、ソフィアが貴族になる前ならばできないことはない。大事になるのは確実だし、穏当な方法を選ばなかったフィーネ自身の評価も下がるだろう。
しかしそれが逆にチャンスだった。
評判が多少下がろうとも、『王族を惑わそうとした平民の女』を白日の元に晒すのは間違ったことではない。貴族憲章を盾にすれば、表だった処罰が下ることは考えにくかった。
「デビュタントか」
アルフレッドがやや渋い顔をする。
実績を積ませるためにも王太子として指名される予定のアルフレッドが女王の名代になったり差配をすることも多くなっており、このデビュタントもアルフレッドの担当になっていた。
自らが取り仕切るデビュタントにおいて問題を起こすと宣言されてしまえば、泰然とした笑みが崩れるのも仕方のないことだろう。
とはいえ、アルフレッドがフィーネを止めようとしないのであれば、それは認めたも同然だった。
アルフレッドの思惑こそ不明だが、問題を起こしてソフィアを引きずり下ろせれば、後は簡単だ。
(『問題を起こしてしまった責任を取るため、婚約者を辞退します』と陛下にお願いする)
きちんとした理由があれば婚約解消は認められることだろう。
さらにいえば、フリーになったとしても『王妃となるに相応しいだけの教育を受けた』という事実は変わらない。
幅広い知識に深い教養。
王族に連なる者に求められるものは、一朝一夕に身につくようなものではなかった。
平民の女が消えたことでフリーになるエルネストに相応しい相手など早々現れるはずもない。
(今度こそ私はエル様と結ばれる。平民の女から救い、女王陛下からの信頼も厚いとなれば、エル様もきちんと私のことを見て下さるはず)
エルネストに跪かれ、愛を囁かれる想像に胸をときめかせるフィーネ。
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、アルフレッドはいつも通りに微笑んだ。
「私に何かできることはあるかい?」
「それでしたら、内容の変更をお願いします」
フィーネが提案したのは、今までのデビュタントよりも夜会に近いスタイルのパーティーだった。
やや趣が異なるものの、常識外れというほどではなかった。了承したアルフレッドに、フィーネは満面の笑みを浮かべる。
「デビュタントにはソフィア嬢の妹もくる筈だ」
「折角のデビュタントを台無しにするのは心苦しいけれど、恨むならご自分のお姉さまを恨むことね」
悪びれずに告げたフィーネを、アルフレッドは笑顔で見つめていた。
「諦められない、か」
「当たり前でしょう!? アンタとの婚約だって、女王陛下の命じゃなければすぐにでも破棄してるわ!」
怒鳴りつけるフィーネに、アルフレッドはくくく、と喉を鳴らして笑った。
「まぁそう言わないでくれ。フィーネのことだから、もうエルの相手に関しては調べさせてるんだろうが、私も多少調べて来ているんだ」
言いながら、ちらりと使用人たちに視線を向ける。
意図を汲んだフィーネが人払いを命じた。普段ならばアルフレッドの意図が何であれ無視することの方が多いのだが、エルネストに関連したこととなれば話は別だった。
何が目的なのかは分からないが、アルフレッドはフィーネと敵対するような真似はしたことがなかった。
穏便な婚約解消を望んでいるのか、それとも他に目的があるのか。
どちらにせよ、エルネストを手に入れるためならばフィーネに止まる理由はなかった。
「エルが婚約者にしたのはセラフィナイト伯爵家の長女だったソフィアというご令嬢だ」
「……『だった』?」
気になる物言いに眉をひそめれば、アルフレッドもこくりと頷いた。
「ちょっと家庭環境がおかしいらしくてな。俺が調べた時には、ソフィア嬢はセラフィナイト家の籍から抜かれていた」
「……エル様はそのことをご存じなのかしら」
王族に嫁ぐとなれば、感情だけで何とかなるものではない。
本来ならば貴族であっても爵位や血筋で限定されるのだ。上級貴族ならば格としてはつり合わないこともないが、実際には王族の血が混ざっている公爵家か侯爵家から選ばれることがほとんどである。
伯爵家というだけでも厳しいのに、そこから籍を抜かれたとなれば扱いは平民である。
「どうだかは分からないけれど、エルならば問題になる前に手を打つだろうね。その気があるなら、養子縁組を繰り返して爵位をあげていけば良いだけだ」
叙爵したり新たに家を立ち上げるのはとてつもなく大変なことだ。
だから、それをしなくても良いように懇意にしている貴族家に養子縁組させる。そうすれば籍だけは上級貴族となるわけだ。
『貴族に平民の血を混ぜない』『上級貴族に下級貴族の血を混ぜない』というのは貴族憲章にも明記された規律だ。違反せずに意中の相手と結ばれるために、昔から使われている手だった。
さすがに王族と平民、というのは聞いたことがなかったが、子爵家、伯爵家辺りのロマンスではそういった話も割と多い。
「なら、そうなる前に手を打たなきゃ」
「どうする予定だ」
「デビュタントです。あそこでソフィアって女が平民であることを暴露して吊るしあげるの」
「間に合うかな?」
「間に合わなければ別の手を使うだけよ。まずは間に合うものとして、計画を立てるわ」
貴族相手にやるのは自殺行為となんら変わらないが、ソフィアが貴族になる前ならばできないことはない。大事になるのは確実だし、穏当な方法を選ばなかったフィーネ自身の評価も下がるだろう。
しかしそれが逆にチャンスだった。
評判が多少下がろうとも、『王族を惑わそうとした平民の女』を白日の元に晒すのは間違ったことではない。貴族憲章を盾にすれば、表だった処罰が下ることは考えにくかった。
「デビュタントか」
アルフレッドがやや渋い顔をする。
実績を積ませるためにも王太子として指名される予定のアルフレッドが女王の名代になったり差配をすることも多くなっており、このデビュタントもアルフレッドの担当になっていた。
自らが取り仕切るデビュタントにおいて問題を起こすと宣言されてしまえば、泰然とした笑みが崩れるのも仕方のないことだろう。
とはいえ、アルフレッドがフィーネを止めようとしないのであれば、それは認めたも同然だった。
アルフレッドの思惑こそ不明だが、問題を起こしてソフィアを引きずり下ろせれば、後は簡単だ。
(『問題を起こしてしまった責任を取るため、婚約者を辞退します』と陛下にお願いする)
きちんとした理由があれば婚約解消は認められることだろう。
さらにいえば、フリーになったとしても『王妃となるに相応しいだけの教育を受けた』という事実は変わらない。
幅広い知識に深い教養。
王族に連なる者に求められるものは、一朝一夕に身につくようなものではなかった。
平民の女が消えたことでフリーになるエルネストに相応しい相手など早々現れるはずもない。
(今度こそ私はエル様と結ばれる。平民の女から救い、女王陛下からの信頼も厚いとなれば、エル様もきちんと私のことを見て下さるはず)
エルネストに跪かれ、愛を囁かれる想像に胸をときめかせるフィーネ。
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、アルフレッドはいつも通りに微笑んだ。
「私に何かできることはあるかい?」
「それでしたら、内容の変更をお願いします」
フィーネが提案したのは、今までのデビュタントよりも夜会に近いスタイルのパーティーだった。
やや趣が異なるものの、常識外れというほどではなかった。了承したアルフレッドに、フィーネは満面の笑みを浮かべる。
「デビュタントにはソフィア嬢の妹もくる筈だ」
「折角のデビュタントを台無しにするのは心苦しいけれど、恨むならご自分のお姉さまを恨むことね」
悪びれずに告げたフィーネを、アルフレッドは笑顔で見つめていた。
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