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第1話 左文字朱鷺光の華麗なる日常

Chapter-04

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「あー……もう3時過ぎか」


 別棟の2階にある朱鷺光の部屋は、畳敷きの和室であり、朱鷺光と弘介は敷かれた布団で泥のように眠りこけていた。

 15時を過ぎた頃に、弘介が目を覚ますと、起き上がりながら、壁にかかっているカシオ製のシンプルな電波時計を見て、そう呟いた。

 弘介は、悪い寝相で眠り続けている朱鷺光を起こさないようにして、部屋から出る。別棟の階段を降りて、渡り廊下を渡ってリビングに出る。

 勝手知ったる他人の家、とばかりに、キャビネットを開けると、中からコーヒー豆を取り出した。
 アルミパッケージの沖縄産コーヒー豆を、キャビネットの上に置かれている、東芝製コーヒーメーカーHCS-45BMのコーヒーミル部に入れる。
 豆の袋の空気を抜いて、チャックを閉め、キャビネットの中に戻す。

 サイフォン式コーヒーメーカーのサイフォン部を外して、上部を外してキャビネットの上に逆さに置き、下カップを持って、台所に向かう。

「あれ、弘介さん」

 弘介が台所に入ると、ファイがいて、弘介に声をかけてきた。

「なんだ、ファイ、いたのか」

 弘介が言う。言ってから、欠伸をした。

「言ってくれればやりましたのに」

 ファイは、弘介がコーヒーメーカーのカップを持っていることに気がついて、そう言った。

「これぐらい自分でやるよ」

 弘介は、苦笑しながらそう言いつつ、シンクのシングルレバー水栓から水をカップに注ぐ。

 ちなみに左文字家は市営水道ではなく、自家井戸を使っている。
 水を出すとポンプの作動音が聞こえてきて、止めると音も止む。

 ファイは冷蔵庫の中を整理しているようだった。

 弘介は水の入ったカップを持って、リビングに戻る。
 サイフォンを組み立て、コーヒーメーカーをセットする。
 “マイルド”にセットして、スタートボタンを押した。
 ヴィーンと音を立てて、自動コーヒーミルが豆を挽き始める。

「弘介~」

 朱鷺光が、気怠そうな様子で、渡り廊下の方からリビングに入ってきた。

「おっ、起きてきたか」
「ああ、俺にも頼まァ」

 朱鷺光は、パジャマの上から左手で胸を掻きながら、気怠そうな様子のままでそう言った。

 自動ミルからサイフォンの上部カップに挽かれた豆がザラザラっと流れ込み、ヒーターが下カップの水を加熱し始める。

「昼間だとワイドショーしかやってないな……」

 朱鷺光は、テレビのリモコンを操作してチャンネルを切り替えながら、ぼやくようにそう言った。
 左文字JEXグループであるKカネボウEエレクトリックDデバイス製42インチテレビの、画面がぱっぱっと変わる。

「そういや、オムリンは何してるんだ?」
「さぁ、俺もさっき起きたばかりだし」

 朱鷺光がテレビのリモコンを悪戯している間、台所から2つのマグカップを持ってきていた弘介が、キョロキョロと周囲を見回す朱鷺光に、そう言った。

 コーヒーサイフォンのお湯が下カップから上に上がり、それによって下カップの水がコーヒー色に染まっていく。

「オムリン姉さんなら、外じゃないですか?」
「外?」

 弘介に続けて入ってきたファイに言われて、朱鷺光は、一旦ガラス窓越しに庭を見てから、出入り口に使っている掃き出しの傍まで行って、その窓を開けた。
 すると、庭の、ガレージの前で、オムリンが電車のディスクブレーキのついた自転車に、ミシンオイルを注油している。

「何だ、自転車の手入れしてるのか?」

 自転車の後輪の前でしゃがんでいたオムリンは、朱鷺光が声をかけると、立ち上がって、

「うん」

 と、頷いた。

「今朝、澄光を学校まで送ってきたから」
「げ……またやったのかよ」

 オムリンがニュートラルな表情のままでそう言うと、朱鷺光は、どこかげっそりしたような表情になって、そう言った。

 コーヒーメーカーのランプが“保温”に変わったのを見計らって、弘介がサイフォンを持ち上げる。
 サイフォンの上部カップを外して、マグカップにコーヒーを注ぐ。

「砂糖2さじでミルクだったよな」
「おー」

 弘介は、朱鷺光にそう訊ねると、キャビネットの中から取り出した砂糖の入った瓶を開け、コーヒースプーンで山盛り2杯、それからスキムミルクを同じく1杯、入れてかき混ぜた。

「ほい」
「サンキュ」

 朱鷺光は、弘介に差し出されたカップを受け取って、口に運ぶ。

「あちち」
「相変わらず猫舌だな」

 ふー、ふー、とコーヒーの液面を吹く朱鷺光に対して、弘介は、苦笑しながらそう言った。
 そうして、自分は砂糖だけを1杯落とし、かき混ぜて口に運ぶ。

「さて、これからどうするかな……」

 朱鷺光は、壁にかかっていた時計を見て、そう呟いた。


 その時だった。

 グォン、ブルルルッ

 自動車がエンジン音を立てて、庭に入ってきた。

「ん? なんだ?」

 朱鷺光が立ち上がって掃き出しのガラス戸から外を見る。
 まだ光一郎や雪子が帰宅してくるには早い時間だったし、そもそも光一郎の社用車はホンダ レジェンド、雪子がに使っているクルマはスズキ ジムニーH水素Eエンジンだが、響いてきたエンジン音は旧いディーゼルエンジンの音だった。

「げ」

 朱鷺光は、庭に入ってきてガレージの方を向くようにナックルをかけた状態で停車した、ダブルキャブのSK型マツダ ボンゴブローニィトラックを見て、短く、しかし厄介そうな表情になって、声を出した。

「R-1、出てこい、今日こそ貴様を倒してやる!」

 トラックの運転席から、そう怒鳴りつつ、見事な中年太りの壮年期の男性が降りてきた。

「波田町教授、まーた凝りもせずやってきたのかよ」

 朱鷺光は、掃き出しの窓を開けつつ、脱力したように苦笑しながら、そう言った。

 波田町はたまち直也なおや、朱鷺光のライバル。
 そう、あくまで自称だった。

「ほざけ! 今日こそ貴様のR-1を倒し、ワシを干した学会に目にもの見せてやるんじゃあっ」

 波田町は、そういうと、シートが被せられていた荷台の、そのシートを剥ぐように外した。

「このDR28号でな」

 そこには、人間型……というか、ゴリラのような、もちろんアンドロイドではない、二足歩行型のロボットが載っていた。

「出てこい、R-1!」

 朱鷺光は、やれやれといった感じで溜息をつく。
 丁度そこへ、自転車を片付けていたらしいオムリンが、ガレージの中から姿を表す。

「オムリン、相手したげて」

 やる気なさそうに苦笑しながら言う朱鷺光に、オムリンは、

「解った」

 と、頷いた。

「余裕を見せていられるのも今のうちだ! やれ、DR28号!」

 波田町教授の号令で、DR28号は、重々しそうな見た目に反して、素早くトラックの荷台から飛び降りた。

「おっ、結構いい機動力してるじゃん」

 朱鷺光は、そう言うものの、焦ったような様子は見せない。

「!」

 DR28号が、素早い動きでオムリンに向かって突進する。
 オムリンはつっ、と背後に下がった。

 だが、DR28号は、そのままの勢いでオムリンに迫ると、パイルバンカーのようなサイドアーム武装を、オムリンに突きつけようとする。
 オムリンはそれを左に捻って躱し、そのままバック転をするかのような流れで、DR28号の頭部をしたたかに蹴り上げた。

「その程度で倒れるような脆いものではないぞ!」

 波田町が言う。
 DR28号は一瞬、バランスを崩したものの、更にオムリンに向かって、ごつい両腕でラッシュをかけながら、オムリンを追い詰めようとしていく。
 オムリンは、DR28号のラッシュを左右に振って躱しながら、徐々に後ろに下がっていく。

 タンッ

 何度目かのラッシュを躱した時点で、オムリンは跳躍し、DR28号の上部を越えようとする。

 だが、

「甘いわっ」

 と、波田町が言うが早いか、DR28号の左肩からワイヤー付きのアンカーが撃ち出され、オムリンの左脚をワイヤーで絡め取った。

「!」

 オムリンはワイヤーに引き寄せられ、勢いで地面に叩きつけられる。

「ふははははは……これで終わりだ!」

 波田町が、勝利を確信したような声を上げた。

 DR28号は、地面に倒れたオムリンに、パイルバンカーを突きつけようとする。

 だが、オムリンはくるっ、と左に転がって、パイルバンカーから逃れつつ、立ち上がる。

「オムリン、遊びはもういいから、片付けちゃえよ」

 朱鷺光が言う。

 DR28号は、再度オムリンを捉えようと、まだオムリンの左脚に巻き付いたままのワイヤーを巻き上げる。
 だが、オムリンは、そのワイヤーを左手で掴んで引っ張り返すと、一瞬だけ力を緩めて、DR28号がバランスを崩した瞬間、一気にその懐に飛び込んだ。

 その飛び込むアクションの間に、スタン電磁スティック警棒を右脚の脛に付けているホルスターから抜いている。

 DR28号は、懐に飛び込もうとするオムリンを、ベア・ハッグのように締め上げようとしたが、それより先に、オムリンのスタンスティックがDR28号の首関節の露出部にねじ込まれていた。
 オムリンが放電トリガーを押し込むと、ボンッ、と音を立てて、煙を吹きながら、DR28号は仰向けにひっくり返った。

「ぐぬぬ……おのれ、おのれまたしてもR-1、左文字朱鷺光……!」
「いい加減俺を逆恨みするのはやめてくれないかなぁ……」

 悔しそうに下唇を噛み締め、握り拳を震わせる波田町に対し、朱鷺光は辟易したような表情でそう言った。
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