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第25話 せっかくだからBルートを選んでみる。
Chapter-41
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「革命…………」
俺の言葉を、エミが反芻するように言う。
「革命、と、いいますと……」
「不満の高まった民衆と、それに同調する一部の有力者によって、現在の統治機構、つまり国家が倒され、新たな統治機構が建てられる」
ミーラの、訊き返してくるような言葉に、俺はそう答えた。
「つまり、それだと今の皇帝陛下は……」
「その座を追われる。更に貴族も大半が粛清の対象になる」
ミーラの再度の問いかけに、俺は淡々と答える。
もちろん、粛清と言っても、必ずしも命まで奪われるという意味ではないが。
「領地持ち貴族は、自身の領民との関係次第だけど、中央の法衣貴族なんかは、大半が排除されるだろうな。それで、新しいリーダーが出てきて、国家を動かすようになる」
「つまり、皇帝陛下に変わる、新たな帝国の統治者が出てくるってことですか」
アイザックの、比較的落ち着いた様子の言葉に、俺は頷いてみせた。
「ただし、そいつが有能とは限らない。民衆にいい顔をすることには慣れていてもな。すぐに民衆の不満は再度高まり、そいつもまた、権力の座から引きずり降ろされる。それが数回、繰り返される」
「そ、それじゃあ帝国はメチャクチャになっちゃうじゃない!」
俺が説明すると、キャロが、驚いたように声を出した。
「メチャクチャにするんだよ。メチャクチャに破壊して、建て直す。それが革命なんだ」
日本の教育では、なぜか革命は美談として語られることが多い。
だが────
以前一度だけ言ったが、前世の俺には妹がいた。
その妹が一時期ハマっていたのがあの著名作『ベルサイユのばら』。
妹は外伝も含めて、コミックスを集めていた。
俺も暇な時に貸してもらって読んだ。
アニメではそこまで深く掘り下げられていないが、原作ではフランス革命の闇の面を描く部分があった。
その後、大学時代に、なんとなくネットサーフしているうちに、革命というものを調べてみた。
フランス革命は……なにがどう美談なのか、よくわからなくなった。
「そんなことをすれば、民衆はますます困窮するのではないのですか?」
「するよ」
ミーラの言葉に、俺は端的に答えた。
「それでもしばらくの間は、皇帝が贅を尽くしていたから、貴族が禄を食んでいたから、という名分で、精神的鬱屈から抜け出せるわけだ。で、新しく国家のリーダーになったやつがバカだと解ると、さっきも言ったようにまたそいつも引きずり下ろす。それが、多少はマトモなやつが出てくるまで続く」
これを知ると、確かにナポレオンが、フランスの英雄とされていることはよく分かる。
彼は混乱に陥っていたフランスが分解する前にまとめたんだからな。
「それじゃあ、帝国は、少なくとも帝都は、大混乱になってしまいます」
それを言ってきたのは、意外なことにアイリスだった。
「なるね。小競り合いが拡大し始める頃から、リーダーが何回か変わるまでの間は、そりゃもう大混乱だ。領主が領民とうまくやっているところは、すぐにはそれに巻き込まれないで済むけどね。あくまですぐには、だけど」
中央の統治機構が、崩壊するんだ。
地方の領地も、最終的にその影響を受けないわけがない。
「そうなれば……そんな事になったら……」
ミーラが、青ざめたような表情で、言う。
おそらく、俺が危惧していることを、彼女もなんとなくだが察したんだろう。
統治機構の機能停止、治安維持能力の喪失。不満を持った民衆、能力不足の新しいリーダー。それから導き出される答えは──暴動、略奪、そして…………虐殺。
「それで」
キャロが、気丈そうな声で訊ねてくる。
「アルヴィンは、どうするつもりなの?」
「しばらくは様子見。帝都から工業製品が入ってこなくなるのは痛いが、ロチェスシティやブリュサムズシティから代替で手に入らないものはほぼないし、この領地に引きこもる」
俺は、まずそう答えた。
「でも、新しい統治機構は、新参領主が治めている領地の、向上した生産力に目を付けるだろう。そうしたら俺は、逃げる」
「にっ……」
「逃げ……る!?」
キャロとミーラが、相次いで驚いたような、詰まった声を出した。
エミは、割と平然としている。
「ああ、なんもかんも放棄して、西方諸国の顔も知られてないようなところに逃げる」
「逃げるって言ったって……」
キャロが、困惑したような声を上げる。
「だって俺達、別に、いきなりその日暮らしに放り出されても、しばらくはなんとでもなるだろ?」
「え、あ、まぁ……それはそうかも知れないけど」
俺が気の抜けたような声で説明すると、キャロは、困ったようにしつつも、俺の言葉を肯定せざるを得ないような発言をした。
俺達は冒険者養成学校に通っていて、そこを卒業しているんだ、その程度、どうにでもなる。
と、その時。
「失礼します! アイザック様、アルヴィン様。ローチ伯爵より、緊急の伝書が届いております」
兵団の伝令役が、そう言って、執務室に入ってきた。
「ローチ伯爵から……アイザック、持ってきてくれ」
アイザックは、伝令から伝書を受け取ると、俺が椅子に座っている執務机のところまで持ってきた。
俺の手で、それを開く。
『帝都はすでに正常ではない。民衆の間に不穏な空気あり。出兵の勅令には慎重になられたし』
「これで、確定だな」
ローチ伯爵からの伝書で、確信は確証に変わった。
俺の帝都屋敷はほとんど使用人しかいないが、ローチ伯は長男のウィリアムを帝都に滞在させている。
だから、その様子を窺い知ることができたのだろう。
「これで……その、革命、に至った場合、皇帝陛下は……どうなるんですか?」
ミーラが問いかけてきた。
「良くて、国外追放。悪ければ────」
俺は流石に、口には出せず、ただ、目を瞑って、ふるふると首を横に降った。
「そんな! 官吏の法衣貴族はともかく、皇帝陛下は民衆の支持も厚い方です、そんな事がありえるんですか!?」
「なまじ支持があるからこそ、新たな民衆のリーダーとなろうとしているやつにとっては邪魔になるんだよ」
新しい体制がうまくいかなくなると、民衆は旧体制回帰を望むからな。
チャウシェスクなんかいい例だ。といってもみんなにはわからないだろうが。
だから、陛下がすぐに権力の座に戻ってこれる状況は、新体制派にとってはまずいわけだ。
「それに陛下自身、古参の法衣貴族の抵抗を排除して改革を行うことには失敗しているんだ」
フランスのルイ16世も、革命勃発直前まで民衆からは支持されていた。
古参の貴族が、足を引っ張りまくったからな。
それと、王妃。
あの人、俺の前世の終わり頃じゃ何故かいい人にされてたけど、実際国王の改革に関しては足引っ張りまくってんだよね。
「俺は、面倒なのも血なまぐさいのもまっぴらだ。だから頃合いを見て逃げる」
誰にともなく、突き放すようにそう言った。
「なんとか……ならないのですか……なんとか……する気はないのですか?」
ミーラが、掠れるような声を出して、縋るように祈りのポーズを取りつつ、そう言った。
「ミーラとは……離縁しておいたほうがいいのかもしれないな」
「そんなのは嫌です!」
俺がやれやれと言ったように、頭を掻きながら言うと、ミーラは即座に拒絶の言葉を出した。
キャロとエミにも、なにか言いたいことがあるようだったが、この2人は結局、口には出さなかった。
「どちらも失いたくない……私は……それは……贅沢なのでしょうか……」
「…………」
俺に突きつけられている言葉の気がした。
俺は、3人の中から1人を選べなくて、今の関係に落ち着いている。
そんな俺が、ミーラのそれを批判する資格はないだろう。
「…………」
面倒くさいが……いや、陛下に民衆の支持があるのなら……
「ミーラ」
「はい?」
「俺は神じゃない。すべての犠牲を食い止めることはできない」
「…………はい」
「だとしても、犠牲が、少なくともこのまま状況が悪い方向に遷移するのを座視するよりは、それよりは、あくまで比較論だが、犠牲の少ない道を選ぶか?」
「…………」
俺の問いかけに、ミーラは一瞬、逡巡するように視線を泳がせた。
キャロやエミ、アイザックやアイリスにも、軽い動揺と緊張の様子が伺える。
「…………もし、それが可能な、ことであるなら」
「よぉし、解った」
俺は、声を上げる。
「ここは、Bルートを選んでみるか!」
「Bルート!?」
キャロが、意味がわからないといったような声を上げる。
「革命とは異なる方法で、現状の帝国の体制を一新する」
「革命とは、異なる方法?」
キャロが、表情を真剣なものに戻して、そう言った。
「そう、維新だ」
「維新…………」
ミーラが、俺の言葉を反芻してくる。
「革命では、すべての統治機構が倒れる。その再構築のために、混乱とそれによる犠牲が生まれる。維新は、名目上の統治者はそのままに、そこと民衆との間にある支配構造だけを書き換える。混乱は短時間で済むし、民衆の犠牲も……少なくとも、革命が起きるよりは少なくて済む」
「それなら、皇帝陛下は!」
「むしろ、今の皇帝陛下でなければ無理だ」
ミーラが弾んだ声を出すのに、俺は口元に笑みを浮かべて、そう言った。
「だが、正直、これはかなり難しい、現状、民衆がどれだけ陛下に信頼を残しているかによる。ひとつの賭けだ。それも、かなり分の悪い賭けだと思って欲しい」
「それでも────アルヴィンの前世には、その成功例が残っている?」
エミが問いかけてきた。
俺は頷く。
「俺の前世の世界では、おおよそ200の国家が世界に存在していた」
「200!?」
俺の言葉に、キャロが素っ頓狂な声を上げる。ミーラも驚きを隠せない。
「まぁ、今、貴族の領地のようなところが、独立国家になったような国も存在していたからね」
俺は、苦笑してそう言ってから、表情を引き締める。
「でも、それも最初からそんな事が可能だったわけじゃない。俺が生まれるよりほんの70年前までは、世界は力を持ち支配する側と、力を持たず支配される側に別れていた。自ら体制の転換を早くに成し遂げて、支配する側になったのは、ほんの7、8……いや10? とにかく、20に満たないのは確かだ」
「そう言う意味では、帝国は恵まれているんですね」
「ああ、外敵を牽制しつつ、国内の体制転換をやっている余裕があるからな」
アイザックの言葉に、俺は頷いて、そう言った。
「そして、そのうち、維新を成功させた国は、ただの1国だ」
「いっ…………」
キャロが短く声を上げる。そして、全員が押し黙り、息を呑んだ。
確率1/200。1%に満たない可能性に賭けようとしている。
「なぁミーラ、神様って、気まぐれで、時にすごく残酷だよな」
「…………」
苦笑しながら言う俺の言葉に、ミーラは、ただ祈るようにして沈黙する。
是とも否とも答えられない、そんな様子だ。
「でもさ、神様って、時に思わぬ形で人を助けてもくれるだろ」
「アルヴィン……?」
ミーラが少し、不思議そうな表情をしながら、顔を上げたところで、言う。
「1/200、俺の前世の世界の歴史において、唯一、維新による体制転換を成功させた国、その名は日本」
「もしかして……」
エミの、ハッとしたような様子で言う言葉に、俺は頷いてみせた。
「前世での、俺の祖国だよ」
俺の言葉を、エミが反芻するように言う。
「革命、と、いいますと……」
「不満の高まった民衆と、それに同調する一部の有力者によって、現在の統治機構、つまり国家が倒され、新たな統治機構が建てられる」
ミーラの、訊き返してくるような言葉に、俺はそう答えた。
「つまり、それだと今の皇帝陛下は……」
「その座を追われる。更に貴族も大半が粛清の対象になる」
ミーラの再度の問いかけに、俺は淡々と答える。
もちろん、粛清と言っても、必ずしも命まで奪われるという意味ではないが。
「領地持ち貴族は、自身の領民との関係次第だけど、中央の法衣貴族なんかは、大半が排除されるだろうな。それで、新しいリーダーが出てきて、国家を動かすようになる」
「つまり、皇帝陛下に変わる、新たな帝国の統治者が出てくるってことですか」
アイザックの、比較的落ち着いた様子の言葉に、俺は頷いてみせた。
「ただし、そいつが有能とは限らない。民衆にいい顔をすることには慣れていてもな。すぐに民衆の不満は再度高まり、そいつもまた、権力の座から引きずり降ろされる。それが数回、繰り返される」
「そ、それじゃあ帝国はメチャクチャになっちゃうじゃない!」
俺が説明すると、キャロが、驚いたように声を出した。
「メチャクチャにするんだよ。メチャクチャに破壊して、建て直す。それが革命なんだ」
日本の教育では、なぜか革命は美談として語られることが多い。
だが────
以前一度だけ言ったが、前世の俺には妹がいた。
その妹が一時期ハマっていたのがあの著名作『ベルサイユのばら』。
妹は外伝も含めて、コミックスを集めていた。
俺も暇な時に貸してもらって読んだ。
アニメではそこまで深く掘り下げられていないが、原作ではフランス革命の闇の面を描く部分があった。
その後、大学時代に、なんとなくネットサーフしているうちに、革命というものを調べてみた。
フランス革命は……なにがどう美談なのか、よくわからなくなった。
「そんなことをすれば、民衆はますます困窮するのではないのですか?」
「するよ」
ミーラの言葉に、俺は端的に答えた。
「それでもしばらくの間は、皇帝が贅を尽くしていたから、貴族が禄を食んでいたから、という名分で、精神的鬱屈から抜け出せるわけだ。で、新しく国家のリーダーになったやつがバカだと解ると、さっきも言ったようにまたそいつも引きずり下ろす。それが、多少はマトモなやつが出てくるまで続く」
これを知ると、確かにナポレオンが、フランスの英雄とされていることはよく分かる。
彼は混乱に陥っていたフランスが分解する前にまとめたんだからな。
「それじゃあ、帝国は、少なくとも帝都は、大混乱になってしまいます」
それを言ってきたのは、意外なことにアイリスだった。
「なるね。小競り合いが拡大し始める頃から、リーダーが何回か変わるまでの間は、そりゃもう大混乱だ。領主が領民とうまくやっているところは、すぐにはそれに巻き込まれないで済むけどね。あくまですぐには、だけど」
中央の統治機構が、崩壊するんだ。
地方の領地も、最終的にその影響を受けないわけがない。
「そうなれば……そんな事になったら……」
ミーラが、青ざめたような表情で、言う。
おそらく、俺が危惧していることを、彼女もなんとなくだが察したんだろう。
統治機構の機能停止、治安維持能力の喪失。不満を持った民衆、能力不足の新しいリーダー。それから導き出される答えは──暴動、略奪、そして…………虐殺。
「それで」
キャロが、気丈そうな声で訊ねてくる。
「アルヴィンは、どうするつもりなの?」
「しばらくは様子見。帝都から工業製品が入ってこなくなるのは痛いが、ロチェスシティやブリュサムズシティから代替で手に入らないものはほぼないし、この領地に引きこもる」
俺は、まずそう答えた。
「でも、新しい統治機構は、新参領主が治めている領地の、向上した生産力に目を付けるだろう。そうしたら俺は、逃げる」
「にっ……」
「逃げ……る!?」
キャロとミーラが、相次いで驚いたような、詰まった声を出した。
エミは、割と平然としている。
「ああ、なんもかんも放棄して、西方諸国の顔も知られてないようなところに逃げる」
「逃げるって言ったって……」
キャロが、困惑したような声を上げる。
「だって俺達、別に、いきなりその日暮らしに放り出されても、しばらくはなんとでもなるだろ?」
「え、あ、まぁ……それはそうかも知れないけど」
俺が気の抜けたような声で説明すると、キャロは、困ったようにしつつも、俺の言葉を肯定せざるを得ないような発言をした。
俺達は冒険者養成学校に通っていて、そこを卒業しているんだ、その程度、どうにでもなる。
と、その時。
「失礼します! アイザック様、アルヴィン様。ローチ伯爵より、緊急の伝書が届いております」
兵団の伝令役が、そう言って、執務室に入ってきた。
「ローチ伯爵から……アイザック、持ってきてくれ」
アイザックは、伝令から伝書を受け取ると、俺が椅子に座っている執務机のところまで持ってきた。
俺の手で、それを開く。
『帝都はすでに正常ではない。民衆の間に不穏な空気あり。出兵の勅令には慎重になられたし』
「これで、確定だな」
ローチ伯爵からの伝書で、確信は確証に変わった。
俺の帝都屋敷はほとんど使用人しかいないが、ローチ伯は長男のウィリアムを帝都に滞在させている。
だから、その様子を窺い知ることができたのだろう。
「これで……その、革命、に至った場合、皇帝陛下は……どうなるんですか?」
ミーラが問いかけてきた。
「良くて、国外追放。悪ければ────」
俺は流石に、口には出せず、ただ、目を瞑って、ふるふると首を横に降った。
「そんな! 官吏の法衣貴族はともかく、皇帝陛下は民衆の支持も厚い方です、そんな事がありえるんですか!?」
「なまじ支持があるからこそ、新たな民衆のリーダーとなろうとしているやつにとっては邪魔になるんだよ」
新しい体制がうまくいかなくなると、民衆は旧体制回帰を望むからな。
チャウシェスクなんかいい例だ。といってもみんなにはわからないだろうが。
だから、陛下がすぐに権力の座に戻ってこれる状況は、新体制派にとってはまずいわけだ。
「それに陛下自身、古参の法衣貴族の抵抗を排除して改革を行うことには失敗しているんだ」
フランスのルイ16世も、革命勃発直前まで民衆からは支持されていた。
古参の貴族が、足を引っ張りまくったからな。
それと、王妃。
あの人、俺の前世の終わり頃じゃ何故かいい人にされてたけど、実際国王の改革に関しては足引っ張りまくってんだよね。
「俺は、面倒なのも血なまぐさいのもまっぴらだ。だから頃合いを見て逃げる」
誰にともなく、突き放すようにそう言った。
「なんとか……ならないのですか……なんとか……する気はないのですか?」
ミーラが、掠れるような声を出して、縋るように祈りのポーズを取りつつ、そう言った。
「ミーラとは……離縁しておいたほうがいいのかもしれないな」
「そんなのは嫌です!」
俺がやれやれと言ったように、頭を掻きながら言うと、ミーラは即座に拒絶の言葉を出した。
キャロとエミにも、なにか言いたいことがあるようだったが、この2人は結局、口には出さなかった。
「どちらも失いたくない……私は……それは……贅沢なのでしょうか……」
「…………」
俺に突きつけられている言葉の気がした。
俺は、3人の中から1人を選べなくて、今の関係に落ち着いている。
そんな俺が、ミーラのそれを批判する資格はないだろう。
「…………」
面倒くさいが……いや、陛下に民衆の支持があるのなら……
「ミーラ」
「はい?」
「俺は神じゃない。すべての犠牲を食い止めることはできない」
「…………はい」
「だとしても、犠牲が、少なくともこのまま状況が悪い方向に遷移するのを座視するよりは、それよりは、あくまで比較論だが、犠牲の少ない道を選ぶか?」
「…………」
俺の問いかけに、ミーラは一瞬、逡巡するように視線を泳がせた。
キャロやエミ、アイザックやアイリスにも、軽い動揺と緊張の様子が伺える。
「…………もし、それが可能な、ことであるなら」
「よぉし、解った」
俺は、声を上げる。
「ここは、Bルートを選んでみるか!」
「Bルート!?」
キャロが、意味がわからないといったような声を上げる。
「革命とは異なる方法で、現状の帝国の体制を一新する」
「革命とは、異なる方法?」
キャロが、表情を真剣なものに戻して、そう言った。
「そう、維新だ」
「維新…………」
ミーラが、俺の言葉を反芻してくる。
「革命では、すべての統治機構が倒れる。その再構築のために、混乱とそれによる犠牲が生まれる。維新は、名目上の統治者はそのままに、そこと民衆との間にある支配構造だけを書き換える。混乱は短時間で済むし、民衆の犠牲も……少なくとも、革命が起きるよりは少なくて済む」
「それなら、皇帝陛下は!」
「むしろ、今の皇帝陛下でなければ無理だ」
ミーラが弾んだ声を出すのに、俺は口元に笑みを浮かべて、そう言った。
「だが、正直、これはかなり難しい、現状、民衆がどれだけ陛下に信頼を残しているかによる。ひとつの賭けだ。それも、かなり分の悪い賭けだと思って欲しい」
「それでも────アルヴィンの前世には、その成功例が残っている?」
エミが問いかけてきた。
俺は頷く。
「俺の前世の世界では、おおよそ200の国家が世界に存在していた」
「200!?」
俺の言葉に、キャロが素っ頓狂な声を上げる。ミーラも驚きを隠せない。
「まぁ、今、貴族の領地のようなところが、独立国家になったような国も存在していたからね」
俺は、苦笑してそう言ってから、表情を引き締める。
「でも、それも最初からそんな事が可能だったわけじゃない。俺が生まれるよりほんの70年前までは、世界は力を持ち支配する側と、力を持たず支配される側に別れていた。自ら体制の転換を早くに成し遂げて、支配する側になったのは、ほんの7、8……いや10? とにかく、20に満たないのは確かだ」
「そう言う意味では、帝国は恵まれているんですね」
「ああ、外敵を牽制しつつ、国内の体制転換をやっている余裕があるからな」
アイザックの言葉に、俺は頷いて、そう言った。
「そして、そのうち、維新を成功させた国は、ただの1国だ」
「いっ…………」
キャロが短く声を上げる。そして、全員が押し黙り、息を呑んだ。
確率1/200。1%に満たない可能性に賭けようとしている。
「なぁミーラ、神様って、気まぐれで、時にすごく残酷だよな」
「…………」
苦笑しながら言う俺の言葉に、ミーラは、ただ祈るようにして沈黙する。
是とも否とも答えられない、そんな様子だ。
「でもさ、神様って、時に思わぬ形で人を助けてもくれるだろ」
「アルヴィン……?」
ミーラが少し、不思議そうな表情をしながら、顔を上げたところで、言う。
「1/200、俺の前世の世界の歴史において、唯一、維新による体制転換を成功させた国、その名は日本」
「もしかして……」
エミの、ハッとしたような様子で言う言葉に、俺は頷いてみせた。
「前世での、俺の祖国だよ」
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