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第1章
食材の都 バナーム
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早朝。
今日明日はわたしもレグルスもお休みなので、この世界の紹介がてら散策に連れて行ってもらえることになった。
都市メイリーズと白山はわかるから今日は別の街に行くようだ。
少し遠出をするらしく、まだ空が明るくなり始めたくらいのとっても早い時間。
因みに、レグルス達が住んでいるところは白山の麓に広がる『ミンティア』という町で、都市までトロッコ4つ。土地が広い。持ち家の主がみんな出稼ぎに出ていて空き家(貸家)が多い。一人暮らし用のマンションを多く建てた。等々の理由から近頃では注目のベッドタウンらしい。
ユミィやサルドナも、ミンティアに実家はあるけれどみんな出払っているので家族世帯に貸し出して、本人達は個人でアパートに住んでいるようだ。
いくら昔から住んでいる持ち家とはいえ、1人で暮らすには持て余しちゃうよね。なら、家賃収入を得る方が賢いのかしら。でも仲良しが2人ともアパートに移ってるのに、何でレグルスは未だ実家に住んでいるんだろうーー。
「おい。 降りるぞ。」
どうにもならない思考を巡らせているとレグルスから声が掛かった。聞けば済むけどなんか聞きにくいんだもんなぁ。
今日はトロッコで一体どれだけ進んだのだろうか。相変わらず時間感覚を狂わされる夜空に、二度寝明けの如く欠伸が止まらない。
「どこに連れて来てくれたの?」
先に降りたレグルスの後を追いながら聞く。
「都市メイリーズから海方面に半日。メイリーズの次に大きな街『食材の都 バナーム』だ。」
さすがに半日も先にあるところまで来るのに、間にいくつ町があったかまでは覚えていないらしい。トロッコはシャイネス王国の民の移動手段として重宝されているだけあって、人口の少ないとても小さな町にも停まるそうだ。
「メイリーズにはあらゆる物流が集まる。山の幸は白山から、海の幸はバナームから。獲れたての生魚を食べるならここまで来ないとな。直営だから安いし。」
確かにシャイネス王国に来てから生魚とは無縁だった。商店にはもちろんあるけれど高いんだもの。久しぶりにお魚が食べられるなんてとっても嬉しい!!!
トロッコの停留所を抜けると一面にバナームの市場の活気が広がった。
カラフルで小さなテントが所狭しとたくさん並んでいて、店主もお客さんも全開の笑顔で賑わっている。夏祭りの縁日のようだ。
すごい人混みで、進行方向を向いてきちんと進まないとあっという間に逆流に流されてしまいそう。
これは気合いが必要だぞ、と意識的にレグルスの服の背中をぎゅっと握った。
レグルスが連れて行ってくれたお店は個人経営の大衆食堂だった。
道側に面した壁は全面ガラス張りになっていて、自動ドア。外から中の様子がわかるようになっている。店内の照明は明るく、インテリアは白系の木彫でなんだかおしゃれ。列ごとに分けてひとつの広いテーブルとベンチ状の椅子なので必然的に知らない人との相席になる。
仲良く話しているから連れなのかと思ったら別々に帰る他人だったり、客同士の垣根を超えてみんなでワイワイ食事をするスタイルのようだ。とても雰囲気が良い。
「大将! オススメ2つね!」
奥のカウンターで大忙しに動いている白髪のおじさんに向かって注文をするとレグルスは席に着いた。すかさずビニールエプロンをつけたおばちゃんがお水を持ってきてくれる。
「いらっしゃい。久しぶりに顔見せたと思ったら可愛い女の子連れちゃってー!」
白髪交じりのグレーの髪をひとつに纏めたおばちゃんはレグルスと久しぶりの世間話をし始めた。お水と一緒に番号札を持ってきてくれていて、この番号が掲示板で光ったら自分で受け取りに行くらしい。周りを見渡すと食器を下げる棚もあった。わりとセルフ式ということで、ホールはそこまで忙しいわけでは無さそう。店内がピリピリしていないのもホールスタッフに余裕があるからだろう。サイドメニューの簡単な注文はホールスタッフがパパッと盛り付けている様子も見えたので、調理場が地獄ってわけでも無さそうだ。
レグルスとおばちゃんの会話に混ぜてもらい、世間話に相槌をうっていると掲示板が光るのが見えた。
「あら。 34番できたわね。いってらっしゃい。」
わたし達のオーダーが出来上がった。席を立つレグルスを制し、わたしが取りに行くことにする。せっかくだし近くで調理場が見たいな。
ところが受け取りに来てみるととても大きさな丼が2つあった。
これは1つずつ持って行ってまた戻ってくるのが賢明か?と考えていると、スッと横から手が伸びてきた。
「ここの飯は1人じゃ複数持てないんだって。」
ニヤリと笑って、レグルスが自分の分を運んでくれた。慌てて追いかける。
「すごいね! こんなに大きいなんてびっくりしちゃった。これ大盛り?」
「ああ。 大将が毎日決めて出してるオススメメニューは必然的に大盛りになるんだよ。」
「わたし食べ切れるかなぁ。」
「食えるところまで食えよ。残したら俺が食ってやる。」
まだ1週間足らずだけれど一緒に暮らしていて、レグルスは慣れさえすれば案外いい奴だってことがわかった。
勝手に大盛り注文しておいて完食しろなんて言われたらお腹の底から殺意が沸くけれど、そういうデリカシーはあるようだ。
目の前の丼いっぱいの海鮮を眺める。
名前はわからないけど、透き通るような白身魚の切り身。ほんとにもう艶々キラキラしていて美味しそう。他に何も要らないんだと言わんばかりにそれのみが盛り付けられていて、テーブルに備え付けの調味料をかけ過ぎないように慎重に一周させる。
この調味料も正体はわからないけど、お醤油だよね!たぶんきっとお醤油的なアレなんでしょ!
大将本日のオススメ丼は、美味しいって言葉じゃ足りないくらいに美味しかった。ほっぺたが落ちるとか舌がとろけるとかそんなの当たり前で、なんていうか、こう、心の小人さん方が踊り出しちゃうくらいにときめかされた。
ああ、幸せ。
大将にはご挨拶できなかったので、この胸の高鳴りをおばちゃんに伝えていると、帰り際に市場で使える割引き券を戴いてしまった。
「こんなに幸せな気持ちにしてもらったのに割引き券なんていいのかなぁ?」
「おまえがバナームに初めて来たって言ってたからな。記念に何か買ってほしいんだと。商店組合からの貰いものだってことだし、使ってやった方がおばちゃんも喜ぶって。」
「そっか。 じゃあ…有り難く使わせてもらおう!!! 何がいいかなぁ~。」
てっきり食事だけしたら帰ると思っていたし、今日のお代はレグルス持ちだから余計な物は欲しがらないようにしようとあんまりテントを見ていなかった。どんな物が置いてあるんだろう。
何軒かパッと見た感じでも、あまり食品系はないようだ。食材の都というからには飲食関係が盛んなのかと思ったけれど、市場で扱うのは缶詰めや調味料、干し肉など、保存が効くもの以外は衛生上取り扱わないらしい。
織物や小物、絵画、楽譜、古書や勉強道具なんかを売っているテントがよく見える。
その中で、一際目を惹く物があった。
「 これーーー 」
そっと触れてみる。
ブランケットサイズの1枚の布。
丁寧に施された金色の刺繍の入った大柄の布の上に紫色のレース布が縫い付けられ、さらにその上から黒のベロア生地の布が縫い付けられた、3層の一枚布。
「 これは……!!!まさか…こんなにそっくりなデザインのものがあるなんて…。」
占いマニアの役づくりの際にイメージしていた占い道具の1つ、タロットクロス。まだ手に入れてはいなかったけれど、カード、ヴェールを入手したところなのでせっかくだから近いうちには用意しようと考えていたのだ。
占い道具は手作りだと尚良しと言われていたが、わたしはお裁縫が苦手なので共演者の女の子に縫ってもらおうとデザイン画を描いているところだった。
どうしよう…欲しい…っ!!
まるでわたしに買ってくれと言わんばかりに手から布が離れない…!!
「それが気に入ったのか?」
布が離れないと言いつつ、ただ名残惜しくて離せないでいるわたしの顔をレグルスが隣から覗き込んだ。
「服だの髪飾りだの色々売ってるのに、そんな布が欲しいのか?変わってるな、やっぱり。」
「うぅ…そうだよね。でも、わたしウィンドウショッピングしてても、可愛いお洋服より新しい稽古着欲しいなとか思っちゃうタイプだからどうせ…」
言っていて悲しくなるけど、本当に舞台稽古期間中は常に稽古着が欲しくて仕方ないのだ。可愛くてお洒落で動きやすい稽古着を日々求めてしまうのだ。まぁ、たぶん一日の中で私服を着ているより稽古着でいる時間が長くなるからなんだろうけど。お洒落で可愛い世の女子が運動する時はテキトーな格好をする心理と同じだと思うんだ。
あれ?お洒落女子は運動着もお洒落なのか?あれ?
「まぁ、いいか。それが一番欲しいっていうならそれにしろよ。他の品との食い付きが全然違ったしな。」
そうなのだ。まるで吸い寄せられるかのように、わたしはこの店のこの布しか目に入らなかった。デザインもさることながら、きっと運命に違いない。
レグルスはわたしの手からスルリとベロア布を取り上げると、割引き券と一緒に店主に渡していた。
思ったより高かったけど、割引き券が半額割りだったので痛手ではなかったらしい。
『ほらよ』とお兄ちゃんのような笑みで差し出してきた。
これでまた一歩占いマニア役に近づいた。顔のにやけが止まらない。
お礼を言って、バッグの中に買った布をしまっていると
ポロポポポロン ポロポポポロン
レグルスの腕のベルが鳴った。
「 師匠からだ。 カズハ、ちょっと待ってろ。」
レグルスはテント脇の、比較的人が少ない場所まで進むとわたしから背を向けたままベルに向かって応答した。
わたしも人波を避けつつ、レグルスとお師匠様の会話が聞こえないベストポジションに身を置こうと動いた瞬間、
首に強烈な痛みを感じ、そのまま意識をなくしたのだったーー。
今日明日はわたしもレグルスもお休みなので、この世界の紹介がてら散策に連れて行ってもらえることになった。
都市メイリーズと白山はわかるから今日は別の街に行くようだ。
少し遠出をするらしく、まだ空が明るくなり始めたくらいのとっても早い時間。
因みに、レグルス達が住んでいるところは白山の麓に広がる『ミンティア』という町で、都市までトロッコ4つ。土地が広い。持ち家の主がみんな出稼ぎに出ていて空き家(貸家)が多い。一人暮らし用のマンションを多く建てた。等々の理由から近頃では注目のベッドタウンらしい。
ユミィやサルドナも、ミンティアに実家はあるけれどみんな出払っているので家族世帯に貸し出して、本人達は個人でアパートに住んでいるようだ。
いくら昔から住んでいる持ち家とはいえ、1人で暮らすには持て余しちゃうよね。なら、家賃収入を得る方が賢いのかしら。でも仲良しが2人ともアパートに移ってるのに、何でレグルスは未だ実家に住んでいるんだろうーー。
「おい。 降りるぞ。」
どうにもならない思考を巡らせているとレグルスから声が掛かった。聞けば済むけどなんか聞きにくいんだもんなぁ。
今日はトロッコで一体どれだけ進んだのだろうか。相変わらず時間感覚を狂わされる夜空に、二度寝明けの如く欠伸が止まらない。
「どこに連れて来てくれたの?」
先に降りたレグルスの後を追いながら聞く。
「都市メイリーズから海方面に半日。メイリーズの次に大きな街『食材の都 バナーム』だ。」
さすがに半日も先にあるところまで来るのに、間にいくつ町があったかまでは覚えていないらしい。トロッコはシャイネス王国の民の移動手段として重宝されているだけあって、人口の少ないとても小さな町にも停まるそうだ。
「メイリーズにはあらゆる物流が集まる。山の幸は白山から、海の幸はバナームから。獲れたての生魚を食べるならここまで来ないとな。直営だから安いし。」
確かにシャイネス王国に来てから生魚とは無縁だった。商店にはもちろんあるけれど高いんだもの。久しぶりにお魚が食べられるなんてとっても嬉しい!!!
トロッコの停留所を抜けると一面にバナームの市場の活気が広がった。
カラフルで小さなテントが所狭しとたくさん並んでいて、店主もお客さんも全開の笑顔で賑わっている。夏祭りの縁日のようだ。
すごい人混みで、進行方向を向いてきちんと進まないとあっという間に逆流に流されてしまいそう。
これは気合いが必要だぞ、と意識的にレグルスの服の背中をぎゅっと握った。
レグルスが連れて行ってくれたお店は個人経営の大衆食堂だった。
道側に面した壁は全面ガラス張りになっていて、自動ドア。外から中の様子がわかるようになっている。店内の照明は明るく、インテリアは白系の木彫でなんだかおしゃれ。列ごとに分けてひとつの広いテーブルとベンチ状の椅子なので必然的に知らない人との相席になる。
仲良く話しているから連れなのかと思ったら別々に帰る他人だったり、客同士の垣根を超えてみんなでワイワイ食事をするスタイルのようだ。とても雰囲気が良い。
「大将! オススメ2つね!」
奥のカウンターで大忙しに動いている白髪のおじさんに向かって注文をするとレグルスは席に着いた。すかさずビニールエプロンをつけたおばちゃんがお水を持ってきてくれる。
「いらっしゃい。久しぶりに顔見せたと思ったら可愛い女の子連れちゃってー!」
白髪交じりのグレーの髪をひとつに纏めたおばちゃんはレグルスと久しぶりの世間話をし始めた。お水と一緒に番号札を持ってきてくれていて、この番号が掲示板で光ったら自分で受け取りに行くらしい。周りを見渡すと食器を下げる棚もあった。わりとセルフ式ということで、ホールはそこまで忙しいわけでは無さそう。店内がピリピリしていないのもホールスタッフに余裕があるからだろう。サイドメニューの簡単な注文はホールスタッフがパパッと盛り付けている様子も見えたので、調理場が地獄ってわけでも無さそうだ。
レグルスとおばちゃんの会話に混ぜてもらい、世間話に相槌をうっていると掲示板が光るのが見えた。
「あら。 34番できたわね。いってらっしゃい。」
わたし達のオーダーが出来上がった。席を立つレグルスを制し、わたしが取りに行くことにする。せっかくだし近くで調理場が見たいな。
ところが受け取りに来てみるととても大きさな丼が2つあった。
これは1つずつ持って行ってまた戻ってくるのが賢明か?と考えていると、スッと横から手が伸びてきた。
「ここの飯は1人じゃ複数持てないんだって。」
ニヤリと笑って、レグルスが自分の分を運んでくれた。慌てて追いかける。
「すごいね! こんなに大きいなんてびっくりしちゃった。これ大盛り?」
「ああ。 大将が毎日決めて出してるオススメメニューは必然的に大盛りになるんだよ。」
「わたし食べ切れるかなぁ。」
「食えるところまで食えよ。残したら俺が食ってやる。」
まだ1週間足らずだけれど一緒に暮らしていて、レグルスは慣れさえすれば案外いい奴だってことがわかった。
勝手に大盛り注文しておいて完食しろなんて言われたらお腹の底から殺意が沸くけれど、そういうデリカシーはあるようだ。
目の前の丼いっぱいの海鮮を眺める。
名前はわからないけど、透き通るような白身魚の切り身。ほんとにもう艶々キラキラしていて美味しそう。他に何も要らないんだと言わんばかりにそれのみが盛り付けられていて、テーブルに備え付けの調味料をかけ過ぎないように慎重に一周させる。
この調味料も正体はわからないけど、お醤油だよね!たぶんきっとお醤油的なアレなんでしょ!
大将本日のオススメ丼は、美味しいって言葉じゃ足りないくらいに美味しかった。ほっぺたが落ちるとか舌がとろけるとかそんなの当たり前で、なんていうか、こう、心の小人さん方が踊り出しちゃうくらいにときめかされた。
ああ、幸せ。
大将にはご挨拶できなかったので、この胸の高鳴りをおばちゃんに伝えていると、帰り際に市場で使える割引き券を戴いてしまった。
「こんなに幸せな気持ちにしてもらったのに割引き券なんていいのかなぁ?」
「おまえがバナームに初めて来たって言ってたからな。記念に何か買ってほしいんだと。商店組合からの貰いものだってことだし、使ってやった方がおばちゃんも喜ぶって。」
「そっか。 じゃあ…有り難く使わせてもらおう!!! 何がいいかなぁ~。」
てっきり食事だけしたら帰ると思っていたし、今日のお代はレグルス持ちだから余計な物は欲しがらないようにしようとあんまりテントを見ていなかった。どんな物が置いてあるんだろう。
何軒かパッと見た感じでも、あまり食品系はないようだ。食材の都というからには飲食関係が盛んなのかと思ったけれど、市場で扱うのは缶詰めや調味料、干し肉など、保存が効くもの以外は衛生上取り扱わないらしい。
織物や小物、絵画、楽譜、古書や勉強道具なんかを売っているテントがよく見える。
その中で、一際目を惹く物があった。
「 これーーー 」
そっと触れてみる。
ブランケットサイズの1枚の布。
丁寧に施された金色の刺繍の入った大柄の布の上に紫色のレース布が縫い付けられ、さらにその上から黒のベロア生地の布が縫い付けられた、3層の一枚布。
「 これは……!!!まさか…こんなにそっくりなデザインのものがあるなんて…。」
占いマニアの役づくりの際にイメージしていた占い道具の1つ、タロットクロス。まだ手に入れてはいなかったけれど、カード、ヴェールを入手したところなのでせっかくだから近いうちには用意しようと考えていたのだ。
占い道具は手作りだと尚良しと言われていたが、わたしはお裁縫が苦手なので共演者の女の子に縫ってもらおうとデザイン画を描いているところだった。
どうしよう…欲しい…っ!!
まるでわたしに買ってくれと言わんばかりに手から布が離れない…!!
「それが気に入ったのか?」
布が離れないと言いつつ、ただ名残惜しくて離せないでいるわたしの顔をレグルスが隣から覗き込んだ。
「服だの髪飾りだの色々売ってるのに、そんな布が欲しいのか?変わってるな、やっぱり。」
「うぅ…そうだよね。でも、わたしウィンドウショッピングしてても、可愛いお洋服より新しい稽古着欲しいなとか思っちゃうタイプだからどうせ…」
言っていて悲しくなるけど、本当に舞台稽古期間中は常に稽古着が欲しくて仕方ないのだ。可愛くてお洒落で動きやすい稽古着を日々求めてしまうのだ。まぁ、たぶん一日の中で私服を着ているより稽古着でいる時間が長くなるからなんだろうけど。お洒落で可愛い世の女子が運動する時はテキトーな格好をする心理と同じだと思うんだ。
あれ?お洒落女子は運動着もお洒落なのか?あれ?
「まぁ、いいか。それが一番欲しいっていうならそれにしろよ。他の品との食い付きが全然違ったしな。」
そうなのだ。まるで吸い寄せられるかのように、わたしはこの店のこの布しか目に入らなかった。デザインもさることながら、きっと運命に違いない。
レグルスはわたしの手からスルリとベロア布を取り上げると、割引き券と一緒に店主に渡していた。
思ったより高かったけど、割引き券が半額割りだったので痛手ではなかったらしい。
『ほらよ』とお兄ちゃんのような笑みで差し出してきた。
これでまた一歩占いマニア役に近づいた。顔のにやけが止まらない。
お礼を言って、バッグの中に買った布をしまっていると
ポロポポポロン ポロポポポロン
レグルスの腕のベルが鳴った。
「 師匠からだ。 カズハ、ちょっと待ってろ。」
レグルスはテント脇の、比較的人が少ない場所まで進むとわたしから背を向けたままベルに向かって応答した。
わたしも人波を避けつつ、レグルスとお師匠様の会話が聞こえないベストポジションに身を置こうと動いた瞬間、
首に強烈な痛みを感じ、そのまま意識をなくしたのだったーー。
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