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神山 備

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一粒の麦、地に落ちて死なずば……

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  あれから10年あまり、明日美も縁付き女児を産んだ。今日はその娘たちの結婚記念日で夫婦を二人にするため、博美は孫の守を買って出たのだ。
 初夏の日差しの中、孫のベビーカーを押しながら公園を目指して歩く。かつては成人できないと言われた自分が50の齢を既に越していて、血を分けた孫までいる。何だか不思議な気がした。でもそれは、衛の人生を自分が吸い取ってしまったのではないのかと博美は思い、悲しくなった。

 その時……
「寺内さん、寺内さんじゃないですか!」
博美は慌てて走ってきた人物に呼び止められた。
「お久しぶりです。綿貫わたぬきです。えっと……テラさんと同じ会社で、お通夜でお目にかかって。ああ、……あの時には今より50kgぐらい多かったから、分からないですよね」
その人物は目を丸くしている博美に照れて頭を掻きながらそう言った。
「ああ、あの時の……」
博美は、通夜の席で衛の同僚に大層な巨漢の人がいたことを思い出した。
「テラさんには本当にお世話になりました。実は、テラさんが亡くなった事をきっかけにダイエットを始めて……香織、ちょっと来て。あ、妻の香織です。この方があのテラさんの奥さんだよ」
綿貫は後ろからゆっくりと近づいてきた身重の女性を紹介した。その手は幼稚園の年長位の女の子の手を握っている。
「初めまして、香織です。ご主人には綿貫が本当にお世話になりました」
香織が笑顔で頭を下げると子供もこくんと一緒に頭を下げる。
「テラさんがあんな形で亡くなられたのを見て、私は慌ててネットでダイエットを調べてダイエットブログを立ち上げたんです。妻とはそこで知り合い結婚しました。秋には三人目が生まれます。
だからテラさんは私たちにとって、結びの神でもあるんです」
綿貫がそう言って、香織を見ると彼女も笑顔で頷いた。
「そうでしたか……」
それを聞いた博美の目に涙があふれる。
「すいません、悲しませてしまいましたか?」
それを見て慌ててそう言う綿貫に、博美は頭を振った。
「いいえ……本当に嬉しいんです。寺内の死が私の知らないところでこんなにも祝されていたなんて思ってもいなかったものですから。お知らせくださってありがとうございます。
どうかこれからもお幸せに」
「いや、本当のことですから。そんなに感激してもらうと、逆に照れます」
博美の予想外の反応に、綿貫は頭を掻きながらそう答えた。

 【一粒の麦も地に落ちて死ななければ、それは一粒のまま。しかし、ひとたび地に蒔かれて大地に根付けば、それは30倍・60倍・100倍の実りとなる】
 すべては御心だった。そして、死してなお、この様な大きな実を結ばせた衛を心底誇らしいと思った。
 私もまた、その生すべてで主を立証したい。そして、胸を張って衛の待つ天に凱旋するのだ。と博美は気持ちを新たにした。



                  -The End-
 
            

 
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