バニシング・ポイント

神山 備

文字の大きさ
上 下
23 / 27

全てのことに感謝を

しおりを挟む
 その日、俊樹は一旦会社に向かい、同僚の亮平を乗せて衛の通夜の会場に向かった。
「テラさんって教会に通ってた?」
助手席でそう聞く亮平に、俊樹は頭を振った。
「そんな話は聞いてねぇよ」
とは言ったものの、ナビの示す方向で、そう言えば彼らの結婚式もまたここだったことを思い出す。
「確か奥さんがそうだったと思うけど」
「は? テラさんって独身じゃなかったのか!?」
「あ、元だよ、元」
しかし、『奥さん』という言葉に亮平が素っ頓狂な声を上げたので、あわてて『元』という言葉を付け加える。
「もう15年以上も前の話だ」
「へぇ、じゃぁ元の鞘にでも納まったんじゃないのか?」
「は? お前何か聞いてるのか?」
亮平の返事に、今度は俊樹が驚く。
「いや、何も。だけど最近いやに付き合いが悪くなってさ、聞いたら『最近何かとうるさい』とかにやけた顔で言ってたもんで、あれは絶対に女だと思ってたからさ」
そうか、テラさんは不器用だからな。大体、当時も離婚の理由が彼の浮気であったというのが自分には信じられなかったほどだ。
 やがて、教会に足を踏み入れると、俊樹は早速礼拝堂の隅の長椅子に座っている博美を見つけた。
「……寺内さん、この度は真に……」
俊樹は奥さんと声をかけようかどうかと逡巡して、博美の名字を呼ぶ。
「堀木さん、わざわざありがとうございます」
「もうすぐ始まるのに、前に行かなくて良いんですか?」
「え、ええ 私は寺内の人間じゃないから」
やっぱりまだそうではなかったか。迂闊に奥さんと呼ばないで良かったと俊樹は内心胸をなで下ろした。すると、博美は何ともいえない表情で亮平を見ているのに気がついた。俊樹はしばらく考えてその理由に思い当たった。体型だ。亮平は上背のあるのもあって、衛よりさらに重量級に見えたからだ。俊樹は博美に亮平を紹介した。
「あ、こいつは会社の同僚で綿貫亮平」
「綿貫です、はじめまして」
「そうですか、寺内がお世話になりました」
「いいえ、こちらこそテラさんには公私ともにお世話になりっぱなしでした。お察しします」
その悔やみの言葉に博美が言葉を返そうとしたとき、
「定刻になりました。ただ今から故寺内衛さんの前夜式を執り行いたいと存じます。皆様、前より順にご着席くださいますようお願いいたします」
と、葬儀屋からのアナウンスが流れた。博美は言おうとしていた言葉を呑み込んで、
「始まりますので、どうぞ席におつきください」
と言った。俊樹たちは博美に軽く一礼すると、手近な長椅子に座った。
 前夜式が始まった。とはいえ、故人の天上での幸福を祈るという、縮小版の葬送式という感は否めない。
 前夜式というのは、元々通夜という習慣がある日本でそれに合わせて作り出された日本固有のものらしい。それでも、忙しい現代人には曜日に関係なく日中に行われる葬送式よりも参加しやすいから、衛の職場の関係者は、代表者以外ほとんどが前夜式の方に参列するだろう。
 司会者が開式の挨拶をした後、賛美歌が歌われる。祈祷会の参加者ではなくても、年配の会員の中には衛を直接知っているものもいる。だが、未信者が多い中で声が小さくなってしまわないように、声を張って歌うその表情はどことなく複雑だ。博美と完全によりを戻さない内に命を取ってしまわれた神の真意を量りかねているとでもいうのだろか。
 曲が終わり、皆が着席した後、中野が突然の衛の死に思いを馳せ、このことの神様の深い計画とそのことに対しての家族の平安を祈り、メッセージを伝える。
 メッセージ後、一人が一輪ずつの花を故人に手向けて、もう一度賛美をした後、前夜式は閉会した。

「皆様長時間ありがとうございました、こちらに茶菓をご用意いたしましたので、お時間のご都合のよろしい方はお残りくだり、わずかな時間ですが、故人を偲んでいただければ幸いです」
終了のアナウンスが流れ、バラバラと散会し始める。
 そのとき一人の人影がつかつかと博美に近づいてきた。その人物は、
「人殺し、先輩はあんたに殺されたのよ!」
と叫ぶと、いきなり彼女の頬を打ったのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...