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全てのことに感謝を
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その日、俊樹は一旦会社に向かい、同僚の亮平を乗せて衛の通夜の会場に向かった。
「テラさんって教会に通ってた?」
助手席でそう聞く亮平に、俊樹は頭を振った。
「そんな話は聞いてねぇよ」
とは言ったものの、ナビの示す方向で、そう言えば彼らの結婚式もまたここだったことを思い出す。
「確か奥さんがそうだったと思うけど」
「は? テラさんって独身じゃなかったのか!?」
「あ、元だよ、元」
しかし、『奥さん』という言葉に亮平が素っ頓狂な声を上げたので、あわてて『元』という言葉を付け加える。
「もう15年以上も前の話だ」
「へぇ、じゃぁ元の鞘にでも納まったんじゃないのか?」
「は? お前何か聞いてるのか?」
亮平の返事に、今度は俊樹が驚く。
「いや、何も。だけど最近いやに付き合いが悪くなってさ、聞いたら『最近何かとうるさい』とかにやけた顔で言ってたもんで、あれは絶対に女だと思ってたからさ」
そうか、テラさんは不器用だからな。大体、当時も離婚の理由が彼の浮気であったというのが自分には信じられなかったほどだ。
やがて、教会に足を踏み入れると、俊樹は早速礼拝堂の隅の長椅子に座っている博美を見つけた。
「……寺内さん、この度は真に……」
俊樹は奥さんと声をかけようかどうかと逡巡して、博美の名字を呼ぶ。
「堀木さん、わざわざありがとうございます」
「もうすぐ始まるのに、前に行かなくて良いんですか?」
「え、ええ 私は寺内の人間じゃないから」
やっぱりまだそうではなかったか。迂闊に奥さんと呼ばないで良かったと俊樹は内心胸をなで下ろした。すると、博美は何ともいえない表情で亮平を見ているのに気がついた。俊樹はしばらく考えてその理由に思い当たった。体型だ。亮平は上背のあるのもあって、衛よりさらに重量級に見えたからだ。俊樹は博美に亮平を紹介した。
「あ、こいつは会社の同僚で綿貫亮平」
「綿貫です、はじめまして」
「そうですか、寺内がお世話になりました」
「いいえ、こちらこそテラさんには公私ともにお世話になりっぱなしでした。お察しします」
その悔やみの言葉に博美が言葉を返そうとしたとき、
「定刻になりました。ただ今から故寺内衛さんの前夜式を執り行いたいと存じます。皆様、前より順にご着席くださいますようお願いいたします」
と、葬儀屋からのアナウンスが流れた。博美は言おうとしていた言葉を呑み込んで、
「始まりますので、どうぞ席におつきください」
と言った。俊樹たちは博美に軽く一礼すると、手近な長椅子に座った。
前夜式が始まった。とはいえ、故人の天上での幸福を祈るという、縮小版の葬送式という感は否めない。
前夜式というのは、元々通夜という習慣がある日本でそれに合わせて作り出された日本固有のものらしい。それでも、忙しい現代人には曜日に関係なく日中に行われる葬送式よりも参加しやすいから、衛の職場の関係者は、代表者以外ほとんどが前夜式の方に参列するだろう。
司会者が開式の挨拶をした後、賛美歌が歌われる。祈祷会の参加者ではなくても、年配の会員の中には衛を直接知っているものもいる。だが、未信者が多い中で声が小さくなってしまわないように、声を張って歌うその表情はどことなく複雑だ。博美と完全によりを戻さない内に命を取ってしまわれた神の真意を量りかねているとでもいうのだろか。
曲が終わり、皆が着席した後、中野が突然の衛の死に思いを馳せ、このことの神様の深い計画とそのことに対しての家族の平安を祈り、メッセージを伝える。
メッセージ後、一人が一輪ずつの花を故人に手向けて、もう一度賛美をした後、前夜式は閉会した。
「皆様長時間ありがとうございました、こちらに茶菓をご用意いたしましたので、お時間のご都合のよろしい方はお残りくだり、わずかな時間ですが、故人を偲んでいただければ幸いです」
終了のアナウンスが流れ、バラバラと散会し始める。
そのとき一人の人影がつかつかと博美に近づいてきた。その人物は、
「人殺し、先輩はあんたに殺されたのよ!」
と叫ぶと、いきなり彼女の頬を打ったのだった。
「テラさんって教会に通ってた?」
助手席でそう聞く亮平に、俊樹は頭を振った。
「そんな話は聞いてねぇよ」
とは言ったものの、ナビの示す方向で、そう言えば彼らの結婚式もまたここだったことを思い出す。
「確か奥さんがそうだったと思うけど」
「は? テラさんって独身じゃなかったのか!?」
「あ、元だよ、元」
しかし、『奥さん』という言葉に亮平が素っ頓狂な声を上げたので、あわてて『元』という言葉を付け加える。
「もう15年以上も前の話だ」
「へぇ、じゃぁ元の鞘にでも納まったんじゃないのか?」
「は? お前何か聞いてるのか?」
亮平の返事に、今度は俊樹が驚く。
「いや、何も。だけど最近いやに付き合いが悪くなってさ、聞いたら『最近何かとうるさい』とかにやけた顔で言ってたもんで、あれは絶対に女だと思ってたからさ」
そうか、テラさんは不器用だからな。大体、当時も離婚の理由が彼の浮気であったというのが自分には信じられなかったほどだ。
やがて、教会に足を踏み入れると、俊樹は早速礼拝堂の隅の長椅子に座っている博美を見つけた。
「……寺内さん、この度は真に……」
俊樹は奥さんと声をかけようかどうかと逡巡して、博美の名字を呼ぶ。
「堀木さん、わざわざありがとうございます」
「もうすぐ始まるのに、前に行かなくて良いんですか?」
「え、ええ 私は寺内の人間じゃないから」
やっぱりまだそうではなかったか。迂闊に奥さんと呼ばないで良かったと俊樹は内心胸をなで下ろした。すると、博美は何ともいえない表情で亮平を見ているのに気がついた。俊樹はしばらく考えてその理由に思い当たった。体型だ。亮平は上背のあるのもあって、衛よりさらに重量級に見えたからだ。俊樹は博美に亮平を紹介した。
「あ、こいつは会社の同僚で綿貫亮平」
「綿貫です、はじめまして」
「そうですか、寺内がお世話になりました」
「いいえ、こちらこそテラさんには公私ともにお世話になりっぱなしでした。お察しします」
その悔やみの言葉に博美が言葉を返そうとしたとき、
「定刻になりました。ただ今から故寺内衛さんの前夜式を執り行いたいと存じます。皆様、前より順にご着席くださいますようお願いいたします」
と、葬儀屋からのアナウンスが流れた。博美は言おうとしていた言葉を呑み込んで、
「始まりますので、どうぞ席におつきください」
と言った。俊樹たちは博美に軽く一礼すると、手近な長椅子に座った。
前夜式が始まった。とはいえ、故人の天上での幸福を祈るという、縮小版の葬送式という感は否めない。
前夜式というのは、元々通夜という習慣がある日本でそれに合わせて作り出された日本固有のものらしい。それでも、忙しい現代人には曜日に関係なく日中に行われる葬送式よりも参加しやすいから、衛の職場の関係者は、代表者以外ほとんどが前夜式の方に参列するだろう。
司会者が開式の挨拶をした後、賛美歌が歌われる。祈祷会の参加者ではなくても、年配の会員の中には衛を直接知っているものもいる。だが、未信者が多い中で声が小さくなってしまわないように、声を張って歌うその表情はどことなく複雑だ。博美と完全によりを戻さない内に命を取ってしまわれた神の真意を量りかねているとでもいうのだろか。
曲が終わり、皆が着席した後、中野が突然の衛の死に思いを馳せ、このことの神様の深い計画とそのことに対しての家族の平安を祈り、メッセージを伝える。
メッセージ後、一人が一輪ずつの花を故人に手向けて、もう一度賛美をした後、前夜式は閉会した。
「皆様長時間ありがとうございました、こちらに茶菓をご用意いたしましたので、お時間のご都合のよろしい方はお残りくだり、わずかな時間ですが、故人を偲んでいただければ幸いです」
終了のアナウンスが流れ、バラバラと散会し始める。
そのとき一人の人影がつかつかと博美に近づいてきた。その人物は、
「人殺し、先輩はあんたに殺されたのよ!」
と叫ぶと、いきなり彼女の頬を打ったのだった。
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