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衛の家へ
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「ま、ここからなら俺のアパートの方が近いけどさ。そんなに辛いのなら、日を改めても良かったんだぞ。明日美も母さんの調子が悪いことくらい気付けよ」
衛には病気だった頃の博美の記憶が鮮明にあるので、今回も体調不良だと信じて疑わない。それならば博美はそういうことにして、冴子のところに乗り込み、衛がここまで太ってしまった事の責任を問い質さないことにはいられなくなっていた。
それを知ってか知らずか、明日美は父親の今の住居には行かないといい、一人で自宅に帰って行った。なので、博美は衛と一緒に彼の住まいに足を向けた。
衛は途中のコンビニでペットボトルのお茶を買い込んだ。冴子はお茶さえ沸かそうとはしないのか、彼らの生活にますます不信感が募っていく。
「ここだよ。あんまりきれいじゃないけど。とりあえず俺のベッドで横になれ」
ついた先は、衛の会社からはほど近いが、小さな安アパートといった風情のところだった。二人で暮らせないことはないだろうが、どう考えても女性が好みそうな外観ではない。そして、衛に導かれて中に入った博美は言葉を失った。そこには、スーツや普段着のスウェットを除けば、デスクトップのパソコンが一台とベッドしかなかったのだ。元から散らかす方ではなかったが、これはそれどころではなく、もの自体が存在していないといった方が正しい。
「ねぇ、ホントに彼女はどうしたの?」
「さっきから彼女彼女って言ってるけど、誰のことだ? さっぱりわからない」
思わず衛の服の裾を引っ張って尋ねた博美に、衛は首をひねりながらそう返す。
「彼女は、彼女。北村さんよ」
「冴子? 冴子がどうした」
「一緒に暮らしてるんじゃないの?」
博美がそう言うと、衛は吹き出した。
「あいつとは酒の上での出来心だ。最初から一緒になる気はないよ」
「ウソ!!」
「ウソじゃないよ。まぁ、そんな出来心の浮気だって、おまえには許せる話じゃなかっただろうから。それが分かっていたから、離婚に応じたんだ。だけど今更冴子の名前を聞くとは思わなかったよ」
「冴子さんは本気だったわ」
そう、あんな電話をかけてくるほどに。
「そうかもな。けど、俺にはその気はなかったよ」
そう言った衛は無表情だった。くしゃっと顔を歪めた博美の頭を衛は優しくたたくように撫でて、
「そんな顔するな。冴子も今じゃ、別の男の嫁だ。俺が責任取るより何倍も幸せになってるよ。それより、ホントに横になれ。落ち着いたら車で家まで送ってやるから。ほら」
と言いながら、ベッドに博美を押し倒す。博美の体が強ばった。
「警戒すんな、何にもしねぇよ。第一、今の俺は絶世の美女だって勃たない」
「ウソ!!」
「今日はお前、そればっかだな。ホントだって。ほらこれ」
衛はそう言いながら部屋の隅にある小さなプラスチックの抽斗から紙を取り出して博美に渡した。それは血液検査の用紙だった。そして、その用紙のアスタリスクがついている項目を見て博美は思わず息をのんだ。
通常110までが正常範囲の血糖値が257。5.8%までが正常範囲のヘモグロビンA-1Cが倍の10.3%。具体的にどうおかしいのかは解らないが、放っておいて良い数値でないことだけはなんとなく解る。
「おい、何で泣いてんだ? ま、確かに誉められた数字じゃないけど、泣くことでもないだろ」
離れて暮らしたこの15年は全くの無駄だったのだろうか。私はただ、衛が幸せになってほしい、それだけだったのに……
衛が当惑する中、博美は血液検査の結果を握りしめて、ぼろぼろと涙を流し続けた。
注:ヘモグロビンA-1Cとは、長期スパンで見る血糖値のことです。空腹時血糖は検査日前の状態でかなり違ってくるので、こちらを重要視するお医者様が多いようです。
衛には病気だった頃の博美の記憶が鮮明にあるので、今回も体調不良だと信じて疑わない。それならば博美はそういうことにして、冴子のところに乗り込み、衛がここまで太ってしまった事の責任を問い質さないことにはいられなくなっていた。
それを知ってか知らずか、明日美は父親の今の住居には行かないといい、一人で自宅に帰って行った。なので、博美は衛と一緒に彼の住まいに足を向けた。
衛は途中のコンビニでペットボトルのお茶を買い込んだ。冴子はお茶さえ沸かそうとはしないのか、彼らの生活にますます不信感が募っていく。
「ここだよ。あんまりきれいじゃないけど。とりあえず俺のベッドで横になれ」
ついた先は、衛の会社からはほど近いが、小さな安アパートといった風情のところだった。二人で暮らせないことはないだろうが、どう考えても女性が好みそうな外観ではない。そして、衛に導かれて中に入った博美は言葉を失った。そこには、スーツや普段着のスウェットを除けば、デスクトップのパソコンが一台とベッドしかなかったのだ。元から散らかす方ではなかったが、これはそれどころではなく、もの自体が存在していないといった方が正しい。
「ねぇ、ホントに彼女はどうしたの?」
「さっきから彼女彼女って言ってるけど、誰のことだ? さっぱりわからない」
思わず衛の服の裾を引っ張って尋ねた博美に、衛は首をひねりながらそう返す。
「彼女は、彼女。北村さんよ」
「冴子? 冴子がどうした」
「一緒に暮らしてるんじゃないの?」
博美がそう言うと、衛は吹き出した。
「あいつとは酒の上での出来心だ。最初から一緒になる気はないよ」
「ウソ!!」
「ウソじゃないよ。まぁ、そんな出来心の浮気だって、おまえには許せる話じゃなかっただろうから。それが分かっていたから、離婚に応じたんだ。だけど今更冴子の名前を聞くとは思わなかったよ」
「冴子さんは本気だったわ」
そう、あんな電話をかけてくるほどに。
「そうかもな。けど、俺にはその気はなかったよ」
そう言った衛は無表情だった。くしゃっと顔を歪めた博美の頭を衛は優しくたたくように撫でて、
「そんな顔するな。冴子も今じゃ、別の男の嫁だ。俺が責任取るより何倍も幸せになってるよ。それより、ホントに横になれ。落ち着いたら車で家まで送ってやるから。ほら」
と言いながら、ベッドに博美を押し倒す。博美の体が強ばった。
「警戒すんな、何にもしねぇよ。第一、今の俺は絶世の美女だって勃たない」
「ウソ!!」
「今日はお前、そればっかだな。ホントだって。ほらこれ」
衛はそう言いながら部屋の隅にある小さなプラスチックの抽斗から紙を取り出して博美に渡した。それは血液検査の用紙だった。そして、その用紙のアスタリスクがついている項目を見て博美は思わず息をのんだ。
通常110までが正常範囲の血糖値が257。5.8%までが正常範囲のヘモグロビンA-1Cが倍の10.3%。具体的にどうおかしいのかは解らないが、放っておいて良い数値でないことだけはなんとなく解る。
「おい、何で泣いてんだ? ま、確かに誉められた数字じゃないけど、泣くことでもないだろ」
離れて暮らしたこの15年は全くの無駄だったのだろうか。私はただ、衛が幸せになってほしい、それだけだったのに……
衛が当惑する中、博美は血液検査の結果を握りしめて、ぼろぼろと涙を流し続けた。
注:ヘモグロビンA-1Cとは、長期スパンで見る血糖値のことです。空腹時血糖は検査日前の状態でかなり違ってくるので、こちらを重要視するお医者様が多いようです。
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