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作戦決行(ウラシマくん)
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パチンと、小気味の良い音とともに中司彰教は目覚めた。ずいぶんと長い時間眠っていたような気がする。
だが、ここはどこなのだろう。ランプをかたどった照明に照らされて、等間隔に並べられた木製のテーブルにビニル貼りのソファー。何かの店にいるのだろうか。
第一、ここに来た記憶がない。いや、正確に言えばないこともないのだが……
櫟原に新製品のライセンス契約締結に向かって、そこで女みたいな男性社員に食ってかかられたことまでははっきり覚えているのだが、そのあとの記憶が曖昧だ。
曖昧というのは正しくない、認めたくない正解だろう。なぜなら、その女顔の男性社員に食ってかかられたとたん視界が反転して、次に気がついたときには赤ん坊になっていたというバカバカしいものだったからだ。赤ん坊になった自分には本来(29年間)の記憶がなく、母親と思しき若い女性に世話をされていた。自分はその女性をひたすら目で追って泣いてばかりいたという、しっかり思い出せば恥ずかしさで死んでしまえるような内容で、その女性に抱かれてこの店に来たという記憶がおぼろげながらあった。
いや、そんなのは夢だ、夢に違いない。第一、赤ん坊に戻るなんてあり得ない。首尾良く契約が締結されて、ほっとして眠ってしまっただけだ。
だが、契約を締結どころか交渉したことすら記憶にない……そしてまた、あの恥ずかしい夢? が頭を掠めるのだ。彰教が頭を抱えてテーブルに突っ伏そうとしたとき……
彰教は、自分の席に珈琲らしきものが置かれているのに気づいた。しかし、何故それが珈琲だと断定できないかというと、香りはまさしく珈琲なのだが、いかんせん色が醤油なのだ。彰教はとりあえずそれを口に運んだ。こんな妙な飲み物でも、飲めば頭がすっきりするかもしれない、そう思ったからだ。
「う、うまい……」
その飲み物は予想に反して美味かった。間違いなくそれは珈琲で、確かに濃かったのではあるが、濃いからと言って大味になることなく、どちらかと言えば繊細な味だったのだ。少し冷めてしまっていてもこれだけ美味いのだから、ちゃんとした温度ならもっと美味いに違いない。
そのとき、斜め向かいの席から、
「先輩、ここです、ここ」
と言う聞き覚えのある声が聞こえてきた。そして、通路を歩いてきた人物に彰教は声を掛けられた。
「あれ、中司さんじゃないですか」
その人物を彰教は何となく覚えているのだが、どうしても名前が思い出せない。一度でも会った人物の名前は忘れない方なんだがと思っていると向こうから、
「昨日はどうも。いろんなお話が聞けて楽しかったです」
と言ってきた。昨日? 昨日はどこにも行かずに今日の契約の資料づくりをしていたはずだ。彰教が首を傾げていると、斜め向かいの座席から、
「えっ中司さんがここにおられるんですか?」
という声が聞こえ、だだだっと、こちらの席まで小走りでやってきた人物に彰教は、
「あっ」
と声を上げるほど驚いた。声に聞き覚えがあったはずだ、
「中司さん、昨日は失礼な発言をして、まことに申し訳ありませんでした」
と深々と頭を下げたのは、件の女と間違えたら食ってかかってきた男性社員だったからだ。しかし、それが昨日? 彰教は思わずスーツのポケットからスマホを取り出してみた。するとスマホの時計表示は土曜日の午前10時24分を示している。バカな、あれから一日たっているというのか。自分はその間いったいどこで何をしていたと言うのだろう。まさか……認めたくない映像が脳裏でどんどんと繰り広げられ、冷や汗が背中をつたう。彰教は、
「いや、こちらこそ大人げなかった」
と無難に言うのがやっとだった。
だが、ここはどこなのだろう。ランプをかたどった照明に照らされて、等間隔に並べられた木製のテーブルにビニル貼りのソファー。何かの店にいるのだろうか。
第一、ここに来た記憶がない。いや、正確に言えばないこともないのだが……
櫟原に新製品のライセンス契約締結に向かって、そこで女みたいな男性社員に食ってかかられたことまでははっきり覚えているのだが、そのあとの記憶が曖昧だ。
曖昧というのは正しくない、認めたくない正解だろう。なぜなら、その女顔の男性社員に食ってかかられたとたん視界が反転して、次に気がついたときには赤ん坊になっていたというバカバカしいものだったからだ。赤ん坊になった自分には本来(29年間)の記憶がなく、母親と思しき若い女性に世話をされていた。自分はその女性をひたすら目で追って泣いてばかりいたという、しっかり思い出せば恥ずかしさで死んでしまえるような内容で、その女性に抱かれてこの店に来たという記憶がおぼろげながらあった。
いや、そんなのは夢だ、夢に違いない。第一、赤ん坊に戻るなんてあり得ない。首尾良く契約が締結されて、ほっとして眠ってしまっただけだ。
だが、契約を締結どころか交渉したことすら記憶にない……そしてまた、あの恥ずかしい夢? が頭を掠めるのだ。彰教が頭を抱えてテーブルに突っ伏そうとしたとき……
彰教は、自分の席に珈琲らしきものが置かれているのに気づいた。しかし、何故それが珈琲だと断定できないかというと、香りはまさしく珈琲なのだが、いかんせん色が醤油なのだ。彰教はとりあえずそれを口に運んだ。こんな妙な飲み物でも、飲めば頭がすっきりするかもしれない、そう思ったからだ。
「う、うまい……」
その飲み物は予想に反して美味かった。間違いなくそれは珈琲で、確かに濃かったのではあるが、濃いからと言って大味になることなく、どちらかと言えば繊細な味だったのだ。少し冷めてしまっていてもこれだけ美味いのだから、ちゃんとした温度ならもっと美味いに違いない。
そのとき、斜め向かいの席から、
「先輩、ここです、ここ」
と言う聞き覚えのある声が聞こえてきた。そして、通路を歩いてきた人物に彰教は声を掛けられた。
「あれ、中司さんじゃないですか」
その人物を彰教は何となく覚えているのだが、どうしても名前が思い出せない。一度でも会った人物の名前は忘れない方なんだがと思っていると向こうから、
「昨日はどうも。いろんなお話が聞けて楽しかったです」
と言ってきた。昨日? 昨日はどこにも行かずに今日の契約の資料づくりをしていたはずだ。彰教が首を傾げていると、斜め向かいの座席から、
「えっ中司さんがここにおられるんですか?」
という声が聞こえ、だだだっと、こちらの席まで小走りでやってきた人物に彰教は、
「あっ」
と声を上げるほど驚いた。声に聞き覚えがあったはずだ、
「中司さん、昨日は失礼な発言をして、まことに申し訳ありませんでした」
と深々と頭を下げたのは、件の女と間違えたら食ってかかってきた男性社員だったからだ。しかし、それが昨日? 彰教は思わずスーツのポケットからスマホを取り出してみた。するとスマホの時計表示は土曜日の午前10時24分を示している。バカな、あれから一日たっているというのか。自分はその間いったいどこで何をしていたと言うのだろう。まさか……認めたくない映像が脳裏でどんどんと繰り広げられ、冷や汗が背中をつたう。彰教は、
「いや、こちらこそ大人げなかった」
と無難に言うのがやっとだった。
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