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恋のカウントダウンが始まる

後の祭り

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 至福の時を過ごした夏祭りが終わって一週間、ダイサクは同じく商店街にある「JazzBar黒猫」でバイトしているサークル同期、小野大輔から下宿に飲みに来いと誘われた。ダイサクは天衣ティエンフェイとデートしていたのがバレたかと一瞬ドキリとしたが、
「杜さんに臨時ボーナスで良い酒をもらったんだ。飲みに来ないか」
と続く大輔の言葉で胸をなで下ろす。あれから一週間だ。見つかっていたのならもうとうに文句の一つも言われているだろう。大体、あの法学がだまっていないだろうし。そう思ったダイサクは喜んで行くと伝えた。あの黒猫のマスターがくれた酒なら間違いなく高級品で、今ここでビビって後で銘柄を聞いたら、地団駄を踏んで悔しがることになるのは間違いない。

 しかし、喜び勇んで大輔の部屋に出かけたダイサクを待っていたのは、非常に不機嫌な顔で座っている法学こと御法山 学みのりやま まなぶだった。
「ひどいぜ、一人だけ抜け駆けしやがって」
という法学に、ダイサクは、
「な、何のこと?」
としらばっくれる。
「祭りの時、女と歩いてたじゃんかよ」
やっぱり見られていたと思う。いや、直接見られていなくても地元の祭りなのだ、見たのは彼らでなくても噂を聞くということもある。天衣とデートできることに舞い上がっていて、すっかりそこのことを失念していたなとダイサクは心の中で舌打ちをする。しかし、この一週間そのことに関して誰も指摘してくるものはいなかったから、たくさんの人手に紛れられたと思っていたのに。
「あれは、お世話になってる神神飯店シェンシェンはんてんの娘さんだから」
というダイサクに、
「にしたって、家族じゃねぇじゃん」
家族といると言ったぞとにらむ法学。
「それはそうだけど……ごめん」
家族同然だということで……と返すダイサクの声はどんどんと小さくなっていく。
「法学、それくらいにしておいてやれよ」
そこに、この部屋の主、大輔がそう言いながら氷の入ったグラスとバーボンのボトルを二人の前のテーブルに置く。それを見もせずに法学は、
「こいつがウソつくからじゃんよ。
最初からカノジョと行くって言えば良いじゃん」
と口をゆがめる。
「まだ、カノジョとかじゃないし!」
と反論するダイサクだが、
「いずれはそうなるつもりなんだろ? じゃぁ、一緒じゃん」
と法学はその攻撃の手を休めない。
(そりゃ、いずれはそうなりたいとは思っているけど……)今は人混みに紛れてやっと手をつないだ程度だ。下手に騒がれると、退かれてしまうじゃないか。特に、こんな五月蠅い奴にかかったら、まとまるものもまとまらない。
 睨み合う二人に大輔は、
「はいはい、もうおしまい。文句言いながら飲んだらせっかくの酒が不味くなる」
と言いながら水割りを作って二人に差し出す。
「別に俺達はお前が好きな子と歩いていた事を怒っているわけじゃないよ。コソコソしたからだ。本気で好きなんだろ? だったら応援するから」
「んまぁ……お前にもようやく春が来たということだし、これくらいでカンベンしてやっか。で? これが言ってた貰い物?」
改めて、本日の謳い文句であるバーボンのボトルを指さした法学に、
「ああ、飲めよ」
と大輔は頷く。そして、軽く乾杯のポーズをして酒を口に含んだ二人の目がみるみる瞠かれる。
「ヤバっ、コレ旨すぎだろ」
「一本〇万円とかすんじゃねぇのか」
と色めく二人に、
「店でボトルキープしたらそれぐらいは確実だな」
と大輔はさらっと言ってのける。
「貧乏学生が飲むもんじゃねぇだろ。こんなのに囲まれてるのか? うらやましい奴」
どいつもこいつも……と早くもくだを巻き始めた法学に、
「じゃぁ止めとくか?」
と大輔は残りの酒を引っ込めようとした。そこで、
「ダメダメ」
「頂きますよ、頂きます。貧乏学生にだって味は判るんだから」
と、慌てて後の二人がその手を止めて、男ばかりの酒盛りが始まった。

 しかし、宴もたけなわになって出てくるのはやはり女性の話題で……
「やっぱ、ダイサクだけがカノジョ持ちなんて癪に障るよな、
そーだ! お前のカノジョのツレ紹介してくれよ。
それで、この件は不問に伏す」
と法学が言い出したものだから、ダイサクは渋々天衣に頼んで、彼女の専門学校の友人、中原シナ子とセッティングするが、
「ホーガクくんって、弁護士の卵だって言うから会ったけど、なんかギラギラしててヤダ」
と、あっさり振られてしまう。
 そしてまたこれが、法学の怒濤の恋愛連敗記録の始まりであることを、まだ彼らは知らない。
 
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