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【閑話】紅蓮の月

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「儂は認めない!」
 グランディール城内、東の塔に幽閉されているその男は都合何回目だろうか判らないほど吐いた台詞を吐きながら拳を握りしめる。
 そこに、日に二度運ばれる粗末な食事を持って、小柄な男が現れた。
「セルディオ、ようやく儂を殺しに参ったか。ずいぶんと遅かったの」
それを見ると、幽閉されている男はそう言って現れた相手をぎろりと睨み顔を逸らす。
「殺すだなんて、物騒な。私は昨日本物の殿下がグランディールに戻ったことをご報告にあがったまでですよ」
それに対して、睨まれた相手の男はそれを物ともせず、満面の笑みをたたえてそう返しながら持っている食事を部屋の主へと差し出した。
「なので、毒は入っておりません。安心してお召し上がりください」
「別に、入っておっても構わん。このようなところで残りの日々を終えるのなら、今死ぬのも大して変わりはないわ」
男は、セルディオの言葉に吐き捨てるようにそう言う。しかし、当のセルディオから帰ってきた言葉は意外だった。
「テオブロ閣下、私はあなたに是非とも生き続けて頂きたいのです」
「恨んではおらんのか。仮にも儂はお前の映し身を殺そうとした男じゃぞ」
それを聞いたテオブロは、驚いて自分が殺そうとした男の顔をのぞき込む。
「私は美久ではありませんから」
セルディオは笑顔を崩さぬままそう答えた。
「奴の身に何かあればお主も無事ではおられんだろうが」
「そうなればもしかしたら私もあの異界の地で朽ち果てていたかもしれませんね。だからこそです」
「意味が解らぬ」
テオブロはその言葉に首を振りながらそう返した。たとえ未遂に終わったとしても、自分を殺そうとした男にどう考えれば生き続けろと言えるのか。

「あなたは今、原因が分からぬ重い病に罹って動くことすらできぬ状態ということになっています。原因さえも分からぬのですから、移るやも知れませんのであなたはどなたにもお会いできません、もちろんご家族にも」
 その後、セルディオは事務的にテオブロの今置かれている状況を話し始めた。
「そうか、そのまま誰にも知られぬままここで朽ち果てて行くのだな」
たった一人の王子を手に掛けようとした罪人として扱えば、テオブロ本人だけではなく、妻や子にまで罪過が及ぶ。それを考えての王の采配であろうことは容易に想像できた。だが、セルディオはそれには答えず、一旦部屋を出ると荷物を持って戻ってきた。
「これを」
「何の真似だ」
その荷物を見て、テオブロが首を傾げる。
「今晩、城の裏門に立たせてある兵士に私がSleepの呪文をかけておきます。これを持ってお逃げください」
「そうか、こんな端金で儂を追い出すか。幽閉するのも口惜しいのか、兄上は」
テオブロは、早速セルディオから渡された荷を解き、中に入っていた金入れの中身をジャラジャラさせながらそう言った。
「そうではありません。あまり高額な金を持っているのは、野盗に狙われる元ですので。あ、あなたのこれからの名はデニス・ガーランド、そう名乗ってください。落ち着き先が決まり次第、その名で私に文を下されば。これからの生活のサポートをさせて頂くことになっております」
「しかし、どこに行けと言うのだ」
生まれたときから王宮でしか生活したことのない儂には王都グランディーナでさえ、よく分からないというのにと、テオブロは呟く。
「どこにでもと言いたいところですが、そう言ってもなかなかお選びになれないでしょう。もし、よろしければ私のラボにおいで下さい。塔のこのお部屋にも及ばないみすぼらしい東屋ですが、雨露はしのげます」
すると、セルディオはそう答えた。テオブロはその答えにまた驚く。
「しかし、どうして。儂に肩入れしようとも、お前に損はあっても利は一つもないはずだが」
「私はあなたに申し上げたはずです。生き続けてほしいと。それは、このような場所で死んだも同然の生活をしてほしいということではありません。あなたに人として生きて頂きたいのです」

 人として生きるだと? テオブロはその一言を鼻で笑った。
「人として生きるなど、もう子供の頃に捨てたわ」
 テオブロは、セルディオにそう言い放った。
「正妃として嫁ぎながら長らく子に恵まれなかったために母上はずっと肩身の狭い思いをしてきた。『お子のできぬお飾りの国母はいらぬ。そのような者が国母を名乗るの片腹痛いわ』先代の皇太后に面と向かってそう言われても、何も言い返すことができなかった母上。
そして、先に子を成した側室に正妃の座を奪われた。その2年後生まれたのが儂だというのは、お前も知っておろう」
「はい、存じております」
「だが、儂が生まれても母上の地位は回復することはなかった。それどころか皇太后は『長らく生まれなかった子が突然生まれるなどとはおかしい。本当に陛下のお子か』と
母上に言ったのだ」
あやつは鬼なのだと、そして儂もその血を引いていると思うと身の毛がよだつわと、テオブロは吐き捨てるように言った。
 先々代の王妃は、他国の由緒ある家柄から嫁いできた高慢ちきなテオブロの母ミランダにあまりよい感情は抱いていなかった。そこで、彼女はミランダに子供ができないことを理由に、彼女に従順なバルドの母ソフィーをごり押しで側室につけさせたのだ。
 そしてソフィーはすぐに懐妊した。生まれてきたのが王子だったことで、皇太后は先王に『これで王に問題がないことが分かったのだから、石女などさっさと放り出しなさい』と言った。しかし、先王はミランダを心から愛していたし(それが余計皇太后の癇に触っていたことに先王は気づいてはいなかったが)、政治的にも子供ができないではおいそれと返してしまえる相手ではなかったのだ。
 母と妻との板挟み、それにほとほと疲れた先王は、母の持ち出した『正側の入れ替え』を受け入れてしまう。
 だが、正室時代に受けていたストレスから少しは解放された為なのか、側室になった途端、ミランダが懐妊したのだ。
 とは言え、いまさら再度の正側の入れ替えが行える訳もなく、生まれてきたのが王子だというのに、皇太后に逆らえぬ王や重臣たちはあからさまな戸惑いの表情を浮かべて母子みていることしかできなかった。
 城の片隅でひっそりとテオブロを育てた彼女は、息子に繰り返し、
「本来ならば王になるのはあなたなのですよ。だから、常に王としての自覚を持って生きるのです。大丈夫、母上がちゃんとあなたを王にしてあげますからね」
と言い続けた。


  そして、バルドが11歳の時、事件は起こった。彼が城を抜け出して森に出かけた際、魔物に襲われ瀕死の重傷を負ったのだ。
 やんちゃな盛りの王子は、それまでも度々城を抜け出して森で遊んでいたのだが、そのときはテオブロも一緒にいて、彼が助けを呼んでバルドは一命を取り留めることができた。
 しかし、皇太后は、テオブロが一緒にいたこと、彼が無傷だったことを上げ、これはミランダがテオブロを使ってバルドを森に誘い出して暗殺を謀ろうとしたのだ言い切り、王に彼女を断罪するように言った。もちろん、ミランダはそれを否定したが、状況や心情を鑑みても誰もが-王でさえ-それを笑い飛ばすことができなかった。
「本当にお前を信じてよいのだな」
そして、王が思わず聞いてしまったその言葉にミランダは絶望した。彼女は王にだけは何があっても信じていてほしかったのだ。
 ミランダは言葉を翻し自らバルドの暗殺を謀ったと供述し、離宮に立てこもるとそこに火を放って自害した。
 やがて、意識を回復させたバルドがそばに成獣がいるのに気づかず幼生を弄ってしまったのが原因だったことを告白するも、もう時既に遅く、王は何故自分だけは信じなかったかと、激しく胸を叩いて泣き崩れたという。
 そして、それから少しして皇太后が病に倒れ、手当の甲斐もなくこの世を去った。それまで非常に元気だった彼女がミランダの死後後を追うようにこの世を去ったことで、これはミランダの呪いだとの噂がまことしやかに流れた。

「だから……母上は、ただ儂を王位に就かせる夢だけを拠り所にして自分を律していただけだったとしても……それだからこそ、儂は母上が約束してくれたことを是が非でも実現させたかったのだ」
結果はお前に阻まれたがなと、テオブロは自嘲気味にわらった。

「儂が結果的にお前の母親を死なせてしまったことになってしまったこと、どんな言葉で詫びようとも足りないと、ずっと思っていた。そんな儂がお前を裁くことなどできるはずもない。しかし、ことを目撃してしまった者の手前、お前のことを不問に付すこともできない。
だから、お前の身柄を切りつけたセルディオに託した。
願わくば、お前が母親と同じ轍を踏むことなく、これからの人生を自由に生きてくれたら。その為の援助はさせてもらう……これが陛下からのお言葉です」
それでセルディオは国王からの伝言をテオブロに告げた。すると、
「は!? 兄上は相変わらず甘い。そんなことをして儂がこっそりと兵を集めて、グランディール城に攻め入るとか考えたりしないのだからな。大体、国を大きくする欲もない」
テオブロはそう言って嘲笑った。
「そうですね、陛下は確かに甘いのかも知れません。ですが、それだからこそこのグランディールは平和なのだと私は思います。
正直、私は閣下がこの国を執らなくて良かったと思っていますよ。確かに、閣下が治められれば国は富んだかも知れませんが、人々は戦に疲弊していくでしょう」
「言いおるな、セルディオ。物事には、様々な側面があるか。確かにそうかもしれんな」
 テオブロは王の提案を受け入れ、その夜こっそりと城を抜け出して、旅の人となった。

 数日後、テオブロが病に倒れ、公務の一切から退くとの報が城中を駆け巡った。それ以来誰も彼を見る者はなかったので、かの一件で自害したのだという噂が流れたが、王とセルディオ以外は誰もその真相を知る者はなかった。


  





















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