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異変

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 のろのろと駅に戻った私は、家に帰るために切符を買った。デビッドの分も買おうとすると、
「わたくしは必要ありません。そのまますり抜けます」
と言った。
 でも、念のために先に行かせたら、案の定挟まって警告音。
「やっぱりダメじゃん」
私は、笑いながら手を伸ばしてデビッドに私の切符を渡した。どうせ、他の人と一緒にうまくすり抜けたんだよ。けど、天使のくせに無賃乗車って、どうよ。でも、私はもう一度切符を買うために、鞄を探したとき……
「えっ、何で定期が入ってんの!」
そこには朝どれだけ探しても入っていなかった私の通学定期が入っていた。
「わたくしが捜し当てたことで、一応田中様の存在が証明されたからでしょうか」
デビッドも首を傾げながらそう言うけど、私の存在が消えてしまったのも分からなかった彼に、その理由が分かるはずがなかった。 
 何かがおかしい、それが何かはわからないけど。私は、今すぐ学校の方に走って行って、ヨッコが私のことを思い出してくれたかどうかを確かめたかったのをぐっと堪えた。今は短縮授業だけど、運動部のヨッコはまだクラブで残っている。だだ、ヨッコが私を思い出したとしても、もし私がもう死んでいるなら、きっとそれもヨッコに伝わっているはずだ。今度は幽霊だと騒がれるに違いない。ヨッコに怯えながら指でも指されたら、それこそ知らないと言われるより凹みそう。
 私はそこそこ混んでいる電車で、乗降口の前で外を眺めるように立っていた。イスはいくつか空いていたけど、私はイスには座れなかった。イスに座れば、鞄を抱えて面倒臭そうに、次の目的地に向かうサラリーマンのおじさんや、きらっきらの笑顔でお母さんと話す幼稚園児の姿がイヤでも目に入ってしまうから。そしたら、デビッドがその私の肩を優しく抱くと、
「心配しないでください。今から向かう所は、とても良いところですから」
と言った。
「でも、デビッドはいないんでしょう?」
「ええ、わたくしにはこうして『お迎え』の仕事がありますから」
「今日はゴメンね。仕事かなり邪魔しちゃったね」
毎日たくさんの人が死ぬんだから、私一人に時間かけてなんかいられなかっただろうに。
「いいえ、わたくしもとても楽しかったです。今まで人間に関わっていたのに、わたくしは何も知らなかったのだと思いましたから」
すると、デビッドはそう言って、首を横に振った。

 やがて、電車は私の家のある駅に着いた。
「そうよね、今までこんな風に天使を振り回した人っていなかったんでしょ? なら、あっちでそれ、さんざん自慢しよーっと」
そう言いながら、デビッドの腕をすり抜けて先を歩いた私の耳には、デビッドの呟くような小声の、
「あちらに入ればあなたの今までの記憶はすべてなくなってしまうんですけれどね」
という声は届かなかった。

 覚悟を決めて家に帰ろうと思った私だったけど、やっぱり家が近づくに連れてその速度は遅くなった。そんなのちょっと引き延ばすことにしかならないのに、それでも少しでも引き延ばしたくなるの抑えられない。
 その時、ものすごく近くでケータイの音が鳴った。私のは朝、充電ホルダに置きっぱなしできたはずだから。けれど、どうも近すぎる。念のためと思って見ると、いつもと違う場所にケータイが入っていた。不思議だなと思って開いてみると、ヨッコからのメールだった。
ー風邪治った? 明日は出てこられる?ー
そのメールに、私は即座に返信しかけて……止めた。ここでもし、
ーありがと、明日学校でー
とか送ったりしても、今日私が死んでしまったら、ヨッコ却って悲しむよね。私は、ケータイのフタを閉じてぐっと握ると、ようやく着いたウチの玄関のドアを開けて、一気に二階の自分の部屋に駆け上がった。定期も携帯も戻ってきたんだから、物置化していた私の部屋も元に戻っているはず。

 そして、勢いよく開けた私の部屋は、間違いなく私の部屋に戻ってはいたんだけど、そこには死んでいる私の姿なんてなく……

 代わりと言っちゃなんだけど、ニヤニヤ笑っているのと、すごーく恐縮した様子でモジモジしている2人? の天使ファッションの男の人がいて、その内のニヤニヤ笑ってる方に、
「はい、お疲れちゃん。今日はホントゴメンね」
と軽っぽく言われた。
 
 それはともかく……天使で飽和状態の部屋なんて、マジあり得ない!!
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