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ダイエット指南
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「お母さんと知り合ったのも、ダイエットだったんだよね。だったらこの人の気持ちも解るよね」
この家の主、綿貫亮平は末娘のかなえが持ってきた話に明らかに困惑していた。
確かに、自分は女性一人分にも相当する50kgのダイエットを果たしたのも事実だし、半年前に亡くなった妻、香織との出会いもダイエットブログに間違いはない。だからといってそれはもう四半世紀も前の話だ。既にそのブログ「逆土佐日記」は閉鎖して久しく、当然アカウントも残っていない。しかも、巷にはあらゆるダイエットに関する情報があふれている。こんな年寄りに指南しなくてもいくらでも方法はあるだろうに。
どうせ、最近引きこもりがちな自分に何か役割を持たせて認知症予防を考えているのだろうが、よけいなお世話だと言いたい。なにが『今は60代と言ってもまだ若いんだ、もう一花咲かせろ』だ? 冗談じゃない、その星巡りは6年も前のことだ。もう十分枯れても良い歳だと思うが。本音を言えば、今すぐにでも香織に迎えに来て欲しいくらいだ。
それでも亮平が断りきれなかったのは、彼が偏に話を持ち込んだかなえの友人の母である、十合麻里にその香織のこと、またまだ高校生のかなえのことで多大な恩義を感じている、それに尽きる。だから、何度か指導をして、かつて自分がしたように彼女にもブログを立ち上げてもらって、その中で切磋琢磨してもらえば良い。それくらいの手伝いならできると踏んだのだ。
しかし、亮平のそんな思惑はあっさりと覆された。 程なくして綿貫家にやってきた39歳の女性―門倉美郷は、163cm92kg。当然体脂肪率は40%を超え、お世辞にもぽっちゃりさんとは言えない体型だった。
「ご迷惑かと思ったんですが、『こういうのは経験者にノウハウを教えてもらうのが一番早いと思うよ』って、麻里が言うもんですから」
とおずおずと亮平を見る美郷の瞳に、亮平は既視感を感じた。(香織に似ている……)と亮平は思った。もっとも、これほどの超肥満になればみんな人相が似てくると言えばそうなのだが、その自信なさげな様子が、亮平と出会った頃の香織を彷彿とさせる気がする。そして、そう思ってしまった途端、亮平は美郷を適当にあしらうという事ができなくなってしまったのだ。
また、食生活を尋ねてみても聞いている限りではそれほど多く食べている様子はない。寧ろもう少し食べなければダメだと感じるくらいの量だ。不惑を間近にした歳だ。代謝が落ちてきているところに持ってきて、食べないでいると身体はさらに怠惰になっていき、代謝はさらに落ちていくという悪循環に陥っているのかも知れない。
後は、本人が自覚しない食べ物があるケースだ。自分が自覚しないで食べるなんて不可能だと思うかも知れないが、主婦などに多いのは味見などをいっさいカウントに入れていないなど、少量だからと除外してしまうのだ。
しかし、このたかが少量が曲者で、例え一日にオーバーする摂取カロリーが190kcalであっても、毎日それをオーバーし続けることによって、人は一年間に5kg太れるというデータもあるのである。
果たして、この美郷は代謝が落ちることによって痩せられなくなり、痩せないので摂取カロリーを落とすという、悪循環タイプであることが分かった。この悪循環タイプは一つ間違えば拒食症に滑り込む可能性がある。実際、麻里が美郷に亮平を紹介したのもそこのところに理由があるようだった。
とりあえず、食べた物を克明に記録することと、簡単なストレッチプログラムを渡したが、彼女が亮平の組んだプログラムを本当に実行しているのかが分からない。
「じゃぁ、美郷さんウチに住んでもらったら? お兄の部屋空いてんじゃん」
すると、上の娘のあかりがそんなことを言い出した。母に似たほわりとした雰囲気もあってか、幾度か通う内に美郷はすっかり娘たちの姉的存在になっていた。
確かに一番上の息子晃平は名古屋で就職し、もうこの家に戻ってくることはまずないだろうが、大体ダイエットのためだと言っても、男性のいる家に行かせる親が居るだろうかと思ったところで、彼女の両親が10年ほど前に相次いで他界したと言っていたことを思い出す。急にひとりぼっちになった悲しみを紛らわせるため、夜中の菓子に手を出すようになって元々大きかった身体がさらに大きくなったと苦笑していた。
ならば、彼女に再び家族を与えれば少しはそれが軽減するのではないか。いや、自分の嫁に来てもらうんじゃない、子供たちの姉として来てもらうのだ。亮平は、そう自分で自分に言い訳をしながら、共に台所に立って食餌指導を姿を想像し、思わず頬を緩めたのだった。
こうして綿貫家に美郷が住むこととなった。
この家の主、綿貫亮平は末娘のかなえが持ってきた話に明らかに困惑していた。
確かに、自分は女性一人分にも相当する50kgのダイエットを果たしたのも事実だし、半年前に亡くなった妻、香織との出会いもダイエットブログに間違いはない。だからといってそれはもう四半世紀も前の話だ。既にそのブログ「逆土佐日記」は閉鎖して久しく、当然アカウントも残っていない。しかも、巷にはあらゆるダイエットに関する情報があふれている。こんな年寄りに指南しなくてもいくらでも方法はあるだろうに。
どうせ、最近引きこもりがちな自分に何か役割を持たせて認知症予防を考えているのだろうが、よけいなお世話だと言いたい。なにが『今は60代と言ってもまだ若いんだ、もう一花咲かせろ』だ? 冗談じゃない、その星巡りは6年も前のことだ。もう十分枯れても良い歳だと思うが。本音を言えば、今すぐにでも香織に迎えに来て欲しいくらいだ。
それでも亮平が断りきれなかったのは、彼が偏に話を持ち込んだかなえの友人の母である、十合麻里にその香織のこと、またまだ高校生のかなえのことで多大な恩義を感じている、それに尽きる。だから、何度か指導をして、かつて自分がしたように彼女にもブログを立ち上げてもらって、その中で切磋琢磨してもらえば良い。それくらいの手伝いならできると踏んだのだ。
しかし、亮平のそんな思惑はあっさりと覆された。 程なくして綿貫家にやってきた39歳の女性―門倉美郷は、163cm92kg。当然体脂肪率は40%を超え、お世辞にもぽっちゃりさんとは言えない体型だった。
「ご迷惑かと思ったんですが、『こういうのは経験者にノウハウを教えてもらうのが一番早いと思うよ』って、麻里が言うもんですから」
とおずおずと亮平を見る美郷の瞳に、亮平は既視感を感じた。(香織に似ている……)と亮平は思った。もっとも、これほどの超肥満になればみんな人相が似てくると言えばそうなのだが、その自信なさげな様子が、亮平と出会った頃の香織を彷彿とさせる気がする。そして、そう思ってしまった途端、亮平は美郷を適当にあしらうという事ができなくなってしまったのだ。
また、食生活を尋ねてみても聞いている限りではそれほど多く食べている様子はない。寧ろもう少し食べなければダメだと感じるくらいの量だ。不惑を間近にした歳だ。代謝が落ちてきているところに持ってきて、食べないでいると身体はさらに怠惰になっていき、代謝はさらに落ちていくという悪循環に陥っているのかも知れない。
後は、本人が自覚しない食べ物があるケースだ。自分が自覚しないで食べるなんて不可能だと思うかも知れないが、主婦などに多いのは味見などをいっさいカウントに入れていないなど、少量だからと除外してしまうのだ。
しかし、このたかが少量が曲者で、例え一日にオーバーする摂取カロリーが190kcalであっても、毎日それをオーバーし続けることによって、人は一年間に5kg太れるというデータもあるのである。
果たして、この美郷は代謝が落ちることによって痩せられなくなり、痩せないので摂取カロリーを落とすという、悪循環タイプであることが分かった。この悪循環タイプは一つ間違えば拒食症に滑り込む可能性がある。実際、麻里が美郷に亮平を紹介したのもそこのところに理由があるようだった。
とりあえず、食べた物を克明に記録することと、簡単なストレッチプログラムを渡したが、彼女が亮平の組んだプログラムを本当に実行しているのかが分からない。
「じゃぁ、美郷さんウチに住んでもらったら? お兄の部屋空いてんじゃん」
すると、上の娘のあかりがそんなことを言い出した。母に似たほわりとした雰囲気もあってか、幾度か通う内に美郷はすっかり娘たちの姉的存在になっていた。
確かに一番上の息子晃平は名古屋で就職し、もうこの家に戻ってくることはまずないだろうが、大体ダイエットのためだと言っても、男性のいる家に行かせる親が居るだろうかと思ったところで、彼女の両親が10年ほど前に相次いで他界したと言っていたことを思い出す。急にひとりぼっちになった悲しみを紛らわせるため、夜中の菓子に手を出すようになって元々大きかった身体がさらに大きくなったと苦笑していた。
ならば、彼女に再び家族を与えれば少しはそれが軽減するのではないか。いや、自分の嫁に来てもらうんじゃない、子供たちの姉として来てもらうのだ。亮平は、そう自分で自分に言い訳をしながら、共に台所に立って食餌指導を姿を想像し、思わず頬を緩めたのだった。
こうして綿貫家に美郷が住むこととなった。
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