上 下
19 / 32

残念工房主

しおりを挟む
 そんな風に騒がしく工房オタク集団との日常は過ぎていき、気がついたら8年も経ってしまっていた。鉄道路線は2つに増え、3路線目をどこにするかで大もめにもめているが、それ以外の事業はまずまず順調だ。いや、順調すぎるという方が正しい。あの後、工房のみんながこれ見よがしに算盤を交渉に使ったせいで、これも商品にしないのかと、大手商人を中心に依頼が殺到した。ホントに、とことんブラック体質な工房だよね。しかし、ここではボタンも一個ずつ手作業で作っているし、算盤にはかなりの数のボタンが必要なので、ほいほい量産するわけにはいかない……と思っていた。

 ところがそこに救世主が現れた。それはなんとドングリ! 当然自然の物なので、個体差はある。あるけど、大きさで振り分けて作れば問題はないってことに気がついたのだ。なんせ自然豊かなングリーアス、ドングリはそれこそ売るほど落ちていた。いや、今までは売ったって買う人なんていなかったけどね。人間が食べるにはこっちのドングリも渋かったから、今まで子どもが遊びで使う以外に需要はなかったらしい。
 そして、そのドングリ拾いはそのまま子どもたちのいい臨時収入となった。秋の期間限定ではあるし、籠いっぱいに拾ったってたいした金額にもならないけど、自由に使えるお金をもらえるのだ。子どもたちは競い合って拾い集めた。そして、大人たちがそれを乾燥させて腐らないようにコーティングする。そう言えば、日本にも数珠玉とか木の実を加工して数珠にしたりしてたもんね。こうして、算盤はミラクロアの町に徐々に浸透していった。

 そして、私的なこととしては、シェリー・チェラスカとユージーン・クレスタが結婚したのを皮切りに、工房主のジル・サンダーを除く全員が奥さんをもらった。そう、ジル・サンダーだけは、
「僕はミニョーリと結婚するんだ。他の娘なんてあり得ない」
とマジで降るようにやってくる縁談をすべて断っている。しかも、
「ミニョーリは僕と一緒になってくれるよね」
なんて工房の真ん中で私に愛をささやいてくる始末。確かに、ジル・サンダーにとっては普通に見えて会話も出来るから認識薄いんだろうけど、私幽霊だよ。手一つ握れないし、それどころかあんたの他には誰にも見えない。そんなんで結婚ってもねぇ……
 そんな訳で、ある意味『残念な天才工房主』計画通りにジル・サンダーは今もってお一人様満喫中。ってか、以前ほど残って仕事をしなくなった『社員』たちの穴埋めを嬉々として一人で処理している状態とでも言うのか……
 このままじゃ、ジル・サンダーが潰れてしまう。そう思って、
「もっと仕事を減らしなさい。じゃないと死んじゃうよ」
と言うんだけど、
「死んだらミニョーリみたいになれるかな。だったらそれでもいいかな』
そしたら二人で工房のみんなの所に化けて出ようよなんて、半ばうっとりとした様子で返してくる始末。いや、死んだからって本当に幽霊になれる保証なんてないし、縦しんばなれたって工房のみんなに見える保証はもっとないんだからね。

 でも、私の側からはホントなにもできることはない訳で……私はジル・サンダーがぶっ倒れてしまわないように、ひたすら祈ることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...