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二部 番外編:怖がりな蓑虫

怖がりな蓑虫 5

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「ほらお湯を掛けるぞ」

いつものように宮の浴室の中。洗い場にあるベンチのような大理石製の石段に腰を掛けて、脚の間にレフラの身体を座らせる。

恐らくいつもの3人から、この時期によく報告にあがる詰所の怪談話を聞いてしまった、といったところだろう。

『小さな子どもでもないんですから、自分でやります』

いつもならそう言って、ギガイが洗おうとする都度にささやかな抵抗を見せるレフラが、今日はいたく聞き分けが良い。ギガイの言葉のままに、素直に目を閉じた姿は、無防備でいたいけな姿に見えていた。

本人に言えばムキになる上に、身構えられると知っているから言わないが。いつもは自分を律しがちのレフラから、時折垣間見える不安定さや幼さが、ギガイの庇護欲を駆り立てるのだ。

(必死に取り繕っていたが、宮の入口に居たのも1人が怖くなって私の帰りを待っていた、というところだろうしな)

そんなレフラの姿に、思わず口許が綻んでしまう。ギガイはレフラに気付かれないように、音を立てずにクツクツ笑った。

そんな風に観察をしたり思い出していたせいで、わずかに間が空いてしまったのか。

「ギガイ様?」

目を閉じたまま素直に待っていたレフラから、不安げな声が聞こえてくる。手を横へ彷徨わせて、ギガイの脚に触れればホッと安堵する様子が見て取れた。

「あぁ、悪かった。今からかけるぞ。そのまま目を瞑っていろ」

後ろに備え付けられた湯が溜まった槽の中から湯を掬う。レフラの顔にかからないよう気を配りながら、頭の上からゆっくりとかけていく。そのまま手早く髪を洗い上げてやれば、水を切った直後にレフラが目を開いて、ギガイの方を振り返った。

たった今まで触れていたのに、姿が見えないせいで不安になってしまったのだろう。ギガイの姿を認めてホッとする様子のレフラに、ギガイがさすがに苦笑をした。

「お前は怪奇的なものは、だいぶ苦手なのか?」

「えっ……そ、そんなことはありません……平気です……」

「……」

話にならないぐらいの明らかな嘘だった。ギガイが一瞬絶句した後、大きな溜息を吐き出した。

「前も言っただろ。正直に告げないならば、考慮はいらないという事でいいな?」

そのままレフラの身体を脚の間から横へとどかして、ギガイがおもむろに立ち上がる。

「今日は自分で洗って入ってこい」

「待ってください!!」

そのまま立ち上がって歩き始めたギガイの手を、レフラが慌てた様子で捕まえた。

「どうした? 先に浸かっているだけだ、お前もさっさと来い。そうでなければ、先に出るぞ」

「……待って……置いていかないでください……」

ギガイを見上げる目が不安げに揺れていた。そんな様子にギガイがもう1度大きく溜息を吐き出した。

「……もう1度だけ聞いてやる。苦手なのか?」

「……はい……」

小さく情けなさそうな声でそう言ったレフラの身体を抱え上げ、ギガイがさっきまでの姿勢に戻った。
途端に身体に回した腕を、レフラがしっかりと抱え込む。離さないとでもいうようなその力に、ギガイは正直呆れかえった。

「お前は何でそこまで苦手なくせに、わざわざ嘘を吐いたんだ」

「……だって……子どもみたいで、みっともないでしょう……だから、ギガイ様に呆れられてしまいそうで……」

声音は落ち込んでいるようだった。それでも抱えた腕だけは、やっぱり離す気は全く見られない。

「いや、私には分からない感覚だが、苦手とする者は大人であっても、それなりにいるぞ」

「えっ!? そうなんですか??」

ギガイの言葉に本気で驚いているのか、声が大きく跳ね上がる。その勢いのままギガイの方へ振り返ったレフラの目もまた、とても大きく見開かれていた。
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