42 / 229
第一部
籠の中の鳥 3
しおりを挟む
白金の髪がサラリと揺れていた。
どう対応したら良いのか分からない、といった様子なのだろうか。たどたどしく礼を述べるレフラの目が、まるで答えを探すように彷徨って、そのままそっと伏せられた。
なぜそれほど戸惑うのか。伏せた視線が気になって、そっと伸ばした手でレフラの髪を掻き上げる。露わになった額から顎先へ指を滑らせれば、陶器を思わせる温もりを持った滑らかさが指先に心地よかった。そのまま上向かせたレフラの表情は、灰色染みたブルーの瞳が戸惑うように揺れていた。
抗う時のように真っ直ぐにこちらを見据える目はどこにもない。
ギガイの寵愛を求める者は少なくない。他種族の族長や重鎮の娘を宴に差し出された事だって一度や二度の事ではない。まろい声音で言葉を紡ぎ、嫋やかな様で横へ侍る者達はいつだってギガイの機嫌を取ることに必死だった。そんなギガイの周りへ宛がわれた過去の女性の姿と、レフラの様子は違っていた。
(媚びへつらう事など出来なさそうだ)
まあ元々そのような態度を求める気も全くない。今はいつものような不快な言葉を吐き出す様子がないだけでも十分だった。
そんなギガイの掌にレフラの掌がそっと重なり、気まずそうにレフラの瞳が反らされている。それは精一杯の甘えなのかもしれない。
それだけでギガイには愛おしいと感じられた。
「食事を向こうの部屋へ用意させてある」
寝台の上からレフラの身体を掬い上げる。
「ギガイ様!?大丈夫です!自分でーーーッ!」
されるまま黙ってギガイの手を受け入れていたレフラが突然の自体に慌て出す。だが、数時間前までは酷使した身体なのだ。腕の中で急に身じろいだ振動が腰骨辺りに響いたのか、レフラが息を詰めて動きを止めた。
「今日は大人しく運ばれろ」
散々泣いていた状況をまさか忘れていたのかと。レフラの無謀としか言えない動きに、ギガイが呆れたように抱え直す。
行為の状態を思い出せばろくに動けるはずがない。歩く振動さえも今はまだ辛いだろう。貫いた痛みを堪えているのか、懲りたのかレフラはそれっきり大人しく腕の中に収まっていた。
送った衣装や装飾は、その中性的な雰囲気によく似合っていた。だが、レフラの言うように男性染みてしまったのは、長剣を振り回していた幼い頃の記憶がどうしても忘れられなかったからかもしれない。
あの頃に名前さえも呼べなかった存在が今はこうやって腕の中に収まっているのだ。ギガイはそっと力を込めた。
送った衣に遠慮するレフラから、送る理由を聞かれた時にその質問の意図が汲めなかった。
最愛の者が少しでも心が弾んだり、心が穏やかで居られる物を、と思う事は跳び族でも黒族でも違いは無いはずだ。
レフラの為に誂えさせた物を自分へは相応しくない、と告げる姿に訝しみさえしていた。
だが、こうやって掌を重ねて、身体を委ねているのだ。多少は言葉に含めた意味が伝わったのかと、ギガイはわずかに口元を緩めた。
少しでも心が通う事があれば、変わる何かもあるかもしれない。これがその一つになれば良いと思っている。
(まぁ、どちらにせよもう手放す事は絶対にないがな)
それでも愛しい御饌なのだ。
閉じられた籠の中で外を恋しがって泣くよりは、笑って過ごしている方が良い。
少しでもこの籠が快適であるように、ギガイは努めるだけだった。
どう対応したら良いのか分からない、といった様子なのだろうか。たどたどしく礼を述べるレフラの目が、まるで答えを探すように彷徨って、そのままそっと伏せられた。
なぜそれほど戸惑うのか。伏せた視線が気になって、そっと伸ばした手でレフラの髪を掻き上げる。露わになった額から顎先へ指を滑らせれば、陶器を思わせる温もりを持った滑らかさが指先に心地よかった。そのまま上向かせたレフラの表情は、灰色染みたブルーの瞳が戸惑うように揺れていた。
抗う時のように真っ直ぐにこちらを見据える目はどこにもない。
ギガイの寵愛を求める者は少なくない。他種族の族長や重鎮の娘を宴に差し出された事だって一度や二度の事ではない。まろい声音で言葉を紡ぎ、嫋やかな様で横へ侍る者達はいつだってギガイの機嫌を取ることに必死だった。そんなギガイの周りへ宛がわれた過去の女性の姿と、レフラの様子は違っていた。
(媚びへつらう事など出来なさそうだ)
まあ元々そのような態度を求める気も全くない。今はいつものような不快な言葉を吐き出す様子がないだけでも十分だった。
そんなギガイの掌にレフラの掌がそっと重なり、気まずそうにレフラの瞳が反らされている。それは精一杯の甘えなのかもしれない。
それだけでギガイには愛おしいと感じられた。
「食事を向こうの部屋へ用意させてある」
寝台の上からレフラの身体を掬い上げる。
「ギガイ様!?大丈夫です!自分でーーーッ!」
されるまま黙ってギガイの手を受け入れていたレフラが突然の自体に慌て出す。だが、数時間前までは酷使した身体なのだ。腕の中で急に身じろいだ振動が腰骨辺りに響いたのか、レフラが息を詰めて動きを止めた。
「今日は大人しく運ばれろ」
散々泣いていた状況をまさか忘れていたのかと。レフラの無謀としか言えない動きに、ギガイが呆れたように抱え直す。
行為の状態を思い出せばろくに動けるはずがない。歩く振動さえも今はまだ辛いだろう。貫いた痛みを堪えているのか、懲りたのかレフラはそれっきり大人しく腕の中に収まっていた。
送った衣装や装飾は、その中性的な雰囲気によく似合っていた。だが、レフラの言うように男性染みてしまったのは、長剣を振り回していた幼い頃の記憶がどうしても忘れられなかったからかもしれない。
あの頃に名前さえも呼べなかった存在が今はこうやって腕の中に収まっているのだ。ギガイはそっと力を込めた。
送った衣に遠慮するレフラから、送る理由を聞かれた時にその質問の意図が汲めなかった。
最愛の者が少しでも心が弾んだり、心が穏やかで居られる物を、と思う事は跳び族でも黒族でも違いは無いはずだ。
レフラの為に誂えさせた物を自分へは相応しくない、と告げる姿に訝しみさえしていた。
だが、こうやって掌を重ねて、身体を委ねているのだ。多少は言葉に含めた意味が伝わったのかと、ギガイはわずかに口元を緩めた。
少しでも心が通う事があれば、変わる何かもあるかもしれない。これがその一つになれば良いと思っている。
(まぁ、どちらにせよもう手放す事は絶対にないがな)
それでも愛しい御饌なのだ。
閉じられた籠の中で外を恋しがって泣くよりは、笑って過ごしている方が良い。
少しでもこの籠が快適であるように、ギガイは努めるだけだった。
21
お気に入りに追加
2,454
あなたにおすすめの小説
【完結(続編)ほかに相手がいるのに】
もえこ
恋愛
恋愛小説大賞に参加中、投票いただけると嬉しいです。
遂に、杉崎への気持ちを完全に自覚した葉月。
理性に抗えずに杉崎と再び身体を重ねた葉月は、出張先から帰るまさにその日に、遠距離恋愛中である恋人の拓海が自身の自宅まで来ている事を知り、動揺する…。
拓海は空港まで迎えにくるというが…
男女間の性描写があるため、苦手な方は読むのをお控えください。
こちらは、既に公開・完結済みの「ほかに相手がいるのに」の続編となります。
よろしければそちらを先にご覧ください。
獣医さんのお仕事 in異世界
蒼空チョコ@モノカキ獣医
ファンタジー
とある辺境伯の兄弟ゲンカに巻き込まれ、風見心悟は異世界に召喚されてしまった。目的は”領地を栄えさせてくれ”ということらしい。つまるところ、一般的な異世界召喚モノ――そう思っていた時期が風見にもありました。
「いや、だからただの獣医なんだって」
しかしながら異世界ファンタジーをなめてはいけない。こちらはドラゴン、魔物もいれば異種族だっている。地球との差は言語、魔法、生物、宗教、常識などなど果てしない。
そんな世界でも公務員獣医さんはとりあえず解剖したり、薬を作ったり、農業を改善していこうとします。
普通の勇者とも、医者とも違う獣医としての生き方で彼は異世界でも頑張って生き抜いていきます。
※書籍版よりも序盤の設定がハードになっております。
※書籍版第一巻とは三分の二のストーリーを変更しているため、第一章はダイジェスト禁止となる九月以降も残します。
わかりあえない、わかれたい・12
あかね
恋愛
好きあって付き合ったのに、縁あって巡り逢ったのに。
人格・趣味・思考…分かり合えないならサヨナラするしかない。
振ったり振られたり、恋人と別れて前に進む女性の話。
12・広い世界を知って、夢から覚めた女性の話。
(全13話)
*シリーズ全編、独立した話です。
【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが
Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした───
伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。
しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、
さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。
どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。
そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、
シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。
身勝手に消えた姉の代わりとして、
セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。
そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。
二人の思惑は───……
物語のようにはいかない
わらびもち
恋愛
転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。
そう、言われる方ではなく『言う』方。
しかも言ってしまってから一年は経過している。
そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。
え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?
いや、そもそも修復可能なの?
発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?
せめて失言『前』に転生していればよかったのに!
自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。
夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。
吸血鬼公爵に嫁いだ私は血を吸われることもなく、もふもふ堪能しながら溺愛されまくってます
リオール
恋愛
吸血鬼公爵に嫁ぐこととなったフィーリアラはとても嬉しかった。
金を食い潰すだけの両親に妹。売り飛ばすような形で自分を嫁に出そうとする家族にウンザリ!
おまけに婚約者と妹の裏切りも発覚。こんな連中はこっちから捨ててやる!と家を出たのはいいけれど。
逃げるつもりが逃げれなくて恐る恐る吸血鬼の元へと嫁ぐのだった。
結果、血なんて吸われることもなく、吸血鬼公爵にひたすら愛されて愛されて溺愛されてイチャイチャしちゃって。
いつの間にか実家にざまぁしてました。
そんなイチャラブざまぁコメディ?なお話しです。R15は保険です。
=====
2020/12月某日
第二部を執筆中でしたが、続きが書けそうにないので、一旦非公開にして第一部で完結と致しました。
楽しみにしていただいてた方、申し訳ありません。
また何かの形で公開出来たらいいのですが…完全に未定です。
お読みいただきありがとうございました。
魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される
日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。
そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。
HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる