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本編
第47話 知られざる寵妃 6
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カラン。
店のドアベルが、扉が開いた動きに合わせて、軽い音を立てていた。ドアの前に待機していたのか、中を窺うラクーシュの前に、若い店員が立ち塞がる。ただでさえ緊張を強いられているためか、そちらへ軽く視線を向けただけで、青年と言って差し支えがない年若い男の顔はあからさまに引き攣った。
ラクーシュとしては、ただ視線を向けただけだった。日頃気にする様子がないレフラと居ることですっかり忘れていたが、強面の顔はどうやら黙っていると怖いらしい。警備隊時代に、何度も子供に泣かれた事を思い出す。
年若い店員も、同じように怯えているのが伝わってくる。それでも、このまま中へ通した方が、この後面倒になるとでも思っているのだろう。
「すみません、いまは取り込んでるので、また半刻後に来て下さい」
そう言いながら、少しだけ身体をずらして、ホラッとでも言うように、店の奥を覗かせた。そこに立つギガイとリュクトワスの姿を見れば、自ずと理由は分かるだろう。言葉にしないそんな男の考えを読みつつ、ラクーシュは扉の向こうを振り返って頷いた。
「大丈夫だ。ちょっと通してくれ」
「えっ!? ちょっと、お客さんダメですって!」
きっとギガイの視察の間は、他の客は入れるなと、店主にも言われているはずだ。レフラの護衛として、さんざんギガイの視察に随伴してきたのだ。そんな店側の事情は知っている。
「ギガイ様に御用があってのことだから、大丈夫だ」
だからラクーシュは、入口を確保しつつ、年若い男を宥めるように笑って見せた。
「いや、本当にダメですって、お客さん!」
その間に、開いた扉からレフラを伴ってリラン、エルフィルが中に入る。さっきまで居た店よりも、だいぶ小ぶりな店だった。入口の騒がしさは、すぐにギガイへ対応していた店主らしき男にも聞こえたようで、制止を聞かない客相手に、困惑の色が浮かんでいた。
そのうえ、入口を黙って見ていたギガイが、そこへ近付いていくのだから。店に居た誰もが、レフラ達の一見無謀すぎる行動に、戦きと呆れを抱いているのが、青ざめた表情からも見て取れた。
「許すのは、表通りまでだと、言ったはずだ。なぜお前がここにいる?」
そんな静まり返った店の中、ギガイの声だけが響いていた。レフラの目の前までやって来たギガイが、レフラを冷たく見下ろしてくる。その目を真っ直ぐに見つめ返して、レフラはギガイの手をそっと握った。
「ギガイ様の所に帰りたくて、近衛隊の方達にもお願いして、来ちゃいました」
そしてクンっと腕を引く。冷たいように見えながらも、ギガイが怒っていない事は、レフラ達には分かっていた。本当にレフラが約束を破ったと思えば、ギガイの怒りはこんなものじゃないと知っている。だから今は、どちらかと言えば、訝しんで居るのだろう。
レフラに引かれるまま、ギガイがわずかに身を屈める。反対の手をレフラがギガイの首に伸ばせば、ギガイはいつも通りにレフラの身体を抱き上げた。
「もう良いのか?」
「はい、やっぱりギガイ様と一緒が良いです。ワガママを聞いてもらったのに、すみません」
頬にかかるレフラの髪を、耳にかけてくれるギガイの手に、レフラが嬉しそうに顔を寄せる。
「お邪魔はしないので、こうしていても良いですか?」
「あぁ、構わん。むしろ今日のように、離れられる方が困る」
思い掛けず、早く戻ったレフラの温もりが、良かったのか。それとも、一緒が良い、と伝えた言葉のおかげなのか。フッと笑うギガイの顔は、いつになく機嫌の良さが伝わった。
入口でラクーシュ達を押し留めようとしていた若い店員も、店主らしき男も、他の店員も、全員がそんな2人を唖然と見ていた。
「ほら、大丈夫だっただろ?」
ポンと目の前の若い店員の肩を叩けば、ビクッと身体を跳ねさせて、男はぎこちなく、ラクーシュの方に顔を向けた。
「あ、あの方が、レフラ様ですか……?」
冷酷無慈悲と言われる黒族長に、躊躇うことなく触れられる者。そしてギガイが唯一、慈愛を込めて触れる者。黒族の民の中で知られた希有の存在は、ギガイの寵妃しかあり得なかった。
恐る恐ると尋ねてきた男に、ラクーシュはサラッと頷いた。
「あぁ、そうだな」
日頃、レフラがギガイの視察に伴っている時は、フェイスベールを使っているため、知れ渡った名前に反して、その顔を知る者は少なかった。
「綺麗……いや、可愛らしい方ですね」
もともと、どこか儚げで神秘的な雰囲気のあるレフラだった。それがギガイの側でフワッと解けて嬉しそうな笑みを浮かべる姿は、惹かれるものがあるのだろう。だが、相手はそこら辺の一民ではなく、あのギガイの寵妃なのだから。
「命が惜しかったら、口を噤んでいた方が賢明だぞ」
若さゆえの無謀さか、衝撃が治まるにつれ、思った事がすぐに口を吐いた様子の男に、ラクーシュは呆れたような眼を向けた。
店のドアベルが、扉が開いた動きに合わせて、軽い音を立てていた。ドアの前に待機していたのか、中を窺うラクーシュの前に、若い店員が立ち塞がる。ただでさえ緊張を強いられているためか、そちらへ軽く視線を向けただけで、青年と言って差し支えがない年若い男の顔はあからさまに引き攣った。
ラクーシュとしては、ただ視線を向けただけだった。日頃気にする様子がないレフラと居ることですっかり忘れていたが、強面の顔はどうやら黙っていると怖いらしい。警備隊時代に、何度も子供に泣かれた事を思い出す。
年若い店員も、同じように怯えているのが伝わってくる。それでも、このまま中へ通した方が、この後面倒になるとでも思っているのだろう。
「すみません、いまは取り込んでるので、また半刻後に来て下さい」
そう言いながら、少しだけ身体をずらして、ホラッとでも言うように、店の奥を覗かせた。そこに立つギガイとリュクトワスの姿を見れば、自ずと理由は分かるだろう。言葉にしないそんな男の考えを読みつつ、ラクーシュは扉の向こうを振り返って頷いた。
「大丈夫だ。ちょっと通してくれ」
「えっ!? ちょっと、お客さんダメですって!」
きっとギガイの視察の間は、他の客は入れるなと、店主にも言われているはずだ。レフラの護衛として、さんざんギガイの視察に随伴してきたのだ。そんな店側の事情は知っている。
「ギガイ様に御用があってのことだから、大丈夫だ」
だからラクーシュは、入口を確保しつつ、年若い男を宥めるように笑って見せた。
「いや、本当にダメですって、お客さん!」
その間に、開いた扉からレフラを伴ってリラン、エルフィルが中に入る。さっきまで居た店よりも、だいぶ小ぶりな店だった。入口の騒がしさは、すぐにギガイへ対応していた店主らしき男にも聞こえたようで、制止を聞かない客相手に、困惑の色が浮かんでいた。
そのうえ、入口を黙って見ていたギガイが、そこへ近付いていくのだから。店に居た誰もが、レフラ達の一見無謀すぎる行動に、戦きと呆れを抱いているのが、青ざめた表情からも見て取れた。
「許すのは、表通りまでだと、言ったはずだ。なぜお前がここにいる?」
そんな静まり返った店の中、ギガイの声だけが響いていた。レフラの目の前までやって来たギガイが、レフラを冷たく見下ろしてくる。その目を真っ直ぐに見つめ返して、レフラはギガイの手をそっと握った。
「ギガイ様の所に帰りたくて、近衛隊の方達にもお願いして、来ちゃいました」
そしてクンっと腕を引く。冷たいように見えながらも、ギガイが怒っていない事は、レフラ達には分かっていた。本当にレフラが約束を破ったと思えば、ギガイの怒りはこんなものじゃないと知っている。だから今は、どちらかと言えば、訝しんで居るのだろう。
レフラに引かれるまま、ギガイがわずかに身を屈める。反対の手をレフラがギガイの首に伸ばせば、ギガイはいつも通りにレフラの身体を抱き上げた。
「もう良いのか?」
「はい、やっぱりギガイ様と一緒が良いです。ワガママを聞いてもらったのに、すみません」
頬にかかるレフラの髪を、耳にかけてくれるギガイの手に、レフラが嬉しそうに顔を寄せる。
「お邪魔はしないので、こうしていても良いですか?」
「あぁ、構わん。むしろ今日のように、離れられる方が困る」
思い掛けず、早く戻ったレフラの温もりが、良かったのか。それとも、一緒が良い、と伝えた言葉のおかげなのか。フッと笑うギガイの顔は、いつになく機嫌の良さが伝わった。
入口でラクーシュ達を押し留めようとしていた若い店員も、店主らしき男も、他の店員も、全員がそんな2人を唖然と見ていた。
「ほら、大丈夫だっただろ?」
ポンと目の前の若い店員の肩を叩けば、ビクッと身体を跳ねさせて、男はぎこちなく、ラクーシュの方に顔を向けた。
「あ、あの方が、レフラ様ですか……?」
冷酷無慈悲と言われる黒族長に、躊躇うことなく触れられる者。そしてギガイが唯一、慈愛を込めて触れる者。黒族の民の中で知られた希有の存在は、ギガイの寵妃しかあり得なかった。
恐る恐ると尋ねてきた男に、ラクーシュはサラッと頷いた。
「あぁ、そうだな」
日頃、レフラがギガイの視察に伴っている時は、フェイスベールを使っているため、知れ渡った名前に反して、その顔を知る者は少なかった。
「綺麗……いや、可愛らしい方ですね」
もともと、どこか儚げで神秘的な雰囲気のあるレフラだった。それがギガイの側でフワッと解けて嬉しそうな笑みを浮かべる姿は、惹かれるものがあるのだろう。だが、相手はそこら辺の一民ではなく、あのギガイの寵妃なのだから。
「命が惜しかったら、口を噤んでいた方が賢明だぞ」
若さゆえの無謀さか、衝撃が治まるにつれ、思った事がすぐに口を吐いた様子の男に、ラクーシュは呆れたような眼を向けた。
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