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幸せな夢

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 僕が貰った海沿いの領地迄は、馬車で二日程で着く。

 何故か御者が、馬が疲れるからとこまめに休憩を入れてくる。その都度、僕は馬車から下ろされて、少し先の店の個室でお茶を飲むように言われる。

 個室はありがたいが、どうしてこんなタイミングよく個室のある店があるのだろう……。

 やっと王都を抜け一泊目の宿に着いた頃にはすっかり日も落ちていた。

 用意されていた夕食を取り、湯浴みを済ませて少し早めにベッドに入った。

 部屋の窓から星が見えた。
 キレイだ、アリスにも見せてあげたい……。

 自分から別れを告げておいて
 ……こんな事を考える僕はバカだな

 目を閉じると彼女の涙に濡れた顔を思い出してしまった。(泣かせてごめんね……)

 あの時、話を聞かせてくれたエミリー嬢の様に、何か投げつけて怒鳴りつけてくれたなら、僕は君を諦められただろうか。
 こんなに思う事はなかっただろうか。

「アリス……」

 今も、僕は君が好きだ……。





 幸せな夢をみた。

 海の見えるベランダで、彼女が僕の隣で微笑んでいる。

 僕の右頬に手を添えて、この恐ろしい目元に口付けをくれた。

『ずっと一緒よ』とかわいい声が耳に残っている。

 幸せな夢だ。

 幸せで、なんて悲しい夢だ。

 それは決して叶うことのない僕の願望。





 翌朝、宿を出て馬車に乗った。あの大きな箱がすごく邪魔だ……そして気になる。

「何が入っているんだろう?」

『向こうに着くまで開けちゃダメよ』と母が言って、『壊れちゃうから丁寧に扱うのよ』と姉が言った。

『送り返す事は許さないからな』と父が言って、弟は『この箱と共にある兄さんの幸せを願っています』と言っていた。

(……箱と共に? 謎だ……)


 二日目も同じように、馬が疲れるからと御者は休憩を頻繁とり、僕はその都度店に入れられる。

 こんな風であす領地まで辿り着けるのか?

 馬車に揺られ外を眺めていると一面に広がる黄金に輝く稲穂が見えた。
「キレイだ……アリスにも見せてあげたかった」
 何かあると自然とアリスの事を想ってしまう。


 二日目の宿に着いた時も、すっかり日は暮れ、ここでは夕食の時間に間に合わなかった。
 宿の主人が軽食ならと出してくれ、それをいただいた。

 湯浴みを済ませてベッドに横になると馬車に揺られて疲れたのか、僕はすぐ眠りについた。





 ああ、まただ…… アリス、僕が会いたいと願うから夢に出てきてくれるのか?

 夢の中でアリスは、僕の毒に侵され変わってしまった顔の右側を、優しく愛おしむように何度も撫でる。

『リアム、愛しているわ』

 聴こえる左耳に囁くような君の甘い声がする。

 僕も愛してる……。

 夢の中で、僕はアリスを抱きしめていた。

 不思議だ……夢なのに、彼女の体温も匂いも感じるなんて





 翌日の夕方、やっと到着した。

「領主様、よくぞお越し下さいました」

 領主となった〈シーガイル〉という街の、海を望む丘の上に、これから僕の住む館は建っていた。

 少しふっくらとした年老いた執事が腰を折り挨拶をする。
 僕の姿を見て不思議そうな顔をした。

「私は執事のセスと申します。この館で四十年ほど働いておりますので、分からない事がございましたら何なりと御用命ください」

「僕はリアム・マクギリアンだ。リアムと呼んでほしい、セスこれからよろしく頼むよ」

「はい、リアム様。こちらこそ宜しくお願い致します」

 セスの後ろには誰もいなかった。
 この館は人が少ないのだろうか?

「リアム様、失礼ながらお聞きしますが、どうして仮面をお着けになられているのですか?」

(ああ、さっきの不思議そうな顔はそれだったか)

「僕の顔は恐ろしいから、皆を怖がらせたくなくて普段から着けているんだよ」

「そうでございますか……」

 セスはそれ以上聞く事はせず、二階にある部屋へと案内した。

 部屋の窓からはどこまでも広がる海が見渡せた。ちょうど夕日が差し、オレンジ色に染まっていた。

「うわぁ……部屋から海が見えるんだね。すごい」
「はい、この部屋は館で一番景色の良いお部屋にございます。続き隣は寝室、その奥が奥様のお部屋となっております」

「……そうか、でもそこを使う日は来ないよ」

 僕がそう言うと、セスはまた不思議そうな顔をした。

「お荷物はすべてお運び致しました。大切な…………………… では失礼致します」

 扉を閉めながら話すセスの声は、聞こえて来た波の音に掻き消されよく聞き取れなかった。

 荷物は運んだと言ったな、大切なとは何だ?

 大切な物なんて僕は持って来ていたか?

 気になり、セスに聞こうと部屋を出ようとすると、扉がノックされ、少し年老いたメイドがティーセットをのせたカートを持って入ってきた。

「初めまして、私はメイド頭のマナと申します。『リアム様』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、よろしくマナ。僕のことはそう呼んでくれて構わないよ」
「ありがとうございます」

 マナは丁寧にお辞儀をすると、お茶を用意し、僕に勧めた。

「……悪いけど、飲む間外に出てくれる? 仮面を外すから」

「はい、しかし何故、仮面を外される時に私は外に出なければならないのですか?」

「……僕の顔は恐ろしいから……見ない方がいいと思うんだよ」
「恐ろしい?」

 ーーそうだな、ここで暮らしていく以上、キチンと話さねばならない。
そう思って、僕は館に働く全ての者をホールに集めて貰った。

(こんなに沢山いたのか……)

 百人程の者の視線が、一斉に僕に集まる。

 やはり皆不思議そうな顔や、おかしな者を見るような顔で見ている。

「今日から領主として一緒に暮らす事になった、リアム・マクギリアンだ。よろしく頼む」

 皆は一斉に頭を下げてくれた。

「見ての通り、僕は普段仮面を着けている。これには訳があるんだが……以前、僕は毒を浴びてしまってね、顔の半分は、まぁ……人に見せられるものではない。仮面もおかしいだろうと思うが、その下の素顔よりはマシだと思うから」
 話をしていると、一人の手がスッと上がった。

「えっと……何か?」

 おずおずと手を挙げた青年が前に出て来た。
 ひょろひょろとした背の高い癖のある赤毛の青年は館のコックだと言った。

「あの、リアム様、この街は……海に近いです。俺の仲間達や知り合いにも漁師や船乗りは沢山います」
「うん」
「その……友人にも顔に傷があったり、耳が無かったり、毛が無かったり、そんなヤツはゴロゴロいます。でも、皆隠さないです」

「…… そんなに?」
(まぁ、毛は仕方ないと思うんだが……)

「はい、貴族様達はどうか分かりませんが、この辺の者は何も思わないです。腕や脚がない者だって本当に多いんです」

「海の仕事は危険なんだね、そんな事も知らずに僕は今まで暮らしていたのか……」

「そんな優しい事をおっしゃって……」
「だからリアム様、ここでは仮面を外して下さい!誰も怯えたりしません!」

 青年の言葉に皆は頷いた。

「……でも……」

 王都で何度も見た、あの他人の恐怖に満ちた顔を思い出すと仮面を取ることをためらってしまう。

「私達は決して恐れたり致しません!」

 セスが僕の横に来て両手を差し出した。
 仮面を取れという事らしい。

「……分かったよ」

 僕は下を向いたまま、ゆっくり仮面を外した。

 顔を上げるのが怖かったが、「大丈夫です」とセスが声を掛けてくれて思い切って顔を上げた。




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