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やっと終わった

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 郊外にある祖父が残した別荘は、近くに湖もある自然が豊かな静かな場所だった。
 婚約する前に二度程来たことがあったらしいが私は余り覚えていなかった。
 周りには小鳥や小動物もいて、屋敷では犬も飼われていた。

「うふふ、くすぐったいわ」

 動物は私を怖がることなく近寄ってくれる。ここでは外に出る時も手袋はいらない。

 一緒に住んでいるのは、私について来てくれた侍女のナタリーとこの屋敷の管理を任されている老夫婦、コックが一人だけだった。彼等は私の呪いを怖がらず接してくれた。

 此処に来て三ヶ月がすぎた。パーティー会場からそのまま此処へ来た私は、当初塞ぎ込んでいたものの、周りが優しく接してくれたおかげで随分と明るくなった。


 この頃はずいぶんと日差しが暖かくなってきた、広い庭に小さな白い花が絨毯の様に咲いていて、とってもキレイだ。
 その花の周りを黄色や白の蝶々が飛んでいて、それを老夫婦の飼い犬のジョアンが追いかけて遊んでいた。

「ジョアン、おいでーっ」

 私が呼ぶと尻尾をパタパタと振って走ってくる。
 呪いの事を気にせずに暮らし、こうしてジョアンと外に出て過ごすことも増えていた。

 ジョアンは私に駆け寄ると、頭をスリスリと手に寄せてくる。
 かわいい……少し硬めの毛を撫でているとジョアンがピクンと耳を動かし、私の右の方に鼻を向けた。

「ん? どうしたの?」

 ジョアンの見ている方を向くと、少し先の方から誰かが此方に来ているのが見える。
 近づいて来たその人は、マリス様だった。

 マリス様?! なぜ? どうして此処に?

 ……はっ、手袋! どうしよう……

 私は半袖の服を着ていて、今は手袋も持っていない。
 黒い腕を隠す物は何も無かった。

こんな手を見せられない、見せたくない

 私は、マリス様から遠ざかる様に後ずさった。

「リゾレット! まって!」

 マリス様の声がしたが、私は腕を見られたくなくて逃げるようにその場を離れた。

 どうして来たの? なぜ?

 もう、婚約者でもないのに……。

 小さな花を踏み散らしてマリス様から遠ざかる私に、ジョアンは楽しそうについて来る。

「待って、リゾレット」

 私が急いだ所でなんて事はなくマリス様に追いつかれてしまった。右腕を掴まれて思わず振り向いた。

 マリス様は私の左腕を見て目を見開いている。

 見られたく無かった……こんな私を……。

「はなして! いや、見ないで!」
「いやだ!」

 どうして……と、見遣るとマリス様の目には涙が浮かんでいた。

「やっと終わったんだ……待たせて済まなかった」

「何をおっしゃっているのか……」

「必ず呪いを解くと約束しただろう?」

「呪いを……?」

 大きく頷くマリス様の頬に涙がこぼれる。

「まず、コレを飲んで、呪いを解く薬だよ」

 彼は掴んでいた腕を離し、胸ポケットから小さな瓶を取り出して私に渡した。

「さあ、飲んで!」

 ……見るからにおかしな色のトロリとした液体を彼は飲めという……。

「大丈夫、信じて」

 その真剣な目をみて、私はもうどうなってもいい、そう思いクィッと飲んだ。

「うっ……」

 苦味の強いトロリとした液体がゆっくりと喉を通っていく。
 すぐに左腕が熱をもった様に熱くなった。

「はぁっ……あつ……」

 腕の熱と共に、頭もクラクラしてくる。
 立っていられないほどに視界が回る……。

「えっ、リズ、リズ!」
 慌てた様にマリス様が私の名前を読んでいる。

 ……夢かな……マリス様が私を抱き抱えてくれている……。
 目の前が真っ暗になり私は気を失った。


◇◇◇


 優しい手に頬を撫でられている。

 こんな風に誰かに触って貰えるのはいつぶりだろう……。

「……リズ」

 マリス様の声がする……私の好きな人の声。

「……リズ」

 ……大好きなマリス様の声……。

「……マリス……ま」

 目を開けた其処にきれいな緑色の瞳が見えた。

「ああ!リズ、良かった!」

 彼は両手で私の左手を握っている。

「私の……手?」

 あの呪いで黒くなっていた左腕は右腕と同じように元の白い肌になっている。

 マリス様は私に優しく微笑んだ。

「呪いは解けたんだ」

「….…本当に?」

 信じられず尋ねる私に、彼は頷くと左手の指先にキスをした。


 あの液体を飲んで気を失った私をマリス様は屋敷まで運んでくれた。
 半日程気を失っていたらしく、周りには心配そうに見つめるナタリーと老夫婦の姿もあった。
「よかった、お嬢様……本当に……」
 ナタリーはそう言って私の無事を確認すると老夫婦と共に部屋を出た。
 マリス様が私に話すことがあるから二人にして欲しいと頼まれたのだ。

 私が上半身を起こそうと体を動かすとマリス様が支えてくれた。

「辛くない?」
「はい」

 マリス様は顔にかかった私の髪を梳くように撫でる。

 こんな風にしてもらうのは初めてだわ……。
 彼は私を愛おしそうに見ていた。こんな顔も初めて見る……。

「八年前、呪いをかけたのはレブラント伯爵家の者だった。私に呪いをかけ、それを解くことで娘であるクレア嬢との婚約に持っていこうとしたが失敗した」

「私が……受けてしまったから……」

「そう、そこまでのことを、やっと一年前に突き止める事が出来た。アレはレブラント家に代々伝えられていた呪いでね、解くにはあの家にしかない薬が必要だった。それを渡して欲しければ君との婚約を破棄して、クレア嬢と婚約しろと言ってきた……だから婚約破棄などと……」

 ごめん、とマリス様は頭を下げた。

「いいのです……すべては私の為だったのですね」
 嫌われていた訳では無かったのだと私は嬉しくて、自然と笑みが溢れた。

「また君はそうやって笑う……」

 マリス様は私の頬をそっと撫でた。

「リズは今でも僕の婚約者なんだよ」
 彼の言葉に驚いて目を見開いてしまった。

「……でも、婚約破棄を私は受けて……マリス様はクレア様と婚約を成さったでしょう?」

 私の言葉にマリス様は首を振る。

「あれは正式ではないから、それに婚約だって兄上にそんな決定権はないんだ。それを知らない奴らを騙す為、あの日に行うことにした。レブラント伯爵に呪いを解く薬を貰うためにね。君にまで秘密にしていたのは、レブラントを完全に騙す為だった」

 マリス様は私の手を握って話しを続けた。

「私に、王家に呪いを掛けようとしたレブラント伯爵家は取り潰したよ。父親は処刑して、クレア嬢と母親は国外に追放した」

 彼はそう言って、また私の左手にキスをして。

「僕は、呪いを解くまで君に必要以上は触れないと誓いを立てていた、でもその事で君を傷つけていたと知って……本当にごめん」
「……マリス様」

「あの日、兄の祝いのパーティーの夜、君を貶める様な事を言った者達も全て罰を与えた。ワインを掛けたあの女とアイリス嬢は修道院へ送って家は降格させた、それでも気が済まないけど」

「……えっ」

「それぐらい当然だ、僕の大切な人を傷つけたんだから」

 マリス様は憂いを秘めた瞳で私をみつめる。

「僕もリズから罰を受けないといけない」
「罰……?」

「君の苦しみをもっと側で分かち合うべきだったのに、それをしなかった……八年も」

「そんな」

「お願いだ、そうしてくれないと僕は自分を許せない」

 マリス様は真剣な目を向けている。罰なんて、彼が悪いわけじゃない。すべては呪いのせいなのに……。

「……では……私を抱きしめて貰えますか?」

「えっ……⁈ 」

「私、ずっと誰からも抱きしめて貰えなかったんです、だから……嫌でなければ」

 呪われていた私は憧れていた、愛する人に抱きしめられたらどんなに幸せだろう。
 こんな私でもいつか……と思っていた。


「それは罰ではなく御褒美だよ……リズ」

 そう言うと、マリス様は大切なものに触れる様に優しく両腕で私を包み込んでくれた。

「嬉しい……マリス様」

 本当に嬉しくて、言葉が口をついた。
 マリス様の抱きしめる腕に力が入る。

「リズ」

 すぐ近くで彼が私の名を甘く囁く……。

 私はゆっくりとマリス様の背中に腕を回した。
 初めて知った彼の背中は広くて逞しかった。


「僕と結婚してほしい」

 ずっと伝えたかったと言ったマリス様は、呪いを解くまでは伝えてはならないと胸に秘めていたのだと話してくれた。


「私でいいのですか?」

「君がいいんだこんな僕でよければ、一緒になって欲しい」
「……はい」
「ありがとう」

 必ず幸せにするから、マリス様は誓うように私の指先にキスをした。


◇◇◇


 結婚式、私は純白のドレスを身に纏った。
 それは、ずっと着てみたいと願っていた肩を出したデザインの物。

 ドレスを着た私を見て、なぜかマリス様が少し困った顔をした。

「……似合いませんか?」

 そんな顔をされたら不安になる。
 やっぱりこれまでのようにしっかりと肌を隠した方が……。

 ジッと見つめると、マリス様が慌てて首を横に振った。

「違うよ、君を誰にも見せたくないと思っただけだ……とても綺麗だよ、僕のリズ」

 マリス様は甘く優しい声でそう言うと、愛してると囁いて私をぎゅっと抱きしめた。
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みんなの感想(1件)

にゃにゃ
2024.10.03 にゃにゃ

Xより飛んでまいりました!
リズ辛かった‼️
想いあってではなく
呪いありきの婚約かもしれない
呪いは広がるのと同じ速度で
触れられずしまいには婚約破棄と😭
最後のパーティでは霊場たちに蔑まれ
サイアクな気持ちで別荘へ
ざまぁありでよかった( ,,-`_´-)੭ੇ৸੭ੇ৸
僕もバツを…?
私も同時くらいに思っていました
一生大切に
するでしょうが‼️

大切にしないと( ,,-`_´-)੭ੇ৸੭ੇ৸

五珠 izumi
2024.10.03 五珠 izumi

感想ありがとうございます!
言葉足らずな王子様は、結婚後は何でも話すようになり、リズを大切に幸せにしました(*^▽^*)!

解除

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