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3 リシウスside
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「何故ダメなんだ?」
「リシウス殿下あなたは王族です。この国で最も高貴な身分をお持ちなのです。高位貴族ならまだしも、平民を娶ることは許されません」
城の自室で、この国の第三王子様であられるリシウス殿下に、主君がお生まれになった頃より側近として仕えている私、アダムは意見をしていた。
リシウス殿下は、この間初めての狩に出られた。
そこは小動物しかいない小さな森。
第三王子という身分であられるが、側室のお子になられる為、特別な警護兵を持たれない我が君。少ない人数でも安全であり、初めての狩には適しているだろうと選びお連れした森で、偶然見つけられた少女をお気に召されてしまった。
しかし、リシウス殿下が他人に、まして異性に興味を持たれた事は意外な事だった。
これまでも着飾った美しい令嬢をたくさんご覧になられているが、一人として興味を示された事はない。
それなのに、森で見かけた普通の少女が気にかかると言われる。
ーー確かにその少女は美しかった。
それは私も認めざるを得ない。
しかしながら、今、リシウス殿下は、その娘を将来自分の妻にしたいと言われている。
妻、そうなれば話は別だ。
妾ならばどうにか……いや、王族の妾でもある程度の身分が必要なのだ。
「僕は、あの娘に一目惚れをしたんだ」
言葉に嘘はないと真剣な眼差しを向けるリシウス殿下。
「一目惚れした相手を、矢で射ろうとする者はいません」
「ちょっとかすめようとしただけだろ? 逃げない様にしようとしただけだ。服を狙ったんだし……当たらなかったけど」
僕の弓の腕はまだまだだなぁ、などと呟いているリシウス王子様を見て、アダムは頭を抱えた。
生まれた頃よりお仕えしているからよく分かるのだが、この王子様は少し人とは違う。
国王を父親に持ち、側室となられているが、絶世の美女と名高くあられた公爵令嬢を母親に持たれるリシウス殿下。
その血筋は生まれ持って高貴である。
だからなのか、どうも考え方が違うのだ。
ハッキリと言えば、人としてヤバい。
だいたい、狩の最中に見かけ、一目惚れをした少女に逃げられないようにと矢を放つだろうか?
それも服を狙ったと話されたが、木に刺さった矢は彼女の首元に近かった。
襟を狙ったとでも?
その後、逃げていった少女を気づかれないように追いかけられ、家を突き止められた。
家に乗り込もうとされた所で、私は何とか引き止めた。
「行ってはなりません。少女は平民です。リシウス殿下とはあまりに身分が違いすぎます」
まぁ、そんな言葉では納得してもらえない。
だから「今はダメです」と話したのだ。
殿下は、その言葉の奥を読むような顔をされ、その場は諦めて城へと戻られた。
しかし、また必ず少女の下へ行かれるはずだ。
リシウス殿下が、こんなに簡単に諦められるはずはないのだから。
リシウス殿下は何でも気に入ったら恐ろしいほど執着するところがある。
その上、手に入れる為なら何だってされるのだ。
そして、この方はそれが出来る器を持っている。
この国の第三王子様でありながら、第一王子様、第二王子様よりも王様としての素質がある。
私は、そう思っている。
◇◇
あれは、リシウス殿下が言葉を話されるようになってからの事だ。
当時、この国は隣国と戦いの最中だった。
戦議会議が行われている中、リシウス殿下はそこへ入って行かれた。そうして、自ら作った駒を使い大人たちが、気づいていなかった我が軍の戦闘の弱点を指摘された。その上、今後の戦略までを指示されたのだ。
的確で勝機あるその言葉に、幼い子供の言うことなれど、何故か誰一人としてそれに否を唱える者はいなかった。
そして、リシウス殿下の戦略を使った我が国は、大勝利を収めた。
カリスマ性というものだろうか。
はたまた神がかった力を持たれているのか。
その件以降、リシウス殿下に心酔する者が増えていった。
リシウス殿下は、素晴らしいお方である。
容姿端麗、頭脳明晰、身体能力も優れておられる。
仕える私にとっても誇らしい、完璧な王子様なのだ。
……だが、何事も出来てしまう所為なのか、人としての感情に、少々問題があると私は思う。
◇◇
「どうすればあの娘を僕の妻に出来る?」
あれから一年が過ぎていた。しかし、リシウス殿下は森で出会った少女、メアリー様の事を今もまだ妻に迎えようと考えておられた。
「人の心は変わるものです。今はまだメアリー様を想っておられるようですが、この先、もっと心を動かされる女性に出会うかも知れませんよ? ですから」
「僕は、どうすれば彼女を手に入れられるかと聞いているんだよ、アダム。他の答えなど要らない」
リシウス殿下は少年とは思えないほど鋭い目を私に向けられた。
背筋が凍りつくような思いをした私は、やはりこの方に逆らってはいけない、と思い直した。
「申し訳ございません。メアリー様をリシウス殿下がお妃様になさりたい、と仰られるのなら方法は二つございます」
その返事に、リシウス殿下は目を細める。
「二つもあるのか、聞かせて?」
私は前もって用意しておいた答えを返した。
「はい、一つはメアリー様を貴族の養子に迎えます。出来れば侯爵辺りがよいでしょう」
あの美しさで、必ずリシウス殿下の伴侶となると分かっていれば受け入れる貴族はあるだろう。
しかし、私の出した答えはつまらない物だったのか、リシウス殿下は不満そうな顔をされている。
「ふうん……もう一つは?」
やはりか、と私は思い切って難しいが胸に秘めていた答えを出した。
「リシウス殿下が王様になられる事です」
私の願いでもある、そのもう一つの答えには興味を持たれた。
リシウス殿下の瞳は輝きを増す。
「王に? 王なら何をしてもいいという事?」
「そうです。この国では王様が絶対的権力を持っております。独断で法を変えることも、人を裁くことも、身分など気にすることなく、どんな女性をお妃様に迎えようとも、文句を言える者はおりません」
そうは言ってもリシウス殿下は第三王子様。
上には正妃様のお子である第一王子様と第二王子様がいらっしゃるのだ。
リシウス殿下が王様の座に就くのは難しい。
お話をしたものの、殿下の望みを叶える為には、平民の少女を迎え入れる貴族を探す方が早いだろうかと私は考えていた。だが、リシウス殿下は「なーんだ」と軽い口調で答えられた。
「じゃあ僕が王になる。兄達と現王がいなくなればいいだけなんだろう? ちょっと時間はかかるけど難しいことじゃない」
それはリシウス殿下が十二歳の時の話しだった。
◇◇
それから二年の月日が流れた。
メアリー様にはリシウス殿下の指示で『影』という護衛が付けられていた。
メアリー様につけられた影は、彼女の全ての行動、言動をリシウス殿下に伝える役目を与えられていた。もちろん命に関わるような事があれば助けるよう指示を受けている。
「僕のメアリーを虐めている奴がいる」
「影からの報告でしょうか」
リシウス殿下は私室の書斎テーブルに頬杖をつき、つまらなそうに呟かれる。
「そいつ、僕があげたリボンも取ったらしいんだ……消そうかな」
何気に、かなり物騒な事を言っておられる。
しかし、あの目は本気だ。
「消す、と仰いますと?」
「僕が消すと言ってるんだよ? 全てだ」
全て、それはこの世に存在する事を指している。
「リシウス殿下、人を簡単に消してはなりません」
人が簡単に人を殺めてはならない、どんな命も尊ぶべきだと苦言すると、リシウス殿下は大層不服そうな顔をされながらも受け入れられた。
「じゃあメアリーの前からいなくなるだけにする。それなら構わないだろう?」
「それでしたら、問題ありません」
それからすぐに、リボンを奪った娘の家は焼け落ち、一家はメアリー様の前からいなくなった。
◇◇
リシウス殿下は、十四歳になられた。
この一年で、ずいぶんと背が伸びられ、その容姿にもさらに磨きがかかられた。
長く伸ばされた銀色の髪に透き通るような白い肌。スッとした輝く青い瞳からは、男性とは思えない程妖艶な美しさが溢れている。
美しい貴族のご令嬢方からのお誘いも増えた。
だが、殿下はその方達には見向きもせずに、相変わらずメアリー様に執着されていた。
「ああ、そうだアダム。礼装を準備しておいて、もうすぐ必要になるから」
……? 礼装?
リシウス殿下のシャツのボタンを留めていた私は、何事かと動きを止めた。
「誰かお亡くなりになられるのですか?」
確かに親族にはお年を召した方はいるが、すぐに亡くなるような方はいらっしゃらないはず。
そう考えていた私に、リシウス殿下は「分からないの?」と笑われる。
「僕が王になる為の駒を進めたんだよ」
「駒……?」
礼装が仕上がった頃、第一王子様が原因不明の病にかかり、その二日後に急死された。
その死因には誰一人、不信を抱くものはなかった。
そもそも、我儘で散財をされていた第一王子様はあまり国民から支持されていなかったというのもあるが……。
病によって亡くなられた為、その葬儀はひっそりと行われた。
その中で、話題となったのは、兄を亡くし憔悴した様子のリシウス殿下が、墓石に花を添える姿だった。参列者達は、不敬ながら妖艶で美しかったと声を揃えていた。
◇◇
「ああ、メアリーに会いたいなぁ」
「この間見に行かれたではありませんか」
「寝ている彼女ばかりじゃつまらないよ」
リシウス様は時折、寝ているメアリー様に会いに行かれている。
もちろんメアリー様は知らない、一緒に住んでいるおばあさまも気づいていないだろう。
「口付けぐらいはしてもいいかなぁ」
「ダメです! そんなことをしては嫌われてしまいますよ」
「そっかー……ダメかぁ」
ただでさえおかしな事をしているのに、この王子様は……。メアリー様の事となると言動までおかしくなられる。困ったものだ……。
しかし、この方は本当は凄い人なのだ。
今、影ながらこの国を動かしているのは、若干十四歳のリシウス殿下である。
のんびりとし、女性にだらしのない現王様と、政治に疎く先日亡くなった第一王子様と変わらず豪遊されてばかりの第二王子様の知らぬ所で、国の内側だけでなく外交にも力を置き、国を動かしておられるのだ。
口うるさい大臣達からもその手腕は一目置かれる存在となっている。
じわりじわりとその首に手が掛けられているとは知らぬ二人は、まだリシウス殿下を子供扱いされ気にも留められていなかった。
◇◇
リシウス殿下は定期的にメアリー様に贈り物をされていた。
しかし、メアリー様はそれを大切に仕舞うばかりで使ってはくれない、とリシウス殿下は嘆いておられた。
殿下が贈られる品物は、大変上質で高価な物だった。
メアリー様は質素倹約を好まれる方。
それに、今はまだ平民なのだ。
上質すぎて使えないのでは、もう少し安価な物にされたらいいのでは? と提案したが、将来の妻にそんな物を贈ることは出来ないと怒られてしまった。
「リシウス殿下あなたは王族です。この国で最も高貴な身分をお持ちなのです。高位貴族ならまだしも、平民を娶ることは許されません」
城の自室で、この国の第三王子様であられるリシウス殿下に、主君がお生まれになった頃より側近として仕えている私、アダムは意見をしていた。
リシウス殿下は、この間初めての狩に出られた。
そこは小動物しかいない小さな森。
第三王子という身分であられるが、側室のお子になられる為、特別な警護兵を持たれない我が君。少ない人数でも安全であり、初めての狩には適しているだろうと選びお連れした森で、偶然見つけられた少女をお気に召されてしまった。
しかし、リシウス殿下が他人に、まして異性に興味を持たれた事は意外な事だった。
これまでも着飾った美しい令嬢をたくさんご覧になられているが、一人として興味を示された事はない。
それなのに、森で見かけた普通の少女が気にかかると言われる。
ーー確かにその少女は美しかった。
それは私も認めざるを得ない。
しかしながら、今、リシウス殿下は、その娘を将来自分の妻にしたいと言われている。
妻、そうなれば話は別だ。
妾ならばどうにか……いや、王族の妾でもある程度の身分が必要なのだ。
「僕は、あの娘に一目惚れをしたんだ」
言葉に嘘はないと真剣な眼差しを向けるリシウス殿下。
「一目惚れした相手を、矢で射ろうとする者はいません」
「ちょっとかすめようとしただけだろ? 逃げない様にしようとしただけだ。服を狙ったんだし……当たらなかったけど」
僕の弓の腕はまだまだだなぁ、などと呟いているリシウス王子様を見て、アダムは頭を抱えた。
生まれた頃よりお仕えしているからよく分かるのだが、この王子様は少し人とは違う。
国王を父親に持ち、側室となられているが、絶世の美女と名高くあられた公爵令嬢を母親に持たれるリシウス殿下。
その血筋は生まれ持って高貴である。
だからなのか、どうも考え方が違うのだ。
ハッキリと言えば、人としてヤバい。
だいたい、狩の最中に見かけ、一目惚れをした少女に逃げられないようにと矢を放つだろうか?
それも服を狙ったと話されたが、木に刺さった矢は彼女の首元に近かった。
襟を狙ったとでも?
その後、逃げていった少女を気づかれないように追いかけられ、家を突き止められた。
家に乗り込もうとされた所で、私は何とか引き止めた。
「行ってはなりません。少女は平民です。リシウス殿下とはあまりに身分が違いすぎます」
まぁ、そんな言葉では納得してもらえない。
だから「今はダメです」と話したのだ。
殿下は、その言葉の奥を読むような顔をされ、その場は諦めて城へと戻られた。
しかし、また必ず少女の下へ行かれるはずだ。
リシウス殿下が、こんなに簡単に諦められるはずはないのだから。
リシウス殿下は何でも気に入ったら恐ろしいほど執着するところがある。
その上、手に入れる為なら何だってされるのだ。
そして、この方はそれが出来る器を持っている。
この国の第三王子様でありながら、第一王子様、第二王子様よりも王様としての素質がある。
私は、そう思っている。
◇◇
あれは、リシウス殿下が言葉を話されるようになってからの事だ。
当時、この国は隣国と戦いの最中だった。
戦議会議が行われている中、リシウス殿下はそこへ入って行かれた。そうして、自ら作った駒を使い大人たちが、気づいていなかった我が軍の戦闘の弱点を指摘された。その上、今後の戦略までを指示されたのだ。
的確で勝機あるその言葉に、幼い子供の言うことなれど、何故か誰一人としてそれに否を唱える者はいなかった。
そして、リシウス殿下の戦略を使った我が国は、大勝利を収めた。
カリスマ性というものだろうか。
はたまた神がかった力を持たれているのか。
その件以降、リシウス殿下に心酔する者が増えていった。
リシウス殿下は、素晴らしいお方である。
容姿端麗、頭脳明晰、身体能力も優れておられる。
仕える私にとっても誇らしい、完璧な王子様なのだ。
……だが、何事も出来てしまう所為なのか、人としての感情に、少々問題があると私は思う。
◇◇
「どうすればあの娘を僕の妻に出来る?」
あれから一年が過ぎていた。しかし、リシウス殿下は森で出会った少女、メアリー様の事を今もまだ妻に迎えようと考えておられた。
「人の心は変わるものです。今はまだメアリー様を想っておられるようですが、この先、もっと心を動かされる女性に出会うかも知れませんよ? ですから」
「僕は、どうすれば彼女を手に入れられるかと聞いているんだよ、アダム。他の答えなど要らない」
リシウス殿下は少年とは思えないほど鋭い目を私に向けられた。
背筋が凍りつくような思いをした私は、やはりこの方に逆らってはいけない、と思い直した。
「申し訳ございません。メアリー様をリシウス殿下がお妃様になさりたい、と仰られるのなら方法は二つございます」
その返事に、リシウス殿下は目を細める。
「二つもあるのか、聞かせて?」
私は前もって用意しておいた答えを返した。
「はい、一つはメアリー様を貴族の養子に迎えます。出来れば侯爵辺りがよいでしょう」
あの美しさで、必ずリシウス殿下の伴侶となると分かっていれば受け入れる貴族はあるだろう。
しかし、私の出した答えはつまらない物だったのか、リシウス殿下は不満そうな顔をされている。
「ふうん……もう一つは?」
やはりか、と私は思い切って難しいが胸に秘めていた答えを出した。
「リシウス殿下が王様になられる事です」
私の願いでもある、そのもう一つの答えには興味を持たれた。
リシウス殿下の瞳は輝きを増す。
「王に? 王なら何をしてもいいという事?」
「そうです。この国では王様が絶対的権力を持っております。独断で法を変えることも、人を裁くことも、身分など気にすることなく、どんな女性をお妃様に迎えようとも、文句を言える者はおりません」
そうは言ってもリシウス殿下は第三王子様。
上には正妃様のお子である第一王子様と第二王子様がいらっしゃるのだ。
リシウス殿下が王様の座に就くのは難しい。
お話をしたものの、殿下の望みを叶える為には、平民の少女を迎え入れる貴族を探す方が早いだろうかと私は考えていた。だが、リシウス殿下は「なーんだ」と軽い口調で答えられた。
「じゃあ僕が王になる。兄達と現王がいなくなればいいだけなんだろう? ちょっと時間はかかるけど難しいことじゃない」
それはリシウス殿下が十二歳の時の話しだった。
◇◇
それから二年の月日が流れた。
メアリー様にはリシウス殿下の指示で『影』という護衛が付けられていた。
メアリー様につけられた影は、彼女の全ての行動、言動をリシウス殿下に伝える役目を与えられていた。もちろん命に関わるような事があれば助けるよう指示を受けている。
「僕のメアリーを虐めている奴がいる」
「影からの報告でしょうか」
リシウス殿下は私室の書斎テーブルに頬杖をつき、つまらなそうに呟かれる。
「そいつ、僕があげたリボンも取ったらしいんだ……消そうかな」
何気に、かなり物騒な事を言っておられる。
しかし、あの目は本気だ。
「消す、と仰いますと?」
「僕が消すと言ってるんだよ? 全てだ」
全て、それはこの世に存在する事を指している。
「リシウス殿下、人を簡単に消してはなりません」
人が簡単に人を殺めてはならない、どんな命も尊ぶべきだと苦言すると、リシウス殿下は大層不服そうな顔をされながらも受け入れられた。
「じゃあメアリーの前からいなくなるだけにする。それなら構わないだろう?」
「それでしたら、問題ありません」
それからすぐに、リボンを奪った娘の家は焼け落ち、一家はメアリー様の前からいなくなった。
◇◇
リシウス殿下は、十四歳になられた。
この一年で、ずいぶんと背が伸びられ、その容姿にもさらに磨きがかかられた。
長く伸ばされた銀色の髪に透き通るような白い肌。スッとした輝く青い瞳からは、男性とは思えない程妖艶な美しさが溢れている。
美しい貴族のご令嬢方からのお誘いも増えた。
だが、殿下はその方達には見向きもせずに、相変わらずメアリー様に執着されていた。
「ああ、そうだアダム。礼装を準備しておいて、もうすぐ必要になるから」
……? 礼装?
リシウス殿下のシャツのボタンを留めていた私は、何事かと動きを止めた。
「誰かお亡くなりになられるのですか?」
確かに親族にはお年を召した方はいるが、すぐに亡くなるような方はいらっしゃらないはず。
そう考えていた私に、リシウス殿下は「分からないの?」と笑われる。
「僕が王になる為の駒を進めたんだよ」
「駒……?」
礼装が仕上がった頃、第一王子様が原因不明の病にかかり、その二日後に急死された。
その死因には誰一人、不信を抱くものはなかった。
そもそも、我儘で散財をされていた第一王子様はあまり国民から支持されていなかったというのもあるが……。
病によって亡くなられた為、その葬儀はひっそりと行われた。
その中で、話題となったのは、兄を亡くし憔悴した様子のリシウス殿下が、墓石に花を添える姿だった。参列者達は、不敬ながら妖艶で美しかったと声を揃えていた。
◇◇
「ああ、メアリーに会いたいなぁ」
「この間見に行かれたではありませんか」
「寝ている彼女ばかりじゃつまらないよ」
リシウス様は時折、寝ているメアリー様に会いに行かれている。
もちろんメアリー様は知らない、一緒に住んでいるおばあさまも気づいていないだろう。
「口付けぐらいはしてもいいかなぁ」
「ダメです! そんなことをしては嫌われてしまいますよ」
「そっかー……ダメかぁ」
ただでさえおかしな事をしているのに、この王子様は……。メアリー様の事となると言動までおかしくなられる。困ったものだ……。
しかし、この方は本当は凄い人なのだ。
今、影ながらこの国を動かしているのは、若干十四歳のリシウス殿下である。
のんびりとし、女性にだらしのない現王様と、政治に疎く先日亡くなった第一王子様と変わらず豪遊されてばかりの第二王子様の知らぬ所で、国の内側だけでなく外交にも力を置き、国を動かしておられるのだ。
口うるさい大臣達からもその手腕は一目置かれる存在となっている。
じわりじわりとその首に手が掛けられているとは知らぬ二人は、まだリシウス殿下を子供扱いされ気にも留められていなかった。
◇◇
リシウス殿下は定期的にメアリー様に贈り物をされていた。
しかし、メアリー様はそれを大切に仕舞うばかりで使ってはくれない、とリシウス殿下は嘆いておられた。
殿下が贈られる品物は、大変上質で高価な物だった。
メアリー様は質素倹約を好まれる方。
それに、今はまだ平民なのだ。
上質すぎて使えないのでは、もう少し安価な物にされたらいいのでは? と提案したが、将来の妻にそんな物を贈ることは出来ないと怒られてしまった。
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