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29 本当の意味

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 メイナード様の手が、私に触れようと近づいたその時、パチッと弾くような音が鳴り、フワリと体の周りを虹色のキレイな膜が取り囲み、消えた。

「いたっ! リラ様に防御魔法かけてある」

 伸ばした手をフルフルと振りながら、メイナード様は何故か楽しそうに笑っている。

「メイナード、僕もいる事分かってる?」
「もちろん分かってるよ、ちょっとギュッとするぐらいいいかなって思っただけ。まさかシリルが防御魔法をかけているとはね!」

 かなり強力だよ、と言いながらメイナード様は私にウインクをした。

「防御魔法? 私に?」
「そうだよ。ちょっとでも君に邪な気持ちを持って接したら働くみたいだね。シリルの防御魔法はいろいろ見た事はあるけど、これは初めて見たな……君の髪にキスしているから、それかなぁ?」

 ……私の髪にキス?
 いつ? 寝てる時⁈

「防御魔法が働いたって事は、メイナードに不埒な気持ちがあったって事だね」
「少しだけね。昨日、歌っただろう? チャンスは逃さないって」

 メイナード様は近くにあった椅子に腰掛けると、手鏡で髪を直し始めた。








 一方、隣の部屋では……。

 シリルが真剣な顔でラビーに話をしていた。

 ラビーは口を押さえ、笑いを堪えている。

「……だから、リラに教えておいて欲しい。その……求愛給餌のこと……頼む」

 ラビーは真っ赤になって頼むシリルが、おかしくて仕方がなかった。

 リラが知らなかった事は分かる、だってリフテス人だから。けれど、獣人のシリルがこの歳まで知らずにいたなんて……。


 知らなかったとは言え無意識に食べさせちゃって、その上、家族の前で全部食べさせた⁈

 ふふっ 

「分かったわ、部屋に戻ったらすぐに教えるわね……ふふふっ」








 
 ラビー姉様が部屋に戻ってくると、ルシファ様とメイナード様は隣の部屋へと移った。

 ラビー姉様は私を見て、ニマニマと悪戯な笑みを浮かべている。

「リラに大切な話があるのよ」
「はい」
「ふっ……ふふふっ」

 ラビー姉様はしばらく肩を震わせていた。

 どうしたんだろう? そんなに楽しい話をシリル様としたの?

 気になってラビー姉様を見ていると

「あのね、さっきシリルに聞いたんだけど……」

 ラビー姉様は、笑いながら教えてくれた。


 私が知らなかった真実。
 思い違いをしていたあの事を……。


 獣人にはいくつかの求愛行動があり、その一つに『求愛給餌』というものがある。
それは、人が食べさせるものとは違う意味だった。 
 例え子供であろうと、獣人は決して他人には行わない。(母親が我が子に行う事とは別物らしい)

「……本当に? 食べさせる事にそんな意味が?」
「そうなの」
「じゃあ昨日、山賊さん達が串を差し出してきたのも同じ意味ですか?」

 子供と思われたのだと思っていた。
 確かベレンジャーさんが『お前たち分かってやってるんだろうな』そう言ってた。

 あれは……。


「あら、そんな事があったの? その串を食べていたら、リラはペロリと食べられちゃっていたわね! ま、そんな事は、シリルがさせないはずだけど」
「…………!」

 食べられちゃう⁈

 口を押さえ驚いている私を見て、ラビー姉様は目を細めている。

「それでね、今度から気をつけて欲しいって『リラは可愛いから、みんなが手を出してくるけど、俺以外からは食べないで欲しい』って言ってたわ」

 ラビーは少し付け足してリラに伝えた。

「はい」

 俺以外……シリル様、また求愛給餌をするって事? 

 食べさせてもらったあの甘い雰囲気と、シリル様の優しい笑顔を思い出し、ドキドキと胸が高鳴った。

 シリル様……。


 今朝、ほんの少し話をしただけで、その後はまともに話せていない。

 それに、昨夜気持ちを伝えあって優しく抱きしめてくれたけど、今朝は何故か寂しそうだった。

 ……私の所為。

 シリル様は『覚えていないのか……』とガッカリしていたもの。どうやらテントに入った後、何かがあったらしい。

 寝ぼけて、何かおかしな事を言ってしまったのかな?
 リラは寝言が多いのよって、メリーナによく言われていた。
 ……変なこと言っちゃった⁈


 彼が優しく見つめてくれた事はなんとなく覚えているけど……。


 シリル様が髪にキスしてくれた事は、全く覚えていない。

 ……初めてのキス……。

 リフテス王国で髪にキスをする行為は、相手を愛しいと思っているという事だ。
 マフガルド王国でも同じ意味なのかな……。










 男達は隣の部屋で、各々のベッドに横になっていた。

「ねぇシリル、あの防御魔法酷くない?」

 痛かったんだよと言って、メイナードはプウっと頬を膨らまし、左隣りのベッドに寝ているシリルを睨む。

「お前、そういう気持ちで触れようとしたんだな」
「ほんの少しだよ?」

 やっぱりか、とシリルは思う。メイナードはキスぐらいならいいと思っていたんだろう。

 たとえ口と口であっても軽いものならば(軽いキスとはなんだろう……)兎獣人にとってキスは挨拶のようなものだと、この間ラビーから聞いた。

 だが、俺にはやはり理解出来ない。

 だからと言って、兎獣人やメイナード達を嫌う訳ではない。俺の考えを押し付けることも、間違いだと思う。
 それぞれの考えがあり、気持ちがある。それでいい。

 それに、生まれた時から共に過ごして来たメイナードは、弟であり時に(主に恋愛関係において)兄の様な存在だ。
 軽口を言うが、俺の相手であるリラには、決して無体を働かない事は分かっている。


「……メイナード、もう寝ろ。明日も早い」
「えーっ! 僕、聞きたい事あるのになぁ……ねぇ、シリルゥ、昨夜二人きりのテントで何してたのさぁ……髪にキスしたのは分かるけどぉ、どうして口にキスしなかったのかな?」
「はっ? 何でそれがっ……」
「あー、シリルには分からないんだったね。僕はそういうの凄く分かる方だからね、まぁお陰で危ない人には手を出さずに済むんだけど」
「………………」
「教えたくない? うーん、知りたいなぁ…………」

「……ん?」

 急に話さなくなったメイナードを見ると、彼は既にスヤスヤと寝息を立て眠っていた。

「メイナード、寝たみたいだね。じゃあ僕も寝る……あ、そうだ」
「ん?」
「リラ様にかけていた防御魔法、ラビーにも出来る?」
「ああ、出来るが」
「じゃあ、かけてくれない? 僕以外には触れられないように」
「……ああ、分かった」
「じゃあ頼むね、おやすみなさい」
「……おやすみ」

 ……今のは……ルシファは、ラビーを好きなのか?

 弟は自分以外は触れられない様に、そう言った。
 ハッキリとしたことを聞いた訳ではないが、二人は互いに思い合っているということか……。


 リラに施している防御魔法……。


 あの防御魔法は、昨夜のテントで作り上げたものだ。




 あの時…………。


 テントの中に二人きりでいた、俺とリラ。

 酔っているリラをそっと横にすると、彼女がギュッと腰に抱きついてきた。

「一緒に居て……行かないでシリル様」

 リラは甘える様な声で、俺を抱きしめながらそう言った。

「ああ、どこにも行かない」

 俺はそっと彼女の肩に手を回した。
 その時、頭の中は先程出来なかった『キス』をする事で一杯になっていた。

 だが腰に抱きつかれ、彼女は顔を埋めている。

 この体制では……出来ない。などと邪な事を考えていると、リラがフッと顔を上げた。

 ふにゃりと笑い「好き」と言う。

 はうっ かわいい……。


 だが、すぐに「……寒い」小さな声で言うと、彼女は腰から手を離し体を抱き抱えた。

 ーーーー寒い?

 よく見れば、リラは少し震えている。
 抱きつかれた俺の服は、少し水に濡れていた様で冷たかった。
 それに、このテントだ。俺にはちょうどよく感じるが、リラには寒いのかもしれない。

 こんな時、簡単な生活魔法が使えればいいのだが、俺は上手く出来ない。
 対人対物用の防御魔法なら上手く出来るのだが、それは今何の役にも立たない。

 端に置いてある毛布をかけようと手を伸ばしていると、彼女が尻尾に抱きついた。

(モフモフ湯たんぽ……あったかい……好き)

 ぐっ……。
 ……ああ、もう堪らない。

 キスしたい、俺のリラだと印を付けたい。
 そう思ったが……この体制では先程より難しい。

「リラ、俺は」

(好き、シリル様)

 チュッと尻尾にキスをされた。

「ちょっ、リラ」

(私以外の人に触らないで……)

「えっ?」

(私にも尻尾があったらよかった……そうしたら)

 尻尾?

(シリル様と皆みたいに出来るのに……)

 皆みたい? それはもしかして……?

 チュッ チュッと尻尾に、リラは何度もキスを落としていく。

「ちょっ、待ってくれ」

 今、俺の尻尾は敏感に彼女を感じている。
 そんなに抱きしめられて、キスをされてしまえば……。

 俺の心臓はバクバクと音を立てている。
 
 これは、酒のせいではない。

 チュッ(好き……シリル様)


 ああっ! リラは酔うとキス魔になるのか⁈
 こんなに甘えた感じになるのか⁈

 はあっ、もしこんな状態の時に他の男が寄ってきたら……。

 とりあえず手を伸ばして毛布をとり、リラの体に掛けた。

 それから、シリルはそっとリラの頭に手を乗せる。

 彼女の柔らかな髪、その手触りにゾクッと体の奥が疼いた。

 他の男が彼女に触れるなど許せるわけがない。
リラは俺の大切な女性だ。

 彼女に邪な気持ちで触れようとする者は……そうだ、最初から触れられない様にしてしまえばいい。

 リラの細く綺麗な髪を指に絡めながら、シリルは新たな防御魔法を考えた。

 しばらくして完成した魔法、体ならどこでも構わない、が……。

 髪にならキスをしてもいいだろうか……。

「リラ、俺は自分で思っていたより嫉妬深いようだ……」

 シリルは身を屈め、リラの髪を一房手に取りキスを落とす。
 囁くように、今作った呪文を唱えながら髪にキスをしていると、リラがパチリと目を開けシリルを見上げた。
 彼女は、髪を手に取ったまま固まっているシリルに笑みを見せる。

「今日はもう遅いから、明日ちゃんとキスして下さいね」
「ああ、必ず」

 そう約束すると、リラは嬉しそうに微笑んで尻尾を抱きしめ、そのまま寝てしまった。

(モフモフあったかい……好き……)

『明日、ちゃんとキスして……』約束してしまった。

 だが、今日はもう遅いから……とは?
 ……キスはそんなに時間が必要なのか?

 以前、ラビーにされた時は一瞬だったが……。

 はっ!……ま、まさか……。

 いや、それは出来ない。
 モリーにも結婚するまで我慢しろと言われているし……。
 我慢……。

 明日……。
 キスだけ、キスだけだ。

 そんな風に悶々と考えたシリルは、全く眠れなかった。




 そして……長い夜はやがて明ける。

 暗かったテントの中は段々と明るくなっている。

『明日』になった。

 シリルは思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 ……俺は大人だ。余裕を見せなければ……。


 そっとリラの頭を撫で、声をかけた。


 だが目覚めたリラは、残念ながらあの約束を覚えていなかった。

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