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23 ギュッと

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「あら、シリルの防御魔法が破られちゃったわ……」

 ルシファ様の背に隠れる様にしながら、ラビー姉様は呑気に言った。


 ガバッと幌が開き、山賊が二人乗り込んで来た。
 山賊はザッと中を見回すと、シリル様の腕の中にいた私を目に留めた。

 シリル様の事など見えていないかの様に、男は近づいて来ると、私に視線を合わせる様に前に屈み、人差し指をスッと線を描く様に横に流す仕種をした。

「俺はカダル山賊頭領のベレンジャーだ。かわいいお嬢さん、こっちにおいで」

 優しい声で話しながら、山賊は目を細め、私に手を差し出す。

 私はギュッとシリル様の服を握り、行かないと首を横に振る。
 それを見た山賊は目を丸くした。

「あれ? 俺の魔法が効いてない? 何で? ほら、こっちにおいで」

 もう一度、今度はクイッと手招きをする。

「行きませんっ、私はシリル様の妻なんです! 他の男の人の手は取りませんっ」
「ぐふっ」
 なぜか、シリル様は片手で顔を覆っている。

「きゃあ! リラったら!」

 ラビー姉様は頬を押さえて悶えている。


 どうして? 皆、そんなに平気なの⁈
 山賊に襲われているのに?

 目の前で私を見ている山賊は、ポカンと口を開けていた。

「かっ……かわいい……」

 彼の大きな山吹色の尻尾が、フサフサと揺れている。
 何かに気づいたもう一人の山賊が、頭領ベレンジャーの肩を叩いた。

「おいベレンジャー、いい加減気付けよ、そいつシリル王子だぞ」
「は? あっ! シリルっ⁈」

 私に差し出していた手を引っ込めると、山賊は「げえっ!」と言って後ずさる。

「シリル……お前が何でこんなかわいい子と……ん? 君、さっき妻って言った? げえーっ!」

「うるさいぞ、ベレンジャー」

 シリル様は鋭い眼差しを、山賊ベレンジャーに向けた。







 カダル山賊頭領ベレンジャーさんと、シリル様は旧知の仲だった。

 リフテス王国との戦いの最中、二人は出会った。
 気心の知れた二人はすぐに仲良くなったが、ベレンジャーさんは山賊、シリル様は王子様。戦時中は協力し獣人国の為に戦いはしたが、終わってしまえばもう会うこともないだろうと、シリル様はベレンジャーさんがどこにいるのかは聞いておらず、ここで出会ったのは偶然だと言った。


 すぐにメイナード様の拘束は解かれ、お詫びにと、私達は少し先にある山賊のアジトに招待された。

 山賊のアジトはすぐ近くにあった。馬車がギリギリ通れるほどの道を進んだ先に、パッと開けた場所が現れ、そこに無数のテントが並んでいた。
 カダル山賊は、狐獣人と栗鼠獣人のお年寄りから子供まで、合わせて百人近くの大所帯だった。家を持たず、季節によって山の中で住む場所を変えるのだという。縄張りさえ荒らされ無ければ、早々人を襲う事はない山賊なのだと(本人達が)言った。

「こんな怪しいボロ馬車で山道を通るから、わかんねーんだよ。王子なら紋章入りの豪華な馬車で来いよ。それなら襲うどころか警護してやったのに」
「……ちょっと訳ありなんだ」

 シリル様が話すと、ベレンジャーさんは目を輝かせ前のめりになる。

「なんだよ、訳って」

 焚火を囲むようにして座り、山賊達と私達は話をした。

 シリル様が、簡単に私の経緯と今からリフテスへ大切な人を取り戻しに行くのだと話すと、山賊の中にいた栗鼠獣人の女性と少女がシリル様の前に来て、私達も連れて行って欲しいと言い出した。

「私の兄は、リフテスの女性と一緒になっていたんです。二人は、リフテス王国側の山の中に隠れて暮らしていて、でもリフテスの者に見つかり、捕らえられてしまい、この子だけが逃げて来たんです」

 女性の側に立つ栗鼠獣人の少女は、少し怯えた様な小さな声で、それでもしっかりとシリル様を見て話をしてくれた。


 ある日突然、少女と家族が暮らす家に、リフテスの騎士達がやって来た。
少女は、家から少しだけ離れた畑で仕事をしていた父親の下へ知らせに走った。父親と急いで家に戻ると、母親と弟が騎士に捕まえられ連行されていた。
「逃げて!」
父親と少女に気付いた母親が叫んだ時には、二人の側に騎士が迫っていた。
 騎士の手が伸びて来た時、父親は少女を魔法を使って、マフガルド王国の領土へと投げ飛ばした。

「何かあれば、カダル山賊にいる妹の下へ行け」

 父親が常日頃口にしていた言葉を頼りに、少女はカダル山賊の下へとやって来た。

 本当はずっと、両親と弟を助けに行きたかった。
だから自分も是非連れて行って欲しい、そう少女は言った。

 話を聞いたシリル様は首を傾げる。

「獣人の姿をした父親が捕らえられる事は分かるが、なぜ母親と弟まで捕らえて連れて行ったんだ?」

「弟は人の姿でした」

 少女が言うと、ますます分からないとメイナード様も首を傾げた。

「どうして? リフテス人の姿なら捕まえなくてもいいんじゃないの?」

「弟は人の姿でしたが、魔力を持っていました。多分その事をどこからか知って、確かめに来たんだと思います。騎士達は最初から弟を狙っていましたから」

 その子の存在が、私をマフガルド王族と結婚させ強い魔力を持つ子供を産ませるという考えの発端になったのか……。


 シリル様は、苦々しい顔をして首を横に振った。


「そうか……だが、連れて行ってやりたいが、こちらもあまり人数が増えれば動きにくくなる。それに、俺達は君達まで守り切れるかわからない」
「一緒に行きたい気持ちは分かるけど、僕達が君の家族も探して連れて来るから、此処で待っていてくれない?」

 シリル様とルシファ様が、女性と少女に向け話すと、二人は素直に受け入れ頭を下げた。

「分かりました。確かに私達が行っても足手纏いになるかも知れません。私も生活魔法しか使えませんし、この子は魔力も少なく、ほとんど魔法は使えません。私達はここで皆様の帰りを待っています。どうか、よろしくお願いします」

 そう女性が言うと、少女が服のポケットから蝶の形をした紙を二枚取り出し、私に渡した。

「これを使って下さい。これは私が使える魔法の紙です。その紙に、行きたい人や場所を書くと紙が飛び立ち連れて行ってくれます。一枚には私の家族の名前を書き入れてあります。もう一枚に、リラ様の大切な人の名前を書いて下さい。紙に息を吹きかけると蝶が羽ばたきます」

 少女から紙の蝶を受け取り、手を握った。

「ありがとう、大切に使わせてもらいますね」

「はい!」

 さっき迄不安に満ちた顔をしていた少女は、明るい笑顔を見せてくれた。


 近くで話を聞いていたメイナード様は、少女の前に来ると彼女の頭をポンポンと撫で「必ず見つけて連れて帰ってくるから、良い子にしてるんだよ」と麗しく微笑んで見せた。

 少女は王子様達よりも王子の風格を見せ、キラキラと輝くメイナード様に見惚れて、ポッと頬を染めている。

「あんな小さな少女まで……メイナードったら」
 ラビー姉様がポツリと言った。



「よし、とりあえず話は着いたな」

 ベレンジャーさんはニンマリと笑い、立ち上がる。

「今から行ってもすぐに夜が来る。今日はここに泊まって行けよ。明日は俺達が国境まで護衛する。シリル、久しぶりなんだ、飲もうぜ!」
「相変わらずだな、ベレンジャー」

 クスッと笑ったシリル様とベレンジャーさんは、拳を交わす。


 こうして、私達はカダル山賊の歓迎を受ける事になった。
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