ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi

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……よかった

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 彼が向かってすぐに、空を飛んでいた二頭の魔獣のうち、一頭は消し去られた。
聖剣によって討伐された魔獣は、聖なる炎で焼かれ跡形も無く消えていく。

屋根の上にいた魔獣も同時に消えた。

 残るは空高くにいる一番大きな魔獣。
それに向けて一筋の光が走ると、すぐに魔獣は消え去った。


( ……よかった)


 ホッと胸を撫で下ろしていた私の近くに、ポトリと何かが落ちてきた。

「え……」

 教会の横に建つ鐘塔の上に、いつの間にか大きな魔獣が座り、私を見据えていた。
その口元からヨダレが滴り落ちている。



 祭りの会場から先程まで聞こえていた悲鳴は、大きな歓声に変わっている。

「すげーっ!」
「エスター様ーーっ!」

人々が喜び、彼を讃える声は、風に乗りここまで届いていた。

 その声など気にする事なく、魔獣は私だけに目を光らせている。

 ここに魔獣がいる事に気づいている人は……たぶんいない。大きな魔獣が三頭も、同じ場所に一度に出ることすらほとんど無いのだ。まさかもう一頭出るなんて、誰も思ってもいないだろう。
( こんなに大きな魔獣……初めて見た……)

「……………」
エスターを呼ばないと……そう思っても声が出てこない。
( ここから彼に聞こえるかは分からないけど……)
恐怖で全身がわなないていて、体は思うように動かない。
それに、逃げようと思っても、ここは教会の高い屋根の上だ。どこに逃げたらいいのか分からない。



 私……食べられちゃうのかな……⁈

 魔獣は、白く光る目で私を捕らえている。

 食べられちゃったら……彼に会えなくなる


いや……

そんなのいやっ……!


 ガタガタと震えながら、少しでも魔獣から離れようと、一歩退がると、足下でカタッという音がした。

 その小さな音が魔獣を刺激してしまった。

魔獣は私に近付き、黒くぬめりのある鼻をよせ匂いを嗅いだ。
途端に、恐ろしい目を大きく見開き、カァーッと奇声をあげて、黄色く鋭い歯を剥き出しにした。


……あの歯に噛まれたら、絶対助からない。


「……………………」
『エスター、助けて』そう言いたいのに声は出ない。

 魔獣は、口を大きく開け息を吸うと、私に目掛けてぶうううっと吹き出した。

 それは、強く凍りつく様な冷たい息だった。
その勢いは凄まじく、私の体は屋根の瓦ごと空高くく舞い上がった。

 吹き飛ばされ割れた瓦の破片が体に当たる。
結ってもらった髪も解け、飾ってもらった花とリボンが夜空に散っていく。

空高く舞い上がった体は、空中で一瞬止まった様な感じがしたが、すぐに地上へと落ちていく。

この高さから落ちれば、私は助からない


エスターはまだ会場だ
それに今彼が気づいても、さすがにもう間に合わない。

エスター……


地上へと落ちていく私の目に、泣きそうな顔をして手を伸ばしているエスターの顔が見えた。


城で魔獣に傷つけられたあの時と似ている……
あれはオスカー様だったけど、必死な顔の美少年が私を助けようと腕を伸ばしてくれていた。


でも……
……これは……私の願いが見せた幻だ


どんな顔でもエスターはカッコいいけど……
どうせなら笑った顔がよかったな

それでも……


よかった……



最後に見たのがあなたで……




ーーーーーー*




 会場に戻ったエスターは、すぐに一頭の魔獣を斬り捨てる。
その間に屋根の上にいた魔獣は、キャロン達祭りの警護をしていた騎士団により始末された。
それを確認すると、上空にいる魔獣目掛けて跳躍し一撃で消し去った。

 その瞬間、祭りの会場に歓声が響き渡る。


トン、と屋根の上に降りた時、ゾワリと体に今まで感じた事のない戦慄が走った。

 ハッとしてシャーロットのいる教会に目を凝らすと、そこには今しがた駆逐した物よりも大きな魔獣がいる。

まさか……

 エスターは、人々が自分を褒め称える声など聞く事なく、その場からシャーロットの下へ翔破した。
風を切り裂く音が町に響く。
彼は空が飛べる訳ではないが『花』に対する竜獣人の力は本来以上のものとなる。

( 間に合ってくれ……)

 けれど、後一歩のところで彼女の体は吹き飛ばされ、空高くに投げ出されてしまった。


ーーーシャーロット‼︎

 飛び上がり手を伸ばす。
目が合った彼女はうれしそうに微笑んで、そのままスッと目を閉じた。


エスターは、空中でシャーロットを抱き抱えると、静かに地上へと降りた。



 その横をオスカーが走り抜け、魔獣目掛けて飛んでいく。




 エスターの腕の中で、微かな呼吸をしている彼女の体は、怖いほど冷たかった。

「シャーロット……シャーロット……」

乱れた髪に、血の気のない唇。肌の出ているところには、小さな傷が無数にある。
頬を撫で名前を呼ぶが、彼女はぐったりとしたまま目覚めない。

どこかぶつけたのか……
どうしてこんなに体が冷たいんだ……

どうしたらいい……
どうすればいいんだ……

何故、僕は彼女から離れてしまったんだ……





 魔獣を討伐したオスカーが、一緒に来ていたティナと共にエスターの下へ来た。

「エスター……大丈夫か? 怪我は?」

「……息はしている」

シャーロットを抱きしめたまま、エスターは悲しそうに項垂れている。



「……エスター、俺達が乗って来た馬車で、彼女を連れて屋敷へ戻れ。俺がサラを連れてすぐに行くから」


「……ああ、頼む」
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