転生先は王子様

五珠 izumi

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 やっと着いたモーガン伯爵家の玄関先には、深く頭を下げたモーガン伯爵と夫人が待っていた。

「カール王子様、ようこそいらっしゃいました」

「久しぶりだね、モーガン伯爵、夫人も…どうしたの?頭を上げてよ、何かあったの?」

「…その…あった…というか、どうか!温情をお与え頂きたいです」

「…どういう事?」

「こちらへ…リゼット達が待っております」

「…達?」

ひたすらに頭を下げるモーガン伯爵に案内された部屋には、リゼット嬢とその腕に抱かれた赤ちゃん。
二人の横に90度体を折り曲げて頭を下げている茶色髪の青年がいた。

「カール王子様、お久しぶりでございます」
「ああ、長らく会いに来なくてすまなかったね…その」

リゼット嬢の腕に抱かれた赤ちゃんは、彼女にそっくりだった。

「カール王子様、この子は私の子供です」

「そ、そのようだね、そっくりだよ。うん、とても可愛い」

かわいい赤ちゃんだ。ぷにぷにしている、首も座ってるし、何ヶ月くらいかな?
などと考えている間もリゼット嬢の隣では茶髪の青年が頭を下げ続けていた。

「ねぇ君、頭を上げてよ…そのままでは話も出来ないよ」

 申し訳なさそうに顔を上げた彼はカールの幼少期の剣術の先生であった、ハミルトン伯爵の令息だった。彼ともよく一緒に指導を受けた、私はあまり上手くならず、試験の時にノエミ様に助けて貰ったが、彼は父親譲りの素晴らしい腕前だった。

「カール王子様、お久しぶりです。セレス・ハミルトンです」

「セレス…もしかして君がその子の父親なの?」

「…はい、その通りです」

「その…どうして?」

「…一年半程前になりますが」

セレスは申し訳なさそうに話をはじめた。

 一年半程前にセレスは父親のハミルトン伯爵と共にモーガン伯爵家を訪れた。ハミルトン伯爵は事業の一部で庭の造形をしていた。リゼット嬢の為にモーガン伯爵が庭を作り替えたいと頼んだ所、ハミルトン伯爵自ら息子と職人を連れて見に来てくれたのだ。

 セレスはそこで初めてリゼット嬢と出会った。
何度か会って話をする内に互いに惹かれあって、子供が出来た。

「ー…!まていっ!互いに惹かれ合うのはいいが、それだけじゃ子供は出来ないだろうっ!」

「申し訳ありません‼︎ 」セレスは深々と頭を下げた。

「…そうなる前に私に言ってくれよ、『彼女』から外すだけでいいんだから、それにそのままでは赤ちゃんが可哀想だ」

「はい、申し訳ありません」

 私の『彼女』のままでは結婚が出来ない。一応、婚約者候補になるからだ。…まぁ、リゼット嬢は私が無理言って入ってもらっているから、一言言ってくれたらすぐに外す手続きを取ったのに。

頭を下げるセレスの横では、リゼット嬢が赤ちゃんを抱いて立っていた。

…立っている、赤ちゃんを抱いて…杖もなく⁈

「リゼット嬢!杖が無くても平気なの⁈ 」

驚いて聞くとリゼット嬢は優しく微笑み、小さく頷いた。

「はい、カール王子様、何故か妊娠してから足が良くなったのです。今では全く痛みも無く普通に歩く事が出来るのです…本当に不思議なのですが…どうしてなのか」

「赤ちゃんを授かった事で複雑に絡み合っていた魔法が綺麗に並び替えられた様ですね」
ふむふむと頷きながらシシリア嬢が言う。

「えっ、どういうこと?何で分かるの?」

シシリア嬢はハッとした顔をした後、変な作り笑いをした。

「…そういった事例を知っています」

「そうなのか…そうか!よくわかんないけど…良かった、うん、良かった!」

彼女の足が治ったんだ、かわいい赤ちゃんも生まれてる、父親になる男は私も知っている誠実な…本当は誠実な奴だ。喜ばしいことだ、リゼット嬢があんなに笑った顔を私は初めて見た。…もう、それだけでいい。

「カール王子様、よろしければ赤ちゃんを抱っこしてもらえませんか?」
「いいの?もちろん喜んで抱かせてもらうよ!」

 私はリゼット嬢に赤ちゃんを抱かせてもらった。
うわぁ、小さい、かわいい、ミルクの匂いがする!

「あうーっ、あーっ」

ペチペチと私の顔を叩くリゼット嬢の赤ちゃん。
それを見てオロオロしているセレスが何とも可笑しかった。

可愛いなぁ、こんなに小さいのに何だか重く感じるのは命の重さなんだろうな。


 モーガン伯爵は私からリゼット嬢に罰が与えられると思っていたらしい。
『彼女』なのに黙って妊娠してしまったから、だとか。
うーん、前世で読んだ小説とかだとそんな事もあるのかなぁ?
でも、婚約者ではないのだ。罰なんて与えないし、放ったらかしにしていた私もダメなやつなんだ。
それより急いでセレスとリゼット嬢を結婚させて赤ちゃんを幸せにしてあげないと!

「幸せになるんだぞ」
チュと赤ちゃんのほっぺにキスをした。赤ちゃんはキャッキャと喜んでいる。

「カール王子様、ありがとうございます」
リゼット嬢が嬉しそうな顔をしながら涙ぐんでいる。隣にいるセレスは号泣していた。
この二人なら大丈夫だな、何となくそう思った。


◇◇◇◇


 赤ちゃんを抱いて微笑んでいるカールを、ランディは複雑な気持ちで見ていた。



あんなに幸せそうな顔をするのか…。


…残念だがリゼット嬢は魔女じゃなかった。

そうなれば残りは一人。

11人目の『彼女』タナア・マリードラン子爵令嬢。

彼女は精神を病んでいて家から出る事が出来ないと聞いていた。

…『彼女』になってから一度も会えていない。

入れたのは、スカーレット嬢の親友だったタナア嬢がカールの大ファンで入れて欲しいと頼み込んで来たのだったか…⁈

あれ?タナア嬢はどんな顔だった?


◇◇◇◇


 モーガン伯爵家からの帰り道、ランディからタナア嬢はどんな顔だったかと聞かれた。

「タナア嬢はね、美少女戦士セーラー……んんっ、えっと、長い金髪で、青い目がキラキラしてる人だったよ」

危なかった、前世で見ていたアニメの名前を言いそうになった。
やばい、この世界の人に分かる訳ないのに。

「ああ、カール王子様は覚えていたんですね。俺は思い出せなくて…」
「あっ、あのなランディ、真横にいるのにそんな近くで話さなくても聞こえるから!」

城までの馬車では私の横にランディが座っている。
目の前にはシシリア嬢が…座席に横になって寝ていた。…寝ているのか?今、薄く目を開けていた様な…。

「カール王子様」
「だっ、だから耳元で囁くように話すなっ!」
「なぜ?」
「なぜって…おいっ!」

うわぁランディがおかしいよっ!
今、私は馬車の中で壁ドン?されてるんですけど⁈

「…冗談ですよ、男には欲情しませんよ」
そう言いながらも退かないのは何故だ⁈

「あっ、当たり前だ、私だってランディに何されてもどうも思わない」

「そんなに顔を赤くしていると説得力無いですよ?カール」
「⁉︎」呼び捨て⁈
「… 王子様」違った!

…間、開け過ぎだからっ!

艶やかな黒髪から覗くアイスブルーの瞳が私を捉えている。
イヤイヤ、私は王子、男だからな!

どうしたんだよランディ?変だぞ⁈

 様子のおかしなランディとどう見ても寝たふりをしているシシリア嬢、混乱する私を乗せた馬車が城に着いたのは、すっかり日が暮れた頃だった。
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