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拾い物は予想外。

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 北の地は荒寥とした世界だった。この一年半で少しずつ瘴気は薄れていたのだろうけれど、もともと寒くて作物も育ちにくい土地は、人が捨てるには充分だったのね。逃げ出しそびれた力のない女性と子どもが、ひっそりと暮らしていた。

「逃げた男は、命があるんだかないんだか」

 瘴気に蝕まれて戦を求めて出て行った男たちの中には、本当に命を落とした人もいるだろうけど、もっと住みやすい土地に居着いちゃった可能性も捨てきれない。

 そんな帰ってこない働き手をすでに命のないものとして扱うのは、あてにしていては生きていけないからよ。いつ帰ってくるかわからない夫をただ待っていても、子どもは育てられないもの。忘れて自分で生きる術を見つけるのが、母親ってものだわ。

 荒れた土地にあって、私たち聖女様ご一行はひどく場違いにきらきらしい。痩せた畑に鍬を入れていた草臥れた女性は、豪奢な馬車をぽけっと見つめて口を半開きにしている。

 別に降って湧いたわけじゃないわよ。ぞろぞろと山の向こうから騎士団を引き連れてきたんだもの。こんなに近くに来るまで女性が気づかなかったのは、疲労と空腹で朦朧としながらの作業だったためのようだ。

 こんな状態でも働かなくては食べるものがない。報告ではそこまでではなかったのに。

「ここの代官は見栄でも張ったんじゃねぇか?」

 白鷹騎士団のヒュー団長が、ため息まじりに言いながら、馬車の扉を開いてくれた。小窓から見てはいたけれど、一歩降り立つと北の乾いた大地は盛大に土埃を舞い上がらせて、私の白いドレスを汚した。

 私に続いてユンが降りてきて、さらにサープ君とシーリアが降りてくる。サープ君は白目のほとんどない瞳をウルウルと涙で曇らせて、自分の巫女のスカートにしがみついた。

「ごめんなさい」

 この一年半の間、自分のしでかしたことを少しずつ理解したサープ君は、荒れた大地と萎れた女性を見て涙を流した。涙はキラキラ光って地面に吸い込まれて、植物が芽を出して⋯⋯枯れた。

 実りと金運の神のサープ君は、まだ幼なくて力が足りない。地面の中で休眠していた雑草の種は、浄化の済んでない大地にあっさりと負けた。

「サープ様、大丈夫です。すぐにロージーが浄化してくれますからね」

「⋯⋯ホントは、自分でやらなきゃいけないの。でも、ぼく、まだ力が足りないの⋯⋯⋯⋯」

 華やかなドレスに土がつくのも構わずに、シーリアは膝をついてサープ君に視線を合わせた。

「少しずつ、大人になるのです。焦ってはいけません。サープ様の優しい心が皆に伝われば、感謝と愛の想いが貴方様の成長の助けになりますわ」

「うん」

 尊い⋯⋯。

 シーリアまじ女神。そしてサープ君、可愛すぎる。

「⋯⋯いいな、シーリアの神様、可愛い。フェイ、うざい」

 ユンがぽつりと言った。彼女の胸元が激しく点滅を始めたので、懐の龍珠に引っ込んでいる守護龍さんが異議を唱えてるんだろうね。⋯⋯うん、じっとしていれば格好いいのに、姿を現している時はユンにベタベタしてるから、四六時中アレをされたらたしかにうざいわ。

「とりあえず、浄化しよう。まずはそれからよ」

 この地域、ホントに見捨てられてたのか隠蔽されていたのか、見事に聖女様ご一行様が認知されてないみたい。いつもだったら出迎えがあるか、気づいた第一村人が大慌てで責任者を呼んでくるもの。

 女性は誰かを呼びに行こうともしないし、貴族にしか見えない私たちに平伏するでもない。茫然と立ちすくんでこちらを眺めているだけだ。

「村の長に会いたいのですが」

 必殺ジャパニーズスマイルで、女性を促すと、彼女は困惑して首を傾げた。

「⋯⋯長? 前の長のじい様がおっ死んでから、そげなもんはおらんです」

「ではこの村をまとめているのは誰ですか?」

「まとめるも何も、全員いっしょに暮らしておりますだで」

 シーリアと顔を見合わせる。ここの一帯を管轄している代官を、絞らないとならないみたいね。一緒に暮らせる程度の人数しかいないってことよね。保護しないで何してたんだか。

 女性に案内されてたどり着いた場所は、半分洞穴だった。途中で潰れた家屋が何軒もあって、修理ができないので住処を移したのだと分かった。

「去年の雪で家が潰れてしまいましたで」

 諦め切った口調で女性は言うと、ここです、と振り向いて「ひっ」と息をのんだ。

 みんながおっそろしい表情カオしてるのにビビったみたい。

「大丈夫よ。あなたに怒っているんじゃないから」

 ここの代官、マジ締める!

 緊急性のあるところから浄化に回ってたけど、ここまで酷い場所はなかったわよ。他所より早く浄化して欲しいがために、過剰な被害を訴えるところはあったけど、こんな打ち捨てられた状態で、よくもまぁ、住民からの訴えはないとか言ったものよね。

 私たちも闇雲に国中を行脚してるわけじゃないもの。ある程度の報告をしてくれなきゃ、どうにもならないわ。

 女性が洞穴に声をかけると、ゾロゾロと十三人ほどが現れた。中年以上の女性が七人、子どもは三歳くらいから十歳くらいの子が男女合わせて六人。働き手になるような存在はない。

「男はみんな出ていって、年頃の娘はこん子のおかあも含めて、全員連れていかれたでな」

 一番下の女の子が虚ろな目で見上げてくる。

 私たちをここに連れてきてくれた女性は三十代後半くらいに見える。大人の中では一番若く見えた。

「おかあ、こいつら何もんだ? 人攫いじゃねぇだかよ」

 年長の男の子がさっと駆け出してきて、女の子を背中に隠した。痩せてギラギラした目をしてるけど、いい男じゃん。将来が楽しみだわ。

「息子さん? いい子ね。小さな子を守って、えらいわ」

「姫さん、飯を食わすにもまずは健康じゃねえと吐く。炊き出し始めるから、先にこいつら治癒してくれや」

 白鷹騎士団のヒュー団長が言った。それもそうね。

「《浄化》《治癒》」

 女性と洞穴から出てきたひとたちを、全員まとめて治療する。例によってつぎはぎだらけの衣類や、垢じみた髪の毛はそのままだ。

 体調不良が一気に無くなったのか、みんなキョロキョロと何もない宙を見回して、自分の手のひらを見て、首を回して、その場で飛び上がったりした。

「《ちょっと待て、アンタそれ、日本語か⁈》」

 え?

 それはこっちのセリフだ!

 ぽかんと口を開けてこっちを見ているのは、さっきの男の子だ。痩せて、骨と皮みたいな体つきの、でも他のみんなと違って諦めてない目の彼。

「《あなた、前世持ち?》」

「《日本人だ。アンタもだよな!》」

「あんれ、まぁ。お前様はこん子が言うことが、分かるだか?」

 男の子の母親が、首をかしげた。この界隈に、知識の宝珠に関する知識を持った人はいなかったらしい。

「ヒュー団長、新たな知識の宝珠を見出した場合、どうすればいいのかしら?」

 私も茫然としながら団長に尋ねた。帝国にも過去には存在していたらしいけど、同じ時代で出会えるなんて奇跡だ。

 この状況でこの人たちが生き残っているのは、彼が知識チートでもやらかしたのかもしれない。

「《なぁ、アンタ何者だ? お貴族様なんだとは思うけど、救助に来てくれたのか?》」

「救助というか、浄化に来たんだけど⋯⋯。あなた、前世持ちについて、誰かに相談したことあるかしら?」

「いや、ねぇ」

 いつまでも日本語じゃ、他の人に通じないから、帝国の公用語で話しかけると、男の子は訛りの強い言葉で返事をした。

 はぁ、すんごい拾い物しちゃったかしら?
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